第四十話 帰路
甲冑の宣言と共に、マナの急激な消費が止まる。
俺の意思を無視して勝手に身体強化を発動するとか、一体何を考えているのか。
これまでの言動から、何らかの目的があって、色々やっている事は想像が付く。
俺の力では歯が立たないモンスターでない限り、身体強化を使うのはマナの無駄遣いだ。
寧ろ、俺の技量を上げる為ならコボルド程度に使う必要は無いはず。
甲冑の思惑が、全く分からない。
相手が人では無い以上、考えるだけ無駄だろう。
その内、分かる時がくるのだろうか。
取り敢えずは放っておくしかない。
だが、戦闘中に勝手に動くのだけは何とかしなければ。
そう思っても、打つ手が思い付かない。
手の打ちようが無い事が、非常に腹立たしい。
やり場の無い怒りと苛立ちを無理矢理押さえ込んで、歩き出す。
十字路の中心まで移動し、左右の通路を見渡す。
見える範囲にモンスターらしき影は無い。
どうやら、四匹で終わりの様だ。
コボルドどもが残した魔晶石と短剣、戦闘に使用した長剣と投擲したダガーを回収していく。
時折、新手のモンスターが現れないか確認するが、その様子は全く無い。
「回収忘れは、もう無いな」
戦闘した辺りを見て、回収忘れがないことを確認する。
次は、甲冑が勝手に身体強化を発動したお陰で予定外に消費したマナの回復か。
魔法倉庫からマナポーションを取り出す。
栓を抜き、一口飲む。
何時もの、マナポーションの味。
流石に怪しげな味付きマナポーションは品切れの様だ。
と言うか、これ以上あってはたまらない。
俺は、実験動物では無い。
左手に持ったマナポーションを飲みながら、通路を入り口に向けて再び歩み始める。
一口飲む度に、甲冑のせいで無駄に消費させられたマナが少しづつ回復していく。
モンスターと遭遇したら一気に飲み干すつもりだが、今の所は影も形も無い。
取り敢えず、ゴブリンは粗方駆除しているはずだ。
だが、何時コボルドやオークと遭遇してもおかしくはない。
しかし、現実は最初にコボルド四匹と戦闘した後、全く見掛けていない。
このままモンスターと遭遇しなければ、戦闘無しで入り口まで辿り着けるだろう。
運が悪くなければの話だが。
マナポーションを飲み終え、通路を進んでいく。
視界の先、通路の向こうに階段が見える。
ようやく、入口のある広間に辿り着いた様だ。
「Bumooooooo!」
広間に入った途端、響く咆哮。
やはり、俺は運が悪い様だ。
歩みを止め、周囲を確認。
咆哮のした方、入口へ続く階段の前に複数の影が見える。
それ以外に、この場に何かが潜んでいる様子は無い。
人型の影。
探索者では無いだろう。
入口にいた番人の様子だと、俺以外をダンジョンに入れていないはず。
ゴブリンで無いのは確実だ。
俺が粗方駆除したと言うか強制的に駆除させられたから、この辺りをうろついているはずは無い。
多分、コボルドもしくはオークのどちらかだろう。
どちらにしろ、殺ること……いや、やる事は変わらない。
モンスターだろうが何だろうが、立ちはだかる者全てを倒して、ダンジョンから出るだけだ。
魔法倉庫からシールドの巻物を、両手に一本づつ取り出す。
と同時に、二本の封を切る。
光輝くシールドが俺の左右に一枚づつ出現し、直ぐに見えなくなる。
「さっさと倒して、ダンジョンから出るか」
魔法倉庫から長剣を取り出しつつ、前にいる影の正体を確認する。
豚面のオークが四匹。
上半身裸で、腰巻きを身に付けている。
それぞれが、何故か不釣り合いな大剣や槍で武装している。
その向こう、階段の側には金属製だろう。
鋼らしき質感の鎧兜を纏った何かが立っていた。
おそらく、こいつがリーダーなのだろう。
リーダーの正体は、顔までを覆う兜や鎧のお陰で分からない。
オークだったとしても、普通のオークではないだろう。
しっかり武装している所を見ると、知能は高い様だ。
腐れた甲冑を手に入れた時の奴程では無いが、苦戦は免れないはず。
逃げるという選択はあり得ない。
ダンジョンから出たいのに、戻るというバカな事をやるつもりは無い。
それに、今の俺はあの時の俺とは違う。
目の前に立ちはだかる者、その全てを叩き潰す。
それをやってのけるだけの力は、既にある。
左腕のパイルバンカーで、全てを殺るだけだ。
「Buhiiiiiiiiiiii!!」
焦れたのだろう。
四匹のオークが雄叫びを上げ、一斉に俺に向かって駆けてくる。
知能の低いモンスターらしく、バラバラで連携もへったくれもない。
こいつらで最後。
なら、全力で殺るだけだ。
長剣にエンチャント・カオスの魔法を無詠唱で掛ける。
直ぐに、剣身が虹色に輝く。
それを確認すると、近付いてくる四匹のオークに向けて駆け出す。
右手前、左奥、左手前、右奥の順に四匹のオークに優先順位をつけておく。
先ずは、右手前の奴から。
俺目掛けて、勢いよく振り下ろされる大剣。
その煌めく剣身が、右側に展開している魔法の盾に受け止められる。
不愉快な甲高い激突音が辺りに響く。
大剣の勢いに押され、俺の身体が後ろに滑る。
だが、それだけだ。
腐れ甲冑に弄られたこの身体。
気闘法による強化を差し引いたとしても、俺の想像以上に強化されているらしい。
以前の俺なら、大剣の威力に押し潰されて終わっていただろう。
虹色に輝く長剣で、オークのがら空きになった豚面を突く。
貫かれた頭部が消し飛び、頭を失ったオークは手にしていた大剣を落として光と共に消滅する。
「……一匹」
次は左奥の奴。
攻撃魔法――カオス・ボルトを叩き込もうとするが、予想していた位置に見当たらない。
何処へいった?
探す俺の目に映ったのは、槍を下敷きにして転がっているオークだった。
「……」
何と言えばいいのか……。
おそらく、槍の柄に足を引っ掛けて転んだのだろう。
使えもしない武器を無理して使うからだ。
間抜けなオークに左腕を向ける。
「カオス・ボルト……」
俺が使える唯一の攻撃魔法を間抜けなオークに向けて放つ。
虹色の光が、間抜けなオークに伸びていく。
全く気合いが入っていないが、これで間抜けなオークは倒せるだろう。
これ以上、間抜けなオークに構っている暇は無い。
左側から、大剣を振りかぶったオークが近付いていた。
残り二匹。
さっさと倒さなければ。
厄介そうなのが、まだ奥に控えている。
こんな所で手間取っている訳にはいかない。
俺目掛けて振り下ろされる大剣が、左側に展開している魔法の盾に受け止められる。
それを横目に見ながら、オークの懐に踏み込む。
左腕を伸ばし、パイルバンカーの先端をその胸部に押し付け、作動ボタンを押す。
軽い風切り音と共に打ち出された長槍が、オークの胸を貫く。
「Buhiiii!?」
驚いた様な悲鳴を上げながら、胸を貫かれたオークはそのまま後ろに倒れた。
「……三匹?」
疑問形なのは仕方がない。
間抜けなオークが死んでいるか、確認していないのだから。
だが、確認は後回しだ。
間近に迫っているオークを無視して確認する余裕は無い。
甲冑に弄られ、強化されている身体。
これを気闘法で更に強化していても、使い馴れていない現状では十分にその力を生かせていない。
その認識から、より危険度の高い接近してくるオークの対処を優先する。
一瞬の思考で出来た隙を突かれ、繰り出される槍。
その穂先を反射的に長剣で払う。
ただ払いのけただけの積もりだった。
だが結果は、槍の穂先を切り飛ばしていた。
宙を舞い、金属音を響かせながら地に落ちる。
穂先を失った槍を見て驚愕するオーク。
生じた一瞬の隙を利用して一歩踏み込み、がら空きのその首筋に長剣を叩き込む。
虹色の刃が槍の柄ごとオークの体を切り裂き、光に変える。
目の前が光で満たされ、直ぐに収まった。
光が収まると同時に、間抜けなオークがどうなったかを確認する。
間抜けなオークがいた場所。
そこには、持っていただろう槍だけが転がっていた。
カオス・ボルトは命中し、間抜けなオークを倒していた様だ。
「四匹……後は奴だけか」
ダンジョンの出入口につながる階段の前に陣取った、リーダーらしき奴を見据える。
明らかに厄介そうだ。
俺に出来る事など、多くは無い。
なら、話は簡単だ。
使える物全てを駆使して戦うだけ。
そう決断すると、甲冑の身体強化を全開で起動させる。
「……?」
これまでなら、起動と同時にマナが湯水の様に吸い取られていた。
だが、今回はそれが無い。
その上、強化されている様子もない。
どうやら、身体強化が発動していない様だ。
どういう事だ?
甲冑に問い掛けるが、返答が無い。
どうする。
甲冑の身体強化を当てに出来ないとなると、かなり厳しい戦闘になるだろう。
だが、無い物ねだりをしても仕方がない。
リーダーらしき奴も、此方の準備が整うのを何時までも呑気に待ってはくれないだろう。
パイルバンカーと混沌魔法で何とかするしかない。
リーダーらしき奴は遭遇した時と変わらず、未だ悠然と佇んでいる。
全く余裕の無い俺とは大違いだ。
確実に奴の方が強いだろう。
何日かは分からないがダンジョンにいた為、心身の疲労は限界に近い。
長期戦は厳しいものがある。
それでも、何とかして倒さなければならない。
生きてダンジョンから出るために。
俺自身とパイルバンカーの長槍にエンチャント・カオスを掛ける。
甲冑の身体強化には及ばないが、無いよりはマシだ。
現状で出来るだけの準備をして、リーダーらしき奴に向かって歩み始める。
ゆっくりだった歩みが次第に速くなり、直ぐに駆け足に変わった。
懐に飛び込み、パイルバンカーを叩き込む。
その為に。
リーダーらしき奴は、未だ構える素振りすら無い。
舐められている。
それならそれでいい。
こちらを侮って油断してくれれば、やりやすくなる。
本気を出される前に、ケリを付ける事が出来そうだ。
そう考えているうちに、長剣の間合いまで接近。
牽制を兼ねて、長剣を奴の左肩に叩き付けた。
エンチャント・カオスの効果で、未だに虹色に輝く刃が奴に襲い掛かる。
が、見えない何か――多分障壁だろう――に阻まれ、力を込めてもそこから先に進まない。
「チッ」
だが、これで終わりではない。
続けて左腕のパイルバンカーを下から突き上げる様に奴が張っている障壁に叩き付け、作動ボタンを押し込む。
虹色に輝く長槍が、風切り音と共に撃ち出される。
これで終わりだ。
そう思った瞬間、奴の姿がかき消されたかの様に目の前から消えさった。
「消えた!?」
あり得ない。
パイルバンカーの長槍を撃ち出す速さは、至近距離でかわせる程遅くはない筈だ。
だが、実際にかわされている。
一体どうやって?
それより、奴は何処にいる?
辺りを見回すが、影も形も無い。
暫く周囲を警戒しながら探したが、見つからない。
「まさか、逃げたのか……」
そうとしか判断出来ない状況。
これ以上戦わなくて良いのなら、それに越したことはない。
そう思った瞬間、安堵からか全身の力が抜ける。
そのまま崩れ落ちる様に、その場に座り込んだ。




