第二十五話 誘導された決闘
「何をやっている!!」
人垣を掻き分けて現れたのは、警備員を数名引き連れた中年の男。
昨日初めて会った副ギルド長、レギスだ。
今日は、アランを連れていないようだ。
「また君かね、アルテス君」
俺を見て、呆れたように声を掛けてくる。
実際、呆れているのかもしれないが。
「またではない気もするが。昨日振りかな、副ギルド長」
“擦り付け”をしてくれたクズ野郎の心臓にパイルバンカーを突き付けたまま、副ギルド長の方を見て返事をする。
「昨日振りという言葉は無いと思うがね。それはいいとして、君は一体何をやっているのかね?」
クズ野郎にパイルバンカーを突き付けている事に気付いてない。
いや、分かってて無視している様だ。
口許を見ると、笑みを浮かべているのか微妙に歪んでいる。
副ギルド長もこいつが嫌いなのだろう。
俺が、脅かしているだけということに気付いている様だ。
口にしてはいないが認めているということで、このまま続ける事にする。
「見れば分かるだろう。四日前に“擦り付け”してくれたクズ野郎を処刑する所だ。そう言えば、カオバの馬鹿はどうなった?」
イリアから簡単に聞いているが、詳しく知っているだろう副ギルド長が目の前にいるので聞いてみる。
「カオバ元管理官か……まだ正式には決まっておらん。一時的に管理官の役は外しているがね。ギルド長を含めたギルド幹部の半数が、処分そのものに反対している。規則違反だから、処分しなければ他の者に示しがつかないと言っているのだが……」
副ギルド長が、溜め息を吐く。
最悪、カオバの馬鹿は処分されないって事か。
それなら、今直ぐにでも殺りに行った方がいいかもしれない。
「……カオバの馬鹿は今どこにいる?」
「殺しに行くつもりかね? まだ教える訳にはいかない。正式な処分は決まっていないのだから」
俺の考えを見透かしてか、今すぐ殺しに行かない様に釘を刺してきた。
正式な処分が決まったら、殺りに行っていいとも取れる。
今現在、パイルバンカーを突き付けているクズ野郎については何故か一言も無い。
クズ野郎の怯えた顔を見ると、このまま殺ってしまいたい衝動に駆られてくる。
既に、左手の指はパイルバンカーの起動ボタンに掛かっている。
ボタンを押すだけで、このクズ野郎を殺す事が出来るだろう。
クズ野郎は、声も無く顔を青ざめさせ、体を震わせている。
野次馬しているギルド職員達を見ると、クズ野郎の怯えっぷりを見て面白そうにしている。
こいつは、ギルド職員達にも相当嫌われているのだろう。
止めようとする者がない。
ここで殺るとは思ってない様だ。
俺もギルド内で、このクズ野郎を殺すつもりはない。
殺ったら、本当に賞金首の犯罪者になってしまう。
本当に殺るなら、ダンジョンで殺った方が誤魔化しやすい。
クズ野郎を見ている内に、脅かすのにも飽きてきた。
これ以上は時間が勿体無いので、パイルバンカーでクズ野郎を脅かすのを終わりにする。
昼飯の方が大事だ。
早く、昼飯を食いに行こう。
甲冑の脱着能力で甲冑を脱ぎ、パイルバンカーを収納する。
さっきまで脅かして遊んでいたクズ野郎に背を向け、三番の相談ボックスへ戻っていく。
放置していたイリアは、確実に鬼女を背中に屹立させて怒り狂っているだろう。
それを思うと、足取りが重くなる。
野次馬をしていた職員達も解散して、仕事に戻っていくのが見える。
このまま、職員達に紛れて逃げて仕舞おうか。
そう思い付いた所で、背後からクズ野郎の高笑いが聞こえてくる。
それから何か喚き出した様だが、どうでもいいので無視しておく。
取り損なった昼食を外へ取りに行く為、ギルドを出ようと歩き始める。
「アールテースさーん、何処へ行くんですか? お父さ……いえ、レギス副ギルド長がお呼びです。一緒に来てください」
背後に鬼女を屹立させているイリアが、俺の服の襟を掴んでいる。
昼飯の為に振りほどこうとするが、振りほどけない。
彼女の細腕からは想像出来ない位、強い力で掴まれている。
昼飯を諦めて、副ギルド長の所に行くしか無い様だ。
首根っこを掴まれた俺は、イリアに引き摺られる様に連行されていく。
近くにいる職員達が、俺を可哀想な物を見る様に、同情的な視線を送ってくるのを感じる。
「副ギルド長の話が終わったら、後で私からも話があります。……逃げないでね」
振り向きもせず、言い放つ。
背後の鬼女が、反りの入った剣を赤い舌で舐めながら俺を見つめている。
おそらく、長い長いお説教が待っているはずだ。
イリアの様子から、逃げたら確実に殺られる。
昼飯は完全に諦めるしかないようだ。
イリアに引き摺られ、副ギルド長の前に立つ。
「お父さ……失礼しました、レギス副ギルド長。探索者アルテスを連れてきました」
「イリア管理官、ここでは親子ではない。上司と部下だ。以後、気をつけたまえ」
副ギルド長が顰めっ面で、イリアをたしなめている。
「申し訳ありません。以後、気を付けます」
イリアが、頭を下げて詫びている。
背後に屹立していた鬼女は、消えている。
どうやら、イリアと副ギルド長は親子らしい。
それはともかく、副ギルド長は一体何の用だろうか。
「副ギルド長、一体何の用だ? 俺も暇じゃないんだが」
昼飯を食うという、とても大事な用事があるというのに。
「すまない。そこの彼が君と決闘させろと五月蝿くてね」
副ギルド長が手で示す方を見ると、先程の五月蝿い男が数人のギルド職員と警備員に宥められている。
時折、大声を上げ喚いているが、何を言っているのか理解する気は全くない。
騒音として無視することにした。
その様子に、仕事に戻りかけていた野次馬共が再び集まってくる。
こいつら暇なのか、野次馬根性丸出しなのか分からんが、仕事を放り出していいのだろうか。
副ギルド長も気付いているはずだが、注意すらしない。
「……面倒だな。殺っていいなら決闘しても構わないが……」
ギルド公認で、後腐れ無くあのクズ野郎を殺せる。
こちらにとっても好都合だ。
だが、副ギルド長が口許に笑みを浮かべている。
またロクでも無いことを考えているのだろう。
副ギルド長の思惑に乗せられ、いいように利用されているのが気に入らない。
「……そうか。助かる。決闘のルールについては、ギルドに入った時に説明されていると思うが、今一度話しておこうか?」
「忘れている事もあるから、お願いする」
決闘のルールについては、ほとんど憶えていない。
“無能”と呼ばれている俺が決闘などする事は無いだろうと、説明された時は聞き流していた。
副ギルド長から聞いた事は、
決闘は、双方が合意したときのみ行うことが出来る
ギルド職員立ち会いの元、一対一で行う
相手が死んでも、その罪は一切問われない
代理人を立てる事は出来ない。
助っ人を参加させる事は出来ない。
回復薬等の薬物と毒物の使用の禁止
決闘に際し、お互いに何かを賭ける事が出来る
決闘後、何があっても異議を申し立てない
大雑把に纏めると、大体こんな所だ。
このルールを悪用すれば、相手に全財産を賭けさせた後で殺してしまえば、後腐れ無く簡単に全財産を奪い取れるだろう。
やるつもりは全くないが。
「それで、何時からやるんだ?」
周りの騒がしい様子を見て、ウンザリしながら副ギルド長に尋ねる。
「それは、決闘を申し込まれた側が決められる。何時がいい?」
何時やるかか……。
クズ野郎の相手など、さっさと終わらせたい。
答えは直ぐに出る。
「出来るなら、今すぐにでも。早く終わらせて昼飯を食いたい」
その答えに、副ギルド長の笑みが深まる。
墓穴でも掘ったか?
いや、自分の思惑通りに事が進んでいるからかもしれない。
結局、またギルド内のいざこざに巻き込まれたらしい。
貸しを作っておけば、何かあった時に役に立つだろう。
「分かった。三十分後に武闘訓練場で行う。立会人は、私がやることになる。その場にいた職員で、最上位の役職者だからね。私情を挟むわけにはいかないんだが……頼む、娘の為にも勝ってくれ」
最後の一言だけは、子を持つ親らしく若干私情が込められていた。
言われなくても、負けるつもりはない。
“擦り付け”された報復は、きっちりさせてもらう。
副ギルド長は背を向けると、近くにいる職員を数人呼び、何かを話している。
多分、決闘の準備についてだろう。
話をしていた職員の一人が、クズ野郎の方に歩いていく。
残りの職員も方々に散っていく。
「申し込まれて直ぐに決闘なんて、一体何を考えているのですか!?」
副ギルド長との話し中、一言も口を出さなかったイリアが、背後に鬼女を三度屹立させて文句を言ってくる。
「後腐れ無いように、厄介事の芽を刈っておくのと、“擦り付け”してくれたクズ野郎をこの手で殺したいだけだ。後は、早く昼飯を食いたい位か」
クズ野郎を殺る気で満ち溢れている今の俺に、鬼女の威圧は通用しない。
「負けるつもりはない。“擦り付け”してくれたクズ野郎には」
鬼女を睨み付け、言い放つ。
これ以上、話す事は無い。
何か言いたそうなイリアに背を向け、歩き出す。
決闘の舞台となる、武闘訓練場へ向けて。




