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第五十四話 捕縛

 宛がわれた部屋の前まで戻った俺は、部屋の前の惨状に閉口する。

 扉と壁は砕けたまま。

 瓦礫も散乱している。

 片付けは一切されていない。

 近くには、イリアが押してきた手押し車がそのまま放置されている。

 その上には、おそらく俺の飯なのだろう。

 屋台で買ってきたと思われる、お持ち帰り用に包装された食べ物が置かれていた。

 イリアは、既にこの場から去ったらしい。

 片付けるのが面倒で、逃げたのだろう。

 俺がやった事だから、文句は言えないが。

 溜息を吐きつつ、瓦礫が散乱する床を、無理矢理手押し車を押して部屋に入る。


 食える時に食う。

 それも探索者の仕事だ。

 そう自分に言い聞かせる。

 手押し車に載せられた食べ物を、包装を解いて食べ始めた。



 イリアが用意した飯を食い終わり、手押し車に載っていたお茶を飲む。


「ふぅ、しかし良く食えたな……」


 最初に毒入りの飯。

 蓑虫を作った後で、イリアが用意した飯か。

 以前なら食い切れなかった量を普通に食っている。

 腹が膨れたせいか、眠くなってきた。


 取り敢えず、このまま寝るか。

 暫くはやれる事も無い。

 俺は眠気に身を委ねた。


 通路に響く、複数人の足音で目が覚める。


「五月蝿いな……」


 気持ち良く寝てたのに。

 寝直す気にならないので、寝台から身を起こす。

 足音は、次第にこちらに近付いている様だ。

 何故か、嫌な予感がする。

 最悪を想定して、準備をしておく。

 腐れ甲冑を纏い、パイルバンカーを左腕に装備。

 直ぐに、この場で使えそうな武器を確認。

 時間は余り無い。

 急がなければ。


 長剣は……室内なら問題ない。

 大剣は無理か。

 振り回すだけで、あちこちが傷付く。

 ブレイクナックルは、考えるまでもなく論外。

 確実に、あちこちを破壊するだろう。

 既に前例……というか、この部屋の扉と向かいの壁を破壊している。

 後で修繕費を請求されなければいいが。

 パイルバンカーは、俺次第か。

 長槍を壁に打ち込まなければ大丈夫だろう。

 後は、ダガーくらいか。

 腰のベルトに六本。

 パイルバンカーの盾の裏に四本。

 残りは魔法倉庫に入っている。

 もしここで戦うなら、ダガーを主に使うしかないか。

 修繕費を請求される事を考えたら、面倒だが接近戦で倒すしかない。


 武器の確認を手早く終わらせた俺は、様子を見に通路に出た。

 蓑虫を捕まえる時に出来た瓦礫は、まだ片付けられていない。

 足音は、左側から聞こえてくる。

 ここに来て、そう長い時間は経っていない。

 その間にこの辺りにきたのは、イリアと蓑虫だけ。

 基本的に、ギルド職員はあまり来ない場所の筈だ。

 だからこそ、俺をここにいさせているのかもしれない。

 もうすぐ来る連中は、敵と見なして問題無いだろう。

 戦闘する事を前提に、錬気を始める。



 左側からやって来る者達の姿が、次第にはっきりしてくる。

 ギルドの警備員ではないのは確かだ。

 おそらく、この街の衛兵だろう。

 数は五人。

 その内四人は、兜と金属で急所の部分を補強した革鎧。

 手には短めの槍を持っている。

 だが、一人だけ金属製の全身鎧を身に付け、左腰に長剣を帯びている奴がいた。

 おそらく、こいつが隊長なのだろう。


「お前が、アルテスか?」


 隊長らしき奴が、偉そうに聞いてくる。


「そうだと言ったら、どうするんだ?」


「お前には、奴隷商人ケツマ・コイク殺害の容疑が掛かっている。大人しく来てもらおう」


 隊長らしきエラの張った野郎が、糸目を更に細め、口許に嫌な笑みを浮かべて偉そうに言ってきた。


「断る」


 何となくだが、胡散臭く感じたので拒否しておく。

 こいつからは、以前腐れ甲冑を狙ってきた探索者達と同じ匂いがする。


「俺は今、ギルドの管理下にある。連行するのなら、ギルド長に話を通してからにしてくれ。まあ……それ以前に、ギルドの許可を得た上で、ここに来ているとは思えないな」


 事実を言っていないが、実際はギルドの管理下に置かれている様なものだ。

 領主はギルドの対外交渉役だと、ギルド長がほのめかしていた。

 そんなギルド長が、衛兵をギルド内に入れる許可を出しはしない筈だ。

 力ずくで入るのは不可能。

 ギルドの警備員が侵入を阻止する筈。

 誰が手引きしたのか。

 全く余計な事をしてくれる。

 おそらくは、ギルド長の敵――前ギルド長の一派だろう。


「な、何だと!? 来る気が無いなら、力ずくででも来てもらうぞ。この者を捕らえよ!」


 部下の衛兵達に命令を下すエラ張り野郎。


 素直に付いて行かないと、分かっていた癖に。

 最初からそのつもりだっただろう。


 命令を受けた衛兵達が、俺を捕縛する為に動き出す。


「俺を捕らえようとするのは構わんが……あんたら、死ぬ覚悟は出来てるか?」


 エラ張り野郎の横から、前に出て来ようとする衛兵達。

 その衛兵達に、パイルバンカーを向けながら確認する。


「このパイルバンカーは、ダンジョンの壁を破壊するだけの威力はある。言ってる意味は分かるよな。当然、人に向けたら一撃で終わりだ。それでも、死ぬ覚悟があるなら掛かってこい」


 その言葉に、衛兵達の足が止まる。

 衛兵なら、ダンジョンの事は最低限知っているだろう。

 当然、ダンジョンの壁がそう簡単に破壊出来ない事も知っている筈。

 それでも俺を捕縛する積りなら、お望み通りあの世に送ってやるだけだ。


「……な、何をしている。さっさと捕らえんか!」


 エラ張り野郎が怒鳴る。 だが、衛兵達はパイルバンカーの威力を恐れているのか、そこから動く様子は無い。


 まあ当然か。

 自分から、一撃で死ぬ様な攻撃を喰らいに行く馬鹿はいないだろう。


 衛兵達はエラ張り野郎を一度睨んだ後、一切動こうとしない。

 あの野郎は、部下に相当嫌われているらしいな。


「どうした? 掛かって来ないのか?」


 挑発するが、動く気配が全くない衛兵達。

 怒鳴って、命令しているだけのエラ張り野郎。

 硬直した状況に、次第に焦れてくる。

 エラ張り野郎を殺ってしまえば、後の衛兵達は逃げ帰るかもしれない。

 そう判断した俺は、エラ張り野郎を挑発する。


「……隊長さんよ。怒鳴って偉そうに命令するだけなら、ガキでも出来るぞ。あんたが、部下に手本を見せた方がいいと思うが?」


 そう言いつつ、エラ張り野郎の長剣に目を遣る。

 その柄は新品同様で、使い込んでいるとは到底思えない。

 その様子から、剣の腕は大した事無いと判断。

 奴一人なら、何とか殺れそうだ。


「まあ、新米探索者程度を一人で捕縛出来ない雑魚が隊長では、部下が命令に従う気にはならんよな」


 衛兵達に視線をやりつつ、エラ張り野郎を嘲笑う。


「な、何だと!? 」


 顔を真っ赤にして激昂したエラ張り野郎が、腰の長剣をたどたどしく抜く。

 衛兵達もエラ張り野郎の様子を見て、笑いを堪えている。

 今にも吹き出し、大笑いしそうなのを必死に我慢している様だ。


「お、お前ら、手を出すな。わしの力を見せてやる!」


 そう言いつつ前に出てくるものの、長剣を持つ腕が震えている。

 やはり、実戦経験が少ない様だ。

 それで、よく隊長が務まると感心する。


「隊長、存分にやってください」


「隊長、美しい捕縛の手本をお願いします」


 などと、衛兵達がエラ張り野郎を煽っている。

 気のせいか、その顔は何かを期待している様が窺える。

 その何かは、全く見当がつかない。

 だが、こいつらが何を考えていようが関係無い。

 目の前のエラ張り野郎を殺るだけだ。


 魔法倉庫から魔法のダガーを取り出し、逆手に持つ。

 そして、エラ張り野郎にゆっくりと近付いていく。


「く、来るな!? 来るんじゃない!」


 一歩進む度に、エラ張り野郎が一歩下がっていく。 その顔は、恐怖のせいか血の気が引き、青白くなっている。


「……何故、下がる? 俺を捕らえて、見本を見せるのでは無かったのか?」


 余りにも無様過ぎる、エラ張り野郎の様に呆れ果てる。


 これ以上こいつに関わるのは、時間の無駄だ。


 そう思ったら、次第に殺る気が失せていく。


 痛い目に遇わせて、逃げ帰らせた方が楽か。

 生かしておいても、報復にこないだろう。


 そう判断すると、循環させる気の量を限界まで上げていく。


「行くぞ……」


 呟くように宣言すると、エラ張り野郎に向けて突撃。


「く、来るな!? うわああああぁぁぁ!」


 俺が仕掛けたのに気付いたのだろう。

 エラ張り野郎が長剣を無闇に振り回し、近付けない様にする。

 だがその剣速は遅く、鋭さが全く無い。

 これなら、ゴブリンやオーク、コボルドの方がまだマシだ。


 無茶苦茶に振るわれる長剣。

 あの長剣をどうにかするのが先か。

 長剣の軌道に盾を挿し込み、動きを止める。

 通路に響く、長剣と盾が奏でる甲高い金属音。

 その状態のまま、エラ張り野郎の目を狙い、右手のダガーを横凪ぎに振るう。


「ひ、ひいぃ!?」


 エラ張り野郎の左頬から飛び散る鮮血。


 ちっ、外したか。

 運のいい奴だ。

 奴が怯えて腰が引けていた為に、狙いが逸れたらしい。

 そのまま、左足に気を集中させつつ回転。

 奴の左脇腹に、左足での回し蹴りを叩き込む。


「あがっ!?」


 防御すら出来ず、まともに回し蹴りを喰らうエラ張り野郎。

 蹴り飛ばされて、鈍い音とともに壁に叩き付けられる。

 そのまま壁から滑り落ち、身動き一つしない。

 どうやら、気を失った様だ。

 それを確認すると、衛兵達の方を見る。

 後、四人。

 やるかどうかは、向こうの出方次第。


「……で、あんたらはどうする?」


「君とやりあう気はない。我々は、そこで寝ている馬鹿を監視しているだけだからな」


 やりあう気が無いというのは予想通り。

 だが、エラ張り野郎を監視しているというのは想定外だ。


「その結果がこれか?」


 衛兵の言葉に呆れて、気を失ったままのエラ張り野郎に視線をやる。

 俺と話していない他の衛兵達が、気を失っているエラ張り野郎を何故か拘束していくのが見えた。


「後が面倒だから、今のうちに縛っとくか……」


「ったく、根性見せろよ。情けない……」


「やっぱり口先だけだったか……」


 ぼやきながらも、エラ張り野郎を縛り上げていた。

 ご丁寧に猿轡までしていく手際の良さに感心する。

 俺が言うことではないだろうが、それでいいのか。


「言いたい事は分かる。だが、この馬鹿を拘束するのも仕事でな。因みにこの馬鹿の罪状は、探索者ギルドへの不法侵入だ」


 疑問が顔に出ていたのか。

 衛兵がうんざりした顔で答える。


「あんたらは不法侵入にならないのか?」


「私を含めて、ここにいる四名は探索者ギルドの者だ。領主の監視の為に、衛兵の真似事をやっているだけさ。ここだけの話だが、領主の監視役は我々以外にも多数存在する」


「……それは、話しても良いのか?」


「構わんさ。公然の秘密だからな」


「思っていたよりもいい加減なんだな、ギルドは」


「まあ、いい加減というよりは無言の圧力と言った所だ」


 知らない方がいい事を聞いたらしい。

 これ以上は、聞かない方が身の為だろう。

 また、厄介事に巻き込まれそうだ。

 既に巻き込まれているが、これ以上増やしたくはない。


「そういえば、俺を連行するというのはどうするんだ?」


 ややこしくなるのは御免だ。

 無理矢理でも話を変える。


「連行はしない。ギルドの管理下にある以上、必要ない。ギルドから逃げ切るのは不可能だからな。事情聴取はする事になるが、今直ぐではないだろう」


「分かった」


「そろそろ戻らないとな。そこの馬鹿を忘れるなよ」


 俺と話していた衛兵は、同僚に指示を出すと背を向けこの場を去る。

 同僚の衛兵達が、エラ張り野郎を引き摺りなからそれに続いて去っていった。


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