第三十八話 変態抹殺
「やってくれたな……」
突如現れた銀髪の男が、憎しみの籠った目で俺を睨み付けてくる。
だが、俺には睨み付けられる理由が分からない。
訳の分からないことで、言い掛かりを付けられるのも迷惑だ。
ましてや、悪趣味な金ピカの鎧を身につけて恥ずかしいと思わない変態野郎とは関わり合いたくない。
なので、変態野郎を警戒しつつも相手にしないことにする。
万が一、変態野郎に襲われた時の為にパイルバンカーだけは直ぐに使える様にしておく。
変態という奴らは、いきなり何を仕出かすか全く分からない。
目の前の変態野郎に対する保険だ。
人ではなく魔族の可能性が高いが、関わり合おうとしなければ何の問題も無いだろう。
虹色の輝きを失った長剣を魔法倉庫に収納する。
空いた右手でマナポーションを取り出し、栓を抜いて一口飲む。
「何だ……またかっ!?」
また、マナポーションの味が普通の物と違っていた。
多分、魔女が紛れ混ませた物に当たったのだろう。
一本だけだと思っていたが、甘く考えていた様だ。
妙に手が込んでいる。
魔女め、新手の嫌がらせか。
まあいい。
ダンジョンから出たら、当たりの分だけ取り立てればいい。
そう思い直し、ビンを見る。
どうせ貼り紙が付いていて、当たりとでも書かれているのだろう。
ビンを確認すると、やはり貼り紙が付いていた。
書かれている内容を読む。
大当たり 北欧産ビルベリー味
たぶん、きっと、目が良くなるはず
北欧産ビルベリー味って。
北欧って、一体何処なんだ。
この世界に、そんな地域はないはず。
この事は悩まない方が良さそうだ。
悩んだら、禿げるかもしれない。
今から禿げたくは無いので、この事は忘れる事にする。
それにしても、何をどう考えたらこんな馬鹿な事が出来るのか。
一度、じっくりと問い詰めた方がいいだろう。
誰でもいいから、第三者がいる状態で。
二人きりだとロクな事にならない。
「人間風情が! この私を無視するな!!」
変態野郎が、さっきから五月蝿く喚いている。
最近、運の悪いのかこんな奴に遭遇してばかりいる気がするが。
思い出せないのは、思い出さない方がいいからだろう。
なので、思い出す事を止める。
変態とは絶対に関わり合いたくないので、無視を続ける。
それよりも。
大当たりの貼り紙が付いた、試作品の北欧産ビルベリー味のマナポーション。
これをどうするかの方が、俺にとっては問題だ。
飲みかけだが、このまま飲み干すか。
飲むのを止めるか。
飲まなければ、消費したマナを回復出来ない。
飲んだら、どんな副作用があるか分からない。
だが、既に試作品のオレンジ味のマナポーションを一本飲んでいる。
取り敢えず、今のところ副作用は出ていないが。
毒食らわば皿まで。
このまま捨てるのも勿体無いので、飲んでしまおう。
何かあったら、その時はその時だ。
覚悟を決めて、手にしている北欧産ビルベリー味の試作品のマナポーションを一気に飲み干す。
味は悪くない。
「まあ、飲める味だな」
全身にマナが満ちていくのを感じる。
悔しいが、ポーションとして飲みやすいのは認めないといけないだろう。
空になった瓶に栓をする。
この瓶をどうするかだ。
持って帰るか。
それとも、悔しさを込めて壁に投げつけて、憂さ晴らしをするか。
よく見てみれば、瓶自体が普通のマナポーションの瓶と比べ、質がいい。
憂さ晴らしに壊して、後で弁償させられるのも不愉快だ。
仕方無い。
魔女にネチネチ言われるのも癪に触るので、持って帰ることにしよう。
マナポーションの空き瓶を持ち帰るかで悩んでいる間も、変態野郎は俺を睨み付けながらずっと意味不明な事を喚き続けていたらしい。
聞いてもいないのにご苦労な事だ。
まさか、俺が聞いていない事に気付いていなかったのだろうか。
普通、無視されている事に気付かない馬鹿はいない筈。
あの変態野郎は、その事にも気付けない程の馬鹿だったのか。
ただの悪趣味な金ピカの鎧を着ている変態野郎ではなく、悪趣味な金ピカの鎧を着た馬鹿且つ変態な野郎だったとは。
それは、流石に想像出来なかった。
そう思うと、この馬鹿で変態な道化野郎を警戒していたのが馬鹿馬鹿しくなる。
無駄な事に精神を磨り減らしていたらしい。
取り敢えず、自称ダンジョンの管理者の女魔族が来るまで、変態野郎を気にせずに済む様にしよう。
変態野郎は、未だ俺に向けて何か喚き続けている様だ。
しかも、身振り手振りを交えて。
どう見ても、道化以外の何者にも見えない。
聞いてもいないのに、ご苦労な事だ。
自己満足に浸っていろ。
絶対に関わり合いたくないので、放っておく。
問題は、何をするかだ。
悩んでいる内に、やるべき事を忘れていたことに気付く。
魔晶石や武具等の戦利品の回収だ。
目の前で喚いている馬鹿で変態な道化野郎のお陰で、きれいさっぱり忘れてしまっていた。
早く回収してしまおう。
直ぐ回収出来る戦利品を探す為、辺りを見渡す。
右側に、魔晶石と小剣が転がっているのを見付ける。
屈んでそれらを拾い、魔法倉庫に放り込む。
次は何処だ。
探す為に辺りを見回そうとした所で、未だに喚き続けている変態野郎が現れた時と同様、目の前に光が出現。
視界を覆い尽くす。
「またかっ!?」
慌てて盾で光を遮り、目が眩むのを防ぐ。
その姿勢のまま、光が治まるのを待つ。
「もう、大丈夫よ」
聞き覚えのある声が、光の奔流が治まった事を告げる。
その声を信用し、構えを解きながら立ち上がる。
「目がー!? 目があぁぁぁぁぁ!?」
近くで道化の変態野郎が、目を押さえ、喚きながらのたうっているのが視界の隅に入る。
嫌なものを見てしまった。
変態野郎の存在を頭から追い出し、見てしまった事を無かったことにする。
翳していた盾を下ろし、光の発生源を確認。
そこには、自らをダンジョンの管理者と名乗った女魔族が立っていた。
彼女には、文句の一つでも言っておこう。
だが、その前に殺ることがある。
未だ目を押さえながら、地面に転がってもがく変態野郎の駆除だ。
折角その存在を頭から追い出したにも関わらず、あまりにも五月蝿く喚いてその存在をしつこく主張している。
ハッキリ言って、ウザい。
無視しても、無駄。
関わり合いたくないから、我慢して無視してきたがもう限界だ。
変態もまた、のじゃー同様駆除の対象である。
のじゃーは、語尾を矯正するだけで駆除が可能。
場合によっては、物理的に抹殺する必要もあるが。
だが、変態は発見次第、基本的に抹殺しなければならない。
これは、変態だけは余程の事が無い限り、受け入れられる事が無いからだ。
発見した以上、確実に殺ってその存在をこの世から抹殺しなければならない。
魔法倉庫から長剣を取り出し、変態野郎に向き直る。
「何をするつもり?」
ウザい変態野郎を抹殺する為、歩き始めた俺を呼び止めようとする声。
「ウザい変態野郎を抹殺するだけだ」
「待ちなさい」
声を無視。
その後、幾度も呼び掛けてくるが全て無視。
ウザい変態野郎に向かって歩みを進める。
「いい加減、止まりなさい!」
背後から響く、殺気のこもった叫び声。
これ以上、彼女を無視するのは不味そうだ。
声からは、怒りが滲み出ている。
おそらく、その表情も鬼女の様になっている筈。
出来れば無視し続けたいが、やめておいた方が良さそうだ。
下手したら、一撃で殺られる。
背後から感じる怒りと殺気から、そう判断。
抵抗されない内に変態野郎を始末したかったが、命には代えられない。
死んだら、それで終わりだ。
生き返る事が出来るのは、神話や伝説などの物語の中だけに過ぎない。
背後の目を釣り上げて怒っているだろう女魔族の方に、仕方無く向き直る。
「何だ? 何の用だ?」
溜め息を吐きながら尋ねる。
予想通りだ。
女魔族の顔は目が釣り上がり、鬼女の様になっていた。
出来るなら、見たくはなかった。
イリアの背後に屹立する鬼女を思い出す。
「何の用だ、ではないわ。一体、何をするつもりなのかしら?」
「分かっていて聞くのか? 変態の抹殺だ」
大した事ではない。
変態の抹殺は、発見した者の義務だ。
見逃す事は出来ない。
その変態が如何に強大であっても、如何なる犠牲を払ってでも抹殺しなければならない。
魔族だから、人とは変態の基準が異なるかもしれないが。
「……わかったわ。確かに、変態は抹殺しないといけないわね」
女魔族は、変態野郎の方を見やってから言葉を続ける。
「私も手伝うわ。変態抹殺は、この世界に生きる者に課せられた義務だから」
どうやら、変態の基準は人も魔族も同じらしい。
そう答えた女魔族の表情は、冷酷な笑みを浮かべた鬼女その物だった。
女魔族と変態の間に何かあるのか。
疑問を覚えるが、聞かない方が身の為だろう。
背筋が凍りそうなその笑顔に、そう判断した。
触らぬ神に祟りなし。
初めて出会った時とは比較にならない程、強大な殺気を感じる。
「さっさと、あの変態野郎を抹殺するぞ」
変態野郎が回復する前に、抹殺する。
変態相手に、無駄な時間を掛けたくない。
こんな下らない事は、さっさと終わらせるに限る。
パイルバンカーにエンチャント・カオスの魔法を無音無詠唱で掛け、立ち上がりつつある変態野郎に駆け寄っていく。
背後から聞こえる足音。
その元を確認しようとした所で、視界の右端に映る影。
その影を確認する。
女魔族が強大な魔力を籠めた光球を両手に携え、腰まで伸ばした金色の髪を靡かせて俺と並走していた。
俺の方が先に動いた筈。
何て身体能力だ。
直ぐに追い付かれるとは。
だが、あの変態野郎を殺るのは俺だ。
悪趣味な金ピカの鎧。
自分以外の全てを見下している事が窺える下卑た目。
それらが、何故かは解らないが気に入らない。
不愉快だ。
変態野郎が何者かは知らないが、そんなことはどうでもいい。
全力で殺る。
ただ、それだけだ。
誰にも邪魔はさせない。
あれは、俺の獲物だ。
甲冑の身体強化を最大倍率で発動させる。
『――告。身体強化発動。持続時間は十五秒です』
甲冑は今の所、俺に従っている。
取り敢えず、変態抹殺の邪魔はしない様だ。
今後も、こうであって欲しい。
甲冑各所の水晶が発光。
全身が蒼い光に包まれる。
一歩踏み出した一瞬後には、変態野郎の眼前にいた。
速過ぎだ。
突然現れた俺に驚く変態野郎の顔面に、パイルバンカーの先端を叩き付けた。
「死ね」
そのまま変態野郎を背後の壁に押し付け、パイルバンカーの作動ボタンを押し込む。
虹色の光を纏った長槍が、変態野郎の頭部を消し飛ばす。
同時に、甲冑の身体強化を解除。
『――告。五秒経過。強化限界まで、残り十秒。身体強化解除します』
一歩下がり、パイルバンカーを頭を失った変態野郎の胸部に押し付ける。
「滅びろ、変態!!」
咆哮と共に、パイルバンカーの作動ボタンを押し、変態野郎に虹色に輝く長槍を打ち込む。
長槍が打ち込まれた所から虹色の光が拡がっていき、変態野郎の上半身を覆い尽くす。
虹色の光が治まると同時に、背後からの声。
「下がって。これで終わりよ!!」
その声に反応し、反射的に右に跳ぶ。
「滅びなさい変態!“双光滅殺陣”!!」
俺の左側を二条の光が通過。
変態野郎の下半身に命中。
それを中心に魔法陣が現れ、光り輝く。
中心から光が溢れ、魔法陣を覆い尽くす。
光が治まると、変態野郎は影も形も無く消滅していた。




