第十五話 探索者強盗
俺を包み込んでいた光が消える。
目の前には、ダンジョンの入口がある。
俺は、入口まで転移させられたようだ。
あの光は、転移の際のものだったのだろう。
周囲には誰も居ない。
いきなり現れた事を問い詰められずに済むことに安堵する。
しつこく絡まれるのは面倒だ。
時間を確認するため、空を見上げる。
陽はまだ高い。
もう一度、ダンジョンに潜れるだけの時間はあるだろう。
武具に慣れるという目的の為、再びダンジョンに入る。
階段を降り、地下一階に降り立つ。
何時もと変わらない風景に、溜め息を吐く。
いい加減下の階に進みたいが、武具を使い慣れていない現状では不覚をとって死ぬ可能性がある。
ただでさえ運が悪いのに、死ぬ確率を上げる真似をする必要はない。
大人しく、地下一階で武具の慣らしをしておこう。
そう考え、通路を進む。
モンスターとは一度も遭遇していない。
暫く歩き、見覚えのある場所に辿り着く。
先程、右へ進むとモンスタートラップに掛かった部屋がある通路のある広間だ。
左と正面、どちらに進むか。
何となくで、正面に進む事にする。
暫く進んだ所で、正面に人影らしきものを三つ確認。
敵か探索者か判らないので、念のためにシールドの巻物二本を取り出し、両手で二本共封を切っておく。
巻物の光に気付いた三つの人影らしきものが、近付いて来た。
近付くにつれ、人影らしきものの詳細が明らかになっていく。
どうやら、探索者パーティのようだ。
大剣を背負った、岩の様にゴツゴツした顔の大男。
古びた革鎧を着た、軽薄そうな顔の小男。
金属製の胸当てに、円形の盾を装備している小悪党っぽい顔の男。
三人共、下卑た笑みを浮かべている。
正直、関わらない方が良さそうな連中だ。
だが、そうはいかないらしい。。
「よう、同業者のようだが、あんた一人か?」
「ああ、そうだ」
「一人は危ないだろう。臨時で組まないか?」
親切さを装っているが、獲物を狙っている者の目をしている。
話をしている男の顔に見覚えがあった。
朝、ダンジョンの入口で俺のことを、獲物を見るような目で見ていた連中の一人だ。
大男と小男が、背後に回っていくのを横目で確認する。
恐らく、こいつらは俺の甲冑を狙っているのだろう。
「必要無い。何時も一人だ」
「まあ、そう言わずに。ダンジョンから出るまでだ」
男は穏やかな口調で言ってくるが、信用出来る筈がない。
「断る」
「良いじゃねえか、組もうぜ」
「しつこいな。必要無いと言っている」
「つべこべ言わず、俺たちと組めばいいんだよ!!」
そう怒鳴りつつ俺に手を伸ばすが、左腕で払い退ける。
「お断りだ。後ろから襲われてあの世行きは嫌なんでな」
「疑り深いな。そんな事するわけ無いだろう」
男の左手が妙な動きをしている。
何かしら合図をしている様だ。
気にしても仕方無い。
仕掛けて来たら、殺るだけの話だ。
奴等が仕掛け易い様に、少し挑発してみる。
「新米襲っている三人組の探索者がいるって噂が流れててね。その三人組の特徴があんたらと一緒なんだよ。あと、あんたの仲間が後に回り込んでるのはどういう事なのか教えてもらいたいな」
一分も経っていないが、こいつと話すのにいい加減ウンザリしてきた。
俺は、駆け引きには向いていない様だ。
連中に本性を現して貰うため、よく食い付く餌を蒔く。
「属性魔法を使えない“無能”の俺を、臨時でもパーティに入れようとする酔狂な奴はいない」
これを聞いた男の顔と雰囲気、後ろにいる二人の気配が豹変した。
気を感じられる様になった恩恵なのか。
今まで感じられなかった、気配の変化が感じられる。
「何だ、“無能”か。“無能”には勿体無い装備じゃねえか。俺たちが使ってやるから、命が惜しかったらサッサと寄越しな」
俺を囲んでいる三人組は、下卑た笑い声をあげつつ武器を構えた。
「断わる。こっちも丁度いい的が見付かって助かった。探す手間が省けたよ」
笑って答えてやる。
これは本音だ。
俺も、丁度いい的を探してダンジョンをさ迷うのに飽きていた。
やっと見付かった的だ。
強くなる為に、その命を有効利用させてもらおう。
「ふざけるな!? 獲物はオマエの方なんだよ!! “無能”の分際で……。やっちまえ!!」
三人が同時に攻撃してくる。
後ろにいる二人をシールドの巻物の効果を信じて無視して、正面のリーダーらしき男に向かって進む。
振り下ろしてくるブロードソードを左腕の盾で受け流しながら、男の懐に入り込む。
何処を狙うか?
一撃で殺るなら、頭か胸だろう。
右肩を狙って、武器を使えなくするのもいいかもしれない。
パイルバンカーを使い慣れていない現状では、確実に一撃で殺れる頭を狙った方がいいだろう。
盾から響く耳障りな金属音を無視して、左腕を男の顔に向けて伸ばしパイルバンカーを起動。
パイルバンカーから打ち出された長槍は男の顔を貫き、頭を破壊する。
頭を失った男の首から噴き出す血に濡れながら倒れかかる死体を掴み、甲冑の身体強化を起動。
振り向きながら、大剣を叩き付けて魔法のシールドを破壊しようとしている大男に、頭を失った男の死体を投げつける。
死体が大男に向かって飛んで行くのを確認し、小男に向かって行く。
身体強化に慣れていないせいか、近付き過ぎて小男と衝突しそうになる。
慌てて、パイルバンカーを小男の軽薄そうな顔に叩き付け起動。
同時に、甲冑の身体強化を止める。
リーダーの男と同様に、その軽薄そうな顔を長槍が穿ち頭を破壊する。
首から血を噴き出しながらもたれかかる小男の死体を蹴り飛ばし、大男に向き直る。
荒い息をつきながら、大男を見る。
その顔は先程までと異なり、恐怖の色が見て取れる。
大男は、俺に仲間の首無し死体を投げつけられ、その血で血塗れになっていた。
振るっていた大剣を床に落とし、腰が抜けて立てないのか、そのままの状態で後退りしている。
思わず、口許に笑みが浮かぶ。
恐怖で声も出せない様だ。
おそらく、仲間二人を一撃で葬り、その血で濡れている俺に怖れを感じている。
もしくは、二人の仲間を一撃で葬り去ったパイルバンカーに恐怖しているのかもしれない。
俺にとっては、どっちでも変わらないが。
人を殺ろうとしておいて、自分が返り討ちにあって殺られる事を全く考えていなかったようだ。
何てふざけた連中だろう。
見逃すつもりは全く無い。
生かしておいても、録な事にならないだろう。
後で命を付け狙われるのも面倒だ。
今この場で始末する事にする。
呼吸が整い、腰を抜かして怯えている大男を見ながらどう殺るかを考える。
何か喚きだした様だが、聞き取れないので無視。
こいつの仲間二人は、パイルバンカーであの世へ送った。
二人の仲間同様、パイルバンカーでお仲間の下に送ってやった方がいいだろう。
だが、全く同じでは芸がない。
いい機会だ。
ダンジョンに入る前、大将に大慌てで止められて試せなかった撃ち出しの的にしよう。
左腕のパイルバンカーを大男に向け、右手で支える。
長槍を撃ち出した時、どれだけの反動があるか分からない。
そんな対策を取らないといけないほど、筋力がないのが情けなくなる。
もっと身体を鍛えて、筋力をつけないと。
パイルバンカーを大男の胸部に向け、起動ボタンを押し続ける。
大男は、俺がパイルバンカーを構えているだけで何もしないのを見て、安堵の表情を浮かべている。
残念だが、大人しく見逃してやるほど俺は甘くない。
二秒程起動ボタンを押し続けた所で微かな振動と風切り音、それらとともに長槍が撃ち出された。
大男の顔を貫いた長槍は、ダンジョンの壁面を直径三十センチ程のすり鉢状に陥没させて突き刺さる。
「当たったか……」
運良く、大男に命中はした。
胸を狙っていて、大きく外れて頭に当たっているのは問題だ。
下手をしたら、明後日の方に飛んで行ったかもしれない。
これもまた、練習しないと使えない。
やる事がどんどん増えていく。
長槍も十本程、大将に追加注文しておこう。
強盗探索者三人組の死体は、光の粒子になって消えていった。
ダンジョンで死んだら、こんな風に死体も残らないのか。
初めて知った。
ギルドの講習会で、こうなることは聞いていない。
実際死んだ所を見て、初めて知る事が出来た訳だ。
その意味では、奴等に感謝してもいいだろう。
死体が消えた後には、奴等が使っていた武具や持ち物が残されていた。
使える物や売れる物、魔晶石を回収していく。
残念な事に、ポーションの類いは無い。
金は三人分合わせても数日前の俺より少ない位しか持っていなかった。
魔晶石も小石位の大きさの物が十個程。
こいつら何やってたんだと、呆れるしかない。
一週間程前の俺でも、一日ソロでその倍は手に入れていた。
おそらく、他の探索者を殺して奪った物で生活していたのだろう。
殺した奴等の事など、どうでもいい。
奴等を殺った事に、後悔も反省もない。
俺を殺ろうとした連中が悪い。
今後も他の探索者に襲撃されたら、同様に殺す。
死ぬまでこれを変えることは無いだろう。
変える積もりも無い。
奴等から手に入れた魔晶石を、パイルバンカーに補充する。
先程の戦闘で三度使用しただけだが、マナの消費が多かったらしく魔晶石の残量が三分の一まで減っていた。
普通の打ち出しよりも撃ち出す方が、マナをかなり多く消費している様だ。
撃ち出すのは、出来るだけ控えた方がいいだろう。
魔晶石が幾ら有っても足りない。
強盗からぶんどった分だけでは、補充するのに全く足りなかった。
仕方無いので自分で手に入れた小石位の物を十個程足し、容器を満たしておく。
壁面に刺さったままの長槍を抜き、目で異常が無いか確認。
特に無い様なので、長槍をパイルバンカーに取り付ける。
「こんなものか」
辺りを見渡し、回収忘れが無いか確認する。
目ぼしい物は回収している筈なので、無いだろう。
的になるモンスターを探す為、ダンジョンを進む。
少しでも早く、ダンジョンの下層へ潜れる位強くなる為に。




