第二十二話 奇襲戦闘
モンスターを探し、ダンジョン地下一階を進んで行く。
最初の戦闘の後、五回ほど二〜四匹のモンスターの集団と遭遇、戦闘となった。
気を循環させていたお陰か、全ての戦闘を無傷で終了。
すでに、戦闘による疲労も完全に回復している。
ダンジョンに入る前と変わらない位だ。
その事もあり、精神的にも余裕がある。
だが、モンスターとの遭遇が何時もより多い。
一時間に六回は流石に異常だと思うが、俺にとっては都合がいい。
モンスターを探すのに時間が掛からないのだから。
だいたい十分ごとに一回。
そろそろモンスターと遭遇する頃合いだ。
前方から、複数の駆けているだろう足音とモンスターのものらしき奇声が近付いて来る。
探索者のパーティが、倒し切れない数のモンスターに追われて必死に逃げているのかもしれない。
出来るなら絶対に関わり合いたく無いが、逃げ場の無い一本道を歩いている。
隠れる事も出来ないので、確実に“擦り付け”されるだろう。
万が一戦闘になった時に備え、出来るだけ有利に戦える場所を探す為に来た道を走って引き返す。
走りながらシールドの巻物を二本、両手に一本づつ取り出し、何時でも封を切れる様に持つ。
流石に一本道では、有利に戦闘出来る場所など見つかるはずがない。
仕方無く、分かれ道の有った部屋まで走り続ける。
部屋に着いた所で、後ろを確認。
まだ足音と奇声が聞こえてくる。
逃げている連中もまだ生きている様だ。
結構しぶといらしい。
モンスターも、しつこく追いかけている。
逃げている探索者と追いかけているモンスターに見つからない様、部屋の右角に移動する。
目立たない様に息を潜め、様子を窺う。
程無くして、革製らしい防具を身につけ、武器を持っていない探索者が一人駆け込んで来た。
すぐ側で確認している訳ではないので、性別は分からない。
数人組のパーティだったと思ったが、ここに来るまでにやられたのだろう。
そのすぐ後ろを、二体のコボルドが小剣を振り回しながら追いかけていた。
更にその後ろから、二体の小剣を持ったゴブリンと、ゴブリンよりも一回り大きな赤黒いモンスター一体が追いかけている。
ゴブリンより一回り大きいモンスターは、大きなこん棒を肩に担いでいた。
あのでかいこん棒で、追いかけていた探索者達を叩き潰したのだろう。
こん棒が真っ赤な血に濡れている。
あんなので叩かれたら、普通は一撃で死ねる。
探索者のパーティを追いかけて来たモンスターは、こいつらだけなのだろう。
後続のモンスターはいない。
部屋の中央まで来たところで、ここまで逃げてきた探索者が足をもつれさせて転ぶ。
「Guruuuuuuu!」
追いかけていたコボルド二体が奇声を上げ、その背中と首筋に小剣を突き立てる。
「ギャアァァァ!?」
剣を突き立てられた探索者が、悲痛な叫びを上げる。
俺の今の位置では、どの道助けられないだろう。
最も、最初から助けるつもりも無かったが。
彼か彼女かは知らないが、運が悪かった。
身体から流れる血で血だまりを作り、身動きしなくなる。
致命傷を負ったのだろう。
その探索者は光となり、所持品を残して消失した。
不運な探索者が光となって消えたのを見て、直ぐに行動を起こす必要に迫られる。
おそらく、俺もすぐにモンスターに発見されるだろう。
戦うには丁度いい数。
初めて見るモンスターもいるが、何とかなるはずだ。
少しでも有利に戦える状態を作らせてもらおう。
だが、こうも思える。
もう少し頑張って、逃げ続けてくれればよかった。
逃げ続けてくれていたら、戦闘は回避出来ただろうと。
戦闘する気でありながら、真逆の事を思う。
明らかに矛盾している。
そんな事を思う不安定な気持ちを無理矢理切り替え、戦闘体制に入る。
両手に持つシールドの巻物の封を切り、その効果を発動。
二枚の光輝く盾が、一瞬だけ顕れ消える。
続けてエナジーボルトの巻物を二本両手に出す。
直ぐに封を切り、コボルド二体を目標に発動。
光の矢が、二体のコボルドへ向かっていく。
これで確実に、モンスターは俺の存在に気付いたはずだ。
更にエナジーボルトの巻物を二本両手に出し、即座に封を切る。
発動したエナジーボルトの光の矢が、目標としたゴブリン二体に伸びていく。
四本の光の矢の命中を確認せずに駆け出す。
モンスター達の最後尾にいる、ゴブリンより一回り大きいモンスターに向かって。
甲冑が掻き鳴らす金属音に気付いたのだろう。
赤黒いモンスターがこちらに振り向く。
ゴブリンをよりゴツくし、額に角を生やしたその顔に驚きを貼り付けている。
おそらくこいつは、ホブゴブリンだろう。
近接戦闘に特化したゴブリンの亜種で、速くはないが、強靭な肉体と力の強さを誇る。
ただ、頭はゴブリンより悪い。
頭の悪さとスピードの遅さを上手く利用出来れば、大した相手では無いらしい。
遭遇するのは初めてなので、本からの受け売りだが。
大概はパーティで倒しているため、俺一人でやれるかは未知数。
だが何とかなるだろう。
昨日、希少種のゴブリンを一人で倒しているのだから。
シールドの巻物の効果で、防御は問題ない。
攻撃はその威力を信じて、パイルバンカーを叩き込むだけだ。
ホブゴブリンの右後背から近付き、その背中に狙いを定めて左腕を伸ばし、パイルバンカーの尖端を叩きつける。
長槍を叩き込む為に起動ボタンを押した瞬間、右側から風切り音、それに続き何かを叩きつけた様な激突音が響いた。
それと同時にホブゴブリンが、右側に流れていく。
パイルバンカーの長槍が伸びていくが、ホブゴブリンを捉えられず空を切る。
慌てて右側を見ると、でかいこん棒を右腕のみで振り抜いた状態のホブゴブリンが立っていた。
ホブゴブリンのこん棒は、シールドの魔法が防いでいる。
あれだけでかい音がする勢いでこん棒を叩きつけたら、反動で跳ばされていてもおかしくはないだろう。
あのこん棒の打撃に、よくシールドの魔法が持ちこたえたと感心する。
パイルバンカーの一撃で終わらせたかったが仕方無い。
長引くのを覚悟するしかない様だ。
一旦後ろに下がり、間合いを取って仕切り直す。
辺りを見るが、コボルドとゴブリンの姿はない。
先程放った、エナジーボルトで倒されたのだろう。
これで、ホブゴブリンと戦うのに邪魔は入らない。
後は、こいつを倒すだけだ。
何時でも攻撃を仕掛けられる様、左腕のパイルバンカーを構える。
シールドの魔法の効果時間も残り少ないはず。
効果が切れる前に、ホブゴブリンとの決着を着けたい。
なら、こちらから仕掛けるしか無いだろう。
シールドのホルダーから、投擲用のダガーを右手で引き抜き、逆手に持つ。
深呼吸をし、ホブゴブリンを見る。
気の循環で上がっている身体能力。
それと、シールドの魔法を信じてホブゴブリンに正面から突っ込む。
風を切り裂きながら、振り下ろされる馬鹿でかいこん棒。
とてもではないが、あれを受け流すのは不可能。
懐に入り込むしか無いだろう。
そう判断し、さらに加速する。
馬鹿でかいこん棒を何とか回避したものの、ホブゴブリンに勢いよく衝突した。
衝突した瞬間に、パイルバンカーを起動。
狙いを定める余裕など無く、どこに当たるか分からないまま長槍が打ち出される。
同時に、右手のダガーをホブゴブリンの首筋に叩きつける様に突き刺す。
視界の右隅に、ホブゴブリンの左拳が迫っているのが映る。
シールドの魔法の効果がまだ続いていることを信じて無視した。
「Gyaaaaaaa!?」
ホブゴブリンが痛みに堪えかねたのか悲鳴を上げ、俺を振り払おうとする。
首筋にダガーを突き刺していたため、ホブゴブリンから簡単に離される事はない。
直ぐ側で聞こえる悲鳴を堪えながら、追撃としてパイルバンカーをホブゴブリンの右肩に叩き込んだ。
再び放たれた長槍はホブゴブリンの右肩を捉え、馬鹿でかいこん棒を振り下ろしていた右腕に、体と永遠の別れを告げさせる。
首筋から噴き出す血に、俺の上半身は血に濡れた。
ホブゴブリンに、深手を与えられたはず。
そう判断し、ホブゴブリンの腹部に膝蹴りを入れ、再び間合いを取る。
間合いを取ってから、ホブゴブリンに与えたダメージを確認する。
右腕と武器を失い、首筋と右肩、右脇腹から大量の出血。
首筋と右肩は分かるが、右脇腹に出血?
まさか、衝突した時のパイルバンカーの一撃が当たっていたとは。
咄嗟の事で狙いをつけられず、当たれば儲け物と思っていたが運がいい。
ホブゴブリンは跪いたまま、大量の出血で周りに血の海を作っている。
おそらく、もうまともに動けないだろう。
これなら止めを差すのは簡単だ。
止めを差すため、ホブゴブリンに近付いていく。
ホブゴブリンのすぐ側まで近付いたが、反撃は一切無い。
パイルバンカーをホブゴブリンの頭に突き付け、長槍を叩き込む。
ホブゴブリンの頭が長槍に貫かれ爆散した。
血と肉片が辺りに撒き散らされる。
頭を失ったホブゴブリンの体が光に包まれ、魔晶石を残して光と共に消えた。
辺りを見渡し、生き残っているモンスターがいないか確認する。
もうこの部屋には、俺以外に生きている者は存在しないようだ。
ホブゴブリン等のモンスターが残した魔晶石や武器を回収し、魔法倉庫に収納していく。
俺の目の前で死んだ探索者は、使えそうな物を持っていなかった。
すでに使い果たしたか、先に殺られた奴等が持っていたのかもしれない。
奥に進んで、こいつの仲間の物を回収するか。
必死になって逃げてきた事を考えると、止めておいた方がいいだろう。
戦闘狂か自殺志願者でもない限り、奥に進むバカはいないはずだ。
パーティが必死に逃げ出す程の、大量のモンスターが待ち構えているはず。
ソロの俺では、絶対手に余る。
奥に進めば、確実に死ぬだろう。
下手したら、こちらに近付いているかもしれない。
長居は無用だ。
大量のモンスターがやってこない内に、ダンジョンから出た方がいいだろう。
そう決めると、ダンジョンの入口に向けて歩きだした。




