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第三十二話 暗躍するもの

「……んっ、ここは?」

 

 目を開くと、目の前に白い天井が映る。

 

「ダンジョンの中にいたはずだが……」

 

 意識を失う前の記憶を思い出す。

 確か、アイアンゴーレムを倒してからその残骸を回収して……。

 そのまま、睡魔に負けて眠ってしまった様だ。

 身体を起こして周囲を見回し、現状を確認する。

 俺が借りている部屋位の広さの部屋。

 壁面も床も白一色だ。

 家具の類いは何もない。

 ただ、出入口だろう扉が一つあるだけ。

 俺自身は、甲冑を脱ぎ、高級そうな敷物の上に仰向けに転がっている。

 俺は、甲冑を纏ったまま意識を失ったはずだ。

 それが何故、甲冑を脱いでいるのか。

 

『――告。窮屈そうだったので、収納しました』

 

「そうか……って、納得出来るか」

 

 危うく、納得仕掛けてしまう。

 このまま、こいつ(甲冑)に丸め込まれてしまう訳にはいかない。

 こいつが俺をマスターと呼ぶ以上、俺が上位だ。

 

『――告。武具の脱着はこちらからでも出来ます』

 

 このぐらい当然です、という感じで伝えてきた。

 この様子だと、その内魔法倉庫に入っている魔道具も自分の意思で使える様になるのかもしれない。

 

『――告。主の考えている通りです。主の想像以上の事も出来ますが、やるつもりはありません』

 

 斜め上の答えが返ってきた。

 もう、こいつ(甲冑)の好き勝手な動きを止められる気がしない。

 それどころか、俺がこいつの道具になっている気がする。

 

『――告。主が行動不能の時以外は、勝手に動かないので安心して下さい』

 

 安心していいのか、判断出来ない。


 当面は、使って様子をみるしか無いだろう。

 甲冑について考えるのはここまでにする。

 それにしても、ここは一体何処なのだろうか。

 

『――告。ここは、ダンジョンの中の一室と思われます。主が意識を失った後に三体の魔族が現れ、主に魔法を使用。その直後、ここに転移しました。暫く様子を見て危険は無いと判断した為、装備を解除しました』

 

 ここにいる理由は分かった。

 だが、何故魔族が俺をここに転送したのか。

 ただの探索者。

 しかも、“無能”の俺を。

 訳がわからない。

 分かる奴がいたら教えて欲しい。

 

『――告。おそらく、私が原因と思われます。ですが、それ以上は現在の主に話すことは出来ません』

 

 知っている奴が側にいた。

 しかも、原因とは。

 理由を教えない事が、気に入らない。

 やはり、こいつは処分するしかない様だ。

 だが今は、こいつが無いとダンジョンに潜ることもままならない。

 死なないと手放せないと言っていたが、それ以外で手放す方法を何とか見つけないと。

 

『――告。無駄な努力なので、お勧めしません。時間の無駄です。そんな暇があったら、強くなるための努力をして下さい』

 

 どうやら、思考は全て読まれているらしい。

 無駄かどうかは、俺が決めることだ。

 お前に言われる筋合いは無い。

 それに、言われるまでも無く、強くなるための努力はやっている。

 

『――否。全然足りません。最低でも、一人で上位種のドラゴンを瞬殺出来る位になっていただきます』

 

「……」

 

 甲冑の無茶な言い分に唖然とする。 

 ちょっと待て。

 上位種のドラゴンなんて、神々に匹敵する力を持つ、神話の時代からの最強存在だ。

 現在では、その存在は伝説となっているが。

 

 人が、そこまで強くなれる訳がない。

 俺自身、人である事を止める気は無いし、神と並ぶ存在には到底なれないだろう。

 こいつについて、言える事は一つだけだ。

 

 狂っている。

 

 俺に神に成れと言っているのに等しいのだから。

 本当に頭がおかしい。

 ……そう言えば、こいつに頭が無かった。

 頭がおかしいは、間違っているか。

 だが、語彙が乏しい俺には、何と言えばいいのか分からない。

 

『――告。狂っているとか、頭がおかしいとか失礼です。上位竜を超える存在を生み出す。それが、私(甲冑)の存在理由です』

 

 無理だ。

 人が神に並ぶ存在になれる訳がない。

 それに、人以外の何かに成り果てたくはない。

 

 仕方無い。

 今のダンジョンから出るのにかなり苦労するだろうが、左腕の腕輪を破壊するしか無い。

 

 魔法倉庫からダガーを取り出し、腕輪の宝玉に突き立てた。

 ……がその瞬間、腕輪の宝玉が強く光り輝く。

 

「ガアァァァァァァァァァァ!?」

 

 左腕から全身を駆け巡る激痛。

 激痛により、右手のダガーを取り落とす。

 歯を食い縛り、身体を抱き締め、全身から発する激痛に耐える。

 永遠に感じられた激痛が、唐突に治まった。

 

『――告。無駄かつ馬鹿な真似はしないで下さい、マスター

 

 呆れた様子の声が聞こえる。

 

『――告。主が私を排除しようとする、あらゆる行為は全て阻止します。私と共に消滅でもしない限り、永遠に離れる事はありません。もっとも、主と私が同時に消滅する事など、あり得ませんが』

 

 激痛の影響で身動きすら出来ない状態の俺に、絶望をもたらす宣告。

 絶対にそうならない自信に溢れている。

 だが、永遠に離れる事はないとは、一体どういう事だ。

 

『――告。主が知る必要はありません』

 

 話す気は無い様だ。

 それなら、それでもいい。

 まだ、手はある。

 こんな所で死ぬ羽目になるとは思わなかったが、仕方無い。

 だが、このままこいつの操り人形になるよりはマシだ。

 先程、全身に走った激痛の為に床に落としたダガーを拾う。

 エンチャント・カオスの魔法を俺自身を対象に発動。

 俺の身体が一瞬黒く輝く。

 続けて、エンチャント・カオスの魔法をダガーにマナが許す限り重ね掛けする。

 ダガーの剣身が、虹色に輝く。

 意識が遠くなるが、甲冑への怒りがそれを捩じ伏せる。

 虹色に輝くダガーを見て、口許に笑みを浮かべる。

 

 「俺は、お前の思い通りにはならない」

 

 虹色に輝くダガーを見つめながら、甲冑に宣言する。

 その瞬間、腕輪の宝玉が輝くが、俺に何の影響も及ぼさない。

 思った通りだ。

 甲冑からの肉体的干渉を完全に防いでいる。

 これなら、やれるだろう。

 

『――告。何をする積もりですか!?』

 

 甲冑が焦っている。

 だが、もう遅い。

 邪魔はさせない。

 

「さっきも言った筈だ。俺は、お前の思い通りにはならない」

 

 虹色に輝くダガーを逆手に持ち換え、左胸に向ける。

 このまま心臓に刺せば、全て終わる。

 死んでしまうが、仕方無い。

 甲冑の操り人形に成り果てるよりはマシだ。

 

『駄目なのじゃー!』


『死んでもらっては困るな』

 

 脳裡に響く、甲冑でもレイでもない二つの声。

 同時に、持っていたダガーの剣身が砕け散る。

 

「……何だ、一体!?」

 

 目の前で起きた、信じられない光景に唖然とする。

 辺りを見渡すが、当然ながら誰もいない。

 甲冑が何かした様子も無い。

 腕輪の宝玉が、今だに輝き続けている。

 俺に干渉しようとしている様だが、その影響を受けた様子は無い。

 

 どうなっている。

 何故、ダガーが砕けたんだ。

 何が何だか、訳が分からない。

 

『今そなたに死なれては、面白く無くなるのじゃー』

 

『そなたは、ようやく現れた我が武神流気闘法の使い手。勝手に自殺など許さん!』

 

 再び、激痛が全身を襲う

 今度は身じろぎどころか、声すら上げられない。

 激痛は一瞬で治まる。

 だが、全く身体に力が入らない。

 完全に身体の自由を失った様だ。

 

「……誰……だ?」

 

 片言に近い位に、言葉がぶつ切りだ。

 上手く声も出せない。

 

『秘密なのじゃー。そなたが知る必要は無いのじゃー』

 

『……我は、ついうっかり示唆してしまったな。その頭で考えろ。空気が詰まっている訳ではあるまい?』

 

 何者だろうが、関係無いし興味も無い。

 生きるも死ぬも、俺の勝手だ。

 誰にも邪魔はさせない。

 だが、今の状態では何も出来ない。

 

『諦めが悪い上に、懲りん奴なのじゃー』

 

『確かに。だが、死なれては我らの娯楽が無くなってしまう。どうしたものか?』

 

 思考を読んだ上で、勝手なことをほざいている。

 

『私にいい考えがある』

 

 新たな声が増えた。

 この台詞を言う奴のいい考えが、本当にいい考えだった試しがない。

 確実に、ロクでもないだろう。

 だが、俺にはどうする事も出来ない。

 

『簡単なことだ。自殺出来ぬ様に呪縛すればよい。あれには出来ぬが、我らなら造作もないであろう?』

 

『それは良い方法なのじゃー』

 

『確かに、有効だろうな。だが、彼の者の事も考えれば、やりたくは無い』

 

『彼の者の行動をなるべく阻害せずに済ます方法は他には無いぞ。洗脳でもするのか?』

 

『それしか無いのじゃー。洗脳すると面白く無くなるのじゃー!!』

 

『……やむを得ないか。我らの計画にも差し障るか……』 

 

『うむ……ところで、そなたのその語尾は何なんだ? 凄くうざいのだが……』

 

『話が進まなくなると思い、あえて言わなかったが、凄くウザいぞ』

 

『みんな酷いのじゃー。のじゃーは特別保護種なのじゃー。ん? 何故、みんなハンマーや槍を取り出したり、拳を我に向けておるのじゃー?』

 

『……ウザい』

 

『のじゃーは駆除する』

 

『のじゃー死すべし』

 

『滅びよ、のじゃー』

 

『消えなさい、のじゃー』

 

『のじゃーに死を』

 

『……そなたらみんな酷いのじゃー!? のじゃーはかわいいのじゃー。大事に保護しないといけないのじゃー! って、逃げるのじゃー!?』

 

『まてー。逃げるなー!』

 

『のじゃーは駆除!』

 

『のじゃー死すべし!』

 

『滅びよ、のじゃー!』

 

『消えなさい、のじゃー!』

 

『のじゃーに死を!』

 

『……やれやれ、やるべき事を放り出しおって』

 

 声が更に増えている。

 しかも、のじゃー排斥の声が。

 こうして、のじゃーの駆除が進んでいるのだろう。

 俺も、のじゃーの駆除には賛成だ。

 あれは、存在がウザい。

 だが、忘れてはならない。

 のじゃーは何処にでも存在する。

 一匹見つけたら、三十匹いると思え。

 今も、俺に干渉してきたのじゃーの駆除が行われている。

 こののじゃーだけは、確実に処分して貰いたい。

 人をおもちゃにして楽しんでいる、クズなのだから。

 

『……のう、現実逃避していて良いのか?』

 

 身動きすら出来ない状態で、何が出来るというのか。

 現実逃避するしかない。

 抗っても無駄ならな。

 

『その通りじゃ。覚悟は出来ている様じゃな』

 

 やるなら、さっさとやれ。

 

『仕方無い……皆がのじゃー狩りから帰ってこぬが、始めるかの。せめてもの情けじゃ。出来るだけ、苦しまずに済ませよう』

 

 左手の甲に、焼ける様な痛みが走った。

 それを合図に、頭にも何かを刺された様な激痛を感じる。

 

『……眠るがよい。目覚めたら、今の記憶は失われているだろう。これからも我らを楽しませてくれ』

 

 その言葉と共に、俺は意識が遠くなっていった。


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