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第五十話 奴隷商襲撃(2)

 あの火の勢いなら放っておいても、死体を焼くだけで火事にはならないだろう。

 そう判断し、燃え上がる二つの死体に背を向けて先に進む。


 扉を見掛ける度に開けて中を確認するが、誰もいない。

 この分だと、殆どの奴が外へ飲みに出ているのだろう。

 始末出来たのは、留守番をしていたらしい三人だけ。

 全員始末して、後腐れ無くするのは不可能か。

 それは、それで構わない。

 報復しに来た奴は、全て返り討ちにするだけだ。



 目の前にある扉。

 この部屋で最後だ。

 扉を蹴破り、中に入る。

 この部屋は、他の部屋に比べて装飾が豪華――俺からすれば、下品で成金趣味だ。

 部屋の奥には、装飾品をごてごて身に着けた太った男。

 机に金を積み重ねていて、どうやら金の勘定をしている様だ。

 その側には、武装した護衛らしき者が二人立っている。


「何だ、てめぇは!」


「どっから、入って来やがった?」


 護衛らしき二人は、俺を見るなり、武器――一人は長剣を抜き、もう一人は短剣を二本構えて、太った男を庇う様に動いた。

 答える義務は無いが、聞く事もある。

 魔法倉庫から、抜き身の長剣を取り出す。

 左腕のパイルバンカーを掲げ、血に濡れた長槍の尖端を見せ付けながら答えてやった。


「探索者だ。普通に、入口から入って来たが」


「ふざけてんのか、てめぇ!」


 長剣を構えた剣士が吠える。

 だが、短剣使いはこちらを窺うだけで、何の動きも見せない。

 俺を警戒しているのだろう。

 こいつは厄介そうだ。

 太った男――もう白豚でいいか――は、血に濡れた長槍を見て怯えたのか、丸くなって震えている。


「お前らの相手をする時間はあまり無い。悪いが……死ね。“ブレイクナックル”!」


 宣言すると、剣士にブレイクナックルを放つ。

 同時に、短剣使いへと駆け出し、長剣を叩きつけた。

 金属音が、重なるように響く。

 俺の攻撃は、二本の短剣により受け止められていた。


「チッ……いきなり何しやがる!?」


「さっき言った筈だ。死ねと」


「ガキが舐めるな!」


 鍔迫り合いの状態で、短剣使いが一瞬だけ力を抜いた。

 長剣を押し込み、相手を捩じ伏せようとしていた俺は体勢を崩し、前によろける。


「くっ!?」


 眼前に迫る、左側からの白刃。

 無理矢理パイルバンカーを短剣に向け、作動させる。

 風切り音と共に打ち出される、血に濡れた長槍。

 それは、迫りくる白刃を粉砕する。

 砕かれた白刃の破片は、あちこちに散らばっていく。

 奴の短剣を一本潰した。

 武器を一つ破壊した事による、一瞬の気の緩み。

 それが、白刃の破片の幕を越えてくる、もう一つの白刃への反応を遅らせた。

 俺の顔目掛けて、右から迫る白刃。

 時がゆっくり流れている様に感じる。

 防御と迎撃、共に無理。

 回避すら、間に合わない。

 なら、やることは一つだけだ。

 破壊衝動、闘争本能、生存本能も同じ事を訴える。


 攻撃だ。


 奴の白刃より速い攻撃を叩き込めばいい。

 分の悪い賭けだが、何もしないよりは遥かにマシだ。


 パイルバンカーを短剣使いの胸に向け直しながら、作動ボタンを押し込む。


 間に合え。


 その願いに答える様に、風切り音と同時に腕から伝わる反動。

 それは、長槍がパイルバンカーから放たれた証。


 眼前に迫っていた白刃が力を失い、下に落ちていく。


「ガハッ……ば、馬鹿な……」


「ギャアアアァァァ!?」


 同時に響く二つの声。

 一つは、短剣使いの愕然とした呻き。

 胸に拳大の穴を開けた短剣使いが、口から大量の血を吐く。

 その目に驚愕の色を浮かべたまま、ゆっくりと仰向けに倒れていった。

 もう一つは、白豚の絶叫。

 白豚を見ると、その左肩が赤く染まっていた。

 その後ろに視線を移すと、短剣使いを殺る為に撃ちち出した長槍が、石壁に刺さっている。

 おそらく、長槍が白豚にも当たったのだろう。

 当たった場所が左肩でよかった。

 あの怪我では、逃げるのは無理だろう。

 女エルフの居場所を聞き出さないといけないので、白豚が死んでいたら捜すのに手間が掛かる。

 そういえば、剣士が迎撃に来ない。

 ブレイクナックルを放ったままだが、どうしたのか。

 その疑問は、部屋の左隅を見て解決した。

 剣士は罅割れた壁に叩き付けられた格好のまま、口から大量の血を吐き、身動きすらしない。

 剣士を壁に張り付ける様に、胸にはブレイクナックルがめり込んでいる。

 その足下には、剣身を失った長剣が転がっていた。

 おそらく、ブレイクナックルを長剣で受け流そうとしたのだろう。

 身動きしない護衛らしき二人の様子を見て、生きているとは思えない。

 これ以上の抵抗は無いだろう。


 痛みで蹲り、呻いている白豚の前に立つ。

 その右肩を蹴り、問いかける。


「此処に女のエルフがいる筈だ。何処にいる?」


「た、探索者が何故、わしの店を襲う?」


「質問しているのは俺だ。お前は、聞かれた事に答えればいい」


 そう言って、白豚の左肩に蹴りを入れる。


「ギャアアアァァァ!」


 絶叫し、痛みの余り転げ回る白豚を見ながら思う。

 俺は尋問するのに、向いて無いと。

 白豚が落ち着くまで待つしかないか。

 先ずは、目の前の壁から長槍を引き抜き、パイルバンカーに設置。

 剣士を壁に張り付けているブレイクナックルを回収し、魔法倉庫に仕舞う。

 ついでに腰の袋から、金目の物を頂戴する。

 短剣使いの所にも行き、金目の物を同様に頂いておく。


 そうしている内に白豚が落ち着いたので、怯える白豚の尋問を再開する。


「次は無い。もう一度だけ聞く。女のエルフは何処にいる?」


 パイルバンカーを白豚の頭に突き付け、再度質問する。


「ひっ……ち、地下ですはい。この部屋を出て、突き当たりまで行った扉の向こうに地下への入り口がありますですはい」


 何故か語尾がおかしいが、必要な事は聞き出せた。

 もうこいつを生かしておく必要は無い。


「そうか……死ね」


 パイルバンカーを作動させ、白豚に止めを刺す。

 頭をぶち抜かれた死体から噴き出す血。

 それを浴びて、全身が血に染まる。

 浴びた血を拭いたいが、そうする時間は無い。

 他の奴等が戻ってくる前に、目的を果たさなければ。

 白豚が勘定していた金を魔法倉庫に放り込む。

 それから部屋を出た俺は、白豚から聞き出した地下への入口へ駆け出す。



「此処か……」


 目の前に、地下に降りる階段。

 それを下っていく。


 地下に降りて最初に見たのは、真っ直ぐな一本道。

 その左右は、奴隷を入れている牢の様な部屋。

 すすり泣く女の声が聞こえてくる。

 それを無視して格子越しに部屋を覗き、目的の女エルフを探す。


「いないな……何処だ?」


 部屋に入れられているのは、全裸の人間の若い女。

 薄汚れてしまっているものの、美女や美少女なのだろう。

 中には少女とは言えない、幼い子供も混じっているが。

 幼い子供相手に性欲を満たせる変態が、世の中にはいるらしい。

 人の下種な欲望を見て、反吐が出そうだ。


 俺が、通って行くと、何故かすすり泣く声が途絶える。

 前や通り過ぎた後ろの方からは、聞こえてくるのだが。

 俺が血塗れなのが原因だろう。

 武装した血塗れの男がいきなり目の前に現れれば、普通の女なら恐怖で声が出なくなって当然か。


 進んでいく内に、行き止まりに当たる。

 目の前には、格子で仕切られた部屋。

 その中には、耳の長い女が石の床に俯いて座り込んでいた。

 耳が長い女。

 こいつが、目的の女エルフだろう。

 一応、確認してみるか。


「お前が、エルフの族長の孫娘か?」


 俯いていた女が顔を上げ、無言で俺を睨み付けた。

 が、血塗れの俺を見てその表情が一転、恐怖に染まる。

 そのまま、俺から逃れようと後退りし始めた。


「取り敢えず、俺の質問に答えろ! もう一度聞く。お前は、エルフの族長の孫娘なのか?」


 目の前のエルフらしき女は怯え、沈黙したまま。

 目標確保後の戦闘はなるべく避けたい為、時間の余裕は無い。

 時間を掛けると、殺った連中の仲間が戻ってくる。

 俺一人なら、皆殺しにすればそれで済む。

 だが、足手纏いを抱えての皆殺しはかなり厳しい。


 もう面倒だ。

 間違っていても良いか。

 こいつを管理者に引き渡そう。


 そう決めると、右手の長剣にエンチャント・カオスの魔法をかける。

 虹色に輝く刃を目の前の格子に七回振るい、人が通れる様に切り払う。

 切り払って作った入口から中に入り、エルフらしき女の前に立つ。


「来い」


 エルフらしき女の左腕を掴み、力ずくで引き立てる。

 立たせた事で、隠れて見えなかった全身が露になった。

 怯えを張り付けた美しい顔。

 人間より長い耳。

 人間より華奢で、肉付きの薄い体。

 ただ、その胸は人間でも滅多にいない位の巨乳。

 髪と同じ、白金色の下腹部の茂み。

 胸以外の殆どが、俺が知っているエルフの特徴と一致する。

 こいつが、目的の女エルフだろう。

 これ以上見続けるのは、目の毒だ。

 そう思い、魔法倉庫から体を隠させる為のローブを取り出す。

 虹色に輝く長剣を魔法倉庫に仕舞い、女エルフにローブを掛けようとして、この場ではまず聞き慣れない音が聞こえてきた。

 音のする方を見る。

 床に湯気の立つ水溜まりが出来ていて、尚も注がれ続けていた。

 注がれる湯気の出る水の元を確認する。

 どうやら、エルフらしき女の下腹部、茂みあたりから出ている様だ。

 ということは、つまり……。


「ひくっ……ひくっ……ううっ、止まらないよぉ……」


 エルフらしき女が顔を手で隠し、泣きながらしゃがみこむ。

 その水音は水溜まりを拡げながら暫く続いた。


 すすり泣く声の間に、「もう……お嫁にいけない……」とか、「生きていけないよぉ……」などと呟いている。


 ここまで気落ちして大人しいなら、ここから連れ出すのも楽そうだ。

 いい加減ここから出る為、もう一度女エルフを引っ張り立たせる。

 魔法倉庫からタオルを取り出し、溜息を吐きながら女エルフの下腹部を拭い始めた。

 大人しくされるがままになっている女エルフの茂みまで拭い終わると、使っていたタオルを投げ捨てる。

 裸の女エルフにローブを掛け、目の毒な巨乳――いや体を隠す。

 そのまま、大人しいままの女エルフを横から抱き上げた。


「……時間を食ったな。急ぐか」


 部屋を出て、彼女を抱えたまま駆け出す。

 全身を気で強化している為、人一人抱えたままでも全く苦にならない。

 上に戻り、来た道を戻っていく。

 売場まで戻ると、奴隷達が大声で騒いでいた。

 時間があれば、俺が女エルフを管理者に引き渡す為の時間稼ぎに使うだろう。

 だが、奴隷の中に凶悪な犯罪奴隷がいたら、街の迷惑になりかねないな。


 俺が破壊した扉の在った所まで行き、外の様子を窺う。

 完全に暗くなり、人通りは殆ど無い。

 だが、入口の様子を窺っている奴がいる様だ。

 敵か味方か……確認している暇は無い。

 そいつらを無視して、広場まで駆け抜けるか。

 あまり時間も無い。


「しっかり捕まって、喋るな。口を開いたら、舌を噛むぞ」


 女エルフに注意して、入口から飛び出す。

 錬気する気の量を限界まで上げ、身体能力を更に強化。

 そのまま、ダンジョン前の広場目指して、全力で駆けて行った。


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