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第十六話 刺客

 ダンジョンの地下一階だが、俺にとっては未知の領域に踏み込んでいる。

 これまで、希少種や集団のモンスター相手に何とか生き延びてきた。

 各階には、その階の主であるボスと呼ばれる強力なモンスターが存在する。

 ボスはその階の他のモンスターと一線を画す力を持ち、数多の探索者を返り討ちにして先へ進む事を阻んできた。

 今の俺が地下一階のボスに遭遇したら、死線を越えるギリギリの戦闘になるだろう。

 出来れば、まだ遭遇したくはない。

 いずれ、ボスに挑まなければならなくなるだろう。

 手に入れた力を使いこなせない今の俺では、返り討ちにあうのが目に見えている。

 そろそろ、引き返した方が無難かもしれない。

 そう思い、来た道を引き返す。

 モンスターは勿論、他の探索者にも遭遇しないが警戒しながら歩く。

 変わり映えしない岩肌の通路を眺めながら、暇潰しに気の練気と循環について考える。

 そうした途端、脳裡に何かが浮かび上がってきた。

 

 呼吸により、気を下腹部の丹田に集める。集めた気を背中・頭頂部・喉・胸部の順に通して丹田に戻し、気の密度を高める。これを“練気”という。

 

 唐突に脳裡に浮かび上がる、自分の記憶に無い知識。

 技能書により、強制的に刻み込まれた知識だ。

 武神流気闘法の第二段階は、練気と循環。

 練気は無意識に行っている訳ではなく、呼吸法を身体に刻み込まれ強制的に行わされている。

 つまり、武神流気闘法の第二段階の一つは既に達成しているということだ。

 残る循環だが、何をどうすればいいか全く分からない。

 考えていると、再び脳裡に何かが浮かび上がる。

 

 気の循環

 練気で練り上げた気を、全身に行き渡らせる事。

 血が血管で全身を巡っているのを、気でイメージすればよい。

 

 説明が大雑把になっている。

 いい加減なのは駄目神の混沌神ケイオスだけと思っていたが、武神タケミカヅチまでとは。

 擬音とかで説明されて、気合と根性で理解しろと言われるよりは遥かにましだが。

 説明通りにすれば、何とかなるだろう。

 考えるのを止め、説明通りやってみる事にする。

 

 暫くやってみたものの、感覚が掴めず上手くいかない。

 数時間前、レイに上手く循環させていると言われている。

 一人で悩むよりも聞いてみた方が早そうだ。

 暇をもてあましているだろうから、直ぐ教えてくれるだろう。

 レイを念話で呼び出す。

 

『数刻振りじゃ。何か用かの?』

 

 反応が直ぐに返ってきた。

 よっぽど暇なのだろう。

 

『ああ。気の循環について教えてくれ。意識してやろうとしているが上手くいかない』

 

『フム……』

 

 言葉が続かない。

 何か考えている様だか、俺には窺い知る事は出来ない。

 暫くして、語り始めた。

 

『助言はしてやれるが、今は無理じゃ。モンスターが徘徊しているダンジョンの中で悠長にやれる程、簡単なものではないからの』

 

 簡単に身に付けられるものと思っていたが、どうやら違うらしい。

 直ぐ出来るものなら、モンスター相手に試す積もりだった。

 仕方無い。

 ダンジョンを出てからか。

 

『わかった。ダンジョンを出て落ち着いて出来る様になったら、また呼ぶ』

 

『それがよいの。先ずは無事にダンジョンから出る事じゃ。また呼ぶがよい』

 

 念話が切れると同時に、レイの気配が消える。

 モンスターに全く遭遇しないし、やる事も出来た。

 さっさとダンジョンから出ることにする。

 

 

 ダンジョンの奥へ進んできた道を、入口に向けて引き返して行く。

 入口近くの部屋にきた所で、四人組のパーティに出くわした。

 関わり合う事も無いだろうと、そのまま擦れ違う所で声を掛けられる。

 

「アルテスっていう“無能”の探索者を探してるんだが、見掛けていないか?」

 

 俺を探している?

 四人組に向き直り、彼らを見る。

 四人組を見ると全員男で、それぞれが中々いい装備しているのが判る。

 少なくとも、地下十階より下に進んでいる筈だ。

 そんな連中が何故?

 二日前のイリアとの会話が、脳裡をよぎる。

 

『昨日ね、敵対している管理官に宣戦布告されたの。早ければ次にダンジョンに入ったら襲撃されるかも』

 

 もしかして、こいつらがその襲撃者なのだろうか。

 用心のためシールドの巻物二本を両手に、何時でも使えるように取り出す。

 まだダンジョンから探索者が出てくる時間ではないので、辺りには俺と四人組以外誰もいない。

 どうやら、こいつらは俺の顔を知らないようだ。

 知っていたら、その本人に尋ねはしないだろう。

 一気に襲って来ている筈だ。

 全く、運がいいのか悪いのか解らない。

 なるべく表情を変えないように気を付けながら、理由を聞いてみる。

 

「何でまた、“無能”なんかを探しているんだ? そんなの相手にしても金にならないだろう」

 

「まあな。だが、俺達の担当管理官からの依頼でな。そいつを殺す報酬が金貨二百枚だ。“無能”一人殺るだけでそれだけ貰えるなら、楽な依頼だろ」

 

 俺を殺して金貨二百枚か。

 余程の賞金首でもない限り、そんな額にならないだろう。

 “無能”の俺一人を殺すにしては破格過ぎる依頼料だ。

 誰でもやりたくなる。

 だが、俺にそこまでの価値は無いはずだ。

 金貨二百枚を出してでもイリアの敵の管理官は、彼女に嫌がらせをしたいのか。

 全く、迷惑な話だ。

 そんなくだらない理由で命を狙われるのは。

 それより問題なのは、どうやって生き延びるかだ。

 まともな方法ではまず不可能だろう。

 適当に話を合わせて、不意討ちを仕掛けるしかない。

 馬鹿正直に真正面から戦っても、殺られるのが落ちだ。

 確実に俺を殺せる奴を刺客に選んでいるだろう。

 顔を知られていない今の内に、四人共殺るしかない。

 

「確かに破格の報酬だ。手伝うから、報酬……等分とは言わない。金貨四枚でいいから貰えないか?」

 

「どうしたんだ? 仲間にでも捨てられたのか?」

 

「そんなところだ。バカが罠を外し損なって、モンスターが湧いてきてな。必死に防いでいたら、俺を置いてトンズラしやがったんだ。それで剣も折れて、骨折り損だ。お陰で金が全く無いんだよ」

 

「仕方ねえな。いいだろう、手伝わせてやる」

 

 俺を上から下まで見て、リーダーらしき男が答える。

 男の手は忙しなく動いている。

 おそらく、“無能”を殺った後の事を指示しているのだろう。

 もしくは、俺が探している“無能”と気付いたか。

 どっちにしろ面倒だ。

 来もしない“無能”を待ち構えている所を、背後から殺る積もりだったが予定を変えよう。

 今、仕掛けるしかない。

 そう判断し、両手のシールドの巻物の封を切った。

 巻物に封じられたシールドの魔法が光と共に発動する。

 同時に、左腕のパイルバンカーをリーダーの男の頭に向けて起動。

 パイルバンカーから打ち出された長槍が、リーダーの男の頭を貫き破裂させる。

 飛び散る血や脳漿、肉片を浴びつつ、頭を失った死体を掴み、甲冑の身体強化を起動。

 マナが勢いよく吸われているのを感じる。

 首無し死体を一番遠くにいる男に投げつける。

 そのまま、一番近い男に向かって行く。

 

「う、うわあああああぁぁぁ!?」

 

 首無し死体を投げつけられた男の、野太い声の悲鳴が聞こえてくる。

 おそらく血塗れになって、仲間だった首無し死体と抱き合っているだろう。

 俺が向かっている男は、驚愕の表情で硬直している。

 奴らのリーダーだった男を一撃で殺し、その血や脳漿、肉片に塗れている俺に対する恐怖で身がすくみ動けない様だ。

 恐怖で動けない男の顔にパイルバンカーを向け、長槍を叩き込む。

 リーダーの男と同じ最後を迎えさせてやった。

 同時に甲冑の身体強化を止め、マナポーションを二本取り出して一気に飲み干し瓶を棄てる。

 残りの二人を確認。

 首無し死体を投げつけられた男は倒れており、未だ死体と仲良く戯れている。

 もう一人は、ようやく剣を抜いた様だ。

 

 不意を突いて、普通ならまず勝てないだろう相手二人を一分も掛からずに倒す事が出来た。

 残った二人から、倒しやすい方を選ぶ。

 剣を抜いた男を無視してバスタードソードを抜きつつ、倒れている男に向かう。

 まだ首無し死体と戯れている男の頭に蹴りを入れ、バスタードソードを首に叩きつけて止めを刺す。

 これで三人目。

 残り、後一人。

 

「て、てめえ。何しやがる!!」

 

 一人残った男が怒りの形相で喚いている。

 寝言は寝て言え。起きてても迷惑だが。

 

「何って? 人の命を狙っておいてよく言う」

 

「はぁ? 何言ってやがる!?」

 

 残った男は、理解出来ていない様で間抜けな面を晒している。

 まだ気付いていない様だ。

 仕方無い、教えてやろう。

 

「まだ気付いてないのか。俺が、お前達がお探しの“無能”だ。殺る相手のこと位は調べておけ。この“無能以下”が」

 

 ついでに、笑いながら馬鹿にしておく。

 “無能以下”とまで侮辱した。

 これで、頭に血が昇らせて判断力を失い、馬鹿正直に向かってきてくれる筈だ。

 そうなってもらわないと、こちらのつけ入る隙が無くなる。

 唯でさえ、戦闘力に差があるのだから。

 

 そろそろ、シールドの巻物の効果が切れる。

 ここまでは不意を突いて、抵抗されない内に倒せた。

 だが、残りの一人は俺を敵と見なし本気で向かってくるだろう。

 どうする?

 

「仲間達の敵だ! 死ねっ、“無能”!!」

 

 怒りと憎しみに満ちた大声が部屋中に響く。

 迷っているうちに、最後の一人が剣を振りかぶったまま向かって来ていた。

 辛うじて目に捉えられる速さで振り下ろされる剣。

 シールドの巻物の効果が切れたのか、何物にも遮られることなく叩きつけられる。

 反射的に左腕を伸ばすが、盾での防御は間に合わないだろう。

 目を瞑り、痛みと衝撃に備えるが痛みは無い。

 代わりに左腕の方から、金属同士をぶつけ合っただろう甲高い音が響いた。

 同時に、左腕に何かを叩きつけられた様な衝撃を受けて後ろに飛ばされる。

 何とか態勢を整え、転倒を免れる事が出来た。

 前を向き、男の様子を窺う。

 力、速さ、技術、全てにおいて俺より上。

 どうすれば、奴を倒せる?

 

「さっきのを防いだのは褒めてやる。だがそれまでだ。よくも、“無能”の分際で舐めたマネしてくれたなぁ。仲間の分もタップリ礼をさせて貰うぜ」

 

 男の表情が怒り狂っていたものから一転、ニタニタと下卑た笑いに変わっている。

 俺が自分より弱いと判り、冷静になったのだろう。

 じっくり、なぶり殺す積もりらしい。

 冷静さを取り戻したのは厄介だが、舐めきってくれるのはありがたい。

 三日前に修羅場を経験したお蔭か、自分より強い相手に怖れを感じずに済んでいた。

 男の装備を見ながら、どうするか考える。

 右手にブロードソード。

 防具は円形の盾に、防御と動きやすさが両立しているプレートメイル。

 どう見ても防御は固い。

 長引かせたら、手も足も出ずに殺られるだろう。

 俺を舐めきってくれている内にケリをつけるしかない。

 出来ることは、使えるもの全てを注ぎ込む事だけ。

 

 盾を構え、その後ろに身を隠した男が、ゆっくりと近づく。

 その姿を前に、心を落ち着かせる。

 出来るだけ人に見せたくない奥の手、混沌属性魔法を使うために。

 無音発動で、カオス・シールドとエンチャント・カオスの魔法を発動。

 自動防御する黒き盾が、左側に一瞬だけ現れ消える。

 そして、バスタードソードの剣身が虹色に輝く。

 

「へっ、所詮こけおどし。“無能”風情が何したって無駄。無駄なんだよ」

 

 俺を見下した目で嘲ってくれる。

 だが、動揺はしない。

 予想通りだ。

 このまま、俺を侮ってくれ。

 

「やってみなければ判らんさ、“無能以下”」

 

 また頭に血をのぼらせてくれれば、隙が出来て殺りやすくなる。

 安い売り言葉を高く買った“無能以下”のポンコツ野郎。

 その近付く速さが一気に上がった。

 “無能以下”の馬鹿なポンコツ野郎が俺の剣の間合いに入る瞬間に、甲冑の身体強化を起動する。

 発動と同時に、再びマナが勢いよく吸われていく。

 虹色に輝くバスタードソードを横薙ぎに振るい、“無能以下”の男の盾に叩きつける。

 

「掛かったな。死ね!!」

 

 ブロードソードが、俺の頭目掛けて振り下ろされる。

 ……が、当然ながらその刃は俺に届いていない。

 黒き盾により、完全に防ぎ止められている。

 

「なっ、こんなも……うぎゃああああああ!?」

 

 カオス・シールドによる黒き盾を壊そうと、ブロードソードを再び振りかぶろうとした男が、絶叫した。

 見れば、奴の盾が半円形に形を変えている。

 そのすぐ下から赤い液体が落ち、床に赤い水溜まりらしきものを作っている。

 俺の一撃が、奴の左腕ごと盾を切断したのだろう。

 隙だらけの今を逃す訳にはいかない。

 バスタードソードを振るい、奴の右腕を切り落とす。

 奴のわめき声が響くが、無視してパイルバンカーを奴の頭に叩き込む。

 長槍が頭を貫き、首無し死体を一体作る。

 

 これで四人。

 襲撃者全員を倒した。

 

 なんとか襲撃者を返り討ちにし、今回は生き延びる事が出来たのだった。


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