第四十四話 ブレイクナックル
「何だ……これは!?」
壁に後付けされた棚の一つに置かれた、鈍色のガントレットらしきもの。
その大きさは、大将の店に置いてある最も大きいものの倍以上。
かなり重そうだ。
誰が使うのかは知らんが、俺が使う事はまず無い筈。
最も、こんなの使う奴などいないだろう。
大将なら使えそうだが。
取り敢えず、コレは見なかった事にしよう。
こいつの事に触れたら、碌な事にならない。
パイルバンカーを置き、台から離れる。
「武器の修理は何時終わる?」
修理に出したバスタードソードとパイルバンカーの長槍の状態を確認している大将に尋ねる。
「……んっ、パイルバンカーの点検に半日、長槍に半日、バスタードソードは数日って所だ」
バスタードソードから目を離さず、確認を続ける大将の返事。
「何故、バスタードソードだけ日数がハッキリしない?」
「アァ? 無茶な使い方しやがって! 芯まで折れ掛かっているのに、二日三日で直る訳無いだろうが!! 髪の毛むしるぞ!?」
余計な一言だった。
怒りで、額に青筋を浮かべ鬼の形相となった大将。
お供えで機嫌が良くなったと思ったが、全て水の泡だ。
「すまない……そこまで酷いとは思わなかった。だが、そこまで酷使しなければ、俺は大将とこうして話しなどしてはいないさ」
ダンジョン内の出来事を思い出し、俺としては珍しく素直になって大将に詫びを入れる。
「……ちっ、まあいい。許してやる」
俺の神妙な詫びに、大将の表情が和らぐ。
言葉通り、許してくれた様だ。
「ここまでぶっ壊れたら、普通は買い換える方が早いんだがな」
馬鹿なのか?
大将の目がそう問いかける。
「冗談言うな。辛うじてでも生きているなら、どれだけ金が掛かろうとこいつを修理して使い続ける。こいつが死ぬ時、それが俺の死ぬ時だ」
睨み付ける様に大将を見ながら宣言する。
「くっ……くくっ……あーはっはっはっ」
腹を抱えて笑いだしやがった。
その面にダガーをぶち込んでやろうか。
「だが、こいつを鍛えた鍛冶師としては最高の賛辞だ。今時、そう言い切れる馬鹿が居るとはな。いいだろう。全力で最高の一振りに鍛え直してやる」
先程とは一転して、自信に溢れた笑みを浮かべていた大将が、深刻な顔をする。
「ただ……問題があってな」
問題?
一体何だ?
「どうしても必要な素材があるんだが、そいつを手に入れるのに時間と金が掛かる」
「稀少な素材なら仕方無いな。金は幾らあればいい?」
時間は、俺が死ななければいいだけだ。
「……五百万……五百万ジールだ。それだけあれば、打ち直すのに必要な量は手に入れられる」
五百万……。
全財産はたいても、一割も出ないな。
明日から、ダンジョンに潜って稼ぐしかない。
「金は何とか稼ぐ。パイルバンカーの点検を明日の朝までに終わらせてくれ」
「それは構わんが……明日からダンジョンに行くのか?」
「ああ。少しでも稼がないとな。そんな大金直ぐには出ない」
「分かった。最優先で終わらせてやる。しっかり稼いで来い……(俺の為にもな)」
大将のこの様子なら、パイルバンカーは持っていけそうだ。
ダンジョンでは、何が起こるか分からない。
だが、俺の最強の手札――パイルバンカーがあるなら何とかなる。
大将が、最後に何か呟いていたな。
声が小さすぎて聞き取れなかったが。
どうせ、聞いても答えないだろう。
「ああ、しっかり稼いで来るさ。戦利品は倉庫に放り込んでおく。買取り金は明日でいい」
そう伝え、鍛冶場を出て倉庫に行く。
「……何も無いな」
倉庫に足を踏み入れ、室内を見た感想だ。
俺も結構な数を売った筈だが、見事に何も無い。
店に出ている数は、何時も同じ位。
信じたくないが、俺が来た時に客が居ないだけで、実際は繁盛しているらしい。
一度、客がいる所を見てみたい物だ。
そんな事を考えつつ、魔法倉庫からダンジョンで獲た武具を出していく。
「……こいつはどうするかな」
手にしているのは、以前腐れ甲冑目当てに襲撃してきた連中の一人が使っていた長剣。
質が良く、装飾が施されている。
持っておいてもいいだろう。
そう判断し、長剣を魔法倉庫に仕舞う。
「まあ、こんなものか」
大将に売り付ける分を出し終え、武具で埋め尽くされた床を見て呟く。
結局手元に残したのは、大剣一振り、長剣二振り、ダガー多数。
剣以外使い馴れていない以上仕方無いか。
何も考えずに出していったから、無秩序に武具が並んでいる。
後は大将が何とかするだろう。
俺の知ったことではない。
倉庫から出て、店に戻る。
陳列されている武具の間を通り、入口に辿り着く。
「アルテス、ちょっと待て」
扉を開け店を出ようとした所で、背後から呼ぶ声に動きを止めて振り返る。
大将が、右腋に点検に出したばかりのパイルバンカー、左腋に見覚えのある鈍色の筒状の物を抱えて歩いてきた。
「大将……パイルバンカーの点検は終わったのか?」
左腋に抱えている物は見えていない事にして、大将に確認する。
「まあな……お前だって、早く使えた方がいいだろう」
確かに、その通りだ。
「そらっ、受け取れ」
そう言って大将が、腋に抱えた物を俺に投げ渡す。
右腋のパイルバンカーではなく、左腋の鈍色の筒状の物。
反射的にそれ――見た目に反して異常に重い――を受け止めた俺は、大将の面を睨み付けながら問い掛ける。
「いきなり、何の真似だ!?」
「なに、ちょっと手伝ってもらおうと思ってな」
大将が、不気味な笑みを浮かべながら答える。
それを見た瞬間から、本能が危険を訴えだす。
関わったら、碌な事にならないと。
見なかった事にしたかった、手にしている筒状の物。
これに関する事なのは確かだ。
「大した事じゃねぇ。今、お前に渡した“ブレイクナックル”の試験をやってもらいたい」
やはりか……。
碌な事にならないと分かっている以上、返事は決まっている。
「断る。俺も暇じゃない」
ただでさえダンジョンに潜る度に碌でもない事が起こっているのに、実験動物の真似などやってられない。
「そうか……なら仕方無い。大急ぎで点検したんだが、こいつを渡す訳にはいかないな」
右腋に抱えていたパイルバンカーを掲げ、大将が悪どい笑みを浮かべる。
チッ……パイルバンカーを楯にしやがった。
パイルバンカー無しでダンジョンに潜るのは厳しい。
何が出てくるか分からない以上、手札としてパイルバンカーは絶対必要だ。
取り戻す為にも、大将に付き合うしかないか。
「……仕方無い。実験に付き合ってやる」
睨み付ける様に見て、大将に説明を促す。
「お前ならそう言ってくれると信じていた。詳しい説明は、裏庭に移動してからだ」
ぬけぬけとそう言いやがった大将は、俺に背を向けると裏庭にさっさと歩いていく。
俺は、仕方無く大将を追いかけた。
「……で、俺はこいつで何をしたらいい?」
“ブレイクナックル”を両腕で抱えている俺は、俺に背を向け、試験の準備をしている大将に尋ねる。
「準備が出来るまで待ってろ」
返ってきたのは、たった一言。
この様子だと、何を言っても無駄だ。
これ以上何か言えば、邪魔するなと力ずくで黙らされる事になるだろう。
俺が全力で反撃しても、簡単に叩き潰されるのは目に見えている。
大人しく待つしかない。
両腕に抱えていた“ブレイクナックル”を地面に下ろし、大将の準備が出来るまで暇潰しにぼんやりと辺りを眺める事にした。
的にするのだろう金属製の鎧を大将が設置している。
視線を右へ向けると、台の上に見覚えのある――足下に置いた“ブレイクナックル”と同じ色と形の物が三つ立てられている。
これは、見なかったことにしよう。
左には、特別変わった物は無い。
暫くして、準備を終えたらしい大将がこちらにやって来る。
「待たせたな。楽しい楽しい実験の時間だ」
「……何が楽しい実験だ? 俺も暇じゃない。さっさと説明しろ」
実験!?
試験ではなかったのか?
大将が笑みを浮かべているのを見て、碌な事にならないと確信する。
「そうだな。取り敢えず、“ブレイクナックル”に右腕を通せ」
「分かった」
膝を付き、右腕を“ブレイクナックル”の何も付いていない側に差し込む。
そして立ち上がろうとするが、重さの為立ち上がれない。
「何やってんだ? さっさと立て」
他人事だと思って、簡単に言ってくれる。
直ぐ立てるなら、とっくに立っているさ。
あまり他人には使っている所を見られたくはないが、気を使うしか無いな。
練気し、気を全身に循環させて立ち上がる。
「……お前、気が使えたのか!?」
俺の気を感じ取ったのだろう。
俺が拙いながらも気を扱える事に、大将が珍しく驚いた様子を見せる。
だが、それは一瞬だけ。
直ぐに、ニヤリとあまりいい感じのしない笑みを浮かべてから続けた。
「よしよし。それじゃあ、後三つ装備しようか」
後三つだと!?
一つは左腕だと判るが、後二つは何処だ?
まさか、脚とは言わないよな。
「左腕と両脚に、右腕と同じ様に装備しろ」
冗談は顔だけにしろ。
そう思い大将の顔を見るが、冗談を言っている様には見えない。
本気の様だ。
これは、何を言っても無駄だろう。
仕方無く、立てられている三つの“ブレイクナックル”を右腕同様、左腕と両脚に装備した。
「これでいいのか?」
「ああ、それでいい。取り敢えずは、こいつの説明だ。もう知っていると思うが、こいつの名は“ブレイクナックル”。格闘用の魔法武具であり、防具でもある複合武具だ。まあ、どういった物かは、実際に使った方が分かりやすいだろうがな」
そう言いつつ、説明をする大将。
パイルバンカーの時と同様、ひたすら話は脱線する。
勿論、関係無さそうな事は全て聞き流したが。
「……という事だ。そろそろ使い方を教える」
ようやく本題か。
「まずは、武器に気を込める様に、“ブレイクナックル”にマナを込めろ」
言われた通りに、右腕の“ブレイクナックル”にマナを集中させていく。
すると、手首側にある飾りだと思っていた四本の棒らしき物が反転。
手を覆う様に形を変えた。
そして、腕を中心にして回転を始めた。
「回転速度が上がらなくなったら腕を振りかぶって目標をイメージしてから、“ブレイクナックル”って言いつつ腕を突き出せ」
言われた通りに目標をイメージし、
「ブゥゥレェイクゥ……ナァッックルゥ!!」
と、面倒くさい事に付き合わせた大将への怒りを込めて腕を突き出す。
右腕から勢いよく飛び出した“ブレイクナックル”は、俺のイメージ通り大将の顔面に向かっていく。
一発食らっておけ。
そう思いながら、“ブレイクナックル”の行方を見守る。
命中する直前、大将が僅かに首を僅かに傾けて“ブレイクナックル”を回避した。
「チッ、避けたか……」
避けられた“ブレイクナックル”が、飛び出した時の勢いのまま俺の所に戻ってくる。
俺に近づくと勢いを弱めながら反転、右腕に装着され、手を覆う様に形を変えていた四本の棒らしき物が起動前の状態に戻った。
「おい、アルテス! てめぇ、何しやがる!!」
額に青筋を何本も浮かべた大将が怒鳴りながら近付いてくる。
「大将の言う通りにしただけだが、何か問題があるか?」
「……確かに使えてたな。まあ、俺が満足するまで試させればいいか」
俺の言葉に納得した大将は、続けてふざけた台詞を吐く。
「という訳で、今日一日こいつを使う練習をして貰うぞ」
悪どい笑みを浮かべた大将はその宣言通り、日が暮れるまで実験という名の練習を俺に強制した。




