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第四十二話 無能?化け物?

「ま……待て。こちらに戦う積もりはない」

 

 長剣を構えたまま考え込む俺に、掛けられる声。

 

「……」

 

 警戒しながら、声のした方を見る。

 

 ちょっと、通せ。

 大怪我したくないだろ。

 

 そんな事を言いながら警備員達を掻き分けて、一人の警備員が俺の前に立つ。

 何処かで見掛けた覚えがある。

 それも最近の事だ。

 何処だったか?

 

「……あんたは?」

 

 そう尋ねるが、声に出した事で思い出す。

 確か……数日前、ダンジョンの出入口にいた奴だ。

 

「お前がダンジョンに潜る前に会っただろう。……と言うか、入るのを止めただろうが!」

 

 止めた?

 あれは、止めたと言うのだろうか。

 ただ、気を付けろとしか言わなかっただろう。

 言いたい事は色々あるが、今はやめておく。

 

 「そうだったか? それより、これは一体?」

 

 目の前の男は、この場での戦闘を止める為に動いている様だ。

 話に合わせた方がいいだろう。

 無謀な戦闘をせずに済む。

 長剣を魔法倉庫に納めて、戦意が無いことを示してから話を促す。

 

「お前がダンジョンに入ってから、ゴブリンがダンジョンから溢れ出ない様に入口を封鎖したんだ」

 

 そこから始まった話を纏めると、こういう事らしい。

 

 ダンジョンの封鎖は、都市の安全の為に直ぐやらなければならなかった。

 だが、ギルド長の命令で俺がダンジョンに入ってからという命令が出たこと。

 俺がダンジョンに入るまで、休み無くモンスターを警戒し迎撃し続けていた等々。

 愚痴交じりに聞かされる内容。

 そんな事を愚痴られても、俺の知ったことではない。

 馬鹿なギルド長に文句を言っておけ。

 

「……で、三分程前に入口を塞いでいた封印の壁に施していた魔法障壁が破壊された。それに続いて小さな穴が開いてから、壁が倒れた。危険なモンスターかと思って集まったら、出てきたのがお前さんだったって訳だ」

 

 この物々しい様子については、その説明で理解した。

 

「……俺を見て怯えているのは何故だ?」

 

 ダンジョンから出てからずっと感じていた疑問を口にする。

 

「まあ、怯えるだろうな。オーク程度では束になってもびくともしない封印の壁を、たった一人で排除したんだ。化け物扱いされても仕方無い」

 

 化け物。

 “無能”からそこまで変わるのか。

 喜んでいいのか判らんが。

 取り敢えず、普通ではあり得ない事をしたらしい。

 

『――告。あれだけの気を叩きつければ、あの程度の障壁は一撃で破壊できます』

 

「化け物か……“無能”と呼ばれてる俺が? 笑える話だ」

 

 怯えている奴等に当て付ける様に、やった事を教えてやる。

 

「時間を掛けて練った気を叩きつけて、パイルバンカーを打ち込んでもびくともしないから、八つ当たりで蹴っただけなんだが」

 

 俺がやったのはそれだけだ。

 

「……ちょっと待て。気を叩きつけたって……お前、気闘法が使えるのか?」

 

 何故、そんな事を聞くのか。

 近接戦闘するのに、必要な技術だろう。

 

「練気と集中ぐらいだがな」

 

「……お前、自分が何言っているか分かっているのか? 何年も訓練して、ようやくお前が言っている事が出来る様になるっていうのに……」

 

 何故か落ち込んでいく男。

 

「そんな事は知らん。魔法が使えない“無能”ってことで何処のパーティーにも入れてもらえなくて、仕方無くソロでやって来たんだ。今更、パーティーに入れてもらおうとは思わないがな」

 

 自分で言ってて悲しくなってきた。

 それを振り払う様に続ける。

 

「魔法が使えない分、体質的に気を巧く扱えるのだろう」

 

 本当は“気功・気闘法大全 完全版”のお陰なのだが、それを教えてやる理由は無い。

 運が良くないと、使えばほぼ確実に死ぬ代物。

 何も知らずに使った俺が言うのも何だが、そんなものの使用を薦めるつもりはない。

 

「もういいか? いい加減疲れているんだ」

 

 言い捨て、目の前のギルドに向けて歩き始める。

 

 一歩進むごとに、目の前の警備員の壁が左右に別れていく。

 その顔は、どいつもこいつも怯え――恐怖のせいだろうか引きつっている。

 

 移動の邪魔をしないだけマシか。

 そう思いながら、警備員達が別れて出来た道を進んでいく。

 

「待て!」

 

 再び、俺を呼び止める声。

 この声。

 さっきの奴か。

 まだ用があるのか?

 

「何だ? もう俺に用は無いだろう」

 

 向き直るのも面倒だ。

 振り返らずに答える。

 

「用があるから呼び止めているんだ! 一つだけ教えてくれ。ゴブリンどもはどうなった? 無事に帰って来ているから、ある程度は倒しているのだろうが」

 

 何だ、そんな事か。

 ギルド勤めも大変そうだな。

 それ位なら、答えても良いか。

 

「粗方片付けておいた。これでいいだろ」

 

 二言で終わらせ、再び歩き始めた。

 後ろで何か喚いているが、ウザいので無視する。

 一刻も早く汗を流して、飯を食ってから寝たい。

 

 

 通行人や馬車を避けつつ道路を横断し、ギルドに移動する。

 ダンジョンを立入禁止にしているだけあり、辺りに探索者の姿は全く無い。

 扉を開け、中に入る。

 遠目に見える窓口には受付のギルド職員がいるが、暇そうにしていた。

 それを横目に、地下のシャワー室に移動する。

 シャワー室に着いて直ぐに、腐れ甲冑を収納。

 手早く服を脱いで魔法倉庫に放り込み、湯口の前に立つ。

 取っ手を押し下げ、お湯を出す。

 湯口から出てきた熱めのお湯が、全身の汗を洗い流していった。

 

 

 汗を洗い流してさっぱりしたことで、生きて帰れたことを実感した。

 身体を拭き、着替えを魔法倉庫から取り出して着る。

 

 シャワー室を出て、階段を昇っていく。

 

「数日振りのマトモな飯か……」

 

 何を食うか考えながら階段を昇り、出入口に向かった。

 扉を開けて外に出ようと、取っ手に手を掛ける。

 

「あっ……」

 

 飯の事で頭が一杯になってて忘れていた事を思い出す。

 バスタードソードの修理とパイルバンカーの長槍の補充。

 手持ちの金と戦利品の代金では、足りそうに無い。

 今から受付に預けていた金を取りに行くのは面倒だ。

 だが、忘れる前に取りに行っておいた方がいいだろう。

 数日はゆっくりしたい。

 仕方無い。取りに行くとするか。

 

 踵を返し、受付に向かう。

 探索者が全くいないギルド内部。

 ゴブリンの大発生で、開店休業中だから仕方無いだろう。

 開いている窓口は一つしかない。

 さっさと金をおろして、飯を食いに行くとするか。

 

「済まない。預けていた金を引き出したいのだが」

 

 受付のギルド職員に声を掛けた。

 

「……えっ!? はっ、はいっ!」

 

 暇過ぎて、半分以上寝ていたのだろう。

 声を掛けた事で、激しく驚いている。

 

「悪いが、金を下ろしたい。手続きを頼む」

 

「わっ、分かりました。こちらに手を乗せて下さい」

 

 言われた通りに、差し出された半透明の板の上に右手を乗せる。

 一瞬、板が輝く。

 

「……アルテスさんですね。二十二万ジールお預かりしています。如何ほど、おろされますか?」

 

 受付の職員が、うつ向いたまま聞いてくる。

 どれだけおろすか。

 修理と補充にどれぐらい掛かるか分からない。

 あるだけ下ろそう。

 

「全額で頼む」

 

「分かりました。少々お待ちください」

 

 そう言うと、何処からか取り出した鍵らしき物を手に席を立って、奥に入っていく。

 どうやって人の判別したのか。

 詳しい事は理解出来ないだろう。

 

〈人もこの様な物を造れる様になったのだな〉

 

 突然、脳裡に響く声。

 レイか。

 声を掛けて来るのは久しぶりだな。

 

〈何、暇なのでな。そなたで遊びに出てきたまで〉

 

 悪いが、お前の遊び相手をする程の暇は無い。

 と言うか、人で遊ぶな。

 それより、前と語尾が違っているが?

 

〈前にも言ったが、その時の気分で変えておる。それよりも目の前の魔法具は興味深い〉

 

 どういう趣味をしているんだ。

 魔法具に興味を持つとは。

 レイの思考に付いて行けない。

 まあ、害さえ無ければ構わないか。

 

〈そなたが触れていた板と、鍵を転移させた物。どのような仕組みか興味がある〉

 

 勝手にやっててくれ。

 俺は興味が無い。

 問題無く使えれば、それで十分だ。

 

「アルテスさん、用意ができました。二十二万ジールです。ご確認下さい」

 

 レイに遊ばれ掛けていた所に、掛けられる声。

 

「分かった」

 

 受け皿に載せられた金を魔法倉庫に放り込み始める。

 確認しなくても問題は無いだろう。

 その点は、受付の職員を信用しておく。

 

 受け皿の金を仕舞い終えると、そのまま背を向けて受付カウンターから離れた。

 

 

 扉を開け、ギルドから出る。

 

「やっと飯が食える」

 

 何処の店で食おうか。

 ダンジョンが封鎖されている以上、何処も多くの酔っぱらっている探索者どもで溢れているだろう。

 酔っぱらいに絡まれるのも面倒だ。

 飯ぐらい落ち着いて食いたい。

 宿で食うか。

 

 

 宿に向かい、歩いていく。

 目に映る光景は、数日前とあまり変わらない。

 行き交う人々。

 賑わっている露店や屋台。

 ダンジョンが封鎖されている為、探索者らしき者が普段より多少多い位か。

 それらを横目に見ている内に、宿に辿り着いた。

 開けっ放しになっている入口から中に入る。

 直ぐ側の受付に、誰もいない。

 辺りの様子を窺っていると、奥の方から声が聞こえてくる。

 どうやら、昼飯時の様だ。

 ダンジョンに数日潜っていたことで、時間の感覚が狂っているらしい。

 ちょうどいい所に帰ることが出来た。

 早速、昼飯を食うとしようか。

 

 

 食堂に入る。

 広めの室内だが、飲食している奴は十人もいない。

 この宿は酒を出していないから、外の酒場で飲み食いしているのだろう。

 俺には都合がいい。

 落ち着いて飯が食えるのだから。

 積み重ねられているトレーを取り、スプーンとフォークをその上に載せる。

 この宿の食堂は、セルフサービスだ。

 自分で好きな量を盛りつけられるのが、ありがたい。

 嫌いなものも食わずにすむ。

 主食のパンを二本取り、トレーに載せる。

 大きめの食器を載せ、湯気が立ち上る鍋の方に移動。

 なべから漂ってくる匂いが鼻をくすぐり、食欲をそそる。

 鍋の中を覗き込む。

 今日はポトフか。

 おたまを手に、ポトフを大きめの食器に盛り付けていく。

 肉をたっぷり。

 人参もたっぷり。

 馬鈴薯もたっぷり。

 玉ねぎは……程々に。

 盛り付け終えて気付く。

 食い切れるのか、これ。

 まあ、何とかなるだろう。

 数日振り。

 待望の暖かい飯だ。

 意地でも食い切る。

 

 空いているテーブルにトレーを置き、椅子に座る。

 

 左手にパン。

 右手にスプーンを持ち、食い始める。

 パンを食い千切り、ポトフの肉にかぶり付く。

 熱い。

 

 それでも、食べるペースは落ちない。

 気が付けば、無理かと思った量を食べ尽くしていた。

 

「……く、苦しい」

 

 胃の辺りを押さえながら呟く。

 だが、その苦しさが俺に生きている事を実感させる。

 思わず口許が緩む。

 ゴブリンが大発生していたダンジョンから生還した。

 この事実は、次にダンジョンに潜る時に自信になるだろう。

 

 パイルバンカー。

 こいつを筆頭に、色々な装備に助けられた。

 腐れ甲冑を含めて。

 

 腹を満たしたことで、眠気が襲ってきた。

 このまま寝たら、不味い。

 

 何とか立ち上がり、這いずる様にして自室に戻る。

 ベッドに倒れ込むと同時に、目の前が真っ暗になった。


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