第三十話 隠し部屋
――殺せ
――破壊しろ
この二つの言葉が思考の大半を占める。
その対象は、俺の前で後後退る稀少種のゴブリン。
両腕を失い、俺を見て怯えている。
その様子を見て笑みを浮かべ、ハルバードを握り締めたままの右腕が落ちている所まで歩いていく。
ゴブリンに見せ付ける様に、得物だったハルバードを拾いあげた。
ついたままのゴブリンの右腕をハルバードを振って外し、ハルバードを魔法倉庫に収納。
「……死ね」
エンチャント・カオスの効果で虹色に輝くパイルバンカーの尖端をゴブリンに向け、理解しているか分からないが宣告する。
止めを刺すため、ゴブリンに向かって駆け出す。
俺が向かってくるのを見たゴブリンが、慌てて背を向け逃げ出した。
逃がさない。
……殺す。
……いや、破壊する。
沸き上がる破壊衝動の求めるまま、逃げ出したゴブリンを追いかける。
ゴブリンを追いかけ、通路を駆ける。
逃げるゴブリンの背中に少しずつ近付いているが、まだ届かない。
十字路、T字路を駆け抜け、追い続ける。
途中、十字路の左右に複数の影を見かけるが、それらは全て無視。
あの稀少種のゴブリンを殺るのが先だ。
追い続けている内に、武闘訓練場より広い左右の壁に扉がある、部屋と言うより場所に入った。
追いかけていた稀少種のゴブリンが、床に描かれている魔法陣の上で立ち止まり、こちらに向き直る。
「……ヨクモ、ワガウデヲ……ヤッテクレタナ、ニンゲン。ダガ、ココマデダ」
「何だ、喋れたのか。俺から尻尾巻いて逃げ出した負け犬に何が出来る?」
目の前のゴブリンを嘲笑ってやる。
「オノレ……ニンゲン!」
俺の言葉に怒ったのか、ゴブリンが俺を睨み付け、吼える。
「腕を失ったお前に、何が出来る? ゴブリンでも寝言を言うのか。初めて知ったよ。まあ、そんな事は俺にとってどうでもいい。手間かけさせてくれたんだ。さっさと死ね」
そう言い放ってから武器を構え、半死半生の稀少種のゴブリンに止めを刺すため歩いていく。
「……オノレ、オノレ、オノレ!!」
怒り狂う稀少種のゴブリンの体とその足下の魔法陣が、青い光を放ち始めた。
嫌な予感がする。
青い光を放ち始めたゴブリンを見てそう感じ、止めを刺すために急ぐ。
だが、あと数歩の所で見えない壁らしき物に阻まれ、そこから先に進めない。
「チッ」
見えない壁らしき物を貫いて目の前のゴブリンを殺るため、パイルバンカーを叩きつけ作動ボタンを押し続ける。
空気を切り裂く音と共に打ち出される長槍。
やはり見えない壁らしき物に阻まれ、静止する。
打ち出した状態で静止し続けている長槍。
それに、エンチャント・カオスの魔法を掛けて威力を強化する。
虹色に輝く長槍が、見えない壁らしき物に虹色の罅を入れる。
「まだ足りないのか……」
早く、これを何とかしないと。
焦燥にかられる俺の脳裡に伝わる、声にならない声。
レイからの念話だ。
『困っておる様なのじゃー』
レイか、今忙しいから後にしろ。
というか、その語尾は何だ。
『後にしろとは冷たいのじゃー。語尾はのじゃーの気分なのじゃー』
のじゃーのじゃー、五月蝿い。
用が無いなら、さっさと引っ込め。
『折角、助言してやろうと言うのに冷たいのじゃー』
五月蝿い。
なら、さっさと助言をくれ。
『そなたに死なれても困るから、仕方無いのじゃー。よく聞くのじゃー。付与魔法を掛けられるだけ、重ね掛けするのじゃー』
魔法の重ね掛け?
そんな事が出来るのか。
『出来るのじゃー。そんな事も知らなかったのじゃー?』
知ってる訳無いだろ。
魔法が使える様になって数日の俺に、無茶言うな。
『情けない奴なのじゃー』
助言して貰うために我慢してきたが、もう限界だ。
延々と続くと、流石にあの語尾は鬱陶しい。
礼だけは言っておく。
とっとと引っ込め、戦闘の邪魔だ。
それだけを伝え、レイのことを意識から排除する。
最後に、
『助言してやったのに、失礼な奴なのじゃー』
と文句を言っていた様だが知った事ではない。
鬱陶しいのじゃーは去った、というより意識から排除した。
殺れるのなら、さっさとゴブリンを殺ってしまおう。
体内に残っているマナを全て使い、エンチャント・カオスの魔法を長槍に重ね掛けする。
長槍の虹色の輝きが増していく。
魔法を使うだけのマナは、欠片も残っていない。
一か八か。
ゴブリンの変化が終わる前に、決着を着けるしかない。
見えない壁らしき物に出来た虹色の罅が拡がっていく。
そして、硝子が砕けた様な音と共に、虹色に輝く長槍が見えない壁らしき物を貫いた。
パイルバンカーから飛び出した虹色に輝く長槍は、青い光に包まれたゴブリンに向かう。
虹色に輝く長槍はゴブリンを貫き、壁面に突き刺さった。
「……殺ったか?」
ゴブリンを包んでいた青い光が消えていく。
青い光が消えた後には、おそらくゴブリンのだろう腰から下があった。
その側には、稀少種のゴブリンの頭が転がっている。
それを見て、安堵の息を吐く。
長槍はゴブリンに当たった様だ。
前に長槍を撃ち出した時は、狙いを外していた。
今回は運良く、狙い通り胴に命中した様だ。
狙ったと言っても、大体この辺りという程度だが。
稀少種のゴブリンだったものは、光になり消える。
後には、握り拳位の大きさの魔晶石一つと、パイルバンカーの一撃を防いだ盾らしき魔法の武具が残されていた。
取り敢えずは、戦利品とパイルバンカーの長槍の回収か。
魔晶石を拾い、腰の小袋に放り込む。
「……さて、こいつはどうするかな?」
ゴブリンが使っていた盾らしき魔法の武具を見て、回収するか思案する。
『――告。可変盾の支配を開始します』
脳裡に直接伝わる甲冑の言葉。
それと同時に、胸部の水晶が蒼く発光し始めた。
水晶から伸びた蒼い光が、盾らしき魔法の武具――可変盾というらしい――を包み込み蒼い光の球となる。
蒼い光の球はゆっくりと宙に浮かぶと、俺に向かって飛んできた。
慌ててかわそうとするが、身体がその場に固定されたかの様に身動きすら出来ない。
蒼い光の球が、眼前に迫ってくる。
目を瞑り、衝突に備えた。
……が、何も起こらない。
恐る恐る目を開くと、蒼い光の球は影も形も無くなっていた。
胸部の水晶は一瞬力強く輝いた後、力を失ったかの様に次第に光が弱まっていく。
そして、両肩の水晶が一瞬輝くと、胸部の水晶から光が失われた。
『――告。可変盾の支配を完了しました。ですが、宝玉のマナがほぼ枯渇しているため、当面は使用不可能です』
支配……使用不可能……。
何をどこからどう言えばいいのか。
意思を持ち、俺の意思を無視して勝手に行動する甲冑。
これを聞くまでは、便利な甲冑としか思っていなかった。
だが今は、気味が悪いとしか感じない。
大将に勧められて使っているが、やはりこの甲冑は処分した方がいいのかもしれない。
レイの事もある。
人が取り込まれているという事に、ただ運が悪いとしか感じなかった。
この甲冑を使う前の俺だったら、人を取り込んだり、話し掛けてきたり、勝手な行動を取る甲冑など、気味が悪くて使う気すら起こらなかったはず。
俺自身、既に何かしら弄られているのかもしれない。
『――告。気味が悪いとは失礼です所有者。マスターの利益になる事しかしていません。全ては、マスターの為です。信じて下さい。因みに、マスターが生きている限り、私を手放す事は不可能です』
本当に俺の利益になっているのだろうか。
俺の身体に何をしたか等、疑問が多々ある。
それで信じろと言われても無理だろう。
だが、ダンジョンから生きて出るまでは、甲冑を信じて使うしかない。
おまけに、死ぬまで手放せないという宣告まで付いてきた。
手放す事が出来ないとなると、生きている限り甲冑がらみの厄介事が続くということだ。
これは諦めるしかないのだろうか。
『――告。残念ですが諦めて下さい。永遠に貴方が甲冑の主です、マスター♪』
甲冑の話に、僅かな希望すら断ち切られる。
しかも、とても楽しそうに伝えてきた。
それを聞いて落ち込む俺の耳に、岩が砕ける音が入ってくる。
音がした方を見ると、正面の壁が崩れ、その奥に部屋らしき空間が見えた。
何故、壁が崩れたか。
その理由は簡単に想像できた。
おそらく、エンチャント・カオスを重ね掛けした長槍が、壁に刺さったからだろう。
それで、長槍をまだ回収していない事を思い出す。
甲冑から伝えられた内容によって与えられた衝撃を振り払う様に、長槍を回収するために歩き出す。
長槍は、先程まで壁面だった瓦礫の前に転がっている。
撃ち放った長槍を拾い、直ぐ使えるか、状態を確認する。
ダンジョンの壁を破壊したからだろう。
長槍の先端は砕け、全体に罅が入っている。
どんなに強力な武器や魔法でも傷を着けるのがやっとという、ダンジョンの壁を瓦礫に変えたんだ。
当然、長槍にはかなりの負荷が掛かったはず。
これは素人の俺が見ても、長槍の修理は、やるだけ無駄だと分かる。
大将にこいつを見せたら、何を言われるか。
最低でも、ぶん殴られるのは覚悟しておいた方がいいだろう。
この長槍を使うのを諦め、魔法倉庫に放り込む。
予備の長槍を取り出し、パイルバンカーに装着。
作動ボタンを押し、長槍を打ち出す。
風切り音と共に長槍が打ち出され、元の位置に戻る。
長槍を取り換えたが、特に異常は無い様だ。
口許に笑みが浮かぶ。
これで戦闘になっても、問題なくパイルバンカーを使えるはず。
俺の武器で最強の威力を誇るパイルバンカーが使える状態なのは、安心できるし心強い。
ついでに魔晶石を補充しておく。
投入口を開くと、容器内は空っぽだった。
さっきの確認で、入れていた魔晶石が尽きた様だ。
小袋を取り出し、今日手に入れた魔晶石の半分程を容器に入れる。
これで、現状で出来るパイルバンカーの準備は全てやった。
目の前に見える、壁を破壊して見付かった隠し部屋。
進むにしろ、戻るにしろ休息と回復は必要だ。
枯渇しているマナを回復するため、マナポーションを二本取り出して飲む。
一息つきつつ稀少種のゴブリンを倒してからモンスターがやって来ないか警戒しているが、未だ一体も現れない。
俺にとっては珍しい、ささやかな幸運だ。
多分、後でロクでもない事が起こるだろうが、気にしないことにする。
気にしていたら、禿げるだろう。
まだ、若い内から禿げたくはない。
いや、禿げてたまるか。
……よく考えれば、禿げ云々で悩んでいる時間はなかった。
早く、進むか戻るか決めないと。
そのうち、モンスター――おそらくゴブリンの集団だろう――が現れる。
悩むのも時間の無駄だ。
手っ取り早く、コイントスで決める。
表なら進み、裏なら戻る。
魔法倉庫から銅貨を一枚取り出し、真上に打ち上げた。
銅貨を右手の甲で受け止め、左手で押さえる。
左手を退け、銅貨の表裏を確認。
表か。
隠し部屋へ進む事になった。
開いている大穴を潜り、隠し部屋に入る。
中は、俺の正面に扉がある以外は、岩肌の壁面しか見えない。
この部屋には、何も無い様だ。
折角、普通では入れない場所にいる。
一度出たら、二度と来ることは出来ないだろう。
引き返すのは論外だ。
扉の先へ進む事にする。
取っ手を引き、扉を開け放つ。
そして、目の前に続く一本道の通路を進んでいった。




