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第三十三話 三体の女魔族

「……んっ、ここは?」

 

 目を開くと、目の前に白い天井が映る。

 

「ダンジョンの中にいたはずだが……」

 

 意識を失う前の記憶を思い出す。

 確か、アイアンゴーレムを倒してからその残骸を回収して……。

 そのまま、睡魔に負けて眠ってしまった様だ。

 身体を起こして周囲を見回し、現状を確認する。

 俺が借りている部屋位の広さの部屋。

 壁面も床も白一色だ。

 家具の類いは何もない。

 ただ、出入口だろう扉が一つあるだけ。

 俺自身は、甲冑を脱ぎ、高級そうな敷物の上に仰向けに転がっている。

 俺は、甲冑を纏ったまま意識を失ったはずだ。

 それが何故、甲冑を脱いでいるのか。

 

『――告。窮屈そうだったので、収納しました』

 

「そうか……って、納得出来るか」

 

 危うく、納得仕掛けてしまう。

 このまま、こいつ(甲冑)に丸め込まれてしまう訳にはいかない。

 こいつが俺をマスターと呼ぶ以上、俺が上位だ。

 

『――告。武具の脱着はこちらからでも出来ます』

 

 このぐらい当然です、という感じで伝えてきた。

 この様子だと、その内魔法倉庫に入っている魔道具も自分の意思で使える様になるのかもしれない。

 

『――告。主の考えている通りです。主の想像以上の事も出来ますが、やるつもりはありません』

 

 斜め上の答えが返ってきた。

 もう、こいつ(甲冑)の好き勝手な動きを止められる気がしない。

 それどころか、俺がこいつの道具になっている気がする。

 

『――告。主が行動不能の時以外は、勝手に動かないので安心して下さい』

 

 安心していいのか、判断出来ない。


 当面は、使って様子をみるしか無いだろう。

 甲冑について考えるのはここまでにする。

 それにしても、ここは一体何処なのだろうか。

 

『――告。ここは、ダンジョンの中の一室と思われます。主が意識を失った後に三体の魔族が現れ、主に魔法を使用。その直後、ここに転移しました。暫く様子を見て危険は無いと判断した為、装備を解除しました』

 

 ここにいる理由は分かった。

 だが、何故魔族が俺をここに転送したのか。

 ただの探索者。

 しかも、“無能”の俺を。

 訳がわからない。

 分かる奴がいたら教えて欲しい。

 

『――告。おそらく、私が原因と思われます。ですが、それ以上は現在の主に話すことは出来ません』

 

 知っている奴が側にいた。

 しかも、原因とは。

 理由を教えない事が、気に入らない。

 やはり、こいつは処分するしかない様だ。

 だが今は、こいつが無いとダンジョンに潜ることもままならない。

 死なないと手放せないと言っていたが、それ以外で手放す方法を何とか見つけないと。

 

『――告。無駄な努力なので、お勧めしません。時間の無駄です。そんな暇があったら、強くなるための努力をして下さい』

 

 どうやら、思考は全て読まれているらしい。

 無駄かどうかは、俺が決めることだ。

 お前に言われる筋合いは無い。

 それに、言われるまでも無く、強くなるための努力はやっている。

 

『――否。全然足りません。最低でも、一人で上位種のドラゴンを瞬殺出来る位になっていただきます』

 

「……」

 

 甲冑の無茶な言い分に唖然とする。 

 ちょっと待て。

 上位種のドラゴンなんて、神々に匹敵する力を持つ、神話の時代からの最強存在だ。

 現在では、その存在は伝説となっているが。

 

 人が、そこまで強くなれる訳がない。

 俺自身、人である事を止める気は無いし、神と並ぶ存在には到底なれないだろう。

 こいつについて、言える事は一つだけだ。

 

 狂っている。

 

 俺に神に成れと言っているのに等しいのだから。

 本当に頭がおかしい。

 ……そう言えば、こいつに頭が無かった。

 頭がおかしいは、間違っているか。

 だが、語彙が乏しい俺には、何と言えばいいのか分からない。

 

『――告。狂っているとか、頭がおかしいとか失礼です。上位竜を超える存在を生み出す。それが、私の存在理由です』

 

 無理だ。

 人が神に並ぶ存在になれる訳がない。

 それに、人以外の何かに成り果てたくはない。

 

 仕方無い。

 今のダンジョンから出るのにかなり苦労するだろうが、左腕の腕輪を破壊するしか無い。

 

 魔法倉庫からダガーを取り出し、腕輪の宝玉に突き立てた。

 ……がその瞬間、腕輪の宝玉が強く光り輝く。

 

「ガアァァァァァァァァァァ!?」

 

 左腕から全身を駆け巡る激痛。

 激痛により、右手のダガーを取り落とす。

 歯を食い縛り、身体を抱き締め、全身から発する激痛に耐える。

 永遠に感じられた激痛が、唐突に治まった。

 

『――告。無駄かつ馬鹿な真似はしないで下さい、マスター

 

 呆れた様子の声が聞こえる。

 

『――告。主が私を排除しようとする、あらゆる行為は全て阻止します。私と共に消滅でもしない限り、永遠に離れる事はありません。もっとも、主と私が同時に消滅する事など、あり得ませんが』

 

 激痛の影響で身動きすら出来ない状態の俺に、絶望をもたらす宣告。

 絶対にそうならない自信に溢れている。

 だが、永遠に離れる事はないとは、一体どういう事だ。

 

『――告。主が知る必要はありません』

 

 話す気は無い様だ。

 それなら、それで構わない。

 俺の行動を邪魔しないなら。

 

『――確。記…の…去……認…』

 

 何か言った様だが、よく聞こえなかった。

 もしかして、また俺の身体に何かしたのか。

 何をされたか分からないのが腹立たしい。

 それでも、今はこいつを使うしかない。

 

「それにしても、俺はどの位意識を失っていたんだ?」

 

 疲労が全く無い。

 最低でも、丸一日は眠っていたみたいだ。

 

『――告。その通りです。あれから、主は丸一日眠っていました』

 

 本当に丸一日眠っていたのか。

 意識がなかったとは言え、魔族に全く気付かなかったとは。

 俺は、自分が思っていたより胆力があった様だ。

 

「体調は問題無い……マナも回復しているか」

 

 甲冑の気味悪さを振り払う様に、声に出して俺自身の状態を確認する。

 

「これからどうするか……」

 

 立ち上がり、甲冑を纏う。

 扉を見て溜め息を吐く。

 このまま此処にいても仕方無い。

 やはり、扉の向こうへ進むしかないのだろうか。

 扉を前に、立ち尽くす。

 

「悩んでも仕方無い……か」

 

 取っ手を持ち、扉を開けようとしたが開かない。

 押して駄目なら引いてみろ。

 その言葉通り、扉を引く。

 今度は、簡単に軋むような音を立てて扉が開いた。

 

「……」

 

『――告。主、よく見て下さい……』

 

 甲冑にも呆れられている。

 ……黙れ。

 一見しただけで、分かる訳がない。

 こいつの事を考えるのを止め、部屋から出る。

 

「きゃっ!?」

 

「んっ!?」

 

 通路に出た途端、右腕に何かがぶつかった衝撃を感じる。

 何処かで聞いた覚えのある女の声。

 右側を見ると、見覚えのある金髪で黒いドレスの胸の大きな女が床に尻餅をついている。

 その後ろには、メイド服を着た女と鎧姿の女が左右についている。

 ここがダンジョン内なのか分からないが、見た限り目の前の三人は人では無い様だ。

 黒いドレスを着た金髪の女。

 人が、ドレス姿でダンジョンにいる訳がない。

 おそらく魔族だろう。

 戦うか、逃げるか。

 だが、戦えば確実に死ぬ。

 三体の魔族相手に戦うという選択をする程、愚かではない。

 とは言え、逃げるのも無理だろう。

 どうしたらいい。

 三体の魔族の女を見ながら逡巡する。

 

「人間風情が! ――様に対し……」

 

 尻餅をついている女の右側にいる鎧姿の女が立ち上がり、何処からともなく取り出した槍の穂先を俺に向け威嚇してくる。

 だが、前に魔族に遭遇した時程の恐怖や畏怖を感じない。

 いや、全く感じないと言った方が正しい。

 やはり、甲冑に身体を弄られたのが原因なのだろうか。

 俺が知らないだけで、身体だけではなく精神も弄られているのかもしれない。

 甲冑の事だ。

 実際にやられていても、俺は驚かない。

 

『――告。主のご期待にそえなくて申し訳無いですが、流石に精神の強化は出来ません。強制的な精神の強化は、魂に手を加える事と同義です。そんな事が出来るのは神々のみでしょう。おそらく、以前吸収した精神安定の効果が自動発動しているか、主が魔族のプレッシャーに慣れたからだと推測されます』

 

 甲冑が、自分は精神に手を加えていないことを主張してくる。

 俺は、無条件にこいつの言葉を信じる事が出来ない。

 話し半分として、頭に入れておく。

 

「お止めなさい! 彼をここに入れたのは私です」

 

「しかし……」

 

「売られた喧嘩だ。例え死ぬ事になろうが、五割増で買ってやるぞ」

 

 何時でも抜剣出来るよう、バスタードソードの柄に手を掛け、鎧姿の女を挑発する。

 鎧姿の女魔族は、一瞬でも目を離せば飛び掛かってきそうだ。

 一触即発の気配が辺りに漂う。

 

「二人とも止めなさい!」

 

 対峙する、俺と鎧姿の女魔族を制止する声。

 

「しかし……」 

 

「しかしもかかしも無いわ。これは命令です。私の守護者ガーディアンに勝手に死なれても困るの」

 

 いつの間にか立ち上がっていた、黒いドレスの女魔族。

 どうやら、黒いドレスの女魔族が三体の女魔族のリーダーらしい。

 その証拠に、メイド服の女魔族は黒いドレスの女魔族の傍らから離れない。

 俺が黒いドレスの女魔族に襲い掛かるのを警戒している様だ。

 仕掛けられたのなら兎も角、こちらから仕掛ける程馬鹿ではない。

 無駄な心配をしている様だが、それを教えてやる理由も無い。

 精々、無駄な心配をして禿げればいい。

 と言うか、禿げてしまえ。

 禿げた女というのを一度は見てみたい。

 

「……私が、人風情に負けるとお思いですか?」

 

「ええ、負けるわ。もっと言えば、死ぬわよ」

 

 自分の配下に、人でしかない俺の方が強いと言い切った。

 この女魔族、何処かで会ったことがあるような気がする。

 

「有り得ません! 私が人相手に敗れるなど」

 

「これだから、脳筋堅物は……」

 

「何だと!? 淫乱牝メイドは黙ってろ!」

 

 鎧姿の女魔族が、口を挟んできたメイド服の女魔族相手に、口論というか口喧嘩を始めた。

 ……俺を放置して。

 まあいいか。

 無理な戦闘をせずに済んだと思えば。

 この隙に、こいつらから逃げ出そう。

 放置されたんだ。

 逆に、俺がこいつらを放置しても問題無いだろう。

 そう結論を出し、ここから出る方法を探すために移動する。

 

「待ちなさい。何処へ行くのかしら?」

 

 口喧嘩をしている二体の女魔族に背を向け、歩き始めた俺の肩を誰かが掴む。

 そういえば、まだ一体いたな。

 黒いドレスの女魔族が。

 

「何だ? もう俺に用は無いだろ」

 

 肩を掴んでいる手を払い退けようとするが、かなり強く掴んでいるらしく退けられない。

 見た目はただの女だが、やはり魔族か。

 その力は、人とは比べ物にならないぐらい強い。

 

「残念だけど、貴方への用はこれからなの」

 

 目が釣り上がり、肩を掴む力が増してきた。

 逃げるのは無理の様だ。

 諦めて、話を聞く事にした。

 背後では、今なお二体の女魔族による壮絶な口喧嘩……の域を超えた取っ組み合いの大喧嘩が続いている。

 アレに巻き込まれたら、確実に死ぬだろう。

 こっちに飛び火しない事を祈るばかりだ。

 

「なら、さっさと用件を言ってくれ。これでも暇じゃないんでな」

 

「そうね……単刀直入に言うわ。数日前に貴方がゴブリンキングを倒したお蔭で、ゴブリンロード達が勢力争いを始めたの。これを鎮圧して貰いたいの……と言うより、原因を作ったのは貴方なのだから、責任を持って鎮圧しなさい」

 

「ゴブリンキングと戦った覚えは無いんだが……」

 

「……混沌魔法で、ゴブリンの群れを薙ぎ払ったのは誰だったかしら? 若いうちからボケてて、大丈夫なの?」

 

 首を傾げ、失礼な事を聞いてくる。

 相手は魔族なのに、その仕草がかわいいと思ってしまった。

 

 まだ二十歳だ。

 ボケる程、歳をくってはいない。

 目の前の女魔族は、俺が混沌魔法を使えるのを知っている。

 何故だ。

 

「思った事が顔に出ているわ。それに“混沌魔法大全 完全版”を渡したのは私よ」

 

 その言葉で思い出す。

 “擦り付け”された日に出会った魔族の事を。

 あの時は、顔の部分が朧気でよく分からなかった。

 声、服装とも、記憶に残っている。

 二度と会うことはない。

 そう思っていた。

 だが、現実に会っている。

 俺の祈りは通じなかった様だ。

 

「とりあえず、貴方をダンジョンに転送するわ。準備はいいかしら?」

 

 俺を無視して、勝手に話を進めている。

 

「待て。勝手に話を進めるな」

 

 足元に魔法陣が浮かび上がる。

 おそらく、転送の為のものだろう。

 こうやって、意識を失った俺を転送したのか。

 呑気に考えている場合ではない。

 

「人の話を聞け! 準備は全く出来ていない!」

 

 訴えを完全に無視され続ける中、足元の魔法陣が輝きを増していく。

 

「行ってらっしゃい」

 

 ドレス姿の女魔族が手を振っている。

 見送りのつもりらしい。

 ふざけるな。

 それを見た直後、光に包まれ浮遊感を覚えた。

 光がおさまると、視界に見慣れた岩肌の壁が映る。

 どうやら、ダンジョンに転送された様だ。

 

「……全く、人の話を聞けよ」

 

 仕方無い。

 とりあえず、ゴブリンを狩るとするか。

 溜息を吐き、ゴブリンを探すため歩き始めた。


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