第三話 謎の女
「誰だ? 人を馬鹿にしているのか!?」
苦労している所を見世物にされたのだ。あまりいい気分ではない。
文句を言ってから気付いたが、辺りには誰もいなかったはず。
当然だが拍手が聞こえる筈がない。
「何処にいる!?」
辺りを見渡して、拍手した者を探すが誰もいない。
「何処を見ているのかしら? ここよ、ここ」
背後から聞こえてくる、人をからかうような女の声。
内心驚きながらも、顔に出ないよう努めつつ振り返る。
先程まで誰もいなかったはずの場所に、金色の腰まで届く長髪に黒いドレスを纏った女が立っていた。
女と判断したのは、胸が豊かな膨らみを誇示しているのと、肩辺りの骨格と声が明らかに男のものではないからだ。
これが女装した男だったら、戦利品を放り出してでも全力で逃げさせてもらう。
俺にはそっちの趣味は全く無い。
さほど離れていない筈なのに、顔の辺りが朧気でよく分からない。
武器を持たず、ドレス姿でダンジョンに入る馬鹿な女はいないだろう。
いきなり目の前に現れた女に違和感を覚えた。
もしかすると、この女は人ではないのかもしれない。
ダンジョンの深層には、魔族がいる。
探索者ギルドで、探索者になった時にそう聞いた。
強大な魔法を呼吸するように簡単に使う化物だと。
だが、地下一階に出てくるとは聞いていない。
女が魔族という前提で、なるべく刺激しないように接した方がいいだろう。
「何の用だ?」
目的を尋ねつつ、右手のバスタードソードと左手のダガーを構える。
女を見てから、本能がこれまでにない危険を訴え続けていた。
女に対して無意識の内に恐怖を感じているのか、体が勝手に反応してしまう。
「あら、酷いわね。折角、面白いショーを見せてくれたご褒美をあげに来たのに」
女は、俺の反応がお気に召さない様だ。
だが、敵対する意志はない様なので、武器を収めて戦う意志がない事を示す。
実際、戦っても勝てる気がしない。戦わなくて済むなら、それに越したことはないだろう。自殺願望は持ってないのだから。
「無駄話をする気はない。褒美とやらを貰っておこうか」
あまり関わらない方が良い。褒美とやらを貰い、さっさと話を終わらせて帰ろう。
「理解してくれて嬉しいわ。私も、暇ではないから」
こちらの考えていることがわかっているのか、話を進める。
暇でないのなら、わざわざ出て来るな。そう言ってしまえればスッキリするだろうが、あの女の機嫌を損ねない方がいい。女の機嫌を損ねたらロクな事にならないだろう。
「受け取りなさい。これがご褒美よ」
女が右手を振るい、俺に向けて何かを放り投げた。
投げ渡された物を反射的に右手で掴み取る。
手を開き、掴んだ物を確認。
指輪が二つ。
周囲に紋様がビッシリ刻まれているものと、透明な水晶が付いているもの。
どういう物か気になるので、確認しようと口を開きかけると
「ああ、それね。水晶が付いている方は、強化の指輪。分かりやすく言うと、マナを使って力とか速さとか器用さとかを一時的に上げるの。付いてない方は、収納の指輪。生きているもの以外なら何でも入れることができるわ」
……あっさり答えてくれた。
「指にはめるだけだから。早速はめてみて」
何かに期待するような様子。
拒否しない方が無難だろう。二つの指輪を左手の人差し指と中指にはめる。
「強化の方は、念じることで効果の発動と停止が出来るの。収納の方は念じるだけで出し入れ、収納しているものの確認が出来るわ。まあ、色々試してみてね。とりあえず、収納の方を使ってみて」
言われた通りに使ってみよう。
“開け”
そう念じると、手を伸ばせば届く位置に円状の黒い穴が出現した。
「それが収納口。とりあえず、そのままにしておいて」
続けて、聞き取れるかどうかの声で何かを呟く。
呟きが終わると同時に、辺りに散らばっていた魔晶石や戦利品が浮き上がり、俺が開いた収納口に次々と入って行く。
女が魔法を使ったのだろう。
普通ではあり得ない光景に、驚愕で声も出ない。
そうしているうちに、収納口への戦利品の流れが止まった。
「もう閉めていいわ。これから拾い集めるのも大変そうだから、これはサービスよ」
至れり尽くせりの涙が出るほどありがたいサービス。
戦利品の回収に時間が掛かるのを覚悟していたので助かったが、戦利品を直接確認出来いのは残念だ。
手に入れたものを一つ一つ、見ていくのも楽しいのだが。
気を利かせてくれた様なので、文句を言う訳にはいかない。
あんな魔法、まず人では使うことは出来ないだろう。
戦わなくて正解だった様だ。もし戦っていたら、何も出来ず虫けらのように殺されていただろう。
全て収納された様なので、収納口を閉めるよう念じる。
目の前にあった黒い穴が一瞬で消え失せた。
ついでに、何が収納されているか確認してみる。
脳裡に収納されている物の一覧が浮かぶ。
ダンジョンを出たらゆっくり確認しよう。
収納の指輪。
これは便利だ。有効に利用させてもらう。
使い途も色々ありそうだ。
だが、盗みには絶対使わない。
犯罪者には、成りたくないからな。
収納の指輪の便利さに感動して惚けていた俺の眼前に、二冊の本が突然現れたことに驚く。
「何惚けているのかしら。技術書よ。仕舞うなり、読むなりしなさい」
両手を腰に当てて、何故か呆れている。
人を惚けさせたり驚かせる事をしておいて、理不尽な物言いだ。
とりあえず二冊の本を手に取り、指輪に収納。
「一応、礼は言っておく」
「素直なのは、いいことね。行きなさい。もう会うこともないと思うけど」
「ああ、俺もそう思う。もし今度会ったら、命はないだろうからな。二度と会わない事を祈るよ」
女に背を向け、ダンジョンから出る為に歩き始める。
女と別れてから、しばらく歩き続けてきた。
その間、モンスターと全く遭遇していない。
防具が使い物にならない現在、なるべく戦闘を避けたいのでありがたいのだが。
だが、強化の指輪の効果も試してみたい。
どれだけ強化されるのかを。
数さえ少なければ、今の状態でも何とかなるだろう。
モンスターを警戒しながらの為、歩みは遅い。
ようやくダンジョンの入り口が見えてきた所で、十字路左側の角に影を二つ見つける。
影に注意を払いつつ、右手をバスタードソードの柄に添える。
十字路に近づくと、二つの影が角から飛び出てきた。
緑色の肌に長い耳、頭に小さな角を持つ、小鬼に分類される人型のモンスター、ゴブリン。
ダガーと棒を持つものが一体づつ。
強化の指輪の効果を試すには丁度いい。
バスタードソードを抜き、左手を柄に添え両手で構える。
強化の指輪に意識を集中し、効果を発動させる。
発動と同時に指輪の水晶が輝き、力とは違う何かが左手から抜けていくのが分かる。
これがマナか。
魔法を使えないので、マナを消費するという事に違和感を覚える。
そうしているうちに、二体のゴブリンが近づいて来ている。
まずは手前のゴブリンから。
優先順位を定めて、ゴブリンに接近するための一歩を踏み出す。
四、五歩進んだ所で、ゴブリンがバスタードソードの間合いに達する。
速い。いや、速すぎる。
いつもなら、十数歩は進まないと届かない距離。
有り得ない事に驚愕してしまう。
ゴブリンもまた、唖然とした表情で動きが止まっていた。
その様子を見て俺は我を取り戻し、慌ててゴブリンの首目掛けてバスタードソードを叩きつける。
バスタードソードはゴブリンの首筋を捉えると、紙を裂くようにその体を真っ二つに切り裂いていった。
光に包まれ消えていくゴブリンを脇目に、もう一匹のゴブリンを探す。
十字路の真ん中で立ち止まり、棒をこちらに向けている。
棒の先端が赤く輝き、火を形づくる。
「魔法か!?」
魔法――マナを糧に、様々な現象を起こす奇跡の力。
目の前のゴブリンは、魔法を使うゴブリンメイジの様だ。
稀にいることは知っていたが、今まで遭遇したことはない。
運が悪い……いや厄日だ。
だが、やるしかない。
今の位置からでは、指輪の効果があっても、近づいて魔法の発動を止めるのは間に合わない。
なら、一発は撃たせてから倒すしかない。
全力で駆け、ゴブリンメイジに近づく。
ゴブリンメイジの魔法が完成し、火の矢がこちらに向かってくる。
その速度から回避は不可能。
バスタードソードの腹を盾代わりにして、火の矢を防ぐ。
思っていたよりも強い衝撃に歯を食いしばって耐えつつ、爆発の中を駆け抜ける。
肌の露出している部分が火に炙られて痛むが、無視。
爆発を抜けると、ゴブリンメイジが眼前に迫っていた。
バスタードソードを手放し、右手でホルダーからダガーを引き抜きつつそのまま体当たり。
もつれあって倒れ、地面を転がっていく。
回転が止まった所で体を起こし、ゴブリンメイジの頭にダガーを全力で突き刺す。
ダガーをゴブリンメイジの頭から引き抜き再度突き刺した瞬間、光が視界を覆い尽くした。
光が収まると、目の前の地面には小石四つ分の大きさの魔晶石が落ちている。
「終わった……」
辺りを見渡して、モンスターがいないことを確認。
発動していた強化の指輪の効果を止め、ダガーをホルダーに収納する。
止めた途端、精神的な疲労が一気に押し寄せてきた。
魔法を使うと、こうなるのか。
魔法を使えない身で、使った経験が出来たのは貴重だ。
これは、現状では頻繁に使えない。
強敵相手に限定しないとマナがもたない。
効果も想像を遥かに上回り、振り回されていた。
今の俺ではとても使いこなせない。
だが、切り札として十二分に使える。
使いこなせる様、俺自身が強くなるしかない。
強化の指輪についてそう判断すると、ゴブリンメイジとゴブリンの戦利品を回収するために立ち上がる。
戦利品を回収し、収納の指輪に仕舞う。
ゴブリンメイジとの格闘戦に持ち込んだ際に放り投げたバスタードソードは、鞘に戻した。
回収忘れが無いか、確認の為に辺りを見渡す。
特にない様だ。
確認を終え、ダンジョンから出るために歩き始める。
新しい防具をどうするかを考えながら。