第十七話 紅い鎧の探索者
「ふぅ……運が良かったな」
本気でそう思う。
普通に戦えば、絶対に勝てない相手。
良くて一人から二人、最悪一人も倒せずに殺られていた。
殺す対象である俺の顔を知らなかったお陰か。
奴等の間抜けさに感謝だな。
そこまで考えて、甲冑の身体強化を止めていない事に気付く。
しかし、マナを吸われている感覚がない。
その事に疑問を感じた瞬間、脳裡にレイとは違う誰かの声を聞いた。
『――強制停止。現在、身体強化の効果は発動していません』
誰だ?
何処にいる?
レイとは違う声の主の事を考える。
甲冑の身体強化の効果を使っていたから、レイ以外にも誰か取り込まれてのか?
『――否』
甲冑について考えたり思った事に反応して、返事が返ってきているようだ。
『――是』
予想通りだ。
今、俺と対話らしきものをしているのは、纏っている甲冑そのもののようだ。
『――是』
俺はたった今、普通の人から変人になってしまった様だ。
だがレイが言っていた通り、甲冑に秘められた力について聞くことができる。
甲冑の力について考えてみる。
『――返答不可。現在使える物については既に知っています』
やはり駄目か。
先を知るには、強くなるしかないらしい。
まあいい。
ダンジョンに潜り、強くなる理由が増えた。
この甲冑に秘められた力の全てを知りたい。
封印から完全に解放されたら、どれだけの物なのだろうか。
楽しみだ。
後は、何故身体強化の効果が強制停止したのかだ。
『――魔素枯渇防止』
魔素とは何だろう?
甲冑で枯渇する物――使っているものはマナしかない。
おそらく、マナを限界まで消費するのを防いだという事だろう。
分かりやすい理由。
マナを限界まで使って倒れるのを防いでくれるとは。
これは便利だ。
これからはマナの残りを気にせず、甲冑の身体強化を使える。
指輪のより、遥かに使い勝手がいい。
だが、使う度にマナポーションでマナを回復しなければならないのは変わらないのだが。
これまで通り使用は制限した方がいいだろう。
マナポーションを大量に飲んで、身体から水音を聞くのは精神的によくない。
既に聞こえてきそうな程飲んでいる気がするが、気にしない事にする。
気にしたら禿げるだろう。
それに、いつまでもここに居る意味は無い。
返り討ちにした“無能以下”の四人組が残した物を、迷惑料代わりに回収する。
武具類は、そこそこの値段で売れそうだ。
だが、道具類や魔晶石は一つも持っていなかった。
奴等は、俺を殺るためだけにダンジョンに入った様だ。
ごくろうさまとしか言い様ない。
死地へ追いやった、自分達の管理官を恨んでくれ。
殺った奴の事を考えるのは、もういいだろう。
回収を終えて入口に向かおうとしたところで、背後から声をかけられる。
「お見事。よく彼らを倒したね」
バスタードソードの柄に手を掛け、身体ごと向き直る。
そこにいたのは、俺の甲冑に似た形の紅い鎧を着た金髪の男だった。
「おいおい。僕は、君と戦う気は無いよ」
俺の動きを見た金髪の男が両手を軽く挙げ、少し慌てた表情で戦う意思がないことを伝えてくる。
「ただ……ガンツにパイルバンカーを与えられた探索者を、暇潰しも兼ねて見に来ただけだよ」
何だ、大将の知り合いか。
それなら、大丈夫だろう。
警戒して損した。
バスタードソードの柄から手を離す。
金髪の男を見た瞬間、本能的に戦っても勝てないと感じた。
三日前に遭遇した魔族の女程ではないが。
それでも、戦闘になっていたら、確実に殺されていただろう。
「まあ、君をダンジョンの入口で見かけたから、面白い物が見れるかと思って後を着けたのだけどね」
悪びれた様子もなく、爽やかな笑顔で言ってくれる。
本当に暇潰しだったのか。
「命を狙ってきたさっきの四人組は、最初の三人組の強盗とは格が違う。それを“無能”と呼ばれている君が、見事返り討ちにしたんだ。面白い見世物だったよ」
今の状況に覚えがある。
魔族の女の時と同じだ。
「本当なら、君に声を掛ける積もりは全く無かった。でも、あれだけ見事な奇襲を見せ付けられたから、つい声を掛けてしまった」
失敗した。
そうとしかとれない口調で話してくる。
「相手が、俺の顔を知らなかった間抜けだったからだ。顔を知っていたら、逆に奇襲されていた」
倒した今でもそう思う。
「そうなっていたら、僕が彼らを倒していたよ。そうでなくても、危なくなったら介入するつもりだったけどね。結局、何もしなかったが」
本気でそうする積もりだったのだろう。
笑いながら話すが、その目は笑っていない。
「話は変わるが、彼らに殺されそうになった理由は判っているのかい?」
「ああ、判っている。さっきの“無能以下”達のお陰で、一人でも何とかなりそうなのが分かったよ」
自分の管理官のいさかいに、他人を巻き込む積もりは無い。
そして、襲撃してくる奴は全てこの手で殺る。
俺が生き延びるには、自分自身を死線に追い込み、戦いの中で強くなるしかないだろう。
その為には、糧となる襲撃者を奪われたくはない。
だが、その心配は無いだろう。
目の前の男は、自分にとって無関係な争いにわざわざ首を突っ込む様な戦闘狂ではなさそうだ。
それに、口振りから襲われる理由も知っている様子が窺える。
「そうか。それなら良かった。頑張って生き延びてくれ。君が死んだら、イリアお嬢さんがショックで引きこもるだろうから」
彼女が引きこもる?
それはあり得ないだろう。
「おいおい、ちょっとそれは彼女に失礼だろう」
顔に出ていたのだろうか。
金髪の男は、苦笑いを浮かべている。
「ああ見えて、実は繊細なんだから……あっ!?」
何か思い出したのだろうか。
金髪の男の顔が、みるみる青ざめていく。
「済まない。用事があったのを忘れてた。また会おう」
そう言い残すと、金髪の男は大慌てでダンジョンの入口へ向かい駆けて行った。
その顔は恐怖で彩られていたが、御愁傷様というしかないだろう。
用事を忘れて、俺を観察していたのが悪い。
そういえば、名前を聞いていなかったな。
まあいいか。
向こうも、また会おうと言っていたことだし。
殺されなければ、また会うこともあるだろう。
俺もダンジョンから出るとするか。
入口を目指し、歩き始める。
時折、視界に人影を認めるが、モンスターではなさそうなので無視。
時折分かれ道がある以外は、全く代わり映えしない通路を進んでいく。
ある十字路の真ん中に差し掛かった所で、視界の左隅に赤い輝きが二つ、こちらに向かってくるのが映った。
魔法らしき二つの赤い輝きは、回避出来ない速さで迫って来ている。
防ぐしかない。
そう判断すると、盾を構え防御の体勢を取る。
魔法らしき赤い輝きが命中したのだろう。
盾から感じる二回続く衝撃と熱気に、体勢を崩しそうになるが何とか持ちこたえる。
「一体何だ!?」
思わず呟き、左側を確認。
手前に三つ、奥に二つの影が見える。
距離は七mと十m。
魔法らしき赤い輝きは、奥の二つの影が放ったものだろう。
手前の影が近付くにつれ、その正体が明らかになる。
ゴブリンが三体。
手には朽ちかけた小剣を持ち、盾は無い。
奥にいる二つの影は、おそらくゴブリンメイジだろう。
ただでさえ厄介なゴブリンメイジが二体。
その上、前衛にゴブリンが三体か。
あと少しで、ダンジョンの入口に辿り着くという所で。
運が悪い。
しかも、逃げるのは無理の様だだ。
戦うしかないだろう。
最後の最後でこれとは、腹が立ってきた。
この怒りを叩き付けてやる。
何か喚きながら近付いてくるゴブリン三匹に向け、腰のホルダーから抜いたダガーをそれぞれ一本づつ投擲。
当たらなくてもいい。
牽制になれば充分だ。
そう思いつつ腰のバスタードソードを抜き、ゴブリンに向けて駆ける。
俺を包囲する様に近づくゴブリン。
ダガーは回避された様だが、上手いこと牽制にはなったようだ。
右側の奴に狙いを定め、接近していく。
剣の間合いに入る前に、エンチャント・カオスの魔法をバスタードソードに対して発動。
バスタードソードの剣身が虹色に輝く。
剣の間合いに入った所で、魔法付与したバスタードソードをゴブリンに叩き付ける。
ゴブリンは小剣で受け止めるが、虹色に輝く刃は小剣ごとその身体を真っ二つにした。
「一匹目」
次の獲物を求め、視線を動かして探す。
ゴブリン二匹が左右に分かれ、同時に攻撃してくるのが見える。
一対一に持ち込めない。
だが、迷っている暇は無い。
右側のゴブリンに対しては、胸目掛けてバスタードソードを突きだし、左側の奴は盾で受け止める。
胸を虹色の刃に貫かれたゴブリンは、驚愕の表情を浮かべ光となって消え失せた。
残ったゴブリンが喚きつつ、小剣を連続で叩き付けてくる。
その勢いは激しく、反撃の機会が見えない。
盾で受け止め続けてきた左腕に痛みが走る。
衝撃の連続で、腕の骨にひびが入ったのだろう。
このままでは、左腕がもたない。
バスタードソードからは、既にエンチャント・カオスの魔法付与効果が失われている。
奥に見える、ゴブリンメイジ二匹は無傷。
あまり無理はしたくないが、今更だ。
バスタードソードの攻撃では、一撃で倒せない。
無理矢理でも、パイルバンカーを叩き込んで目の前のゴブリンを殺るしかないだろう。
ゴブリンが振り下ろした小剣を、痛みに耐えながら盾で受け流す。
受け流しで開けた空間に身体をねじ込んで、無理矢理ゴブリンの懐に入り込む。
パイルバンカーをゴブリンの頭に叩きつけて起動。
長槍が頭を貫き、ゴブリンを首無し死体に変えた。
倒れかかってくるゴブリンの首無し死体を蹴り飛ばし、ゴブリンメイジの方へ向き直る。
左腕から、先程までとは比較にならない、激しい痛みを感じる様になった。
おそらく左腕の骨は折れているだろう。
だが、ゆっくり治療している暇は無い。
ゴブリンメイジが、まだ残っている。
どうするか?
魔法は、左腕の激痛で集中出来ないので使えない。
剣も間合いに入るまでに、激痛で盾を支えきれない。
盾……魔法……何か忘れているような。
巻物!?。
シールドの巻物の事を忘れていた。
自分の運の悪さに対する苛立ちで、冷静さを欠いていたようだ。
剣を鞘に納め、シールドの巻物を取り出し直ぐ様封を切る。
封を切った巻物が、一瞬だけ輝き消え去った。
これで、ゴブリンメイジの魔法は凌げるだろう。
そう安心したところで、左腕の応急措置をする。
ヒールポーションを取り出して飲むだけだが。
飲んで痛みは無くなったが、今は無理に動かさない方がいいみたいだ。
武器を使った攻撃はしない方がいい。
だが、魔法は問題なく使える様になった。
ゴブリンメイジの方を見ると、二つの赤い輝きがこちらに向かってきているのを確認する。
近付いてくる赤い輝きは、よく見ると小さな火の玉だった。
シールドの巻物の効果を信じ、右腕を突き出してカオス・ボルトの魔法を無音発動で使う。
右手から放たれた虹色の光が、右側のゴブリンメイジに命中。
光とともに消え去った。
こちらに向かっていた二つの小さな火の玉は、半透明のシールドにより衝撃と熱を与えることなく完全に防がれている。
残り一匹。
残ったゴブリンメイジが魔法を詠唱している間に、再度カオス・ボルトを無音発動で使用。
最後のゴブリンメイジに命中し、虹色の光に包まれて消滅した。
やっと終わった。
今日も、戦闘で反省する点は多い。
少なくとも、冷静さを欠いて戦闘するのは論外だ。
直ぐには、直せないだろう。
取り敢えず、反省は後回しだ。
ゴブリン達が残した魔晶石や、はした金ででも売れる物を拾い集める。
ゴブリンに投擲した三本のダガーも回収して、ホルダーに収納。
装備と戦利品の回収を終え、周りを見回す。
モンスターが存在しないことを確認し、ダンジョンの入口を目指し歩き始める。




