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第三十六話 赤褐色のゴブリン

 不意に頭が持ち上げられた。

 後頭部に温かく柔らかな感触を覚え、目が覚める。

 

「んっ……」

 

 目を開く。

 視界の上から三分の二に、黒い何かが揺れているのが映る。

 残りは、岩肌の……おそらく天井だろうか。

 何だろう、この黒いのは。

 触って確認しようと右手を伸ばす。

 が、右手の甲を何かに弾かれ、床に叩きつけられる。

 

「さっきは、あんなに私の胸を触るのを嫌がっていたのに……もしかして、無理矢理が駄目だったのかしら?」

 

 上から聞こえる、聞き覚えのある声。

 そして、見覚えのある顔が視界に入ってくる。

 それと同時に、目の前の黒い何かが迫ってきた。

 俺は慌てて、身を転がしてそれを避ける。

 そのまま回転の勢いを利用して身体を起こし、立ち上がった。

 その際、頭を床にぶつけたらしい。

 痛む後頭部を左手で押さえながら、先程まで自分がいただろう場所を見る。

 そこには、黒いドレスの魔族の女が座っていた。

 驚いた様子も無く、俺の方を見ている。

 

「目が覚めたのね。……その様子だと、何の問題も無いみたいね」

 

 俺の様子を見て、勝手に判断している。

 

「問題は……」

 

 何故か律儀に無いと答えようとしたが、疑問が浮かび上がり口ごもる。

 俺は、何故寝ていたのか。

 記憶を探り、思い出す。

 確か……あの女魔族から色々聞き出そうとしてたら、何故か胸を触る触らないと言うことになり。

 力負けして体勢を崩し、あの女魔族を巻き込んで倒れて気を失った。

 何か柔らかいものに顔が埋まり、息苦しかった記憶もある。

 詳細を思い出すのは、後でも出来るだろう。

 今はそんな事をしている場合ではない。

 それよりも、一刻も早くダンジョンから出るために、ゴブリンを始末しないと。

 

「俺は、どれぐらい意識を失っていた?」

 

「確か……十分位かしら」

 

 また一日眠ったかと思ったが、それだけで済んで何よりだ。

 

「それにしても……ダンジョン内で女の胸に埋もれて窒息で気絶した探索者って、貴方が初めてじゃないかしら? まあ、そのまま窒息死したとしても、初めてなのは変わらないけど」

 

 その人をからかう様な言葉で、意識を失った訳を思い出す。

 お仕置きとか言って、その牛の様にでかい胸を押し付けられた事を。

 確かに偽乳では無かったが、冗談抜きで死にかけた。

 そんな事で本当に死にかけるとは思わなかったが。

 女の胸の大きさに触れるのは危険だ。

 特に、偽乳かどうかについては。

 この事は、絶対に触れない事にする。

 胸の事で命を失うのは勘弁して欲しい。

 ただでさえ、甲冑の事で命を狙われているのだから。

 

「その事は忘れてくれ……」

 

 冗談抜きで、トラウマになりそうだ。

 

「それより、次の場所に送ってくれ。終わらせてから、風呂に入って汗を流したい」

 

 いい加減、ダンジョンから出たい。

 風呂と保存食ではない暖かく美味い食事。

 この二つが恋しい。

 そう思った途端、やる気が全身に満ち溢れる。

 左腕を上げ、甲冑を纏う。

 同時に、左腕にパイルバンカーを装備する。

 

「まあ、こんなものか」

 

 全身を見回し、確認する。

 武器は、使えそうな物を適当に使えばいいだろう。

 ……というか、あるものを使うしか無いのだが。

 

「……準備は出来た様ね。送るわよ」

 

 俺の準備が整ったのを確認した女魔族が、魔法の詠唱を始めた。

 それに伴い、足下に魔法陣が浮かび上がる。

 

「これで最後だから、頑張ってね」

 

 魔法陣の輝きが増し、俺はその光に飲み込まれた。

 一瞬だけ感じる浮遊感。

 魔法陣の光が消える。

 当然ながら、女魔族の姿は無い。

 転送された様だ。

 正面、三十歩程の場所に、稀少種だろう赤褐色のゴブリンがたった一匹で立っている。

 周囲に、配下のゴブリンは一匹もいない。

 何故か武器を持っておらず、両腕と脚部のトゲ付きのゴツい手甲と足甲が俺の目を引く。

 胴を守るのは、胸部につけている胸甲のみ。

 もしかしたら、格闘が主体なのかもしれない。

 格闘戦になったら、戦えないよりまし程度の俺は歯が立たないだろう。

 どうするか。

 ……仕方無い。

 どうせ、これで最後だ。

 マナ節約の為に魔法の使用を控えていたが、もうその必要は無い。

 近付かれる前に、さっさと攻撃魔法で終わらせよう。

 右腕を前に突き出し、接近してくる赤褐色のゴブリンに向ける。

 

「……カオス・ボルト」

 

 発動速度と威力のバランスを考え、発動の鍵となる呪文名だけで魔法を唱える。

 右腕から虹色の光が、赤褐色のゴブリンに向かって伸びていく。

 カオス・ボルトの光線が命中する直前、赤褐色のゴブリンの体が不自然にぶれた様に見えた。

 虹色の光が、赤褐色のゴブリンを貫通。

 だが、何事も無かったかの様にそのまま接近してくる。

 何故だ。

 カオス・ボルトは命中した筈。

 その筈だが、見たところ赤褐色のゴブリンは無傷だ。

 

「ちっ」

 

 全く傷付けられなかったことに舌打ちしつつ、次の手を考える。

 カオス・ボルトの二発目は放てない。

 おそらく当たらないだろうし、マナの無駄使いだ。

 それに、また当たらなかった場合、確実に不慣れな格闘戦を強いられる事になる。

 それなら、格闘戦を前提に防御を固めた方が遥かにましだろう。

 そう判断し、シールドの巻物を取り出して封を切った。

 宙に半透明の光り輝く盾が現れ、直ぐに見えなくなる。

 

「ウガァァァァ!」

 

 シールドの巻物の効果発動による輝きのせいで、赤褐色のゴブリンの位置を見失っていたらしい。

 咆哮とともに、ゴツい手甲に包まれた右拳を叩き付けようとする赤褐色のゴブリンの姿が直ぐそばにあった。

 シールドの巻物の使用は、辛うじて間に合った様だ。

 唸りをあげて叩きつけられる、赤褐色のゴブリンの右拳。

 迫り来る右拳は光り輝く盾によって防がれ、激しい激突音を響かせるが、俺に届かない。

 

「クックックッ……サスガ、王トソノ集団ヲ倒シタダケハアル。人間、オ前ヲ倒シテ、我ガ新タナルゴブリンノ王トナルノダ」

 

 右拳を光り輝く盾に叩き付けた状態で、宣言してくる。

 ゴブリンの王になりたければ、勝手になればいい。

 だが、人を勝手に巻き込むな。

 預かり知らん所で死んだゴブリンの王のせいで、ゴブリンにまで命を狙われるとは。

 不愉快だ。

 調子に乗るな。

 俺が探索者として生きていくためには、ダンジョン内のゴブリンを完全に根絶やしにするしかない。

 出来るかどうかは分からないが。

 ゴブリンもまた、のじゃーと同様に一匹見付けたら三十匹いると思え。

 そう言われるモンスターだ。

 実際に根絶やしに出来るとは思えない。

 まず、無理だろう。

 だが、目についたやつを始末することは出来る。

 差し当たっては、目の前のこいつからだ。

 ふざけた寝言をほざいているこいつの頭をパイルバンカーでぶち抜く。

 パイルバンカーを叩き込むため、自ら赤褐色のゴブリンの懐に踏み込んでいく。

 

 恐れるな、突き進め。

 自分自身を叱咤し、恐怖を怒りで捩じ伏せる。

 何処でもいい。

 取り敢えず一発叩き込んで、こいつを黙らせる。

 

 視界の右隅に、ゴブリンのトゲ付きの左膝が俺の右胴に叩き込まれるのが映る。

 それを無視して、更に進む。

 パイルバンカーを叩き込む方が先だ。

 赤褐色のゴブリンの懐に入り込んだ所で、右側から激突音が聞こえる。

 おそらく、ゴブリンの左膝を巻物の光り輝く盾が防いだのだろう。

 強い衝撃の連続に罅割れたそれを横目で確認。

 パイルバンカーの先端をを赤褐色のゴブリンに叩き付け、作動ボタンを押し込む。

 風切り音とともに打ち出された長槍が、赤褐色のゴブリンに伸びていく。

 命中する直前、再びゴブリンの姿がぶれた様に見えた。

 近距離で見て初めて気付いたが、ぶれた様に見えるではない。

 実際にぶれている。

 どんな魔法を使っているかは知らないが。

 至近距離の為か、赤褐色のゴブリンの腹部は横に赤い筋がつき、血が垂れ落ちている。

 攻撃魔法等の遠距離攻撃は完全に避けているが、接近戦ではそうでもない様だ。

 だが、相当の速さが無ければ当たらないだろう。

 普通の攻撃では、当てられる気がしない。

 俺の攻撃手段でやつに当てられそうなのは、パイルバンカーとカオス・ボルトねの二つだけか。

 そう判断し、続けてカオス・ボルトを無音無詠唱で放つ。

 左腕から放たれた虹色の光が、赤褐色のゴブリンの腹部を貫く。

 

「ギャァァァァァ」

 

 仰け反り、激痛で叫ぶ赤褐色のゴブリン。

 噴き出す血により、パイルバンカーと盾を含めた左腕が赤く染まる。

 その左腕を赤褐色のゴブリンの顔に向けて伸ばし、パイルバンカーを作動。

 赤褐色のゴブリンの顔面に長槍を打ち込む。

 長槍は激痛で動きの止まった赤褐色のゴブリンの顔面を貫き、その絶叫を終わらせた。

 

「ふぅ……こいつで最後だったな」

 

 左腕を振るい、浴びた血を払う。

 後は放っておけば、勝手に綺麗になる筈だ。

 光に包まれ消えていく、赤褐色のゴブリンの成れの果て。

 その跡には、拳大の魔晶石が残された。

 それを拾い、魔法倉庫に放り込む。

 やつが使っていた武具は、何故か残されていなかった。

 消えてしまっている事に疑問を覚えるが、無い物は仕方無い。

 あれは、一体何だったのだろうか。

 考えても時間の無駄だろう。

 考え過ぎて禿げたくはない。

 この事は、忘れる事にする。

 

「戦利品は魔晶石だけか……」

 

 辺りを見回し、見落としが無い事を確認する。

 取り敢えず、あの女魔族に押し付けられたゴブリンの掃討は終わった。

 後は、ダンジョンから出してもらうだけか。

 本当なら彷徨ってでも自力で脱出したい所だが、出入口が見当たらない。

 そうでなければ、あの女魔族を当てにはしないだろう。

 エンチャント・カオスをかけたパイルバンカーで壁を破壊して通路を探したい所だが、一回毎に長槍が一本使い物にならなくなるのではお話しにならない。

 戦闘になることも考慮すると、現実的ではないだろう。

 マナポーションの事も考えると金銭的にもお話しにならない。

 後は、大将にぶん殴られる回数が増える位か。

 

 ……しかし、未だ回収に来ない。

 前の時は、直ぐに来たのにな。

 

 そんな事を考えながら、壁にもたれて迎えを待ち続けた。


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