第四十九話 奴隷商襲撃
管理者の放った言葉に耳を疑う。
「……無茶苦茶だ。どうしたら、そうなる」
あり得ない内容に、頭を抱える。
そんな事したら、お尋ね者だ。
一体、何を考えている。
「仕方無いでしょう。貴方、自分で産み出した“くっころさん”を性奴隷にしたく無いと言ったのよ。貴方の言い分も踏まえた上で、関係各位と協議した結論なの。これに従えないなら、今すぐそこの“くっころさん”を犯りまくって、性奴隷にしなさい!」
“くっころさん”を指差して、俺を睨む管理者。
関係各位って、一体……何と協議していた?
そんな結論を出す、ふざけた連中。
奴等の頭は、大丈夫なのか。
そんな疑問が、頭をよぎる。
奴等の出した結論。
そんなものに納得など出来ないが、無理矢理納得した事にして管理者に続きを促す。
「少し前に、エルフの大集落――人間の国で言ったら首都に当たるかしら。そこから、エルフの族長の孫娘が拐われてね。それで、エルフの族長の依頼を受けて、私達魔族とその協力者が捜索したの。そうしたら、上の街の奴隷商店で彼女が売られている所を協力者が発見したのよ」
話が、俺の事と全く繋がって無いな。
孫娘、奴隷商店……女のエルフ。
何処かで、見たことあるような気がする。
どこだったか。
ごく最近だった筈だが、思い出せない。
「それを伝えたら、エルフ達は、自分達の手で族長の孫娘を奪還する為、上の街との戦争も辞さない覚悟で準備を始めたの。流石に、戦争が起こるのを傍観している訳にもいかないわ」
馬鹿な奴隷商のお蔭で戦争か。
冗談ではない。
勝手にやってろ。
そんな馬鹿な理由の戦争に巻き込まれたくはない。
「それで今夜、店を襲撃して救助する事になったの。だけど、協力者は基本的に一般人だから荒事には向いていない。無理をさせて、彼等に怪我されても後が困るしね。そんな時に貴方が、“くっころさん”の問題を起こした。大変な手間が掛かったけれど、戦闘慣れした貴方に襲撃させる事で、“くっころさん”の件を含めた色々な事を纏めて丸く治めたの」
結構というか、無理矢理だな。
俺が襲撃を拒否したら、どうなるのか。
その事を管理者に問う。
「そうね……多分、私達が救助に行っているわ。その場合、街は更地になっているでしょうけど」
私達……つまり、管理者と守護者、そして淫乱メイド。
中位以上の魔族が三体。
止められない化物が街で暴れたら、グランディアの街は終わる。
つまり、俺のバスタードソードの復活は永遠に不可能という事。
腐れた連中が出した結論。
嫌でも、俺はそれを受け入れるしかない様だ。
「俺に、拒否という選択肢は無いみたいだな」
溜息を吐きつつ、受け入れる意思を管理者に示す。
「理解してくれて嬉しいわ。作戦を教える前に、伝える事があるわ」
管理者が話し出したのは、“くっころさん”の件。
小難しい所は聞き流し、要点だけを頭に入れていく。
当面は“くっころさん”を性奴隷にしなくてもいい。
その間、“くっころさん”は管理者が責任をもって身柄を預かるという事。
引き取れる様になったら、“くっころさん”を引き取って性奴隷にする。
当面は、“くっころさん”を性奴隷にしなくて済む様だ。
だが、最終的には必ず性奴隷にしなければならない。
何とか、これを回避する方法は無いか。
噂では、ダンジョンの主を倒せば、何でも願いが叶うらしい。
それが本当なら、“くっころさん”を性奴隷にしたくないという願いも叶う筈。
普段なら、噂など余り信じないが。
だが、それを頼りにするしかない。
命懸けになるが、その噂に賭けよう。
「……何か、碌でもない事を考えているのかしら? まあいいわ。作戦を説明するわよ。簡単だから忘れないでね。先ず、店の正面から突入。店の者を全て始末して。殺しても、全く問題無いわ。貴方にとっては、皆殺しにした方が後腐れ無いわよ。その後、族長の孫娘をダンジョンまで連れて来る。簡単でしょう?」
言ってる内容は簡単だが、内容は全く笑えない。
やることは、只の人殺し。
まあ、借りが出来た様だから、余り文句は言えないが。
取り敢えず、“くっころさん”を性奴隷にしなくて済むし、街も破壊されずに済む。
俺にとって最低限の利益――生まれ変わる愛用のバスタードソード――は守られるか。
仕方無いが、それで納得しよう。
「ああ、簡単だ。言うだけならな」
「大丈夫。貴方は、下位とはいえ魔族を倒しているもの。大概の相手なら蹴散らせるわ」
そう言い、左腕のパイルバンカーに視線をやる管理者。
流石に、一度迷宮の壁を破壊したパイルバンカーの威力は忘れてないか。
そこで、ある事に気づく。
「確認するが、襲撃を掛けるのは俺だけなのか?」
まさかとは思うが、一応確認する。
「そうよ。今戦える協力者は、上の街にいないから」
まさかが、現実になるとは。
この分だと、皆殺ししての証拠隠滅は無理そうだな。
一人や二人、漏れるが仕方無いか。
問題になったら、その時考えよう。
「質問は無いわね。なら、さっさと街に戻って待機しなさい。作戦開始は、こちらから念話で伝えるから」
言うだけ言うと、管理者は守護者と“くっころさん”を拘束している台を押す淫乱メイドを伴い、歪みを通ってこの場を去っていっく。
それを見送った俺は、溜息を吐きながら主の間を出る。
管理者の言う通り、ダンジョンから出て待機した方がいいだろう。
帰り道は、魔物に遭遇する事は無かった。
金を稼ぎにダンジョンに潜ったのに、全く稼げていない。
それ所か、厄介事に巻き込まれるとは。
今日は、本当にツイてない。
ダンジョンを出た俺は、作戦開始までの時間潰しに、昨日売った武具の代金を受け取りに向かう事にした。
ダンジョン前の広場を横切り、大通りに向かって歩く。
「まだ、開いているだろうか」
薄暗くなった空を見上げて、呟く。
大将の気分で、たまに店が早く閉まる事がある。
閉まっていないことを祈って、大通りを進んでいく。
『聞こえるかしら』
突然、頭に響く聞き覚えのある声。
同時に、何かが意識に繋がった感覚。
『誰だ?』
『その分だと、聞こえている様ね』
これが……念話か。
という事は、管理者からの連絡の様だ。
『……管理者か?』
『そうよ。準備はいいかしら?』
『何時でも問題ない。目標の店は何処にある?』
よく考えれば、俺は目標の場所を知らない。
作戦説明の時、管理者から教えてもらってなかったな。
間違えて、無関係な店を襲撃する訳にはいかない。
『……伝え忘れていたわ。目標は、貴方がよく利用している道具屋の向かいよ』
あそこか。
そう言えば、朝に人垣が出来ていたな。
『分かった。直ぐに向かう』
『こっちは、ダンジョン前の広場で彼女を連れて来るのを待っているわ。そちらも到着したら、直ぐに作戦を開始して』
『分かった。直ぐに向かう』
俺の返事の後、それまで感じていた、何かが繋がっているような感覚が失われる。
管理者が、念話を切ったのだろう。
作戦開始の様だ。
行き先を目標の店に変え、進んでいった。
目標の店に到着した。
通りは夜の入りだからか少なくなってはいるものの、まだ人が行き交っている。
目標――奴隷商の店は、営業が終わっているのだろう。
中は、人が少ないのか静かだ。
目的の達成は容易になるが、店の人間を皆殺しにするのは無理だろう。
後で報復されるかも知れんが、全て返り討ちにすれば良い。
俺は扉の前に立ち、錬気を始めた。
十分な量の気を錬気出来た所で、右腕にブレイクナックルを装備。
ブレイクナックルにマナを注ぎ込み、起動。
ガードが手を囲い、ブレイクナックルが回転し始めた。
「始めるか……」
高速回転するブレイクナックルで、扉を殴り付ける。
木製の扉はブレイクナックルが叩き込まれた所を中心に、上半分が木片を撒き散らしながら砕け散った。
残った扉の下半分を蹴り飛ばし、店の中に入る。
薄暗い筈の店内。
だが、俺には店内が昼間と同様の明るさで見える。
理由は、大体見当がつく。
腐れ甲冑に身体を弄られたからだろう。
店内を見回すと、壁際に鎖に繋がれた人が多数いる。
あちこちにある、移動可能な小型の檻の中にも人が入れられている。
ここは、奴隷を陳列している所の様だ。
「た、助けてくれ!」
「ここから出して!」
俺が扉を破壊して侵入した事に気付いた奴隷達が、助けを求めてくる。
だが、俺は善人ではない。
もっと言えば、偽善者ですらない。
こいつらを助ける理由や義理など、全く無いのだから。
此所に、用は無い。
奴隷達の求めを無視して、奥に進む。
扉を見つけ、取っ手に手をかける。
扉の向こうから、近づいてくる人の足音が聞こえてきた。
「チッ……気付かれたか」
入口の扉をぶっ壊したり、奴隷達が騒いだりと派手に音をたてている。
様子を見に来ても、おかしくはない。
一人一人探して殺るよりは、自分から来てくれる分手間が省けるか。
一旦扉から下がり、店の者がやって来るのを待ち受ける。
取っ手が動き、扉が開く。
人影を確認した瞬間に、先制攻撃を掛ける。
「ブレイクナックル!」
右腕を突き出し、高速回転するブレイクナックルを放つ。
「グアッ!?」
放たれたブレイクナックルが、人影の胸部に命中。
そのまま、人影を壁に叩き付けて停止する。
それを確認して、開いたままの扉から奥に進んでいく。
後ろからいまだに聞こえる、奴隷達の助けを求める声を無視して。
壁際に、男が口から大量の血を吐き、痙攣しながらうつ伏せに倒れていた。
近くには、放ったブレイクナックルが転がっている。
様子を見に来た奴なのだろう。
この分なら、放っておいても直ぐに死ぬ。
だが、運良く助かる可能性もある。
止めを刺して、確実に息の根を止めておく。
パイルバンカーを男の頭に向け、作動ボタンを押す。
長槍が男の頭を砕き、床の血の海を広げる。
男が確実に死んだ事を確認すると、その体を足で引っくり返す。
かがみこんで血塗れの胸元や腰の袋を探り、金目の物を頂いておく。
「……大した物は無いな」
見つかったのは、少量の貨幣のみ。
従業員程度が、大金を持っている筈がないか。
探すだけ、時間の無駄だろう。
右から、複数人だろうか。
話し声と足音が聞こえてきた。
死体を探るのを止め、立ち上がる。
ブレイクナックルを拾い、再び右腕に装備。
マナを注ぎ込みながら、声のする方へ歩いていく。
明かりだろうか。
角の向こうから、光が伸びてくる。
見つからない様に、角の手前で立ち止まる。
「……あいつは何やってんだ。奴隷共を黙らせられんとは」
「全くだな。要らん手間掛けさせやがって」
聞こえてくる声は二人分。
一人目を一撃で倒せれば、何とかなるだろう。
何時でも動ける様、身構えた。
角から人が出てくる。
攻撃を仕掛ける為、駆け出す。
同時に、出てきた二人を確認。
明かりを持っているのは左側の奴。
先に殺るのは、右側の奴か。
右側の奴に接近。
その頭を壁と挟み込む様に、右腕のブレイクナックルを横凪ぎに叩き付ける。
何かが折れる音を聞きながら、左側の奴に左腕を突き出す。
「……な、何だてめぇは!?」
問い掛けを無視して、左側の奴への攻撃を続ける。
「カオス・ボルト!」
左腕から放たれた虹色の光が、左側の奴の左胸を貫く。
左側の奴が倒れ、持っていた明かりが壊れた。
その火が二つの死体に燃え移り、激しく燃え上がる。
これでは、金目の物は回収出来ない。
回収を諦め、奥に進んでいく。




