表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/91

第三話 謎の女

 

「誰だ? 人を馬鹿にしているのか!?」

 

 苦労している所を見世物にされたのだ。あまりいい気分ではない。

 文句を言ってから気付いたが、辺りには誰もいなかったはず。

 当然だが拍手が聞こえる筈がない。

 

「何処にいる!?」

 

 辺りを見渡して、拍手した者を探すが誰もいない。

 

「何処を見ているのかしら? ここよ、ここ」

 

 背後から聞こえてくる、人をからかうような女の声。

 内心驚きながらも、顔に出ないよう努めつつ振り返る。

 先程まで誰もいなかったはずの場所に、金色の腰まで届く長髪に黒いドレスを纏った女が立っていた。

 女と判断したのは、胸が豊かな膨らみを誇示しているのと、肩辺りの骨格と声が明らかに男のものではないからだ。

 これが女装した男だったら、戦利品を放り出してでも全力で逃げさせてもらう。

 俺にはそっちの趣味は全く無い。

 さほど離れていない筈なのに、顔の辺りが朧気でよく分からない。

 武器を持たず、ドレス姿でダンジョンに入る馬鹿な女はいないだろう。

 いきなり目の前に現れた女に違和感を覚えた。

 もしかすると、この女は人ではないのかもしれない。

 

 ダンジョンの深層には、魔族がいる。

 探索者ギルドで、探索者になった時にそう聞いた。

 強大な魔法を呼吸するように簡単に使う化物だと。

 だが、地下一階に出てくるとは聞いていない。

 女が魔族という前提で、なるべく刺激しないように接した方がいいだろう。

 

「何の用だ?」

 

 目的を尋ねつつ、右手のバスタードソードと左手のダガーを構える。

 女を見てから、本能がこれまでにない危険を訴え続けていた。

 女に対して無意識の内に恐怖を感じているのか、体が勝手に反応してしまう。

 

「あら、酷いわね。折角、面白いショーを見せてくれたご褒美をあげに来たのに」

 

 女は、俺の反応がお気に召さない様だ。

 だが、敵対する意志はない様なので、武器を収めて戦う意志がない事を示す。

 実際、戦っても勝てる気がしない。戦わなくて済むなら、それに越したことはないだろう。自殺願望は持ってないのだから。

 

「無駄話をする気はない。褒美とやらを貰っておこうか」

 

 あまり関わらない方が良い。褒美とやらを貰い、さっさと話を終わらせて帰ろう。

 

「理解してくれて嬉しいわ。私も、暇ではないから」

 

 こちらの考えていることがわかっているのか、話を進める。

 暇でないのなら、わざわざ出て来るな。そう言ってしまえればスッキリするだろうが、あの女の機嫌を損ねない方がいい。女の機嫌を損ねたらロクな事にならないだろう。

 

「受け取りなさい。これがご褒美よ」

 

 女が右手を振るい、俺に向けて何かを放り投げた。

 投げ渡された物を反射的に右手で掴み取る。

 手を開き、掴んだ物を確認。

 指輪が二つ。

 周囲に紋様がビッシリ刻まれているものと、透明な水晶が付いているもの。

 どういう物か気になるので、確認しようと口を開きかけると

 

「ああ、それね。水晶が付いている方は、強化の指輪。分かりやすく言うと、マナを使って力とか速さとか器用さとかを一時的に上げるの。付いてない方は、収納の指輪。生きているもの以外なら何でも入れることができるわ」

 

 ……あっさり答えてくれた。

 

「指にはめるだけだから。早速はめてみて」

 

 何かに期待するような様子。

 拒否しない方が無難だろう。二つの指輪を左手の人差し指と中指にはめる。

 

「強化の方は、念じることで効果の発動と停止が出来るの。収納の方は念じるだけで出し入れ、収納しているものの確認が出来るわ。まあ、色々試してみてね。とりあえず、収納の方を使ってみて」

 

 言われた通りに使ってみよう。

 “開け”

 そう念じると、手を伸ばせば届く位置に円状の黒い穴が出現した。

 

「それが収納口。とりあえず、そのままにしておいて」

 

 続けて、聞き取れるかどうかの声で何かを呟く。

 呟きが終わると同時に、辺りに散らばっていた魔晶石や戦利品が浮き上がり、俺が開いた収納口に次々と入って行く。

 女が魔法を使ったのだろう。

 普通ではあり得ない光景に、驚愕で声も出ない。

 そうしているうちに、収納口への戦利品の流れが止まった。

 

「もう閉めていいわ。これから拾い集めるのも大変そうだから、これはサービスよ」

 

 至れり尽くせりの涙が出るほどありがたいサービス。

 戦利品の回収に時間が掛かるのを覚悟していたので助かったが、戦利品を直接確認出来いのは残念だ。

 手に入れたものを一つ一つ、見ていくのも楽しいのだが。

 気を利かせてくれた様なので、文句を言う訳にはいかない。

 

 あんな魔法、まず人では使うことは出来ないだろう。

 戦わなくて正解だった様だ。もし戦っていたら、何も出来ず虫けらのように殺されていただろう。

 

 全て収納された様なので、収納口を閉めるよう念じる。

 目の前にあった黒い穴が一瞬で消え失せた。

 ついでに、何が収納されているか確認してみる。

 脳裡に収納されている物の一覧が浮かぶ。

 ダンジョンを出たらゆっくり確認しよう。

 

 収納の指輪。

 これは便利だ。有効に利用させてもらう。

 使い途も色々ありそうだ。

 だが、盗みには絶対使わない。

 犯罪者には、成りたくないからな。

 

 収納の指輪の便利さに感動して惚けていた俺の眼前に、二冊の本が突然現れたことに驚く。

 

「何惚けているのかしら。技術書よ。仕舞うなり、読むなりしなさい」

 

 両手を腰に当てて、何故か呆れている。

 人を惚けさせたり驚かせる事をしておいて、理不尽な物言いだ。

 とりあえず二冊の本を手に取り、指輪に収納。

 

「一応、礼は言っておく」

 

「素直なのは、いいことね。行きなさい。もう会うこともないと思うけど」

 

「ああ、俺もそう思う。もし今度会ったら、命はないだろうからな。二度と会わない事を祈るよ」

 

 女に背を向け、ダンジョンから出る為に歩き始める。

 

 

 女と別れてから、しばらく歩き続けてきた。

 その間、モンスターと全く遭遇していない。

 防具が使い物にならない現在、なるべく戦闘を避けたいのでありがたいのだが。

 だが、強化の指輪の効果も試してみたい。

 どれだけ強化されるのかを。

 数さえ少なければ、今の状態でも何とかなるだろう。

 

 モンスターを警戒しながらの為、歩みは遅い。

 ようやくダンジョンの入り口が見えてきた所で、十字路左側の角に影を二つ見つける。

 影に注意を払いつつ、右手をバスタードソードの柄に添える。

 十字路に近づくと、二つの影が角から飛び出てきた。

 緑色の肌に長い耳、頭に小さな角を持つ、小鬼に分類される人型のモンスター、ゴブリン。

 ダガーと棒を持つものが一体づつ。

 強化の指輪の効果を試すには丁度いい。

 

 バスタードソードを抜き、左手を柄に添え両手で構える。

 強化の指輪に意識を集中し、効果を発動させる。

 発動と同時に指輪の水晶が輝き、力とは違う何かが左手から抜けていくのが分かる。

 これがマナか。

 魔法を使えないので、マナを消費するという事に違和感を覚える。

 そうしているうちに、二体のゴブリンが近づいて来ている。

 まずは手前のゴブリンから。

 優先順位を定めて、ゴブリンに接近するための一歩を踏み出す。

 四、五歩進んだ所で、ゴブリンがバスタードソードの間合いに達する。

 速い。いや、速すぎる。

 いつもなら、十数歩は進まないと届かない距離。

 有り得ない事に驚愕してしまう。

 ゴブリンもまた、唖然とした表情で動きが止まっていた。

 その様子を見て俺は我を取り戻し、慌ててゴブリンの首目掛けてバスタードソードを叩きつける。

 バスタードソードはゴブリンの首筋を捉えると、紙を裂くようにその体を真っ二つに切り裂いていった。

 

 光に包まれ消えていくゴブリンを脇目に、もう一匹のゴブリンを探す。

 十字路の真ん中で立ち止まり、棒をこちらに向けている。

 棒の先端が赤く輝き、火を形づくる。

 

「魔法か!?」

 

 魔法――マナを糧に、様々な現象を起こす奇跡の力。

 目の前のゴブリンは、魔法を使うゴブリンメイジの様だ。

 稀にいることは知っていたが、今まで遭遇したことはない。

 運が悪い……いや厄日だ。

 だが、やるしかない。

 今の位置からでは、指輪の効果があっても、近づいて魔法の発動を止めるのは間に合わない。

 なら、一発は撃たせてから倒すしかない。

 

 全力で駆け、ゴブリンメイジに近づく。

 ゴブリンメイジの魔法が完成し、火の矢がこちらに向かってくる。

 その速度から回避は不可能。

 バスタードソードの腹を盾代わりにして、火の矢を防ぐ。

 思っていたよりも強い衝撃に歯を食いしばって耐えつつ、爆発の中を駆け抜ける。

 肌の露出している部分が火に炙られて痛むが、無視。

 爆発を抜けると、ゴブリンメイジが眼前に迫っていた。

 バスタードソードを手放し、右手でホルダーからダガーを引き抜きつつそのまま体当たり。

 もつれあって倒れ、地面を転がっていく。

 回転が止まった所で体を起こし、ゴブリンメイジの頭にダガーを全力で突き刺す。

 ダガーをゴブリンメイジの頭から引き抜き再度突き刺した瞬間、光が視界を覆い尽くした。

 光が収まると、目の前の地面には小石四つ分の大きさの魔晶石が落ちている。

 

「終わった……」

 

 辺りを見渡して、モンスターがいないことを確認。

 発動していた強化の指輪の効果を止め、ダガーをホルダーに収納する。

 止めた途端、精神的な疲労が一気に押し寄せてきた。

 魔法を使うと、こうなるのか。

 魔法を使えない身で、使った経験が出来たのは貴重だ。

 これは、現状では頻繁に使えない。

 強敵相手に限定しないとマナがもたない。

 効果も想像を遥かに上回り、振り回されていた。

 今の俺ではとても使いこなせない。

 だが、切り札として十二分に使える。

 使いこなせる様、俺自身が強くなるしかない。

 

 強化の指輪についてそう判断すると、ゴブリンメイジとゴブリンの戦利品を回収するために立ち上がる。

 戦利品を回収し、収納の指輪に仕舞う。

 ゴブリンメイジとの格闘戦に持ち込んだ際に放り投げたバスタードソードは、鞘に戻した。

 

 回収忘れが無いか、確認の為に辺りを見渡す。

 特にない様だ。

 確認を終え、ダンジョンから出るために歩き始める。

 新しい防具をどうするかを考えながら。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ