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第三十五話 管理者

「戦利品を回収しないと……」

 

 俺以外に動くものが存在しない、ダンジョン内の広間。

 モンスターを警戒する必要もなく、魔晶石やゴブリンが使っていた武具を戦利品として回収出来る。

 先ずは、目の前に転がっているゴブリンロードが残した物からか。

 地面に転がっている、拳二つ分の大きさの黒い魔晶石を手に取る。

 大きさといい、色合いといい、珍しい。

 こいつはいい値段が付きそうだ。

 そのまま、魔晶石用の小袋に放り込む。

 お次はハンマーか。

 手に取ろうとした所で、ハンマーが宙に浮かび上がる。

 掴み取ろうと手を伸ばすものの、後一歩の所でハンマーが俺の手を避ける様に動く為、回収出来ない。

 幾度も掴み取ろうとしたが、俺の手は空を切り続ける。

 一体どうなっている。

 疑問を感じている俺の背後から、女の笑い声が聞こえてきた。

 振り返ると、黒いドレスの女魔族が口に手を当てて笑っている。

 その背後には、倒したゴブリンが残した魔晶石や武具等が宙に浮かんでいる。

 何時の間に現れたのか。

 全く気づかなかった。

 まあ、他者を転送出来るんだ。

 転移するぐらい、造作もないのだろう。

 驚くのも馬鹿らしい。

 

「……何が可笑しい?」

 

 睨み付けながら、尋ねる。

 

「だって……」

 

 そこから話を続けようとしない。

 おそらく、追求しても話をはぐらかすだろう。

 時間の無駄だ。

 

「……何の用だ?」

 

 さっさと用件を済ませて、お帰り願おう。

 

「あら、用が無かったらここに来てはいけないのかしら? ……って冗談よ。そんな目で見ないで」

 

「悪いが、あんたと言葉遊びをしている暇は無い。用があるなら、さっさと言ってくれ」

 

「分かったわ。でも、その前に収納の指輪の収納口を開けて」

 

「悪いが、収納の指輪はもうない」

 

 そう答えた俺の全身に激痛が走る。

 

「ぐっ……」

 

 絶叫しない様、歯を食いしばって激痛に耐える。

 何度も味わってきた苦痛だ。

 流石に、多少は慣れてきた。

 魔族とは言え、女の前で無様に苦しむ所を見られたくない。

 表情が歪み、全身から脂汗が滝のように出る。

 

『――告。マスター、嘘はいけません。お仕置きです♪』

 

 脳裡に聞こえる楽し気な声。

 やはり……こいつは加虐趣味の変態野郎だったか。

 

『――告。変態野郎とは失礼な! やはり、お仕置きが足りない様ですね。もう一度……と言いたいところですが、後にしましょう。収納口は自分の意思で出現させる事が出来ます』

 

 甲冑の声が途絶えた。

 

 激痛を与えられた事による身体の痛手を回復するためか、呼吸が荒くなっている。

 

「……ねえ、そんな調子で大丈夫なの?」

 

 息が荒く、脂汗をかいている俺を黒いドレスの女魔族が心配そうな顔で覗き込む。

 

「……問題無い」

 

 近寄っている女魔族を腕を振って払いのける。

 このままゴブリンの駆除を続けられるのか。

 それを心配しているのだろう。

 

「……代わりになるものはある。何をするつもりだ?」

 

 魔法倉庫の収納口を開けてから問う。

 

「転がっている戦利品を一つづつ回収するのも面倒でしょ? だから、手間を省いてあげるの」

 

 その言葉とともに、宙に浮かんでいる戦利品が収納口に入っていく。

 

 前にも見たが、非常識な光景だ。

 強大な魔法能力を持つ魔族だからこそ出来る芸当。

 それを軽々とやってのけている女魔族。

 その姿に、ドレスの色が白だったら神々しさを覚えただろう。

 

 その光景を眺めているうちに、収納口に入っていく戦利品の流れが途絶える。

 全ての戦利品が、魔法倉庫に入った様だ。

 収納口を閉ざし、黒いドレスの女魔族に向き直る。

 

「ふう……こんなものかしら」

 

 かいてもない汗を拭い、俺の方を向く。

 

「……で、本当の用は何だ?」

 

 まどろっこしいのは好きではない。

 単刀直入に尋ねる。

 

「ふふっ、せっかちね。そんなんだと、女の子に逃げられるわよ」

 

「別に構わないが? こっちも暇じゃない。さっさと用件を言ってくれ」

 

 この女魔族と話していると、調子が狂いそうだ。

 

「……もしかして貴方、そっちの趣味の人だったりするの?」

 

 態とらしく、驚いた顔をしてみせる。

 

「ご希望に添えなくて残念ではないが、そっちの趣味は無い。それより、早く用件を言え」

 

「……これ以上は遊べないか。でも、そっちの趣味が無いのか、今度確認する必要があるわね」

 

 ……人で遊んでたのか。

 こっちは、ダンジョンから出られなくて切羽詰まっていると言うのに。

 沸々と怒りが沸き上がってくる。

 こいつを殺ってしまいたい。

 だが、殺ろうとすれば、あいつの守護者ガーディアンやメイドがやって来るだろう。

 魔族三体を相手に戦闘したら、確実に死ぬ。

 無理無茶無謀を通り越した戦いは、止めておこう。

 

「まあ……それは置いておいて、本題に入るわ」

 

 やっと本題か。

 ここまでくるのに、どれだけ時間掛けているんだ。

 

「……あら、何か言いたそうね? 言いたい事は、顔を見れば分かるけど」

 

 黒いドレスの女魔族が俺を見て、首を傾げる。

 思ったことが、顔に出ていたのだろう。

 言われるまで気づかなかった。

 俺は、意識していないと思ったことが顔に出やすいらしい。

 

「そろそろ、次のゴブリンロードの所に転送してもいいかしら?」

 

「ちょっと待て。後、ゴブリンロードを何匹殺ればいいんだ?」

 

 ゴブリンの駆除を押し付けられた時に聞きそびれた事を聞いておく。

 これ位は、答えるだろう。

 

「そういえば、言ってなかったわね。後一匹よ。どうして、そんな事を聞くのかしら。貴方には関係無いでしょ?」

 

「関係は兎も角、問題がある。武器に限界がきている。ゴブリンから回収した武器も直ぐ壊れるんで、戦い辛い」

 

「後一匹だから、あるもので何とかして。ダンジョンの安定を崩した貴方への罰よ」

 

 俺への罰だと。

 どういうことだ。

 

「忘れたの? 貴方がゴブリンキングを群れごと倒したから、その始末をしていることを。もっと言えば、私がやらせているのだけど」

 

「そういえば、そんなことを言っていた様な気もするが……よく考えれば、お前らが片付ければ直ぐ済むんじゃないか?」

 

「そうだけど……面倒じゃない。ゴブリンごときに、魔族である私が直接手を下す気は起こらないわ。それに……」

 

 何故、言い淀む。

 口を開くまで待つ。

 

「……だって、ゴブリンって臭いじゃない!」

 

 暫くして、女魔族が顔をしかめながら言い放つ。

 何て下らない理由だ。

 それぐらいは我慢しろ。

 ゴブリンの群れ程度、一撃で葬れる癖に。

 

「……それぐらい我慢しろって言いたそうだけど……どうしても我慢できないのよ!」

 

 俺を睨み付けながら、吼える。

 いきなりの絶叫に、耳を塞ぐのが遅れた。

 直ぐそばで叫ばれて、耳が痛い。

 

「……管理者の役目は果たさないといけないけど、ゴブリンに近付くのが嫌だから、貴方に押し付けたの」

 

 俺にゴブリンを排除させる理由が、思いがけなく判明した。

 まあ、何と無くは理解できるが。

 それよりだ。

 この女魔族、今、何と言った。

 確かに、管理者と言った。

 

「おい、今、管理者の役目がどうとか言ったな。管理者って、何の管理者だ。答えてもらおう?」

 

「えっ? ちょっ!?」

 

 驚く女魔族の肩を捕まえ、パイルバンカーをその頭に突きつける。

 

「……エンチャント・カオス」

 

 パイルバンカーの長槍が、虹色に輝く。

 

「こういう手は使いたくないんだが……」

 

 脅迫とか力ずくで、というやり方は好きではない。

 だが、こうでもしないと聞き出す事は出来ないだろう。

 それだけの価値がある情報を聞き出せる筈だ。

 

「一つだけ言っておく。こいつはダンジョンの壁面を破壊している。抵抗しても構わないが、その時はそのまま死ぬことになるだろう。死にたくなければ、話してもらおうか」

 

 女魔族の表情が恐怖に染まり、元々白かった顔色が更に白くなる。

 魔族が幾ら強くても、ダンジョンの壁面を破壊したパイルバンカーは防げないらしい。

 

「……分かったわ」

 

 諦めたのか、話す気になった様だ。

 少しは抵抗すると思ったが、予想が外れた。

 もしかしたら、パイルバンカーがダンジョンの壁面を破壊した所を見ていたのかも知れない。

 話してくれるなら、それに越したことはない。

 出来の良くない俺の頭でも思い付いた事を質問する。

 

「単刀直入に聞く。管理者とは、このダンジョンの管理者のことか?」

 

「そうよ。貴方も予想していると思うけど、私がこのダンジョンの管理者よ」

 

 俺の予想を斜め上に突き抜けた返事が返ってきた。

 この女魔族が、ダンジョンの管理者だと。

 どう見ても、そうは思えない。

 質の悪い冗談だろう。

 彼女の頭のてっぺんから爪先までをじっくり観察する。

 こうして、彼女をゆっくり観察するのは初めてか。

 彼女の生与殺奪権を握っているからこそだが。

 顔は魔族とはいえ、美人と言えるだろう。

 胸は……巨乳を通り越して大きい。

 詰め物で誤魔化している偽乳ではないだろう。

 胸元が大きく開いたドレスで、胸の大きさを誤魔化すのは無理がありすぎる。

 胸元から覗く肌から、偽乳ということは無い筈。

 魔族なら何とか出来るかも知れないが、そこまでして胸元が大きく開いたドレスを着ないだろう。

 直接触って本乳か偽乳かを確かめても良いが、実行したら確実に殴り殺される気がする。

 確認するのは、止めておこう。

 

「言っておくけど、私の胸は本物よ」

 

 俺の思考が、読まれている。

 何故だ。

 

「……顔に出ているわ」

 

 女魔族が、呆れた顔で指摘する。

 ……が、直ぐに女魔族の表情が変わった。

 目を細め、獲物を見付けた捕食者の様に俺を見る。

 

「確認してみる? 実際に触れば、本物かどうか分かるでしょ」

 

 そう言い放つと、彼女の肩を掴んでいる右手を両手に取り、自分の胸に押し付けようとし始める。

 

「な、何を考えている!?」

 

 彼女の余りにも予想外な行動に驚き、声が上擦る。

 彼女の胸に触らない方がいい。

 そう直感した。

 右手を無理矢理胸に押し付けられまいと、必死に抗う。

 だが、俺の右手を掴む力は予想以上に強く、徐々に彼女の胸に近付けられていく。

 そうしている内に、女魔族の頭に突き付けていたパイルバンカーの狙いが外れてしまう。

 

「疑われた以上、証明しないと気が済まないわ。だから、直接触って本物か偽物か確認しなさい!」

 

 その言葉と共に、俺の右手を引っ張る力が一気に強くなる。

 遂に抗い切れなくなり、右手だけではなく、全身が彼女の方に引っ張られてしまう。

 勢いよく彼女にぶつかると、そのまま彼女を巻き込み、押し倒す様に倒れた。

 

「痛っ!?」

 

 おかしい。

 彼女が下になって倒れ込んだ筈。

 それが何故、俺が下になって倒れているのか。

 おそらく、彼女が体を入れ替えたのだろう。

 魔族の身体能力の高さを垣間見た。

 後頭部が激しく痛む。

 兜を被っていて、何故こんなに痛むのか。

 

『――告。倒れる直前に装備を除装しておきました。お仕置きです、マスター♪』

 

 脳裡に響く、甲冑の声。

 効果的なお仕置きの機会を狙いすましていた様だ。

 だが、何故今なのか。

 疑問を覚えるが、直ぐに分かった。

 目の前が真っ暗。

 呼吸が出来ない。

 苦しい。

 顔と身体の上に温かさと重みを感じる。

 

「あの甲冑を纏っているとは言え、人間に不意を突かれるなんて。よくも……やってくれたわね。お仕置きしてあげるわ。死なない様に加減してあげるから、私の胸で窒息しなさい♪」

 

 その言葉と共に、俺は意識を失った。


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