第十三話 甲冑に取り込まれし者の
眩い光を感じ、意識が覚醒する。
瞼を開き、周りを見る。
光は無く、暗闇に包まれている様で辺りを見渡せない。
起き上がろうとするが、首から下は指一本動かす事が出来ない。
「ここは何処だ? 俺は一体……」
ダンジョンで赤褐色のゴブリンを倒し、その後壁にもたれて座り込んでいたはず。
それが何故、暗闇の中で横たわっているのか?
どちらかというと、暗闇の中で浮いているといった方が近い気がする。
身動き出来ない現状では、どうでもいいことだ。
全身に疲労が溜まっている様で、余り体調は良くない。
やることが無いので、さっきの戦闘で使ったものについて考える。
巻物。
二つの魔法を同時に使えるのでまあまあ便利だったが、使い捨てなのと使用時に手が塞がってしまうのが問題だ。
この二つの問題の解決方法は、まだ思いつかない。
パイルバンカー。
初使用だったため、上手く扱えていない。
早く使いこなせる様にならないと、宝の持ち腐れだ。
エンチャント・カオスの魔法。
パイルバンカーと相まって、恐ろしくなる程の威力を見せつけた。
当たらなければ意味が無いので、上手く当てられる様に腕を上げるしかない。
甲冑の身体強化の効果。
身体強化の指輪より効果は劣るが、マナ消費はまだマシだった。
使いこなせれば強力だが、マナ容量を増やさないとこれも宝の持ち腐れになるだろう。
気闘法。
暴走していて、まともに使えなかった。
使いこなせる様になるまで、戦闘で使わない方がいいだろう。
要訓練だ。
現状では使い方を考えたり、使いこなせる様に訓練するしかない。
取り敢えず、一番使い物にならない気闘法の訓練からか。
目を閉じ、気を感じる事から始める。
暫く意識を集中して、ようやく全身を駆け巡る気を感じる事が出来た。
気闘法の呼吸法を身体に強制的に刻み込まれてから三日、自力で初めて気の流れを感じている。
この感覚を完全に憶える為、気の流れを感じる事に意識を集中し続ける。
「上手く気の流れを感じられるようになったの」
暗闇の中、人気の全く無かったこの場に俺以外の性別の判別が出来ない声が響く。
「誰だ!? どこにいる?」
見回すが、誰もいない。
「ここじゃ」
目の前の空間の一点が光り輝き、人の形を成す。
「何者だ?」
人ではないだろう何かを観察する。
人の形を成しているが、発光しているせいで性別までは判別出来ない。
「人ではないのは確かじゃの。かつて人であり、この甲冑を纏っていた者じゃ」
元々人だったのか。
人を止めることが出来るとは初耳だ。
だが、俺には全く関係ない事だ。
興味はない。
「そんなことはどうでもいい。それより、ここは何処だ?」
「ここは、そなたが纏っている甲冑が張った結界の中じゃ。あのまま放置したら、そなたはモンスターに殺されていたからの」
俺はあの後疲労で意識を失い、結界で守られているらしい。
説明に聞き逃せない事が含まれている。
まるで、甲冑に意志があるような口振り。
そして、自らの意思で結界を張り俺を守っている。
そんな事信じられないし、有り得ないだろう。
それに、俺を助ける理由がわからない。
「何故、俺を助けた? 俺を助ける理由など無いはずだ」
「お前は、あの甲冑に選ばれたのじゃ。所有者としての。所有者を守るのは当然じゃろう」
「選ばれた!? 何故だ?」
「甲冑がお前を選んだ理由はわからんの。甲冑と話が出来るなら、聞いてみるのじゃな」
そんな事出来るのは普通の人ではないだろう。
「俺には、そんな器用な真似は出来ない。あんたは出来るのか?」
「出来る訳がなかろう。そなたが甲冑を見つけた時、今とは色も形も違っていたはずじゃ。所有者たりえる者が纏った時のみ真の姿を現し、所有者の本質を現した色に変わるのじゃ。因みに、我が纏った時は白金じゃったの」
自分が出来ないことを、他人にやらせようとするな。
だが、初めて纏った時に甲冑が変化した理由はわかった。
一番の問題は、何時になったらここから出られるのかだ。
「そんなことはどうでもいい。何時になったらこの結界は解除される?」
「そなたが回復したらだろうの。まあ、見たところもうしばらくかのう」
当面は解除されない様だ。
暇潰しに、もうしばらく気の流れを感じる練習をしておこう。
少しでも早く気闘法を使えるようにするために。
意識を体内に集中しながら、目の前の光る何かに聞いてみる。
少しでも現状についての情報が欲しい。
「あんたは色々知ってそうなんで、幾つか教えてもらいたい。ただでさえ、厄介事を抱えているんでな。暇すぎる今のうちに片付けられそうな事は、片付けておきたい」
色々な理由で、他の探索者に命を狙われそうな現在。
余計な厄介事は増やしたくない。
「まず、あんたについてだ。前の使用者であるあんたが、何故存在している?」
「簡単なことじゃ。ある日突然、甲冑に取り込まれての。それ以来ずっとこの状態じゃ。こうして他人と話すのも、どれぐらい振りじゃろうのう」
言葉には嘘を感じられない。
だが、甲冑に取り込まれるって有り得ないだろう。
実際に起こっている以上、あると認めるしかない。
世界は不思議で満ち溢れている。
ダンジョンもその一つだ。
疑ってばかりでは、話が進まない。
「次は、この甲冑の力についてだ。身体強化、重量軽減、寸法調整、意識を失った時の結界構築があるのはわかっている。他にあるのなら、全部教えろ」
「確かにまだあるの。そなたが力不足故に封印されているがの。必要条件を満たして封印を解かない限りわからないじゃろう。使えない物のことを知っていても意味があるまいて」
他にも力が有ることは認めているが、教える気は無い様だ。
その理由も納得できる。
「まあ、甲冑の脱着についてはよかろう。今のところ教えられそうなのは、これ位じゃな。これは、念じるだけで甲冑を纏ったり脱いだりできるのじゃ。試してみればわかろう」
言われた通り、取り敢えず試しに甲冑を脱ぐことを念じる。
甲冑が一瞬光り輝き、光が消える。
「確かに脱いでいる様だ」
視界に入る範囲での確認だが、甲冑を纏う前の服装になっている。
一点だけ違うのは、左腕に蒼い宝石がついた腕輪があることだ。
「この腕輪は何だ?」
「おそらく、甲冑の脱着するための鍵となるものじゃろう。我の場合は耳飾りじゃったが」
所有者によって色が変わるのだ。
鍵となるものが違っていても、おかしくはないだろう。
甲冑を纏ってみる。
腕輪の宝石が輝き、一瞬後には甲冑を身に纏っていた。
「これは便利だ」
素直に感心する。
甲冑の脱着が一瞬ですむ。
着替えに時間が掛からなくなるのはありがたい。
纏ったままで洗浄の魔法を使えば、戦闘で血にまみれた時の清掃も楽になるだろう。
後は破損した時の修理についてか。
「破損した時は、普通に修理に出せばいいのか?」
「どうせ分かることだから答えておくが、自力で修復するから修理に出す必要は無いの。ただし損傷が酷いと、完全に修復されるまで時間が掛かるの」
修理に、金が掛からないのはありがたい。
その分を魔法書や技能書、ポーション等の消耗品に回せる。
本当にいい甲冑を手に入れた。 馬鹿正直に使う様勧めてくれた大将に感謝しておこう。
脳裡に、親指を立て厳つい顔でニヤリと笑う大将の姿が浮かぶ。
あまりいい絵面ではないので、直ぐ忘れる事にした。
口直しに美人の顔を思い浮かべようとしたが、知り合いに美人と言える人がいない事に気付き諦める。
三人ぐらいから抗議の声が上がった気がするが、気のせいにする。
厄介事が付いて回る――既に回っているだろうが、その点は諦めて妥協するしかない。
そうこうしているうちに、全身の疲労が無くなっているのに気付く。
疲労が抜けて軽く感じる体を動かし、状態を確認。
特に異常はないようだ。
だが、おかしい。
疑問が口から漏れる。
「疲労回復が早すぎる。あの状態だと、何時もならまだ回復していないはずだ」
指一本動かせなかった状態から、短時間で疲労が完全に抜けている。
疑問を持たない方がおかしい。
「全く、何も知らんのか? 呆れた奴じゃ。さっきからずっと気を全身に循環させておったろう。気を循環させる事で得られる効果は、身体能力の向上じゃ。これは筋力とかの分かりやすいものだけではない。体を活性化しているため、目に見えにくい回復力や治癒力も向上するのじゃ」
仕方ないだろう。
技能書で身に付けたものだ。
そもそも、さっきまで気を感じる事すら出来ていなかった。
そんな知識、あるわけがない。
「技能書が、強制的に呼吸法を身体に刻み込んだんだ。やっと気を感じられるようになった初心者に無理を言うな」
「なんと、強制的にか。……確か誰だったか憶えておらんが、神様が気闘法修得の時間短縮にそんな技能書を創ったと聞いた事があるの。だが、かなり無理があったらしく、それで気を扱える様になったものはいないらしいの。少なくとも、我は聞いたことがないのじゃ」
何か嫌な予感がする。
そのふざけた神様に心当たりがあるので確認してみた。
「よく、そんなこと知ってるな。一つ聞くが、その神様って武神タケミカヅチなのか?」
「ふむ。何故その名が出てきたか判らんが……思い出した。確かに武神タケミカヅチ様が創ったものがそうじゃ。確か題は“気功・気闘法大全 完全版”だったはずじゃ。確かあの頃は、神々の中で技能書を創るのが流行しておっての。数多の神々がこぞって創っていたのう」
何故、そんなことを知ってる。
それよりも、嫌な予感が当たった様だ。
大丈夫なのか、俺……。
「……俺が使った技能書はその“気功・気闘法大全 完全版”だ」
震える声で告白する。
目の前のやつも驚いている様子で一言も無く、辺りに静寂が訪れた。
「……本当か!? そなたからは、安定した気の流れを感じているがの。使った者は、気を暴走させてそのまま死んで行ったというに。もしや、そなたは気を扱うのに向いておるのかもしれんの。初めて見たのじゃ。あれを使って無事な者を……」
褒められているのか、馬鹿にされているのか判断が付かない。
俺に注がれる視線が、呆れた者を見るものから興味深いものに変わっている。
ピシッ
突然、何かが割れる音とともに、光が差し込んでくる。
それは立て続けに起こり、光が結界内を照らしていく。
「そろそろ、結界を解除するようじゃな。そなたの行く末を観察するのも、暇潰しに丁度よかろう。必要になった時は、何時でも我を呼ぶがよい。出来ることがあれば、手を貸そうぞ」
ようやく、結界から解放される。
だが、人を暇潰しに観察するとは趣味が悪い。
そういえば、名前を聞いてなかった。
知らないままでは、呼ぶときに都合が悪い。
「あんたの名前を聞いていなかったな。教えてくれ。俺はアルテス」
「外を見聞きする事は出来ていたから、知っておるよ。我の名は……そうじゃ、レイと呼ぶがよい」
「わかった。用があったら、遠慮無く呼ばせてもらう」
その瞬間、結界が砕け散り、解除された。




