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第十八話 馬鹿職員と副ギルド長

 モンスターに遭遇する事無く、無事にダンジョンの入口に辿り着いた。

 夕方にはまだ時間があるのだろう。

 入口から射し込む日の光は、まだ赤く染まっていない。

 辺りには、ダンジョンから出入りする探索者もいない。

 階段を上り、ダンジョンから出る。

 外の明るさに目を眩ませる事無く、そのまま街へ歩き始める。

 血にまみれたままの甲冑姿だが、それを咎める者はいない。

 行き交う人々からは少しひきつった顔で、チラチラと視線を向けられているが、仕事帰りなので無視する。

 そのままギルドに入り、地下のシャワー室に直行。

 脱着の能力を使って、甲冑を脱ぐ。

 念じるだけで脱げ、置場所も要らない。

 これは本当に便利だ。

 

 疲労と汗を、熱めのお湯で洗い流す。

 その最中、左腕に鈍い痛みが走った。

 見ると左腕が腫れていたが、我慢して身体を洗い続ける。

 シャワーを浴びてさっぱりしたところで、一階の買取りカウンターに向かう。

 二日振りだが、探索者がまだ来ておらず閑散としている。

 職員も暇なのか、ボンヤリとしていた。

 その中を進み、買取受付の前で声を掛ける。

 

「買取を頼む」

 

 同時に、腰に提げている魔晶石を入れた袋をカウンターに置く。

 声を掛けた女性職員が俺を見て、死人を見たかの様に驚き震える。

 

「声を掛けただけで、そこまで驚かれても……」

 

 シャワーを浴びたばかりで清潔だ。

 血塗れになっているわけではない。

 まわりにいる職員からの視線が痛い。

 俺を見ながら、ヒソヒソと話している。

 受付の女性職員が、恐る恐るという感じで話しかけてきた。

 

「あ、あの……イリアが管理官をしているアルテスさんですよね。何で、生きているんですか?」

 

 まるで、俺が生きているのがおかしい様な問いかけだ。

 

「確かにアルテスだが、生きていたら何か問題があるのか? ここからは見えないだろうが、足もちゃんと二本ある」

 

「何か問題って……生きている事自体が問題なんです!!」

 

 女性職員が勢いよく立ち上がり、座っていた椅子が音をたてて倒れる。

 その音のせいで、周辺にいる者の注目を集めてしまった。

 換金にきただけなのに、何故生きている事に文句を言われなければならないのか。

 理由を聞いておきたいが、イリアに聞いた方が早いだろう。

 

「簡単な事だ。俺が、襲撃してきた奴らより強かっただけだ」

 

 暗に、返り討ちにしたことを伝える。

 

「それよりも、買取を頼む」

 

 これ以上話すつもりはないという意味を込め、受付嬢に換金を促す。

 それが分かったのだろう。

 受付嬢は俺に暫く待つ様に言い、魔晶石の入った袋を持って奥に行った。

 換金が終わるのをカウンターの前で待っていると、背後から数人が駆けてくる足音が聞こえてくる。

 足音は、俺の側まできて止まった。

 

「貴様がアルテスだな。一緒に来てもらおう」

 

 その声に振り返ると、俺を囲むようにして、左右に棒杖を構えた警備員を二人づつ従えたギルド職員の服を着た男が立っていた。

 初めて会ったはずだが、俺を憎しみに満ちた目で睨んでいる。

 

「断る。一緒に行く理由が無い」

 

「いいから来い!」

 

 警備員が伸ばしてくる手を、右手で払う。

 

「訳も分からないのに、ついていく馬鹿はいない。ガキじゃあるまいしな。最近、“無能”の俺を金貨二百枚で殺すよう依頼した馬鹿な管理官がいるらしいな」

 

 ギルド職員の服を着た男を見ながら、続ける。

 

「依頼を請け負った奴ら、俺の顔を知らない間抜けだったよ。お陰で命拾いしたが」

 

 口許を歪めるだけの笑みを浮かべる。

 それだけで、ギルド職員の男の顔が真っ赤になっていく。

 

「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは! もういい、捕まえて連れて行け!!」

 

 辺りに殺気が満ち溢れる。

 四人の警備員が棒杖を構え、ジリジリとにじり寄ってくる。

 俺が非武装なのを見て、力ずくで連れて行くつもりの様だ。

 限界まで張られた緊張の糸が切れそうになった瞬間、

 

「止めんか! 馬鹿者ども!!」

 

 俺たちを制止する怒鳴り声が、部屋中に響く。

 怒鳴り声がした方を見ると、中年のギルド職員の男と少し前にダンジョンで出会った紅い鎧の男が立っていた。

 紅い鎧の男の顔に、憔悴の色が浮かんでいるのは多分気のせいなのだろう。

 中年職員の男は、厳しい顔をしてこちらを見ている。

 ギルド内で揉め事が起こっている以上、当然だろう。

 二人はゆっくりとこちらに歩いてくる。

 中年の男が、この場にいる俺達を見て一言。

 

「これは一体、何の騒ぎかね?」

 

 俺を含めて、その関係者全員が、厳しさを滲ませた声の威圧感に答える事が出来ない。

 

「レ……レギス副ギルド長。……こ、これは……この者には、ダンジョン内での探索者殺害の疑いがあります。ですので、詳しく事情を聞かせてもらう為に来てもらおうとしたら、拒否されまして。やむを得ず、力ずくで来てもらおうとしていたところです」

 

 警備員達を従えていた男が、何とかといった感じで答えている。

 探索者殺害の疑い……それは初耳だ。

 

「俺を連れて行こうとした時、そんな事一言も言って無かったが?」

 

「この場で、そんな事を言う訳にはいきませんでした。ギルドの信頼に関わりますから」

 

 警備員を従えていた男が、焦りながらも、もっともらしい言い訳をする。

 

「では、彼に殺された探索者は誰なのかね? 答えたまえ、カオバ管理官」

 

 副ギルド長が、俺を連れて行こうとした職員――カオバ管理官に、鋭い目を向ける。

 

「それは……」

 

 カオバが、青ざめた顔で言いよどむ。

 

「言えないのかね、カオバ管理官? まったく……証拠も無いのに、言い掛かりとは」

 

 副ギルド長は、呆れた表情でため息をつく。

 

「カオバ管理官。もうそろそろ、ダンジョンに行っていた探索者達がやって来る。時間があまり無いので、ハッキリ言ったらどうかね? 自分が金貨二百枚で殺人依頼を出した、イリア管理官が担当している探索者が生きて帰ってきたから、自分の手で始末しようとしたと」

 

 副ギルド長が、厳しい口調でカオバという馬鹿に詰め寄る。

 その言葉で、誰が俺の命を狙っていたのかを大体把握した。

 

「し、証拠はあるのですか、副ギルド長?」

 

 カオバという馬鹿は、顔を青ざめさせ、全身を震わせている。

 

「証拠か……アラン、あれをこの場にいる者に見せてやってくれ」

 

「わかりました、副ギルド長殿」

 

 副ギルド長は、連れて来ていた紅い鎧の男――アランに証拠を出させる様だ。

 アランは腰のポーチから、手のひら位の大きさの宝石らしき物を取り出す。

 おそらく、魔道具なのだろう。

 そして、何かをブツブツ呟く。

 すると宝石らしき物が輝き、宙にダンジョン内での俺と四人の探索者の様子が映し出される。

 それは戦闘開始直前までを映し出すと、唐突に止まり、宝石らしき物の輝きが失われた。

 

「これは、弁解しようの無い証拠になるだろうね。確かあの四人組の探索者はカオバ管理官、君が担当していたと記憶しているのだがね」

 

 周りは完全に静まりかえり、カオバは口をパクパクさせて震えている。

 

「そこの君、先程の映像の四人組だが、担当している管理官が誰だったか教えてもらえないかな?」

 

 声をかけられた、偶々そばにいただけのギルド職員は、一瞬だけカオバに視線を向けてから答えた。

 

「カオバ管理官です」

 

 そう答えた後、副ギルド長に会釈をしてこの場を去って行った。

 あの人よく覚えているな。

 そんな場違いな感想を抱く。

 だが、俺を金貨二百枚で殺そうとした相手もハッキリ判った。

 後腐れの無いよう殺る為に、痛みが残る左腕にパイルバンカーを装備してカオバに近付いて行く。

 

「アルテス、何をする気だ?」

 

 俺の動きに気付いたアランが、これからやろうとする事を咎めるように声を掛けてきた。

 

 その声を無視して、パイルバンカーをカオバの頭に突きつける。

 後は、起動ボタンを押すだけだ。

 それだけで、この馬鹿はこの世から消える。

 

「死ね」

 

 目の前の馬鹿の怯えた目を見て、それだけを告げる。

 そう告げられた目の前の馬鹿は、恐怖に身をすくませ、声も出ない様だ。

 先程アランが魔道具らしき宝石で見せた光景。

 俺を殺そうとした探索者達を一撃で殺したパイルバンカーの威力に、絶望しているのかもしれない。

 俺にとっては、どうでもいい事だ。

 こいつさえ死ねばいいのだから。

 馬鹿の頭に長槍を叩き込み、首無し死体に変えようとした瞬間、横槍が入った。

 

「やめたまえ。その馬鹿者ごときの血で、君の手を汚すことはない。それの処分は、こちらに任せてもらおう。ギルド内に限らないが、殺傷沙汰は禁止となっている。ただでさえ手に余る仕事が多いというのに、これ以上私の仕事を増やさないでくれ」

 

 最初は厳しい目付きで正論を言っていた副ギルド長だが、涙目で告げた最後の一言で台無しになっている。

 本音なのだろう。

 少しだけだが、副ギルド長に同情した。

 そうしているうちに、目の前の馬鹿を殺る気が削がれていく。

 

「わかった」

 

 馬鹿に突きつけていたパイルバンカーを収納する。

 馬鹿のせいで、治まりかけていた左腕の痛みが激痛に変わってきた。

 痛みのお陰か腹が立ってきたので、カオバ――もうバカでいいだろう――の鳩尾に蹴りを入れてから離れる。

 蹴りを入れられたバカが鳩尾を押さえて苦しんでいるが、殺されなかっただけマシだという感想しかない。

 

「これぐらいで済んでよかったね」

 

 静まりかえっている場で、アランが呆れ果てた声でバカに言う。

 

「止めてくれて助かるよ。あのままカオバ管理官を殺していたら、後始末が面倒だったからね。まあ、後の事は君に悪いようにはしない」

 

 副ギルド長が、ホッとした表情で後始末について語る。

 

「信用していいのか? 職員同士の争いに巻き込まれるのは御免だ。二度とこんな事が無いようにしてくれ」

 

「分かっている。こんなギルドの恥を晒す様な真似は、二度と起こさせない。……これでギルドの大掃除が出来る」

 

 悪どい笑みを浮かべる副ギルド長の返事に、何か危険なものを感じる。

 権力抗争は、何処にでも転がっている様だ。

 俺の騒動も利用されるのだろうな。

 今後争いに巻き込まれ無ければいいが、多分無理だろう。

 既に甲冑の事で、襲撃されるのは目に見えている。

 厄介事がついて回るのは、覚悟するしかない様だ。

 

「アルテスさん、魔晶石の換金ができました。受付まで来てください」

 

 買取受付の方から、俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

 早く金を受け取って、ギルドを出よう。

 副ギルド長とアランに軽く挨拶をした後、買取カウンターへ足早に向かった。

 

「……お待たせしました」

 

 受付の女性が、買取依頼の時と変わっている。

 それは気にしないとしても、俺を見て怯えているのは気のせいではないだろう。

 

「……買取額は、十二万ジールです」

 

 受付の女性が金の入った袋を、震える手で差し出す。

 袋を受け取ってから、疑問を口にする。

 

「初対面のあんたに怯えられる憶えはないはずなんだが?」

 

「……先程まで、ギルド職員を殺そうとしていた人を怖がらないと思いますか?」

 

 まあ、当然だろうな。

 俺が、バカを殺ろうとしていた所を見ていたのだろう。

 誤解されている様なので、誤解を解くことにする。

 誤解されたままだと、今後が面倒だ。

 

「俺を殺そうとしたバカを、後腐れ無いように始末しようとしただけだ。殺人狂ではないから、無差別に殺さない」

 

 包み隠さず、本音を言っておく。

 どう取るかは、俺の知ったことではない。

 金の入った袋をポーチにしまい、その場を後にした。


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