第五十二話 尋問
全身に感じる激痛で目が覚める。
「ここは何処だ?」
見覚えの無い天井。
そして、見知らぬ部屋。
視界の左右に映る床は、身体の直ぐ側にある様だ。
どうやら、床に寝かされているらしい。
何故、床なのか。
それは、痛みに耐えながら身体を起こそうとして気付く。
蒼く輝く、胸元の水晶。
視界に入る、蒼色の甲冑。
どうやら、腐れ甲冑を纏ったままらしい。
だが、パイルバンカーは左腕に装備されていない。
多分、腐れ甲冑が収納したのだろう。
取り敢えず、それはいいとしよう。
それより、何故ここにいる?
『昨日の夜、主は、ダンジョン入口の前の広場でダンジョンの管理者を怒らせました。その上で彼女の胸を触り、怒り狂った彼女に殴り飛ばされて灯籠に激突。そのまま意識を失いました。その後、ここに運ばれたのです』
腐れ甲冑による説明。
それにより、意識を失う前の事を思い出す。
どうやら、殴り飛ばされた衝撃で記憶を一時的に無くしていたらしい。
よく生きていたと、自分でも思う。
あれは、死んでいてもおかしく無い。
初めて、腐れ甲冑に身体を改造されていて良かったと思った。
それにしても、一体、俺の身体はどうなっているのか。
一度、腐れ甲冑に問い質さねばならない。
だが、素直に答えはしないだろう。
しかし……管理者め、幾ら何でも拳で殴る事は無いだろうが。
女なら、普通は平手打ちだろう。
魔族だから、人と一緒と考えるのは間違いか。
いつの日か、管理者に鳴いて赦しを請わせてやる。
そう決意し、起き上がろうとしたら、腹が鳴る。
そういえば、晩飯を食って無かったらしいな。
意地でも、朝飯は食わないと。
飯を食っとかないと、必要な時に動けない。
「ぐっ……」
全身の痛みを堪え、何とか立ち上がる。
魔法倉庫からヒールポーションと保存食を出す。
全身に走る痛みで、取り出した物を落としそうになる。
身体の治癒が先の様だ。
ヒールポーションを一気飲みし、ボロボロの身体を取り敢えず動ける様にした。
全身の痛みが感じられなくなるまで待ち、封を開けて棒状に固められた保存食にかじりつく。
口の中が渇く上にあまり美味くないが、我慢して食べ続ける。
取り敢えず、空腹を紛らわせれば十分だ。
渇いた口を潤す為、もう一本ヒールポーションを取り出して、これもまた一気に飲み干す。
痛みも消え、最低限は動けるだろう。
身体を動かして、それを確認する。
「何とかなるか」
若干、疲労を感じるが、問題は無い。
取り敢えず、朝飯を食いに宿屋に帰るか。
扉を開け、部屋を出る。
通路は左右に伸びている。
左側は暗く、右側は明るい。
どちらに進むか。
明るい方が外だろう。
そう判断し、右側に進もうと足を踏み出す。
だが、先に進もうとした所で、何者かに襟首を力強く掴まれた。
「あらぁ。何処に行くのかしら、アルテス?」
背後から聞こえる、背筋が凍り付くような聞き覚えのある声。
声の主は予想出来るので、振り返って確認する気にならない。
「……こっちを向きなさい!」
出来れば、振り向きたくない。
逃げることを考えたが、視界の右側に映る細身の曲剣を見て諦めた。
おそらく、口に出すのも避けたい“あれ”がいる。
仕方無く、後ろを見る。
そこには、俺の襟首を掴んでいるだろうイリアが仁王立ちしていた。
目を釣り上げ、笑みを浮かべている。
目の錯覚だろうか。
イリアの頭に、一対の角が生えている様に見える。
問題ないと判断したが、まだ疲労が残っている様だ。
幻覚が見えるとは。
彼女の背後には、当然ながら、口に出すのも避けたい“あれ”が屹立していた。
“あれ”は、俺を見てニタリと笑っている。
俺がどうなるのか、分かっているのかも知れない。
「ギルド長がお呼びよ。来なさい」
何故、俺がギルド長に呼ばれないといけないのか。
呼び出される様な事はしていない筈だが。
「昨日の一件で、色々聞きたい事があるらしいの。因みに拒否は出来ないから」
「もし、拒否したらどうなる?」
「……探索者ギルドからの追放。そして、賞金首になるわね。いい賞金がつくわよ」
拒否は、絶対に許さない。
イリアと口に出すのも避けたい“あれ”の目がそう物語っている。
最初から引き摺っていく積もりなのに、拒否など意味無いだろう。
それで拒否は許さないとは、呆れて何も言う気にならない。
「行くわよ」
黙っている俺を見て、観念したと判断したのか、イリアが俺を引き摺り始める。
途中、何度か無駄な足掻きをしてみた。
だが、その度に口に出すのも避けたい“あれ”により阻止される。
最初は俺の顔を覗き込み、ニタリと笑うだけだった。
だが、次第に行為は過激になっていく。
そして、遂には人の頬を嘗める様になった。
その度に、俺の身体は本能的な恐怖で硬直する。
嘗められたから分かった事だが、“あれ”は幻影ではない。
赤い舌の温かさ、頬を嘗めた後に糸を引く様な唾液らしきもの。
“あれ”は、実体を持つ得体の知れない何かだ。
“あれ”を飼っているイリアを、絶対に敵に回してはならない。
ギルド長の所へ引き摺られていく途中、ギルドの職員とすれ違う。
だが、俺を見て何故か一様に目を逸らす。
時折、「ご愁傷様」とか、「生け贄か……」と呟くのが聞こえてくる。
揚げ句、俺を見て手を合わせる奴すらいた。
もしかして、こいつらにも口に出すのも避けたい“あれ”が見えるのか。
もしそうなら、腫れ物に触る様な態度にも納得がいく。
どれだけ、恐れられているんだ。
不意に、イリアが立ち止まる。
ギルド長の所についたのだろう。
漸く、引き摺られるのも終わりか。
扉を叩く音。
「探索者アルテス並びに、担当管理官イリアです」
イリアが声を掛けてから扉を開け、俺を引き摺りながら中に入る。
入室許可を得ずに入ったという事は、俺の尋問は優先度が高いという事か。
只の新米探索者に、ギルド長もご苦労な事だ。
手前に、応接用の椅子と机。
奥に執務用の机。
そして、資料を積み重ねた棚が複数並んでいる。
「よく来てくれた、探索者アルテス……」
奥からギルド長――イリアの父親が近付いてきた。
だが、俺の姿を見て言葉を失った様だ。
真面目だった顔に苦笑いを浮かべている。
「担当管理官イリア、ご苦労だった。下がってよろしい」
イリアがいては、話が進まないと判断したのだろう。
彼女を退室させようとする。
「待って下さい。私は……」
「下がりなさい。これから彼に尋ねる事は、管理官でしかない君には知る権利が無い事だ。もう一度だけ言う。下がりたまえ」
イリアの反論を許さず、父親としてではなく、ギルド長として彼女に命令している。
どこぞの馬鹿とは違うらしい。
仕事に情を持ち込まないとは、珍しい部類の人物だ。
「……管理官イリア、退室します」
ギルド長の命令を受け入れ、イリアはこの部屋から出て行った。
それを確認したギルド長が、懐から拳大の石を取り出し何か呟く。
部屋の中心に魔法陣が浮かぶ。
魔法陣は部屋全体に拡がり、一瞬光ってから消えた。
「取り敢えず、盗み聞きされない様にした。待たせて済まないね」
さっき使ったのは魔道具だったのか。
呟いていたのは、発動の言葉なのだろう。
「では、始めよう。先ずは、ダンジョン前の広場に魔族が現れた件について、聞かせてもらおうか」
「分かった。俺の知っている事は全て話す。だが、知らない事は答えられないからな」
取り敢えず、予防線は張っておく。
「魔族からの依頼と言うか脅迫だな。それで、引き渡し場所がダンジョン前の広場だっただけだ」
「現場にいた者の報告では、エルフの女性を引き渡したとあるな。君が受けた依頼は、エルフの女性を魔族に引き渡すという事でいいのかな」
手に持つ分厚い紙の束――報告書なのだろう――を捲りながら、確認するギルド長。
「ああ。正確には、エルフの女性の救助と奴隷商の皆殺しだ。尤も、皆殺しの方は出来て無いがな」
「……何故、その依頼を引き受けたのかね?」
「仕方無いだろう。街を更地にしながら探すとか言う連中だ。今、剣の修理中なんで、街を更地にされたら俺も困るんだよ」
「街を更地に……これも報告書にあるな。受けた動機は街と自分の為か……」
こめかみに指を当て、考え始めるギルド長。
「……だと、奴……を襲……た……が……」
時折、何か呟いている。
その様子を側から見ているが、結構不気味だ。
「……アルテス君。魔族から、奴隷商を皆殺しにする理由は聞いていないか?」
ギルド長の真剣な表情での問いに、真面目に思い出してみる。
「……確か……魔族に引き渡した女エルフは、何者かに拉致されたエルフの族長の孫娘とか言っていたな。それで、エルフと人間――この街との戦争を回避する為とも言っていた筈だ」
それを聞いたギルド長の顔の色が、面白い程急速に青ざめていく。
戦争になったら困るのは俺も同じだから、ギルド長の気持ちはよく分かる。
その様子を見て、何か気の毒になってきた。
よく見れば、額が以前会った時より、後退している気がする。
ギルド内の害虫駆除をしてから、相当苦労している様だ。
「魔族の話だと、奴隷商を始末しているなら、問題無いだろうという事だったな」
ギルド長には、俺のせいで禿げられても困る。
禿の原因にされるのは嫌なので、管理者から聞いた事を話しておく。
これで、ギルド長が禿げても俺のせいにはならないだろう。
「……そうか。そうなると、後は奴隷商を襲撃した君をどうするかか……」
安心したギルド長が、溜息を吐く。
「どういう事だ? 俺をどうするというのは?」
そう言えば、街中で依頼というより脅迫されて、人を何人か殺している。
よく考えてみれば、俺は殺人犯だ。
賞金首になるかもしれない。
「実は……この街の領主――実際は探索者ギルドの対外交渉役に過ぎないのだがね。何故か、異常なまでに奴隷商を殺した犯人。つまり、君の事だ。その犯人を躍起になって探している」
ギルド長の話を聞いて、奴隷商の店を襲撃して、やった事を思い出してみる。
店にいた、奴隷以外の人を殺した。
女エルフを店から連れ出した。
指折り数えてみたが、この二つしかしていない。
「……殺して、女エルフを連れ出した以外は何もやってない。それなのに、何故領主が出てくるんだ?」
「領主が出てくる事自体、普通では有り得ない事だ。多分、何か裏があるのだろう。ギルドでも今、色々探っている所だ。今の状況だと、いつ領主の兵がここにやって来るか分からない。何か分かったら、直ぐ知らせる。取り敢えずは、ギルド内で大人しくしていてくれ。いいね」
下手に動かない様、念を押してくるギルド長。
俺は、そんなに信用が無いのだろうか。
「分かっている。取り敢えず、何時でも動ける様に身体を休めておく。ここにいる間の食事と寝る場所を用意してくれ」
最低限、必要な物を要求する。
「分かった。取り敢えず、朝食は直ぐに用意させよう。起きたばかりで、まだ食べて無いだろうからな。寝る場所は……そうだな、ここに来るまで寝ていた部屋を使ってくれ」
まさか、あっさり要求が通るとは。
だが、当面の食事と隠れ家は確保出来た。
「分かった。部屋で身体を休めておく」
ギルド長にそう答えると、背を向け部屋を出る。
身体を休める為、確保した部屋に向かった。
 




