第十一話 迷宮突入前
窓から差し込む光の眩しさで、眠りから覚める。
疲労も無く、気分は悪くない。
起き上がり、体を動かしてみる。
特に違和感を感じる所は無い。
昨日、一昨日の訓練は、身体にかなり負担を掛けていた。
だが、ほぼ回復している様で、戦闘に支障は無いだろう。
大将も、装備の調整を昨日の晩に終わらせているはず。
ようやくダンジョンに向かえる。
裏庭で軽く素振りをし、朝食を済ませた俺は、大将の店に装備を取りに行く。
まだ人通りの少ない通りを歩きながら、今日の予定を考える。
パイルバンカーを使う練習。
魔法を組み込んだ戦闘の練習。
それ以外にも幾つか思い付く。
だが、思い付いた事は全てモンスターとの戦闘で確認すれば済むことだ。
お世辞にも頭の出来が良いとは言えない俺が、細かい予定を立てても無駄だとわかった。
しかし、暇潰しにはなったのだろう。
視界に魔法武具工房タイラントの看板が入り、大将の店に着いたことに気付く。
「新しい装備を使うのが楽しみだ」
三日前までの革製の防具とは比較にならないほど、防御力が高い金属製の甲冑。
しかも、複数の魔法が付与されている高級品だ。
多少、無茶な戦闘をしても俺の身体を守ってくれるだろう。
そして、パイルバンカー。
試して実感したが、その威力は恐るべきものだった。
的として用意された金属製の鎧を苦もなく貫き、風穴を開けていた。
大将が自慢気に、
『こいつは、ドラゴンすら貫ける。まあ、使いこなせなければ只のお荷物にしかならんがな』
そうほざいていた。
確かにその通りだろう。
大人しくアレを受けてくれる馬鹿はいない。
使いこなせる様、訓練が必要だろう。
そう考えつつ、扉を開け店の中に入った。
「思ったより遅かったな。夜が明ける頃に押し掛けてくると思ったが」
俺を見るなり、カウンターの前で腕を組んでいる大将が冷やかしてくる。
「悪いが、そこまで非常識じゃない。仕上がっているのか?」
「当然だ。新米が俺を舐めるな」
そう言い、カウンターの上に置いてあった白いものを俺に投げつけてきた。
反射的に受け止めたが、その軽さと感触に驚く。
よく見れば、折り畳まれた布の様だ。
「これは?」
「鎧下だ。身体の保護と攻撃で受けた際の衝撃を緩和する。服の上から着ておけ」
言われるまま、鎧下を着ていく。
上半身用と下半身用に分けられているそれを、わからない所を聞きながら。
着終わって身体を動かして確認してみるが、特に違和感はない。
鎧下を着用したのを確認した大将が、俺の新しい甲冑を持ってきた。
「毎日毎日手伝う訳にはいかんからな。一人で身に付けてみろ」
確かにその通りだ。
軽量化の魔法が付与されている蒼い甲冑を、俺一人で身に付けていく。
「何とかなりそうだな。で、後はコイツだ」
そう言った大将が、いつの間にか持っていたパイルバンカーを俺に渡す。
渡されたパイルバンカーを受け取り、その重量に苦しむ事無くベルトで左腕に固定。
軽い。
これが、受け取った時の実感だ。
一昨日は持ち上げる事にも苦労した重量が、体感で三分の一以下になっている。
軽量化の魔法の力に、驚きつつも感謝した。
これで、パイルバンカーをまともに扱えるだろう。
軽く身体を動かして、違和感が無いか確認する。
特に問題は無い様だ。
「確認はもう十分だろう。着いてこい」
呆れ顔だった大将が背を向け、店の奥へ入って行く。
確認に夢中だった俺は、慌てて大将の後を追った。
大将を追ってたどり着いた先は、裏庭だった。
一昨日と変わらない様子で、パイルバンカーの的にした金属製の鎧が穴の空いたままだった。
ここで、パイルバンカーと出会ったと思うと感慨深いものがある。
「一体、何をするんだ?」
訳が分からず、問いかけた俺に、大将は再び呆れ顔で答えた。
「やれやれ。やっぱり忘れてやがる。一昨日、パイルバンカーの説明をすると言っておいただろうが。まあいい、時間が惜しい」
そうして始まったパイルバンカーの説明。
一時間掛けての説明だったが、そのほとんどがパイルバンカーを造る際の苦労と自慢。
そして、何故か始まる奥さんのノロケ話。
本当に必要なのかは、俺の頭で考えても不要だと解る。
話の途中で下手に口を出しても、録な事にならないので黙っておく。
一時間程掛けた大将のほぼ無駄話だらけの説明でわかったのは、
パイルバンカーの起動には、魔晶石が必要である
継続的な使用には、定期的に魔晶石を補充する必要がある
補充する魔晶石は、ダンジョンでモンスターを倒して得た物で良い
魔晶石の補充は、盾を長槍と平行に動かすことで現れる収納口に入れる
その際、収納口が閉じられない程魔晶石を入れない
パイルバンカーの起動ボタンを押し続けることで、長槍を撃ち出す事が出来る
長槍を撃ち出した場合、パイルバンカーの先端部から長槍を後ろから挿入する事で再び使用可能になる
パイルバンカー用の長槍は、単体でも手に持って短槍として、また投擲用としても使える
盾の裏には、投擲用ナイフとダガーを挿すポケットが四つある
ということだった。
これだけなら、説明は五分もあれば十分の筈。
こんな無駄だらけの説明は、二度と御免だ。
「これで説明は終わりだが、何か質問はあるか?」
「ああ。大将の苦労話や奥さんのノロケ話は、パイルバンカーの説明に必要だったのか?」
疲れきった顔をしているだろう俺は、無駄話はするなという意味を込めて確認する。
「勿論だ。パイルバンカーの説明において、絶対に省略出来ない話だ!!」
おもいっきり胸を張り、大将はニヤリと笑って言った。
いや、言い切りやがった。
これは、何か分からないがもう手遅れの様だ。
大将の事は諦め、無駄話を終わらせる。
「もういい……。長槍を撃ち出してみていいか?」
パイルバンカーを装備している左腕を、先日も的にした金属製の鎧に向ける。
その動きを見た大将が、慌てて止めた。
「ま、待て。そんなもの撃ったら、家の壁に穴が空くだけじゃ済まん」
余程の威力なのだろう。
普段の大将からは、想像出来ないない程焦っている。
ドラゴンをも撃ち抜く。
冗談やハッタリで言っている訳では無かった様だ。
試してみたかったが、諦めた方がいいだろう。
左腕を降ろし、試すのを止めたことをアピールする。
「ふぅ。全く……心臓に悪い冗談は止めろ。俺は、百歳まで現役で鍛治職人するつもりだ。寿命を縮めさせる真似はしないでくれ」
「冗談でやってない。試し撃ちは必要だ。後、朝っぱらから起きたまま寝言を言うのは止めろ。寝てても迷惑だが」
大将の非常識な戯言に呆れ、切って捨てる。
「気合と根性と強い意志があれば出来る!!」
本気で言っている様だ。
その証拠に、目が笑っていない。
大将なら、本当に百歳まで現役でやってそうな気がする。
精神論を本気で実現しそうな勢いに言葉を失う。
「そろそろ、ダンジョンに行った方がいいんじゃないか?」
大将の言葉に、目的を思い出す。
「そうだな。何か色々有ったが、行こうか」
大将に背を向け、裏口から店内に戻る。
ダンジョンに入る準備をする為、左腕のパイルバンカーを外してカウンターに置く。
カウンターに置かれたままの、整備に出していたバスタードソードを左腰にさげる。
命を預ける剣は、万全の整備をされていることだろう。
収納の指輪からヒールポーション二本、マナポーションとキュアポーションを各一本づつ取り出し、右腰のポーチに入れる。
続けて、投擲用も兼ねるダガーを六本取り出し、腰のベルトとパイルバンカーの盾の裏にあるホルダーに挿していく。
後、必要なのは……。
そう考えていると、背後から声を掛けられる。
「おい、パイルバンカーの長槍の予備はいいのか?」
振り返ると、何時の間にか戻ってきていた大将がニヤニヤしながら俺の背後に立っていた。
「どういう事だ?」
「俺が只でやると言ったのは、パイルバンカー一式だけだぞ。予備の長槍は別だ」
大将の言葉に、三日前の事を思い出してみる。
確かに予備の長槍については、一言も言っていない。
今更、予備の長槍を付けろと言っても無理だろう。
ただでさえ、大将の無駄話で一時間は無駄に過ごしている。
これ以上、時間を無駄にしたくはない。
「分かってる。予備の長槍を三本くれ」
カウンターの下からパイルバンカーの長槍を二本取り出し、
「悪いが、予備は二本しか作ってない。二本で、一万ジールだ」
大将が苦笑いしながら代金を請求した。
「まあいい。一万五千出すから、もう一本用意してくれ」
「わかった。成るべく早めに用意しておく」
一万五千ジールを渡し、予備のパイルバンカー用長槍を収納の指輪に仕舞う。
「頼む。行ってくる」
大将に背を向け、店から出る。
生きて帰って来い、そう掛けられる声を聞きながら。
屋台で肉と野菜を挟んだパンを昼食用に包んでもらい、ポーチに仕舞う。
当然ながら、代金は払っている。
これまでは宿で用意してくれる弁当だけだったが、量的に物足りなかった。
三日前以前よりも金に余裕が出来た為、満足する量が食べられる様になったのはありがたい。
大通りを歩いていると、香ばしくて旨そうな肉の串の屋台もあるが、食い過ぎもよくないので買うのを諦める。
そうして色々ある屋台を横目に見ながら、大通りを進んで行く。
ダンジョンの入口に近づくにつれ、何故か視線を感じる様になる。
だが、気のせいだと思う。
“無能”の俺を気にする探索者など、全くいないからだ。
気にするとすれば、同じ“無能”の探索者だけだろう。
ダンジョンの入口の側まで来ると、見かける探索者の全てが俺の方に注目していると気付いた。
注目される理由を考えると、身に纏っている蒼い甲冑しか思い付かない。
よく見ると、こちらに視線を向けている者の一部の目は、獲物を見る時のそれだった。
その事が判ると、奴らが何を考えているかを理解する。
俺を殺って、甲冑を奪う積もりだ。
いいだろう。
簡単に殺れると思うなら、かかってくればいい。
自分も殺られる覚悟をして。
ギリギリの闘いをしたくない。
三日前、そう願ったことを諦める。
生き抜く為に。
左手に持っていた冑を被り、ダンジョンに入っていく。
襲撃してくる奴らを全て返り討ちに出来るぐらい強くなる為に。




