第五十五話 過去
衛兵達が、自分達の隊長を縛り上げて連行していくのを見送っている。
あれは、一体何だったのだろう。
大道芸の類いなのか?
その割りには、全く笑えなかったが。
取り敢えず、あのエラ張り野郎は霊的・倫理的に生まれ変わった方がいいのは分かる。
まあ、見なかったものとして、さっさと忘れた方が精神的にも良いだろう。
下手に動く訳にもいかない以上、やる事が無い。
仕方無く、身体を休める為に宛がわれた部屋へ戻る。
部屋の前は、相変わらず扉と壁だった瓦礫が散乱していた。
エラ張り野郎の相手をして、無駄に疲れている。
そんな状態では、瓦礫の片付けなどやる気にならない。
瓦礫を放置して、扉を失った部屋に入る。
武具を魔法倉庫にしまう。
寝台に横たわると、眠気に襲われ、意識が遠くなった。
「ここは……何処だ?」
見渡すと、辺りは薄暗く木々が生い茂っている。
どこか見覚えのある光景。
思い出そうとするが、全く思い出せない。
まあいい。
その内、思い出すだろう。
そう判断し、何が襲って来ても迎撃出来る様、武具の準備を始める。
だが、それは最初で躓いた。
腐れ甲冑を纏う事が出来ないのだ。
左腕を見ると、死ぬまで外れない筈の腕輪が無くなっている。
「腕輪が無い!?」
思わず、驚きの声が上がった。
これは、忌々しい腐れ甲冑から解放されたということなのか。
ある意味、願いが叶ったと言えるが、今でなくてもいい筈だ。
どことも知れない森の中。
こんな所で解放されても、徒手空拳で生き延びるのは不可能。
腐れ甲冑が無いと、魔法倉庫に入れてある物も一切使えない。
どうする。
俺は、腐れ甲冑やパイルバンカーが無くても戦える筈だ。
まだ、混沌魔法と武神流気闘法――どちらも取り敢えず初歩的な物が使えるだけだが――がある。
腐れ甲冑が使えない現状。
この二つが使えるか、確認する必要はある。
今の状態を把握する為にも。
「……使えない気がするが、一応やってみるか」
呼吸を意識して、錬気を始める。
ダンジョンに潜っていない時、毎晩繰り返した練習を思い出しながら。
程なくして、気が全身を循環していくのを感じた。
気は使える。
これなら、狼とか猪ぐらいなら何とかなりそうだ。
流石に、熊は無理だろうが。
後は混沌魔法だが、確認は止めておく。
混沌魔法の虹色の光で、何がやってくるか分からない。
態々、何かをおびき寄せる必要は無いだろう。
背後から、複数の足音と人の話し声が聞こえてくる。
咄嗟に気の影に身を隠し、様子を窺う。
「おい、“無能”はこっちに行ったんだな?」
「ああ、射掛けてこっちに追い込んだ」
「後は……あいつさえ殺せば、俺たちがやった事を全てあいつのせいに出来るな」
聞き覚えのある声と話の内容。
それを聞いた途端、俺の頭が痛み出す。
くっ、こんな時に。
痛みを堪え、声がする方を覗き見る。
近付いてくるのは、三人。
どいつもどこか見覚えのある顔。
手前から赤茶、金、焦げ茶の髪色。
普通の服に弓矢を携え、腰に鉈を帯びている。
「そうだな。それにしても、あいつは何処まで行きやがったんだ?」
「さっさと出て来て、俺たちに殺させればいいのに。手間掛けさせやがって」
「まあ、その分、なぶってやればいいさ」
「そうだな。それにしても居ねえな」
目の前を通り過ぎる三人の男達。
「へっ、こいつは狩りだ。獲物が簡単に見つかったら、面白くも何ともないだろ」
「確かにその通りだな」
三人の男が笑いあう。
それに合わせて、頭の痛みも増してくる。
そして……頭の中で、何が弾けた。
同時に、色々と思い出す。
ここは、俺の故郷の側にある森。
こいつらに殺され掛けた、あの日の夕方か。
だが、過去に戻った訳ではない様だ。
人でしかない俺に、そんな事が出来る訳が無い。
一体、どういう事だ。
考えるだけ、時間の無駄だろう。
問題は、これからどうするかだ。
確か……。
こいつらの後から来た奴らに見付かって。
散々、追い掛け回された挙げ句、崖から落ちたんだ。
その後何とか生き延び、グランディアに辿り着いて探索者になった。
夢か幻か現か。
それは、全く分からない。
そう言えば、あの頃は甘い上にお人好しだった。
あの時は、他人を傷付ける事を嫌い、生き延びる為にただ逃げ惑っただけ。
だが、今は違う。
今度は、殺される気は毛頭無い。
なら、やることは一つだ。
俺を殺そうとした奴等。
確か、十人位はいたな。
誰であろうと、その全てを殺し尽くすだけだ。
錬気している気を限界まで引き上げる。
あの時は、奴等が先に行ってから、後続の奴らに見付かった。
だが、今回はそうはいかせない。
俺がこいつらを殺る番だ。
三人が目の前を通り過ぎ、奴等の背が見えた。
同時に、俺の中の破壊衝動と闘争本能が咆哮する。
――奴等を殺せ。
――破壊しろ。
――与えられた苦しみを、倍以上にして返せ。
それらに身を委ね、木々の影から飛び出す。
手前にいる赤茶色の髪の奴からだ。
駆ける勢いを乗せ、気を纏わせた右の拳を、その左脇腹に叩き込む。
命中の瞬間、右腕に纏った気を放出。
武神流気闘法 “正拳”と気の放出の合わせ技。
今の俺が放てる、最強最大の一撃。
骨が砕ける音と共に、赤茶色の髪の奴が木に向かって飛んでいく。
それを最後まで確認する事無く、手近な所にいた金髪の奴の左腕を取る。
「――!?」
俺の方を向き、驚愕の表情を浮かべている金髪の男。
何か叫んでいる様だが、声になっていない。
何かおかしい。
これは現実なのか?
疑問が浮かぶが、後で考えればいい。
その為の時間は、たっぷりある筈だ。
今やるべき事は、あの時、俺を殺そうとした奴等を全員殺すだけ。
掴んでいる金髪の男の左腕を引き寄せる。
そして、その腹部に気を纏わせた左膝を叩き込み、気を放出。
口から血を吐き、動きが止まった金髪の男から腰の鉈を奪い取る。
そのまま、手に入れた武器――鉈をその首筋に全力で叩きつけた。
首筋から勢いよく噴き出す血が、俺の上半身を紅く染め上げていく。
首筋半ばで止まった鉈。
返り血を浴びながら、金髪の男の胴体に片足を掛け、鉈を力任せに引き抜く。
屍と化した金髪の男がゆっくりと地に伏す。
鉈に付いた血を振り払い、最後に残った焦げ茶色の髪の男に向き直る。
奴の顔を彩るのは、恐怖。
「――!?」
持っていた弓を放り投げ、腰の鉈を慌てて引き抜き斬りかかってくる。
「遅い……」
呆れる位遅い、反応と対応。
あの時、この程度の奴等相手に逃げ回っていたとは。
その気さえあれば、返り討ちに出来ていたのか……。
あの時の自分の甘さに怒りすら覚える。
だが、今は違う。
自分を殺そうとする者を見逃すほど甘くはない。
生かして置いても問題無い奴を除いてだが。
だが、目の前の奴は見逃す必要を全く感じない。
「――!」
鉈を闇雲に振り回す、焦げ茶色の髪の男。
鉈を持つ右腕を、動きを見計らって掴み止める。
「――!?」
恐怖に顔を歪め、怯える焦げ茶色の髪の男。
「――!」
その表情を見て、笑みが浮かぶ。
残念だったな。
思い通りにならなくて。
焦げ茶色の髪の男を嘲笑い、振り上げた鉈をその首筋に叩きつける。
「――!?」
鉈を避けようして、奴が体を反らす。
その為、首筋を狙った一撃は奴の右腕を半ばから断ち切る。
「――!」
切断面から噴き出す血。
それは、顔と左半身を染め上げていく。
浴びた血をそのままに、奴に止めを刺す為、その首筋目掛けて鉈を叩きつける様に振るう。
だが、止めとして放った一撃は空を切る。
右腕を断った事で拘束を逃れた奴が、背を向け逃げ出していたのだ。
「無駄な事を……」
斬り落とされた右腕から血を滴らせ、傷口を押さえながら来た道を逃げていく奴を見て呟く。
逃げても無駄だ。
居場所は、お前が流した血が教えてくれる。
苦しみたければ、必死に逃げればいい。
あの時味わった苦しみ。
最低でも、同じ位は味わってもらおう。
左手に持つ焦げ茶色の奴の右腕から鉈を取り、その右腕をその場に棄てた。
奪い取った鉈を左手に持ち、素振りして感触を確める。
特に、問題は無い。
戦闘を続ける為の確認を終え、最初に倒した奴を探す。
それは、程なく見つかる。
口から血を吐き、枝が左胸を貫いた状態で木に張り付けられていた。
一目で分かる。
この分なら、放置しておけば直ぐ死ぬか。
止めを刺すまでも無い。
精々、苦しんでから死ね。
それよりも、逃げた奴を追い掛けなければ。
弓矢が転がっているのが見える。
使おうにも、俺の腕では前に矢を飛ばすのがやっと。
上手く、目標に当てる事など不可能だ。
なので、扱い馴れない弓矢を無理して使う必要性を感じない。
弓矢をそのまま放置し、先を急ぐ事にする。
地面に落ちた血を頼りに、逃げた奴を追い掛けていく。
慌てることはない。
だが、少し急いだ方がいいか。
他の奴らと合流されても面倒だ。
そう判断した俺は、警戒しながら歩く速度を上げる。
俺の命を狙う者達を殺し尽くす為に。




