第四十三話 魔法武具屋にて
窓から射し込む光と鳥の鳴き声で目が覚める。
「う……」
ゆっくりと目を開く。
よく眠ったな。
昨日の事を思い出そうとするが、飯を食った後の記憶が全く無い。
多分、直ぐ眠ってのだろう。
日課にした気の循環の練習もしていない。
数日間ダンジョンを彷徨っていたんだ。
疲れが溜まっていたから、仕方無いか。
胃が苦しくなるほど食い、たっぷり寝たからか、身体に疲労は全く無い。
ベッドから起き上がり、軽く手足を動かして身体の状態を確認する。
「特に変わった様子は無いか……!?」
何だ?
ダンジョンに潜る前とは比較にならない位、身体が軽い。
探索者になってから、疲労が取れた程度でここまで身体が軽く感じた事はない。
原因となりうる事に、一つだけ思い当たる。
腐れ甲冑に身体を弄られ、強化された事だ。
思い出す度に不愉快になるが、今更言っても仕方無い。
普通は、楽して強くなったと喜ぶのだろう。
だが、これは自分の知らないうちに身体を弄られた結果。
元に戻す事は勿論、生ゴミと一緒に棄てることも出来ない。
気に食わないが、遠慮無く使わせてもらおう。
何時の日か。
下らん計画に俺を巻き込んだ奴等をぶん殴ってやる。
ドアの向こうから、複数の足音が聞こえてくる。
窓から垣間見える日の高さと聞こえてくる足音から、どうやら朝の様だ。
俺の分が無くなる前に、朝飯を食いに行くか。
部屋を出て階段を降り、食堂に入る。
それまで話し声で騒がしかった食堂内が、一瞬で静まり返った。
何故、静かになる?
疑問に思い、辺りを見渡す。
どいつもこいつも俺の方を見て、青い顔をして硬直している。
まるで幽霊でも見ているかの様だ。
俺の後ろに幽霊でもいるのだろうか?
振り返って確認するが、幽霊どころか何もいない。
まあいい。
気にしても仕方無いか。
気にし過ぎると、頭が禿げ山になる。
考えるのを止めよう。
落ち着いて飯が食えると思えば良いか。
自分の分を取り、空いているテーブルに着く。
いつもとは比較にならない程の視線を感じる。
何かしただろうか。
そんな記憶は全く無いが。
気味が悪いので、手早く食事を済ませて食堂を出る。
そのまま、戦利品の処分やポーション等の補充に出掛ける為、宿の入口へ向かう。
「えっ……ア、アルテス生きてたの!?」
背後から掛けられる、驚きに満ちた若い女の声。
酷い言い様だ。
まるで、俺が生きているのが悪いと言いたいみたいだ。
良い気がしない。
「生きていて悪かったな。良く見ろ。一応、足は二本共ある」
無視してもよかったが、だるいので振り返らずに答える。
声に不機嫌さが滲み出ているだろうが、知った事ではない。
後ろで何か言っている様だが、無視してそのまま宿を出る。
「さて、何処から行くか?」
口にしてみたが、最初に行く所は決まっている。
大将の所に行って武器の修理を頼まないと。
その場凌ぎの代用品で、ダンジョンに潜りたくはない。
そんな真似をしたら、碌なことにならないのは目に見えている。
変な所に迷い込んだり、変態魔族と戦ったりなどはもう御免だ。
そう言えば、あの変態魔族はどんな具合に変態だったのだろう。
たった一度会っただけ、しかも殺った奴の事。
魔族の基準だから、俺が考えても分かる訳がない。
考えるだけ時間の無駄だ。
最近――あの腐れ甲冑を手に入れてから、想定外の事が起こりすぎる。
ダンジョンに潜る為にも、準備は出来るだけ万全にしておきたい。
命を預けられるのは、使い慣れた愛用の武器だけなのだから。
魔法武具工房タイラントに向けて歩みを進める。
目に入る街の様子が、昨日と全く違う。
一言で表現するなら、人が多い。
時折見掛ける探索者達は、ダンジョンの方へ向かっている様だ。
おそらく、ダンジョンの封鎖が解かれたのだろう。
大通りを越え、魔法武具工房タイラントに到着する。
店は、もう開いているだろう。
そう判断し、扉を開けて店の中に入る。
相変わらず、客らしき姿はない。
こんな状態でやっていけてるのか。
来る度にこの疑問が浮かぶが、潰れていない以上問題無いのだろう。
俺が来た時だけ、客がいないだけかもしれない。
「大将、いるか?」
カウンターまで行き、呼んでみる。
少しして、奥からどかどかとデカイ足音が近付いてきた。
「何だ?……生きてたのか」
頭を掻きながら、大将がカウンター前まで歩いてくる。
「ふざけた挨拶だな。生きてるに決まっている。そう簡単には死なないさ」
「新米が三、四日も帰って来なければ、普通は死んでるんだがな。まあ、あの甲冑を纏っていればそう簡単には死なんか」
「人を勝手に殺すな。全く……。まあ、何度か死にかけたがな」
「……で、何の用だ?」
俺の苦労話をさらっと無視しやがった。
揉めるのも面倒だし時間の無駄なので、用事を済ませよう。
「武器の修理と戦利品の買取りだ」
魔法倉庫から戦利品の武具を取り出し、カウンターに積み上げながら答える。
「ちょっと待て。どれだけあるんだ!?」
積み上がっていく武具を見た大将の顔が、みるみる引き釣っていく。
「まだあるぞ」
そう告げつつ、武具を取り出し続ける。
「まっ、待て!! それ以上出すのを止めろ! カウンターが潰れる」
木製のカウンターが軋む音を聞いた大将が焦った表情でそう言い、積み上げた武具の上に覆い被さる。
「チッ」
その様子を見て、出し掛けていた小剣を一旦魔法倉庫に戻す。
大将を慌てさせた事で、取り敢えず満足しておくか。
「まだあるんだがな……仕方無い。後は、こいつらの修理を頼む」
そう言いながら、バスタードソードとパイルバンカー用の長槍をカウンターの空いた場所に置く。
刃こぼれし、剣身がひび割れたバスタードソード。
先端が砕け、全体に罅が走ったパイルバンカー用の長槍。
それを見た大将の顔色が、みるみる厳しいものへ変わっていく。
「おい、一体どうしたらそんな状態になるんだ?」
怒りを無理矢理抑え込んだ表情と声で尋ねてくる大将。
これは、相当お怒りの様だ。
貢ぎ物で大将の怒りが上手く収まればいいが。
これ以上、大将の怒りに油を注がない様に気をつけよう。
「パイルバンカーの長槍は、ダンジョンの壁をぶち抜いた結果だ。バスタードソードは……」
「ち、ちょっと待て! ダンジョンの壁をぶち抜いただと!?」
驚愕した表情の大将が、話を遮る。
「最後まで話を聞け」
身を乗り出してくる大将を宥め、話を続ける。
「パイルバンカーについてはさっき言った通りだ。バスタードソードは、壁をぶち抜いて見付けた通路を進んでて遭遇したゴーレムとやりあった結果だ」
「……パイルバンカーの長槍については納得したくないが、取り敢えず納得しておいてやる。だがな……」
カウンターの上に置いていたバスタードソードを手にとって状態を見ていた大将が溜め息を吐く。
「一体、どんなゴーレムとやりあったら、新品同様だったこいつが此処までボロボロになるんだ? いくらアイアンゴーレム相手でも、普通はここまでならん。正直に答えろ!」
「どんなゴーレムかって……現物を見た方が早いな」
説明するのも面倒。
「ゴーレムの残骸を回収している。これから出すから、自分の目で確認しろ」
魔法倉庫からゴーレムの残骸、腕の一部らしき塊を取り出して大将に渡す。
大将はゴーレムの残骸を受け取ると、金槌で叩いたり等、色々な事をし始めた。
多分、残骸の素材を調べているのだろう。
それで解るのか、俺にはよくわからんが。
手伝える事も無いので、大将の作業を暇潰しに眺める。
時折、「硬いな」とか呟いているが、端から見ていて気味が悪い。
「おい、ゴーレムの残骸はまだあるのか?」
調べ終わったのだろう。
残骸を戦利品が積み上がったカウンターの上に置きながら、大将が声を掛けてきた。
自分でこれ以上積むなと言っておきながら、自分が積んで良いのか?
まあ、カウンターが壊れても俺の知った事ではないが。
「ああ。大体は回収してある。ここに全部出せば良いのか?」
「馬鹿か? 何言ってやがる。この状態で何処に置く気だ?」
大将の言葉で辺りを見渡す。
置けそうな場所を探すが見当たらない。
強いて言えば、カウンターの前。
つまり、今、俺が立っている場所だけだ。
「ここだ」
自分の足下を指差しつつ答える。
「寝言は寝てから言え。いや、寝てても言うな」
何処かで聞いた覚えのある台詞が返ってきた。
「なら、何処に置けばいい?」
「……仕方ねえな。取り敢えず、出したモン全部仕舞え。そしたら俺に着いてこい」
大将め。片付けるのが面倒で、俺に押し付けやがった。
だが、言われた通り片付けないと話が進まない。
溜息を吐いてから、カウンターの上にある山の様に積み上げた武具とゴーレムの残骸を魔法倉庫に収納していく。
「片付けたぞ。さっさと案内しろ」
「なら、着いてこい」
そう告げてから、大将が奥に入っていった。
俺は言われるまま、大将に着いていく。
「後でいいから、武具の類いはこの部屋に出しとけ」
廊下を進んでいくと右手に見える『倉庫』と書かれた札の付いた扉。
それを、大将がおとがいを突き出して指し示す。
「分かった」
ぞんざいな示し方に内心で呆れつつも視線を向けて確認し、大将の後に続く。
突き当たりを右に曲がって更に進み、扉を取り付けていない作業場らしき部屋に入った。
予想より広い室内には、大きな炉や金床が備え付けられている。
おそらく、此処が大将の鍛冶場なのだろう。
珍しげに見回している俺に、声が掛かる。
「おい、何やってる。さっさとゴーレムの残骸を出せ」
「分かった。何処に出せばいい?」
辺りを見回しながら確認する。
あちらこちらに分散して出してやったら面白そうだ。
「そうだな。そこの隅に纏めて出しとけ。おい、何か変な事を考えてないか?」
大将が、冷めた目で俺を見ている。
どうやら、考えている事を読まれている様だ。
俺は何を考えているか顔に出やすいらしいな。
隠し事をするのには、向いてないみたいだ。
「分かった。ここでいいんだな」
大将に返事をしつつ、指定された隅へ移動。
魔法倉庫から、苦労して倒したゴーレムの残骸を出し、金属塊の山を築いていく。
「一体分とは言え、結構な量があるな……」
想定していたよりも残骸の量が多かったのだろう。
腕を組んで金属塊の山を眺めていた大将の顔が、少し引きつっている。
「出し終わったぞ」
出し忘れが無い事を確認し、無言で立っている大将に声を掛ける。
「……ああ、見りゃ分かる。修理するバスタードソードとパイルバンカーの長槍はそこの台の上に置いておけ」
「分かった」
言われた通りに、罅割れたバスタードソードと先端が砕けたパイルバンカーの長槍を台に置いていく。
「パイルバンカーも置いていけ。修理のついでだ。点検しておいてやる」
珍しく気前がいいな。一体どうした?
訝しげに大将を見ると、ニヤリと何か企んでいるような悪い笑みを浮かべている。
何か碌でもない事を考えていそうだ。
まあ、俺の不利益にならなければどうでもいいか。
魔法倉庫からパイルバンカーを取り出し、台に置こうとした所で、
「待て。そいつはあっちだ」
と大将が口を出す。
一緒に置いても問題無いだろうに。
面倒だ。
そう思いながらも、言われた通り指示された台に置いた所でそれに気付いた。
「何だ……これは!?」