第十四話 怪物罠の部屋
結界が解除され、落下する感覚と、足に何かとぶつかったような衝撃を同時に感じた。
「くっ」
結界の中にいた時は、宙に浮いていたようだ。
毎回これだと敵わないが。
周囲の安全を確認する為、辺りを見回す。
特に問題は無い様だ。
結界の中で休んでいたため、体調は万全だ。
日々の生活の糧のため、強くなるためにダンジョンの奥に進んでいく。
広く開けた場所に着いた。
正面と左右に、進める通路が続いている。
どちらに進むか。
俺にとって、どの道を行っても変わらない。
ここまで来たのは初めてなのだから。
通路が近いという理由で右を選び、そちらに進んでいく。
進んだ先は一本道だった。
長く続く道をモンスターを警戒しながら歩くが、一向に現れない。
拍子抜けしたが、来た道を引き返すのも面倒なので奥に進んでいく。
突き当たりで、扉を見つけた。
扉を開けて中に入るべきか。
やはり、安全を優先して止めるか。
折角ここまで来たのに、諦めて帰るのも癪にさわる。
なるようになるだろう。
ここで先に進むことを恐れても、厄介事は待っている。
思い切りよく扉を開けて、中に入って行った。
「何も無い様だ」
扉の側から部屋を見渡し、何も無いことに安心しながらも拍子抜けする。
初めて入った部屋は、通路を広くしただけの殺風景なものだった。
だが、これまで通路を移動していただけの俺にとっては一生忘れられない記憶になるだろう。
足元をあまり確認せず、二歩進んだ所で何かを踏みつけてしまった。
罠に掛かったか?
背後で、金属製の何かが落ちる音が響く。
後ろを見ると、金属製の板で入口が塞がれている。
続いて、何かが崩れる音が聞こえた。
音がした方を見ると、入ってきた時の正面の壁面が崩れている。
崩れた壁面の奥に、複数の人型の影が見える。
目だろう部分は赤く輝き、こちらに近付いて来た。
「チッ、モンスタートラップルームか」
ダンジョンの本に記されていた内容を思い出す。
モンスターが、大量に出現してくる罠が仕掛けられた部屋。
全てのモンスターを倒すまで、部屋から出ることは出来ない。
確か、こんな説明だったはずだ。
後ろは鉄板で塞がれていて、部屋から出られない。
壁も直ぐに破壊出来ない。
壊している最中に戦闘になるだろう。
この部屋から出るためには、モンスターを全て倒すしかない。
部屋を見渡し、戦闘に有利な場所を探す。
少なくとも、二体以上を同時に相手しなければならない。
出来るだけ相手しなければならない数が少なくなる場所を選ばなければ。
見た限り、左右の角しかないだろう。
比較的近い右の角を背にして、モンスターを迎え撃つ事にする。
移動しながら、取り敢えず防御を固めるため、収納の指輪からシールドの巻物を二本取り出して使用。
同時に、カオス・シールドの魔法を二回無音発動する。
魔法の盾四枚で、ある程度防御は固まっただろう。
防御はこれでいいとして、攻撃をどうするか?
なるべく接近戦を避けるしかない。
包囲され、なぶり殺しにされるのは御免だ。
魔法を使うしかない。
まさか一昨日の特訓が、早速役に立つとは。
まず、収納の指輪からエナジーボルトの巻物を二本取り出し、先制攻撃のために使用。
更にシールドの巻物を二本取り出して手に持ち、効果が消えた時に備える。
壁の奥を見ると、うんざりするほどの数のモンスターの影がある。
奥から出てきたモンスターは、緑色の肌、頭に角を持つゴブリン。
先頭を駆けて来た二匹にエナジーボルトが直撃、光になって消え去る。
「二匹」
倒した数をカウント。
遂に、特訓の成果を披露する事になる。
見ているのが、的になるゴブリンだけというのも寂しいものがあるが。
「カオス・ボルト!!」
無詠唱で魔法を発動。
魔法名を声に出すのには、意味がある。
イリアからの受け売りだが、想いや感情が込められた言葉には言霊が宿るらしい。
魔法発動の鍵である魔法名に言霊が宿れば、魔法の効果が通常より強くなるそうだ。
実験では、最大で通常の二倍ほどになったと記録されている。
ただ、大声で叫ぶのだけは勘弁して欲しい。
俺は魔法を使うのに、声に出す必要が無いと思っている。
だが、最悪な事に近接戦闘や格闘でも同様らしい。
そんな恥ずかしい真似は、出来るだけしたくないが。
構えた右手から、虹色の光が左端のゴブリンに向かって伸びる。
命中した時点で右腕を右に振り、接近してくるものから壁の奥にいるだろうものを含めたモンスター達を、虹色の光で纏めて薙ぎ払う。
薙ぎ払われたモンスター達は光に包まれ、魔晶石と武具や道具を残して消え去った。
カオス・ボルトの掃射。
カオス・ボルトの虹色の光そのものを光の刃として振るう。
面制圧攻撃を持たないソロの俺が、大多数のモンスターを相手に戦闘しなければならなくなった時のために、イリアが考え出した苦肉の策である。
カオス・ボルトの光を無理矢理マナを注ぎ込んで維持しているだけのため、一回使うだけで体内のマナを全て消費してしまう。
強化の指輪や甲冑の身体強化と同じく、余り使用したくない最後の切り札の一つとなっている。
常用していたら、マナポーション代が洒落にならないし、胃から水音が常に聞こえてくるのは、金銭的、肉体的、精神的によくない。
目に見える範囲にモンスターがいないのを確認する。
シールドの巻物を仕舞い、マナポーションを二本取り出し二本とも飲み干す。
八割ぐらいマナが回復したようだが、胃から水音が聞こえて来そうだ。
空になったポーションの容器を捨て、入口を確認。
未だに鉄板で塞がれている。
これは、モンスターは未だ残っていると判断するしかないだろう。
だが、何処にいるのか?
この部屋に入ってきたモンスターは全滅した。
もし生き残っているとしたら、壁の奥だろう。
シールドの巻物と魔法の効果も、そろそろ切れる頃合いだ。
仕方無い。
折角、有利に戦える場所を確保したのに。
放棄して、壁の奥に進んでみるしかない様だ。
その前に、部屋の中に落ちている魔晶石と売れそうな武具や道具を回収する。
回収中も壁の奥に注意していたが、新たにモンスターが現れることはなかった。
「そろそろ、行ってみるか」
壁が崩れて出来た大穴の先の隠し部屋には、何があるかわからない。
入った所から出られないとなると、前に進むしか選択肢は無い。
意を決し、大穴を越える。
移動した先の隠し部屋は、広い部屋だった。
床には魔晶石や武具等が、部屋全体に散乱している。
多分、カオス・ボルトの掃射で倒したモンスターの物だろう。
正面の壁に扉がある以外は、前の部屋と変わらない。
落ちている魔晶石や武具等を、周囲を警戒しながら回収しておく。
だが、警戒しているのを嘲笑うかの如く何も起きない。
ここはモンスタートラップルームではないのか?
そんな疑問が浮かんでくる。
先に進めば分かるだろう。
全て回収し終わり、扉の前で座り込む。
「ふぅ」
さっきの戦闘とはいえない、魔法を一回使っただけの戦闘を思い出し溜め息をついた。
今日は、武具に慣れる目的でダンジョンに入っているのに、その為の丁度いいモンスターが現れない。
二回の遭遇は、三日前同様の格上のモンスターと大規模な集団。
やはり“擦り付け”されてから、運が悪くなっているのだろうか?
考えている内に、気が滅入ってくる。
気が滅入っているなら、腹一杯食え。
宿の親父の言葉が、脳裡に浮かんでくる。
探索者になった日、成果無くダンジョンから戻って来て落ち込んでいる俺に掛けられた言葉だ。
そういえば、まだ昼飯を食ってなかった。
その事に気が付くと、思い付きで左右の手甲を外してみる。
手甲の部分だけが輝き、解除された。
これまでは、装備を外さないままで食べられる簡単な物しか食べていなかったが、これで昼食の選択肢が広がった。
甲冑の脱着を教えてくれたレイに、心の中で感謝しておく。
宿で頼んだ弁当と水筒、屋台で買った肉と野菜を挟んだパンを取り出す。
まず、屋台で買ったパンを手に取りかぶり付く。
タレの薬味が効いていて、冷めていることが気にならないぐらい旨い。
食う勢いを止められず、直ぐに食べ終わってしまう。
食い終わってから、もっと味わって食えばよかったと後悔する。
だが、反省はしない。
どうせ、また同じ事を繰り返すだろうから。
明日もあの屋台で買っていこう。
そう、心に誓った。
続けて、宿の弁当を手に取り、食い始める。
味は普通だが、栄養のバランスが取れていて何故か食べ飽きない。
水を飲み、喉を潤す。
食事を終え、ダンジョン探索の準備をする。
左腕の腕輪の蒼い宝石が輝き、一瞬で手甲が装備される。
だが、左腕のパイルバンカーがない。
慌て辺りを見るが、落ちていない。
訳が分からないので、レイに呼び掛ける。
『何の用じゃ? こんなに早く呼ばれるとは思わなんだが』
レイの気配を感じ、脳裡に声が響く。
『済まんな。甲冑の脱着について聞きたい。甲冑を外した場合、装備していた盾とかはどうなる?』
『多分、一緒に収納されるのではないのか? 装備したまま収納したなら、甲冑が自身の一部と認識したかもしれん』
『甲冑を纏った時に、盾とか装備していた物が無い場合はどう考えればいい?』
『甲冑だけを纏うことを伝えたからではないかの。装備していた物を含めて纏うことを念じればよかろう』
『分かった。例えばだが、盾とかをだけを装備したい時は、その対象を装備する様念じればいいんだな』
『まあ、そういう事じゃな。先程は面白かったぞ。盾を探して慌てておったのは……ククッ……中々楽しめたぞ』
人が困っているのを見て楽しいとは悪趣味な奴だ。
だが、知りたかった事は分かった。
『悪趣味とは失礼な。そなたの観察しかする事が無いのじゃ。笑ったのは、悪かったと思うが』
俺の心が読めるのだろうか?
人の観察をする事自体、悪趣味の気がするが。
やる事が無ければ仕方無いか、と諦める。
俺がレイと同じ状態になったら、同じことをしているはずだ。
『もっと詳しく教えてくれてれば、こんなに慌てなくても済んだのだが』
『過ぎた事を今更言っても仕方あるまい。まあ、暇潰しにはなったが』
『暇潰しか……疑問に思ったが、俺達はどうやって話しているんだ? 声を出していないが』
『今頃気付いたか……鈍いの。まあよい。教えてやろう。甲冑を介して、念話で話しておったのじゃ。声を出して話しておったら、そなたが一人で宙に向かって話している頭のおかしい人扱いされるぞ』
確かに、頭のおかしい人扱いは勘弁してほしい。
念話とはなんだろう。
そう思った瞬間、脳裡に浮かんできた。
念話
念話とは、声を出さずに念じるだけで会話する事。
説明が簡潔過ぎる。
多分、駄目神に刻み込まれた知識だろう。
『そいつは勘弁してほしいな。聞きたかったことは大体わかった』
『そうか。そろそろ我も観察に戻るかの』
そう言い残し、気配が消えた。
「パイルバンカーを出すか」
レイに教えられた通りにして、パイルバンカーを左腕に装備。
出来る範囲で点検し、小石位の大きさの魔晶石を収納部に一杯になるまで補充する。
「さて、行きますか」
目の前の扉の取っ手を握る。
扉を開けた途端、頭に声が響く。
そなたには、まだその資格はない。立ち去るがよい。
その言葉とともに足元が輝き、俺は光に包まれた。
 




