第三十四話 黒いゴブリンロード
岩肌の壁が続く、一本道の通路。
今いる場所がダンジョンのどの辺りか、全く分からない。
何処とも知れない場所に転送しやがって。
あの女魔族、頭の中がお花畑になっているのではないか。
そうとしか思えない。
まあ、真っ直ぐ進んでいれば何とかなるだろう。
……何とかなると思っていたのは間違いだった。
いくら進んでも変化の無い一本道。
稀少種を含むゴブリンの集団を遭遇する度に倒していく。
パイルバンカーに使う、小石位の魔晶石は思ったより多く集まった。
だが、刃が欠けたバスタードソードを振るい続けた結果、一目見ただけで限界と分かる程傷んでしまう。
バスタードソードの刃は全て欠け、剣身に罅が走っている。
剣の形をした、金属の棍棒に成り果てた。
俺でもこれ以上使えば折れると分かる。
アイアンゴーレムとの戦闘で、無茶し過ぎたのが響いている。
パイルバンカーの長槍とバスタードソード。
この二つを大将に見せたら、冗談抜きで殺されるだろう。
アイアンゴーレムの残骸を全て差し出した位では、その怒りを鎮めるのは不可能。
考えても、仕方無い。
ゴブリンを殲滅してから考える事にしよう。
ダンジョンから出られるかすら、分からないのに。
問題を先送りしただけとも言えるが、ゴブリンを始末することが先だ。
そこまで考えを纏めた所で、急に腹が鳴る。
身体が食事を欲している。
そう言えば、最後に飯を食ったのは何時だろう。
『――告。昨日の朝です』
当然、腹も鳴るか。
……って、俺は何食飯を抜いているんだ。
『――告。三食です』
まあ、一日以上ダンジョンに籠っていれば、それぐらいは食わないな。
と、納得する訳がない。
昨日からの行動を思い出してみる。
ダンジョンに入ってから、ゴブリンを魔晶石目当てに狩る。
ダンジョンの壁を破壊し、出現した通路を進む。
通路に閉じ込められ、アイアンゴーレムと戦闘してから丸一日寝る。
起きてから、女魔族に転移される。
どう考えても、食べた記憶が無い。
何故、空腹感を覚えなかったのか。
『――告。肉体改造により、主は二、三日は飲まず食わずで行動出来ます』
それは、俺が人間で無くなり始めているという事だ。
俺を化け物にするつもりか。
『――是。上位竜と互角以上に戦える存在になるには、化け物にするしかありません』
誰が化け物になりたいと言った。
『――告。既に手遅れです。主は力を求め、選択しました』
ふざけるな。
お前は悪魔か。
俺は、悪魔と取り引きした覚えはない。
やはり、こいつの呪縛から逃れる方法を探そう。
『――告。不可能です。無駄な事はしないで下さい。時間の無駄です』
その言葉と共に、全身に激痛が走る。
「ガアァァァァァ!?」
全身の激痛に耐えきれず、膝をつく。
『――告。お仕置きです、主。主には学習能力は無いのですか? ……これは、主を躾ないと駄目ですね。今後は、私(甲冑)を捨てることを考える度にお仕置きします。覚えておいて下さい』
お前を捨てない様に躾けるだと。
俺にだって、使う鎧を選ぶ権利はある。
勝手に決めるな。
『――告。主に鎧の選択権はありません。私という、最高の甲冑があるのですから。この先、どの様な鎧を手に入れようと、私が使わせません。諦めて下さい』
何が最高だ。
最悪の部類に入る、呪いの甲冑だろうが。
俺は諦めない。
必ず、お前を捨てる方法を見つけてやる。
『――告。そう言えるのも今のうちです。無駄な努力ですが、ご自由にやって下さい』
その言葉を最後に、反応を返さなくなる。
言いたい事だけ言って、引っ込んだ様だ。
甲冑曰く、お仕置きによって受けた痛みのせいで身体が思い通りに動かない。
無理して進んでも、ロクな事にならないだろう。
腹も空いている事だし、休憩を取るか。
身体を引き摺る様にして、壁際まで移動。
岩肌の壁にもたれた所で、足から力が抜け、崩れ落ちる様に座り込む。
魔法倉庫から、水筒と携帯食を取り出す。
包装を破り、焼き色が付いた乳白色の塊を一口かじる。
やはり、あまり美味くない。
必要な栄養は殆ど取れるから、味は我慢して食う。
分かりきった事実だが、今はこれしか食える物が無い。
ダンジョンに入る前に、色々買い込んでおくべきだった。
店回りをしてなかったので、今さら言っても自業自得だが。
一口かじる毎に、口の中が乾いてくる。
水を飲み、乾きをいやす。
そうして、何とか食べきった。
「ふう……」
溜め息を吐きつつ、空になった携帯食の包装紙を見る。
確かこいつは、異世界からの渡り人が伝えた物だったな。
それまでの携帯食は、こいつより不味く、栄養も無かったらしい。
それを考えたら、まだマシか。
これを伝えた渡り人に感謝だな。
もっとも、これは魔女からの受け売りだが。
ようやく、甲冑のお仕置きと言う名の攻撃による全身の痛みが取れた。
何とか、あのお仕置きとやらに対抗する方法を考えないと。
だが、今はそんな場合ではない。
取り敢えず、ゴブリンを殲滅してダンジョンから出る事を優先しよう。
立ち上がり、一本道の通路を進んでいく。
五分程歩いた所で、武闘訓練場位の広さがある広間らしき場所に辿り着いた。
正面には数十匹のゴブリン。
その後方には、ゴブリンより一回り以上大きな黒いゴブリンがいる。
おそらく、あれがゴブリンロードなのだろう。
「アノ人間ヲ始末シロ」
黒いゴブリンロードが、従えている数十匹のゴブリンに命令した。
その命令を受けたこの場にいる全てのゴブリンが、俺目掛けて駆け出してくる。
さて、どうするか。
まだ先は長いので、カオス・ボルトの掃射は出来ない。
マナポーションでマナを補うにも、数に限りがある。
地道に、ゴブリンの数を削っていくしかないだろう。
パイルバンカーは、この戦闘で使うのに十分なだけの魔晶石を補充している。
防御は、カオス・シールドの魔法の盾で何とかなるだろう。
ダガーやナイフを牽制を兼ねて、接近してくるゴブリンに向けて投擲。
何匹か倒せれば、上等だ。
後は、売る予定の剣を使い潰すつもりで使って何とかするしかない。
ゴブリンの動きを見て戦闘の方針を決め、直ぐに実行に移す。
カオス・シールドの魔法を二回、無音無詠唱で発動。
漆黒の盾が左右に出現し、直ぐその姿が見えなくなっていく。
魔法倉庫からダガーやナイフを取り出し、連続して投擲。
ゴブリンが十歩の距離に近づく迄に四本投げる。
三本は命中しなかったが、飛んでくるダガーやナイフに怯んだり避けたりで動きが遅くなり、牽制の役目は果たしてくれた。
ゴブリンの雄叫びの中に、僅かだが悲鳴が混じっている。
運良く、一本は命中した様だ。
眼前に近づくゴブリンどもを見て、これ以上ダガーを投擲するのは無理と判断。
魔法倉庫から、しまっていた長剣を取り出し、右手に持つ。
横目で、ゴブリンに囲まれず、二、三匹位と同時に戦える場所を探す。
左右の後方、広間の角だけだ。
今いる場所から近いのは、右の方か。
ゴブリンどもの動きを見ながら、ゆっくり右の角に下がっていく。
下がっていく間も果敢に攻撃してくるゴブリンが二匹いたが、長剣で首を断ち、パイルバンカーで頭を貫いて返り討ちにする。
そうして下がり続ける内に、両肩が何かに当たった。
角まで下がった様だ。
これで、死角からの攻撃を気にせずに済む。
改めて、目の前のゴブリンどもを観察する。
数は、数えるのも面倒な位多い。
一見して、二十匹位か。
だが、怯えがあるのか、積極的に仕掛けてこない。
こいつらの後には、ゴブリンロードがいる。
倒すのに、あまり時間を掛ける訳にはいかない。
なるべく、体力の消耗は避けないと。
仕方無い。
こちらから仕掛けるか。
「……エンチャント・カオス」
右手の長剣の剣身に左手を添え、エンチャント・カオスの魔法を無詠唱で発動。
長剣の剣身が、虹色の輝きを放つ。
一歩踏み出し、手近なゴブリンに斬りかかる。
それを合図に、ゴブリンどもが一斉に襲い掛かってきた。
ゴブリンに背後に回り込まれない様に、一旦後ろに下がる。
奇声を上げながら接近して、攻撃してくるゴブリン三匹。
その攻撃は、宙に浮かぶ二枚の漆黒の盾により完全に受け止められる。
攻撃を受け止められ、動きが止まる三匹のゴブリン。
出来た隙を利用し、左のゴブリンにパイルバンカーの長槍を叩き込む。
そのまま虹色に輝く長剣を薙ぎ、正面と右のゴブリンを纏めて切り捨てる。
「……三匹」
あっさりゴブリン三匹を倒せた。
この分なら、普通のゴブリン位は草を刈るように倒せるだろう。
ゴブリンの群れの様子を見る。
仲間を簡単に倒された所を見て怯んでいる様だ。
これなら、群れに突っ込んで暴れても問題ないだろう。
そう判断して、ゴブリンの群れに駆け出した。
群れの中に入り込み、当たるを幸いに長剣を振り回す。
長剣が振るわれる毎に、ゴブリンが二、三匹倒れていく。
その度に響く、ゴブリンの悲鳴。
反撃も二枚の漆黒の盾により、完全に防がれる。
混乱し、まともに戦えないゴブリンは、ただの的でしかない。
そう時間も掛からず、ゴブリンを全て倒した。
「……ヨ、ヨクモ我ガ僕ヲ……我ガ野望ヲ邪魔シテクレタナ。人間風情ガ……赦サン!」
ゴブリンロードが、手にした黒光りするハンマーを振り回し、凄まじい勢いで駆けてくる。
「……五月蝿い」
ゴブリン風情の野望など、俺の知ったことではない。
鬱陶しい。
さっさと終わらせよう。
俺は、黒いゴブリンロードに向けて駆け出す。
ゴブリンロードの懐に入り込み、パイルバンカーの一撃で終わらせる。
ゴブリンロードまで後五歩の所で、振り下ろされる黒光りするハンマー。
空気を切り裂き、叩きつけられる鎚状の矛先。
それを無視して、ゴブリンロードの懐に入り込む。
流石にここまで踏み込まれたらどうしようも無いだろう。
左腕を伸ばし、パイルバンカーをゴブリンロードの頭に向ける。
作動ボタンを押し、長槍を打ち出す。
風切り音と共に打ち出された長槍が、黒いゴブリンロードの顔面を貫く。
一歩下がり、長剣をゴブリンロードの首に叩き付ける。
虹色に輝く剣閃が、ゴブリンロードの体と首を切断。
血を吹き出すこともなく転がり落ちるゴブリンロードの頭部。
その顔面には、パイルバンカーの長槍が空けた穴があった。
俺を押し潰す様に倒れかかってきたゴブリンロードの首無しの体を右に跳んで避ける。
地面に倒れる直前、光につつまれ消滅。
その跡には、拳二つ分の大きさの黒光りする魔晶石が残されていた。
「ゴブリンロードと言うからギリギリの戦闘になると思ったが、大した事無かったな」
あっさりとゴブリンロードを倒せた事に拍子抜けする。
パイルバンカーの一撃で倒せる程度だったか。
それなら、まだ稀少種の方が強かった。
この分だと、あと数匹いるゴブリンロードも大した事は無いだろう。
視界の右端に見えていた、虹色の光が消える。
エンチャント・カオスの効果時間が終わったのだろう。
長剣に目を向けると、全体に罅が走った剣身が映る。
罅は見ている間も拡がっていき、遂には粉々に砕け散った。
もう、こいつに用は無い。
剣身を失い、柄だけになった長剣を投げ捨てる。
辺りを見渡し、この場の全てのゴブリンが全滅したことを確認する。
一匹目のゴブリンロードを倒した。
後何匹いるか知らないが、この調子でいきたい。
一刻も早く、ダンジョンから出るために。
 




