第四話 探索者ギルド
迷宮都市グランディア。
世界中に複数存在する、ダンジョンとのみ呼称される名も無き迷宮。
その迷宮を中心に、そこからのみ入手出来る魔晶石を利用した魔法具の生産等で発展した自治都市群で最大の都市だ。
ダンジョンにあえて名前をつけて呼ぶ場合は、グランディア・ダンジョンという風にダンジョンのある都市の名を頭に冠している。
魔晶石を入手するには、ダンジョン内のモンスターを倒すしか方法が無い。
その為に生まれたのが、探索者という職業と、探索者を管理・育成する探索者ギルドである。
ダンジョン出入口の向かいにある、城ぐらいの大きさの探索者ギルド本部。
その地下にあるシャワー室で肌がヒリヒリ痛むのに耐えて汗と血を流してさっぱりした後、一階の買取カウンターに向かう。
今日手に入れた魔晶石を換金するためだ。
上着はオークとの戦闘でボロボロになっているし、他も焦げている。
予備の服を持ってきていないので、着替えられずにそのままだ。
階段を登り、多数の椅子とテーブルを並べている待合室と呼ばれている場所がある。
受付の順番待ちや待ち合わせ等に利用される場所だが、利用した事は無い。
魔晶石の買取と担当管理官に相談する時にしかギルドに用はないからだ。
担当管理官とは、探索者とギルドの繋ぎ役をしているギルドの職員のこと。
職務として、担当した探索者の相談受付等を行っている。
等というのは、俺が探索者になった時に説明を受けたが、あまり興味がなかったので覚えていないからだ。
探索者になった時に、お薦めの宿と武具屋と道具屋を聞いた位だろう。
まだ午後二時過ぎなので、八つある買取専用カウンターは全てがら空き。
受付の人達も暇そうにしている。
本来なら、俺もまだダンジョン内にいるはずの時間。
夕方はダンジョンから戻ってきた探索者で何時も溢れかえっているので、買取カウンターのこんな様子を見るのは初めてだ。
魔晶石の換金さえできればいいので、一番近いカウンターに向かう。
「買取お願いします」
窓口の人に声を掛けて、カウンター上のトレイに収納の指輪に仕舞っている魔晶石を全部出す。
出してみると、小さな山が出来ていた。
自分が採ってきた魔晶石が、小さいながらも山になっているのを見るのは初めてだ。
大半が小石ぐらいの大きさだが、二つだけ他と異なっている。
オークの物とゴブリンメイジの物だ。
これだけあれば、失った防具や備品をより良い物に代えてもお釣りがくるだろう。
期待してもバチは当たらないはずだ。
「はい。お預かりします……って、アルテスさん!? 今日はどうしたんですか?」
名前を呼ばれ、驚いて受付の人を見る。
ブラウンの髪。黒ぶちの眼鏡。黒色の瞳。理知的でお堅い印象の、見覚えのある女性がそこにいた。
俺の担当管理官、イリア。驚いた顔を見るのは初めて。
何故か知らないが、今日は初めての事が多い。
「ああ、イリアさんか。そっちこそ、探索者管理官が買取カウンターにいるんですか? とりあえず買取お願いします。詳しいことは後程」
質問に質問で返した上で、話をはぐらかす。
「わかりました。私は、この窓口の担当が休憩中なので代理です。少々お待ちください」
そう言い残し、魔晶石をつんだトレイを部屋の奥へ台車で運んでいく。
イリアが戻って来るまでの間、あまりにも暇なため辺りを見渡す。
受付窓口に用のある人はいないので、室内はがらんとしている。
受付の人達は、本当に暇そうにしている。夕方の修羅場に備えて、のんびりしている様だ。
「アルテスさん、鑑定が終わりました。本日の買取額は……」
声を掛けられて、鑑定が終わったことに気づいた。
が、そこからが続かない。
見ると、イリアはカウンターの向かい側で鑑定結果の書類らしき紙に目を落として、声を詰まらせている。
「イリアさん、続きを」
話が進まないので、続けるよう促す。
「アルテスさん!! 貴方、一体何をしたんですか!? ソロで第一階層一階を探索して、どうやったら三十万ジールも稼ぐ事が出来るんですか!!」
まるでオーガが乗り移ったかの様な激しい剣幕で捲し立ててきた。
暇そうにしていた他の職員が、イリアの剣幕の激しさに驚いてこちらに注目する。
注目されるのは好きではないので、イリアを落ち着かせる為に若干引き気味になりながら答えた。
「多分……大剣担いで甲冑着込んだオークを筆頭に、大量のモンスターを倒したから……だと思う」
「有り得ません。貴方が持ち帰った一番高価な魔晶石は、地下五階のレアモンスター級の物でした。……まさか、こちらの指示を無視して地下二階以降に進んだのですか!?」
睨み付けてくるイリアに、鎮火に失敗したのを確信した。
確実に目立っている。
これ以上目立ちたくないので、忘れておきたかった不愉快な出来事を話す事にした。
話せば、確実に不機嫌になれる。
「行ってない。行っていたら、今頃こうして話をしていない。擦り付けされただけだ」
「擦り付け!? 誰がそんな真似を?」
「知らん。確か男一人、女三人のパーティーだった。おかげで防具は全損。しかも死にかけたよ。擦り付けしてくれた連中が判ったら教えろ。何処の誰であっても一発殴りにいくから」
擦り付けしてくれた連中への怒りで、言っている事が過激かつ物騒になっていく。
「理由はわかりました。疑ってしまい、申し訳ありませんでした。擦り付けした相手の事は調べてみますが、あまり期待はしないでください」
納得してくれたのか、何とかイリアの剣幕の鎮火に成功。
だが、その代償は大きい。
俺の精神的健康が、目立ってしまった事による恥ずかしさで激しく損なわれてしまった。
まあ、普通ではあり得ない事をやったのは自覚しているので、仕方ないと無理矢理納得するしかない。
「わかった。とりあえず金をくれ。新しい防具を用意しないといけないから」
「遅くなりましたが、こちらが報酬の三十一万二千ジールです」
イリアが報酬の硬貨を載せたトレイをこちらに押し出す。
十一万二千ジール分の硬貨を、取り出した財布に仕舞う。
トレイに載ったままの二十万ジールを貯金するため、イリアに押し出す。
「貯金を頼む」
言葉遣いが悪いままなのは仕方ないだろう。
怒りが収まらない。
「そうだ、買っておいて損は無い技能書ってある?」
わだかまりがあるままだと後々困るのはわかっているので、無理矢理感はあるが聞いてみた。
イリアは一瞬だけ目を瞬かせると、俺の意図を理解してくれたのか直ぐ答えてくれた。
「技能書ですか……アルテスさんは今、お金に余裕があるので買ってもいいでしょう。多分話が長くなるので、続きは相談ボックスでしましょう」
左手にある相談ボックスを示して、俺に移動を促す。
それに従い、一番近い相談ボックスに移動。
俺とイリアはテーブルを挟んで椅子に座り、話の続きを始める。
「お手数をお掛けします。話の続きですが、戦闘スタイルにもよります。近接戦闘を主にするなら、先ずは気闘法関連の書ですね。気闘法を使うと身体能力が上がります。達人と呼ばれる位になれば空を飛べると言われていますが、実際には聞いた事はありません。魔法関係だと、各属性の魔法書ですね。全属性を満遍なく使えるようにする人もいますが、あまりお薦めしません。ただでさえ魔法は、一つの属性を極めるのに時間が掛かります。複数の属性を極めるのは難しいでしょう。魔法の才能がある人でも、全ての属性を極めていません。多くても三つか4つ位でしょう」
イリアの説明を聞いて、オークとの死闘で手に入れた二冊の技能書を見てもらう事にした。
表紙のタイトルが俺の読めない文字で書かれているため、何の技能書かわからないからだ。
収納の指輪から二冊の技能書を出し、テーブルに置く。
「これが何の技能書か分かるか? 擦り付けられたモンスターから入手した物なんだが」
「これは……古代文字のようですね。私にも解りません。古代文字で記された技能書なんて初めて見ました」
何の技能書か分かると期待したが、逆に驚かれたのは想定外だ。
分かったのは、手に入れた二冊の技能書がかなり珍しい物だと言うことのみ。
これ以上、ここにいても時間の無駄だろう。
「そうか」
遥か昔の文字。それでは読めなくて当然だ。
学者でもない限り、理解しようとする者はいない。
物事には、何かしらの理由と必然性がある。
昔、知り合いから聞いた言葉だ。
正体不明の技能書。
それが今、俺の手にある。
何も考えずに使えと言っているかのように。
使えというなら、使ってやろう。
この先、どうなろうとも。
「お役に立てず、申し訳ありません」
思考に耽っていた俺に、イリアが謝罪してきた。
「気にしなくていいですよ。少なくとも、珍しい物だということと使ってみないと分からないということがわかりましたから」
俺の擦り付けされた怒りが収まったようだ。
口調が、丁寧なものに戻っている。
二冊の技能書を仕舞い、立ち上がった。
「今日はありがとうございました。また何かあったらお願いします」
軽く頭を下げて、相談の礼を言っておく。
最低限の礼儀は必要だ。
礼儀正しくする事で、相手の印象がよくなることは多い。
厄介事に巻き込まれない為とはいえ、俺も腹黒くなってきたな。
「いえ。こちらこそあまりお役に立てず、申し訳ありません。また何かありましたら、お気軽に相談に来てください」
「ええ、そうさせてもらいます。では失礼します」
イリアに背を向け、相談ボックスを出る。
背を向ける一瞬だけ見た彼女の表情は、何処と無く寂しそうだった。
それは俺の気のせいか、自意識過剰のどちらかだろう。
そう結論付けると、何処に行くかを考えながら探索者ギルドを出る。
一日でも早く、ダンジョンに潜るために。