第二話 死闘
大剣を振り回しながら近付いてくるオークの顔を狙い、両手に持ったダガー四本のうち三本を時間差で投擲。
同時に右手でバスタードソードを抜き、オークに向かって行く。
投擲した三本のダガー。
一本目は大剣に弾かれ、二本目は大剣で防げなかったオークの右頬を掠める。
三本目は大剣で防がれたものの、弾かれたダガーはオークの左目に突き刺さった。
「よし!」
運良くオークの左目を潰せたことに、思わず声が出る。
「GYAAAAAAAAA」
痛みの為に立ち尽くして左目を押さえ、苦悶の叫びを上げるオークを見て、オークの左側に回り込む。
左手のダガーをホルダーに収納。
バスタードソードを両手で持ち直し、オークに近付く。
「これで終わりだ!!」
必殺の意志を込めた渾身の一撃を、オークのがら空きになっている首筋に叩きつける。
その瞬間、腹部に殴りつけられた様な強い衝撃を受け、体が後ろに飛ばされた。
闇雲に振り回されたオークの左腕が、運悪く当たったのだろう。
バスタードソードを地面に突き立てて飛ばされる勢いを打ち消し、着地する。
着地の瞬間、腹部に刺された様な激しい痛みを感じ、膝を着く。
痛みを感じた部分を見ると、レザーアーマーの腹部――動きやすさを重視して防御の弱い部分が横一線に切り裂かれ、血が流れ出ていて止まる気配がない。
傷は内臓にまで達している様だ。
傷の痛みを歯を噛み締めて耐えながら、左のポーチに手を突っ込み赤い液体の入ったガラスの小瓶を取り出し、一気に飲み干す。
赤い液体の入ったガラスの小瓶――ヒーリングポーション、通称ヒールポーション。
負傷を治療する液体状の薬で、飲んだり患部に直接掛けて使う。
稼ぎの少ない俺にとっては、使わずに済ませたかったが仕方ない。
ケチって死ぬ訳にはいかない。
ヒールポーションが効き始めたのだろう。傷の痛みが引きはじめ、出血が治まっている。
本当なら傷の痛みが収まるまで動かない方が良いのだが、今は戦闘中。それも、自分より確実に強いモンスターが相手だ。
逃げる事は出来ない。
自分が擦り付けられたからといって、他人に擦り付ける訳にもいかない。
モラルの問題だ。
死にたくは無いが、仕方ない。
ダガーが刺さったままの左目から赤い血を流し、唸り声をあげながら、こちらにゆっくりと近付いてくるオーク。
それを見ながら、バスタードソードを支えにしてゆっくりと立ち上がる。
出血のせいだろうか、体はだるい。
だが傷の痛みは完全に引き、戦闘可能な状態まで回復している。
オークも出血により、左側の視界はかなり悪い筈。やり様によっては、最初の想定より楽に倒せるだろう。
オークの状態を考慮して、倒す方法を考える。
出血により、オークの左側の視界が狭まっている。
死角に入り込んで、後ろを取り続ける。その為には、オークの脚を潰して動けなくするしかない。
その後、後ろから攻撃し続けて止めを刺す。
考え付いた方法は簡単だが、実際に行動に移すのはかなり困難だ。
オークの一撃必殺と言える大剣の攻撃を避け、攻撃を繰り返す。
俺には無理、無茶、無謀な芸当だがやるしかない。
バスタードソードを両手で構え、オークの左側の死角に入り込む様に近づいて行く。
バスタードソードの間合いに入った瞬間、オークの左腕が薙ぎ払う様に振るわれた。
右ステップで避けたものの、左肩とアームガードに護らている下腕部に鋭い痛みが走る。
「ぐっ?!」
痛みを堪えつつ、オークの腋目掛けて思い切りバスタードソードを突きだす。
突き出された剣先は、オークの腋に吸い込まれていく。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAA」
腋を刺された痛みで悲鳴を上げるオークから、バックステップして距離を取る。
十分に距離を取り、バスタードソードを地面に突き立てて、攻撃を受けた左腕の傷を確認する。
切り裂かれた左腕のアームガードを外す。
アームガードのおかげか、皮膚を切られただけで出血はひどくない。
肩もかすり傷の様だ。
今すぐ治療する必要はない――そう判断。
左腕の痛みを無視して、バスタードソードを右手で地面から引き抜く。
こちらも疲労とダメージが溜まっているが、確実にオークを追い詰めている。
気を引き締めていけば、勝てる。
そう自分を奮い立たせ、攻撃するタイミングを測りながら、オークに近づいて行く。
オークはまだ見えている右目で、こちらをにらんでいる。
戦闘開始時より若干弱々しくなっているが、唸り声を上げて威嚇してくる。
だが、オークを必要以上に恐れていない。
既に実力以上の力を出して戦っている。
後は、どちらが先に倒れるか。
痛みを無視して、左手でダガーを逆手に持つ。
覚悟を決めて、攻撃を仕掛けた。
どれくらいの時間が経過したか分からないが、色々あった。
ダンジョンを徘徊していたモンスターが集まって来て、対処に追われた。
何体倒したか覚えていない。
何とか全て倒したが、魔法付与されていないダガーを全て破損で失った。
拾い物だから、あまり文句は言えないが。
オークの左膝に何度もバスタードソードを叩きつけ、衝撃で左膝関節を破壊した。
何とか移動を封じたものの、十数ヵ所を切り裂かれたレザーアーマーはぼろ切れ同然と成り、使い物にならなくなってしまっていた。
ヒールポーションも当然だが、今まさに手持ち全てを使いきろうとしている。
自分とモンスターの血に染まりきっている全身の痛みに耐え、最後の一本となったヒールポーションを飲み干す。
「これで終わらせないと……」
呟きつつ、大剣を支えに何とか立っているオークを見る。
疲れきった体、バスタードソードを持つ右手に力を入れる。
ヒールポーションを使いきり、後がない現状。
死ぬかもしれない。
その恐怖を押さえつけ、左手で最後の一本となったダガー――魔法付与されている――をホルダーから抜く。
ダガーの剣身が、これまでに無く輝いている。
普段から魔法付与されている影響で光っていたが、今ほどではなかった。
抜いた瞬間、今まで感じていながら、無理矢理押さえつけていた恐怖と不安が消えた。
戦闘中にもかかわらず、心が穏やかになっていく。
やれる。
そう信じて、オークに真っ直ぐ近づいて行く。
余分な動きをするだけの体力はもうない。
オークは俺の動きに反応しない。
出血が酷くて動けないのか分からない。
警戒しつつ近づく。
大剣の間合いに入ったとたん、オークが唸り声を上げ、体の支えにしている大剣を振り上げてくる。
だが左腕は動かない様で、右腕だけで振るっているため最初の勢いが無い。
向かってくる大剣の腹に、左手のダガーを叩きつけて何とか軌道を反らす。
防御ががら空きになったオークの顔面に、全ての力を込めてバスタードソードを突き出す。
剣先は唸り声を上げているオークの口に吸い込まれる様に突き刺さり、後頭部を貫いていった。
唸り声が止むと共に、オークが発光して消滅する。
オークが装備していた甲冑、大剣が地面に重なりあうように落下して、耳障りな金属音をたてる。
「お、終わった……」
全身から力が抜け、崩れ落ちるように座り込んでしまう。
すぐ立ち上がろうとするが、力が入らない。
今の状態でモンスターが現れたら。
そう思うが、どうしようもないので、あきらめて辺りを見回す。
まず、目の前にはオークが装備していた武具。
その上には今まで見たことがない、握りこぶし大の魔晶石があった。
改めて周りを見ると、あちこちに魔晶石や武器等が散乱している。
そして、モンスターが近づいてくる様子はない。
その事を確認した途端、急に喉の乾きを感じた。
力が入らない右腕を無理矢理動かして、ポーチから水筒を取り出す。
震える手で蓋を開け、残っている生温い水を一気に飲み干す。
「ふう……」
厳しい戦闘の度に、ワンパターンの様に水を飲んでいる。どうせなら、冷たい水を飲みたい。
そう思えるのも、生き延びたからだろう。
落ち着いて疲労が抜けた所で、戦利品の回収を始めよう。
そう決めて武器を仕舞おうと立ち上がると、ダンジョン内ではあまりにも場違いな拍手が聞こえてきた。