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第四十一話 帰還

「くっ……」

 

 立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。

 これまでに溜まった疲労が、ここに来て限界を越えた様だ。

 戦利品と撃ち出したパイルバンカーの長槍を回収して、階段を上がるだけだと言うのに。

 仕方無い。

 動ける様になるまで、休憩しよう。

 

 周囲を警戒しながら、魔法倉庫からヒールポーションを取り出して飲み始める。

 まず一口飲み、味を確認。

 これも怪しい味付きの物では無い様だ。

 その事に安堵する。

 だが、温くも冷たくもない。

 何とも微妙な温度に、喉から出かかった文句を飲み込む。

 本当なら冷たい水を飲みたい所だが、無い物は仕方無い。

 贅沢は敵だ。

 喉を潤せるだけマシだと思う事にする。

 ヒールポーションの効果なのだろうか。

 飲んでいくうちに身体から少しづつ疲労が抜け、身体が軽く感じられてきた。

 

 落ち着いてきた所で辺りを見回し、回収出来る物を確認する。

 魔晶石四つに、大剣二振り。

 それと槍が一本か。

 壁に突き刺さっていると思っていた、パイルバンカーの長槍が見当たらない。

 何処に行った?

 手足が生えて、勝手に歩いていくなどあり得ない。

 つい、その様子を想像してしまう。

 余りにも不気味だ。

 そんな気味悪い物なら、二度と使う気は起こらん。

 馬鹿な事を考えるのは止めよう。

 一瞬でも想像したことを後悔する。

 冗談抜きで探さないと。

 あれは、俺にとっては安い買い物では無い。

 取り敢えず、撃ち出した時の事を思い出してみる。

 

 階段の側。

 下から突き上げる様にパイルバンカーを叩きつけて、長槍を撃ち出した。

 

 そう言えば、長槍が何かに当たった様な音を聞いた覚えがない。

 上向きに撃ち出したから、階段を抜けてダンジョンの外まで飛んで行ったのだろうか。

 もしそうだったら、長槍の回収は不可能かもしれない。

 何処まで飛んだか分からないが、探すのは困難だろう。

 行方が不明だったら、長槍は諦めるしかない。

 確定ではないが、一回の探索で二本もパイルバンカーの長槍を失った様だ。

 予備を含めた三本の内、一本は破損。

 もう一本は行方不明。

 残りは一本。

 もう矢鱈と撃ち出せなくなる上、長槍の先端が砕けたらパイルバンカーは使えなくなる。

 それは、非常に不味い。

 装備で嵩上げしている俺の攻撃力が、冗談抜きで低下する。

 新しい長槍を急ぎで用意してもらえる様、大将に頼み込むしかないだろう。

 バスタードソードの事もある。

 貢物が役に立つかは、分からんが。

 色々考えているうちに、取り敢えず動ける位には体力が回復した。

 戦利品を回収して、さっさとダンジョンから出よう。

 

 立ち上がり、オークが落とした武器と魔晶石を回収し魔法倉庫に放り込んでいく。

 拾い終わってから、周囲を見回して拾い忘れが無い事を確認した。

 

「さあ、帰るか」

 

 階段の方へ向かって歩き始めようとした所で、まだやらなければいけない事があるのに気付く。

 長槍を撃ち出したままのパイルバンカー。

 その長槍の装着だ。

 

 魔法倉庫からパイルバンカー用の長槍――最後の一本――を取り出し、パイルバンカーに装着。

 作動させ、長槍が打ち出される事を確認。

 これで、パイルバンカーは何時でも使える。

 流石に、階段を昇る途中でモンスターと戦う事は無いだろう。

 だが、先で何が起こるかなど、神ならぬ人の身で分かる訳が無い。

 出来る限り、戦える状態を維持しておく。

 

 パイルバンカーの作動確認を終えて、階段を昇り始める。

 俺の足音だけが、通路に響く。

 壁面や天井を見ても、撃ち出した長槍が刺さっていない。 

 この分だと、出入口から外に飛び出しているだろう。

 撃ち出した長槍が回収出来ないのは、ほぼ確定か。

 痛い出費だ。

 だが、高い授業料を払ったと思って諦めるしかない。

 今後は長槍を撃ち出す時は、その先がどうなっているのかを確認する。

 ……いい教訓が得られたと思わないとやってられない。

 

 

 階段を昇りきった俺の目に映るのは、街の喧騒ではなく出入口を塞いでいる壁。

 数日前、ダンジョンに潜る時は無かったはずだ。

 俺が入ってから、出入口を塞いだのだろう。

 左の上の方に、長槍の太さと同じ位の径の穴が開いている。

 撃ち出した長槍が、この穴を穿ったのだろう……。

 最悪の予想が当たった様だ。

 壁に穿たれた穴を見て、長槍は諦めがついた。

 それより、問題は目の前の壁だ。

 

 壁を見たり、叩いたりして調べる。

 

 判ったのは、金属製だという事。

 鍛冶師とか学者では無いのだから、材質までは判らない。

 只の探索者に、そこまで判れというのは無理だろう。

 そして、普通の武器では歯が立たない厚さだろうという事。

 パイルバンカーなら、穴を穿つのは簡単なはずだ。

 しかし、ひたすら壁にパイルバンカーで穴を穿ち続けて通れる穴を作るのも面倒だ。

 

 ダンジョンの出入口を塞ぐ壁を前に、どうするか考える。

 ダンジョンに舞い戻るのは論外。

 当然だ。

 苦労して、ようやくここまで戻ってきたのに。

 いい加減、美味い飯が食いたい。

 その為には、目の前の壁を何とかするしかない。

 出来るなら、なるべく手間を掛けたく無い。

 だが、いい方法が思い付かない以上、パイルバンカーで穴を穿ち続けるしかないだろう。

 

 いい方法が無いか、暫く考えたが全く思い付かない。

 仕方無い。

 手間が掛かるが、パイルバンカーで穴を穿ち続けよう。

 

 出入口を塞ぐ金属製の壁の前に立ち、パイルバンカーを壁に向ける。

 作動ボタンに指を掛け、押そうとした瞬間。

 脳裡に浮かび上がる、知らない情報。

 おそらく、技能書によって頭に刻み込まれていたものだろう。

 その内容を確認する。

 

 『武神流気闘法 正拳

 

 武神流気闘法の基本的な技。

 気を纏わせた拳を、相手に叩き込む。

 ぶっちゃけた話、ただ気を使って威力を上げただけの何の変哲も無い、ただのパンチだ。

 呆れているかもしれんが、基本は大事だぞ。

 

 ……何と言えば良いのか。

 自分で何の変哲も無いと言っておきながら、御大層に技名を付けている。

 神が流行りで遊び半分に創った物だ。

 それを知らず、神が創った技能書を有り難がる奴等も大概だが。

 俺も少し前まではそうだったから、他人の事は言えない。

 頭に浮かび上がってきたということは、多分使える様になったのだろう。

 それなら、駄目で元々だ。

 試しに使って見るか。

 壁をどうにか出来て、外に出られるのなら何でも構わない。

 

 壁を前にして構える。

 気を練る為に、気闘法の呼吸を始める。

 まだ、意識しなければ上手く気を練れない自分に苛立ちを覚える。

 無意識に錬気出来る様になる日は来るのだろうか。

 それは、分からない。

 そうなるよう、練習を続けるだけだ。

 

 五分程掛け、十分だと思える量の気を練り上げる。

 身体に循環させる分以外の全ての気を、ゆっくりと右腕に集中させる。

 気が集まるにつれ、右腕が熱くなっていく。

 気の制御は、思ったより上手く出来ている。

 時間が掛かり過ぎているから、未だ戦闘で使えないが。

 だが、確実に進歩しているのと感じられる。

 ゆっくりだろうが、最終的に思い通り使える様になればいい。

 腐れ甲冑を当てに出来ない以上、俺自身が強くなればいいだけだ。

 

「……これ位でいいか」

 

 時間を掛けて集中させた気により、右腕は燃えているかの如く熱くなっている。

 出入口を塞ぐ壁に、右拳を全力で叩き込む。

 

 壁と右拳が激突した、激しい音が通路内に響き渡る。

 その瞬間。

 頭に直接響く声。

 

 『集中させた気を解放しろ!』

 

 その怒鳴るような声に驚き、辛うじて出来ていた気の制御が出来なくなる。

 制御出来なくなった気が、激しい勢いで壁に向かっていくのを感じる。

 

 これが、気を放出する感覚か。

 

 気が放出されていくに従い、右腕から感じていた異常な熱さも失われていく。

 右腕に集中させていた気が全て放出されたが、出入口を塞ぐ壁に変化は無い。

 

「駄目か……」

 

 “正拳”は、武神流気闘法の基本的な技らしい。

 それなら、目の前の壁をぶっ飛ばせ無くても仕方無いだろう。

 目の前の壁をどうにか出来れば良し。

 駄目でも、気闘法の練習にはなった。

 どちらにしろ、俺に損は無い。

 駄目だったなら、別の手を考えるだけだ。

 ……とは言うものの、そう簡単には思い付かない。

 どうするか。

 仕方無い。

 最初の予定通り、パイルバンカーで穴を穿ち続けるか。

 その内、何か思い付くだろう。

 

 パイルバンカーをおもむろに壁へ向けた。

 適当な所に狙いをつけ、作動ボタンに指を掛ける。

 作動ボタンを押し、パイルバンカーを作動。

 風切り音と共に長槍が打ち出され、眼前の壁と激突。

 金属製の壁をいとも簡単に貫く。

 

 まあ、ドラゴンの防御すら貫くと大将が豪語するだけはある。

 それを考慮すれば、目の前の壁など紙切れ同然か。

 だが、延々とこれを繰り返す事をのは面倒だ。

 魔晶石の消費も馬鹿にならない。

 何かいい方法は無いだろうか。

 まあ、いい方法を思い付いていれば、こんな面倒な事はしていないが。

 何故か、苛つく。

 ……苛つく理由はわかっている。

 現状を打破出来ない、俺自身に対してだ。

 ダンジョンから出るのに邪魔な、出入口を塞ぐ壁。

 これさえ無ければ。

 今頃は、汗を流してから何処かの飯屋で数日ぶりの暖かくて美味い飯を食っていた筈だ。

 

 沸き上がってくる苛立ちを行く手を遮る壁にぶつける。

 具体的には、壁に全力の蹴りをいれただけだが。

 だが、それは俺が望む結果をもたらした。

 目の前の壁が、街側にゆっくりと倒れ始めたのだ。

 隙間から差し込んでくる陽光。

 それに続き、出入口を塞いでいた金属製の壁が倒れ、地響きが辺りに響き渡る。

 目の前に映るのは、久しぶりに見た街の風景。

 ……ではなく、完全武装したむさ苦しい警備員共が出入口を包囲している光景だった。

 

「……これは一体?」

 

 三〇人はいるだろうか。

 全員が、武器を俺に向けて構えている。

 そういえば、ダンジョンに潜る前に、ギルド長の馬鹿孫を決闘で殺っていたな。

 ギルド長の命令で、俺を殺りに来ているのか。

 それなら敵と見なしていいだろう。

 全て返り討ちにするまでだ。

 

 魔法倉庫から長剣を取り出し、警備員共を睨め付けながら構える。

 が、警備員共の様子がおかしい。

 何故か怯えだしたのだ。

 たかが、新米探索者。

 しかも、魔法を使えない“無能”と呼ばれている俺に。

 まあ、気にする必要は無いだろう。

 どうせ全員殺るのだから。

 

 目の前の警備員共を睥睨する。

 一人で相手するには多すぎるし、何より面倒だ。

 体内のマナはほぼ回復している。

 それなら、魔法である程度は減らしておくか。

 

 長剣を構えたまま、左腕を突き出す。

 

 魔法――カオス・ボルトを使おうとして、ふと我にかえる。

 何故、ギルドの警備隊を相手に無茶な戦いをしようとしているのか。

 いくらギルド長が馬鹿だったとしても、白昼堂々俺を殺ろうとはしないはずだ。

 そこまで馬鹿ではないだろう。

 少し考えれば分かる事だ。

 俺は、魔法を使えない“無能”で通っている。

 その俺が、魔法を使う。

 使える事が分かれば、それだけで邪悪な者と認定されてしまう混沌魔法をだ。

 そうすれば、探索者を続けられなくなるだろう。

 それ処か、お尋ね者となって一生逃げ回る事になる。

 それが分からない程、俺も馬鹿ではない。

 まるで、思考を何かに誘導されているかの様だ。

 多分だが、心当たりはある。

 破壊衝動。

 こいつが原因だろう。

 だが、後回しだ。

 今の状況をどうするか。


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