第二十一話 試し切り
昨日は酷い目にあった。
まあ酷いだけで無く、美味しい思いもしたが。
昨日の左腕の怪我も、気を循環させて治癒力が上がったお陰なのだろう。
痛みも無く、完全に治っている様だ。
これなら、今日もダンジョンに潜れるだろう。
朝から体力づくり目的の大剣での素振りと朝飯の後、少し早めに宿を出て大将の所に向かった。
昨日初めて使用した、パイルバンカーの点検の為だ。
暫く歩き、魔法武具工房タイラントに着く。
全く飾り気の無い扉を開け、中に入る。
陳列されている武具を横目に見ながら、カウンターに向かう。
カウンターに着くも、大将の姿が見えない。
まだ、奥にいるのだろう。
出てくるまで待つことにする。
「おう、アルテスか。今日も早いな」
大将が、笑いながら声を掛けてきた。
「まあな。早速だが、パイルバンカーの点検を頼む」
パイルバンカーを取り出し、大将に渡す。
「どうした? 何か問題が有ったか」
パイルバンカーを受け取った大将が、不思議そうに聞いてくる。
「そういう訳じゃないが、一応な。本当は昨日の内に見て貰いたかったが、野暮用で来れなかった」
装備は出来るだけ、万全な状態を保ちたい。
魔女のせいで、その予定が狂っているが。
「そうか……だがな、俺の造ったパイルバンカーは、たかが地下一階程度で手荒に使った位でどうこう成る程柔なモンじゃねぇ」
一瞬だけ俺を睨んだ大将は、小さめのハンマーでパイルバンカーの各部を軽く叩いていく。
叩いた時の音を聞いて、確認しているのだろう。
大将の顔は真剣そのものだ。
暫くして、大将がパイルバンカーをハンマーで叩くのを止めた。
おそらく、点検が終わったのだろう。
点検の終わったパイルバンカーを、俺に勢いよく投げてきた。
「くっ」
いきなりの事に、慌てて受け止める。
「いきなり、何をする!?」
「喧しい! たかが一日使ったぐらいで点検に持って来るんじゃねえ。調子が悪くなってから持って来やがれ!!」
凄まじい剣幕で怒鳴られる。
あまりにもでかい声に耳を塞ぎたかったが、パイルバンカーを抱えている為それが出来ない。
お陰で耳が痛くなった。
大将を信用していないと思われたのだろうか。
「まあ……万全を期したいっていうのは分かるからな。でなけりゃ、点検せずに突っ返している」
先程とはうって変わり、落ち着いた様子で続けた。
怒っていない様で何よりだ。
「それと、昨日頼まれていた長槍の予備だ」
カウンターの下から取り出した長槍を、俺に渡してきた。
点検を終えたパイルバンカーをしまい、長槍を受け取る。
良いか悪いかの区別は出来ないが、出来栄えを見てから長槍をパイルバンカー同様収納した。
「大将。直ぐでなくていいから、予備の長槍を後十本用意してくれ」
昨日、長槍を撃ち出した時に必要と感じた、撃ち出し用の分の用意を頼んでおく。
「後十本!? 無茶言ってくれるな、おい。そこら辺に転がっている奴と一緒にすんな。あれを作るのに、手間が掛かるんだぞ」
ウンザリした顔で大将が答える。
大概の物を簡単に作る大将が、ウンザリするぐらいの手間とは……。
よほど面倒くさいのだろう。
「直ぐって訳じゃない。時間が掛かってもいいから、最終的に十本用意してくれ」
「……分かった。合間みて、少しづつ用意してやる。時間が掛かるから、後で文句言うなよ」
俺の言葉を聞いて、大将が仕方無いといった感じで引き受けてくれる。
「助かる」
「用はそれで終わりか?」
「ああ。もう無い」
「だったら……さっさとダンジョン行って稼いでこい!」
大将が肩を掴み、店から叩き出すかの様に俺をそのまま扉から放り出す。
店から放り出された俺の後ろで、扉を勢いよく閉める音が聞こえた。
ダンジョンに潜ってくるまで、店に来るな。
そんな意思がこめられている感じだ。
俺もダンジョンに潜ってこない限り、この店に用は無いんだが。
そのまま店に背を向け、ダンジョンに向かう。
今日はどうしようか。
パイルバンカーは、まだまだ思い通りに扱えていない。
気の方は、昨日希少種のゴブリンと戦って死にかけたお陰か、まだ拙いながらも練気と循環が出来る様になった。
魔法関係は、マナポーションの飲み過ぎで胃から水音が聞こえてきそうな状態を二日連続で味わいたくない。
昨日は“無能”の俺が曲がりなりにも魔法を使える様になった事で浮かれてしまい、マナを消費しまくったのが原因だが。
マナポーションも安いものでははない。
魔法や甲冑の身体強化を使わなければどうしようもない時以外は、基本的に使わないことにするしかないだろう。
そうなると、使えるのは気闘法とパイルバンカーだけか。
二つとも、気長に練習するしかないので問題無い。
考えながら歩く内に、ダンジョンの入口前に辿り着いていた。
俺に向けられる複数の視線を無視して、ダンジョンの入口に向かう。
そのままダンジョンに入ろうとした所で、衛兵が棒杖を目の前に出され止められる。
「待て。そのままダンジョンに入るつもりか?」
「そのままって……」
衛兵の言葉に疑問を持ち、自分の身体を見回す。
武具を全く装備していない、丸腰の状態だった。
武装するのを忘れていた様だ。
これは、止められても仕方無いだろう。
大将の店を出て……いや、放り出されてから、武具を装備した覚えが全く無い。
モンスターとの戦闘時に、パイルバンカーと気闘法、魔法の何れに重点をおくかを考えながらここまできた。
しかも、屋台で昼飯を買うのも忘れている。
今から買いに戻るのも面倒くさい。
今日の昼飯は、宿で作って貰った弁当だけか。
量的に物足りないが、仕方無い。
屋台に買いに行くのを諦め、武具の装備を念じる。
左腕の腕輪に嵌め込まれている蒼い宝石が輝き、蒼い光が身体を包み込む。
一瞬で蒼い光が収まった。
蒼い甲冑を身に纏い、パイルバンカーが左腕に装備される。
「これでいいな」
光と共に武装した俺に驚いている衛兵達を見ながら、目の前の棒杖を右手で払いダンジョンに入る。
後ろから俺を呼んでいる声が聞こえるが、無視して階段を降りていく。
階段を降り、地下一階に着く。
今日は、基本的にマナを消費しない。
なるべく、パイルバンカーと気闘法で何とかする。
そう方針を決め、ダンジョン地下一階を進み始めた。
歩きながら、練気ならびに気の循環をする。
気の循環を始めて暫くしてから、歩いていても疲労が何時もの半分以下しか感じられない事に気付く。
これも、気を循環させる事による効果の一つなのだろうか。
疑問が生まれた途端、脳裡に情報が浮かび上がる。
気の循環
気を全身に循環させる事で、身体能力を向上させる。
向上するのは筋力、敏捷力、回復力、治癒力、耐久力の五つ。
これは、最大七倍まで向上する事が確認されている。
これは、気が身体を活性化させるために起こる現象である。
“気功・気闘法大全 完全版”に刻み込まれた情報。
簡潔ではあるが、知りたい事は解った。
簡単に言えば、回復力が向上したため、疲労回復の速度が上がったということらしい。
筋力、敏捷力は言われなくても判る。
回復力、治癒力の向上は、ありがたい。
疲労や体力の回復、傷の治癒が早くなるのだから。
連戦する羽目になっても、多少はマシな状態で戦えるだろう。
気の循環により得られる効果を早く試したい。
手頃なモンスター――ゴブリンでもコボルドでもいい。
二、三匹位が見つかるといいのだが、そう都合よくはいかないだろう。
高望みは、止めた方がいい。
あの日以来、運に見放されているのだから。
もう、何でもいい。
モンスターと遭遇しないだろうか。
モンスターを探し、ダンジョン地下一階を歩く。
十字路に差し掛かった所で、左手にモンスターらしき影を三つ見つけた。
バスタードソードを抜き、十字路を左に進んで行く。
十歩ほど進んで、影の正体が判明する。
緑色の肌に、頭の小さな角を持つゴブリンが三匹。
三匹共、武器として小剣をもっている。
ここ最近では珍しく、願いが叶ったらしい。
力試しには丁度いい相手だ。
存分に試させて貰おう。
一番近いゴブリンに向かって行く。
三匹のゴブリンも俺に気付いたのか奇声をあげ、小剣を振り回して威嚇してくる。
威嚇を無視し、間合いまで近付く。
思っていたよりも早くゴブリンに接近した事で、気で身体能力が上がっている事を実感する。
そのまま、バスタードソードをゴブリンに叩き込む。
ゴブリンの持つ小剣はその一撃で弾き飛ばされ、宙を舞う。
小剣を失ったゴブリンの、無防備となった胴体にバスタードソードを横薙ぎに叩き付けた。
叩き付けたバスタードソードの剣身が、ゴブリンの胴体を半ばまで切り裂く。
致命傷だったのだろう。
光に包まれ、ゴブリンが消滅した。
後には、小石サイズの魔晶石が残される。
「……一匹目」
想像以上に、あっさりとゴブリンを倒せた。
気を全く使えなかった昨日までが嘘のようだ。
様子見の一撃で剣をはね飛ばし、二撃目で止めを刺す。
昨日までなら、剣の一撃だけでゴブリンに致命傷を与える事は出来なかった。
気による身体能力の向上は、俺の想像を遥かに超えている。
気闘法。
使いこなせる様になれば、魔法や魔法の装備の効果を、余程の事が無い限り使わなくてもよくなるだろう。
残りの二匹を見る。
俺の直ぐ側まで接近し、左右からそれぞれが剣を振りかぶっていた。
回避は間に合わない。
全身に力を入れ、剣と盾で左右からの攻撃を受け止める。
金属がぶつかり合う音が二つ、左右から響く。
盾で受け止めた左腕、剣で受け止めた右腕から衝撃が伝わる。
だが、それだけだ。
バランスを崩して隙を見せる事無く、防ぎきった。
左側のゴブリンの腹部に蹴りを入れ、そのまま蹴り飛ばす。
そうして作った時間で、まず右側のゴブリンを倒す事にする。
バスタードソードを動かして力の均衡を崩し、ゴブリンの態勢を崩す。
右側に倒れかかるゴブリンの頭に、パイルバンカーの先端を叩きつけ起動。
風切り音と共に打ち出された長槍が頭を貫き、ゴブリンを光と共に消滅させた。
「……二匹目」
最後の一匹を見る。
俺に腹部を蹴られたゴブリンは、腹を押さえながら剣を杖にして立ち上がろうとしていた。
「……これで終わりだ」
ゴブリンに駆け寄り、その頭にバスタードソードを全力で振り下ろす。
頭から胸までを真っ二つにされたゴブリンは、光となり魔晶石と使っていた小剣を残して消滅した。
辺りを見回しモンスターがいないことを確認し、魔晶石とゴブリンが使っていた小剣三本を回収。
そのまま、魔法倉庫にしまう。
戦利品の回収を終え、ダンジョンの奥に進む。
実戦訓練に丁度いいモンスターを求めて。




