金返せっ!
冬、屋上、昼の道路には車がひっきりなしに通っている。
俺のいる場所は本来越えてはいけない柵の向こう側。
そんな場所で一人たたずみ、俺、「高坂 陽一」はこれまでの人生を振り返っていた。
ツン期が長かった……というかずっとツン期だったツンデレの妹。
親友にだまされ、信じられない額の借金を背負わされた家族のこと。
そして……いや、これはいいか………
握っていたフェンスを放し、体の重心を前に置く。ゆっくり、ゆっくりと重力に逆らわず前に倒れる。
時間がゆっくりに感じ、これまで起こったこと、やり残したこと、さまざまなものが頭の中を駆け巡る。走馬灯と言うやつだろうか…
落ちる…落ちる……………ガシッ。……………………ガシッ?
……俺は本来もう死んでいるはず…なのになぜまだ落ちる感覚が無いのだろう。
理由を考えてみる、そういえばさっきから腕を掴まれている気がする。
俺はゆっくりと後ろを向いてみるとそこには 満面の笑み でこっちを向いている俺のよく見知った女の姿があった。
俺の幼馴染だ。彼女は俺の腕を掴んでいた、 満面の笑みで。 そして彼女は笑ったまま俺にこう言うのだった。
「───金、返せ(はーと」
───と
※
屋上、身を半分乗り出した状態で俺が静止していた。理由は簡単。俺の左手はしっかりと落ちないように掴まれていた、
俺の幼馴染によって……
「なぜ死のうとしてるの?」
満面の笑みがよりいっそう俺の恐怖を煽る。
「えっ、いや、死のうとなんてして無いよ…?」
しどろもどろになりながらも何とかそう答える。
「そう……じゃあそんなところにいる必要ないよね?(ニコッ」
彼女がそう言うと直後、に腕が千切れるんじゃないかと思うぐらいの力で俺の腕が引っ張られる。
俺の体は一度宙に浮き何が起こったのかと思考する前にものすごい勢いで屋上の地面に叩きつけられた。
「相変わらず軽い体してるわねー…どんなもの食ったらそうなるのよ」
食費も節約してるとこうなるんだよ………と言うか俺の体重前計った時は60はあったような気がするんだが……
それを軽々と…女じゃないとしか思えない。
俺(60kg)を軽々と放り投げる俺の幼馴染の名前は「桜野 恋」俺はいまだに「恋」と言う漢字が入っていることに疑問を感じる名前だ。
ちょうど肩辺りまで伸びた髪、少し小柄な体系(とくに胸が。)とは裏腹に性格は凶暴、
こんな恋でも幼い頃はわりと普通の女の子だったのだが中学ぐらいにはもう立派なお力をお付けになられていた。
恋の容姿は性格とは裏腹に可愛いので彼女にしつこく告白する人間は保健室送り。ましてや哀れにも襲おうとした人間は病院送りになった。
そんな彼女の親の職業は彼女が言うに…『貸したお金を返して貰うために頑張る仕事』だそうだ。
お家に訪問したり、家にいないか確認するために大声を出しながら玄関を叩いたり、返してもらえない場合は追いかけたりもするそうで……
明らかにあの仕事ではなかろうか…
そんな彼女と金の貸し借りの関係を持ってしまったのは6年前、親が昔からの大親友に裏切られたあの日から。
うちの親がその親友と食事してるときに「100万ほど貸して欲しい」と言われ、契約書にサインしたところ6500万の借金の肩代わりにされたのだ。
そんな中、恋が「お金に困っているなら貸してあげるよ?」と言ってきたことが事の発端だった。
後、俺の親は少しでもはやくお金が返せるように仕事の量も増やし、一生懸命にやっていたのだが、ある日息抜きに行った旅行先で交通事故によって二人とも死んでしまった。
残された俺たち、俺と妹は学校に行きながらも少しずつ返済に努めていたのだが……さすがに学生の力ではどうにもならずこのような行動を……
「こっちもお金返してもらわないと困るし…死んでも何もならないよ?妹さんに返してもらうだけだけ。
そんなの彼女一人で耐えられると思ってるの?」
こんな恋にもたまに優しい一面をみせる時がある。こういうときは可愛いのになぁ………
「それにあんたに死んで欲しくないし……」ボソッ
「……ん?何か言ったか?」
「ううん、なんでもない」
「よしっ!」
俺は痛む体を無理やり起こす。あれ?なんでこんなボロボロなんだ?俺を言葉で説得するだけでよかったんじゃ…
「ほら、はやく行くよ。妹さんが待ってるんでしょう?」
「あぁ」
そうして俺は救われたのだが…この時はまだあんなことになるなんて予想もしていなかったんだ……
恋に連れられて我が家の前まで来た。やっぱり家に一人妹を残すわけには行かないもんな…
今更になって反省しても遅いんだが…
突然恋が扉の前で立ち止まる。
「ねぇ、陽一。あんたが扉開けなさい。勝手に一人で家出て行ったけじめつけなさいよ?」
「あぁ、わかってる。俺が勝手に逃げようとしてたもんな…妹には何も言わずに出て行ったし……」
扉のノブに手をかける。いつもどうり、何もなかったように帰れば我が妹も許してくれるだろう…
ノブを回し弾く、ガチャッ
「ただいm……」
「死ねえええええええええええええええええええええい!!!!!!!」
真正面から来た『何か』は俺の腹部に蹴りを入れた。
ミシッ...
あ、今鳴ってはいけない音したなー…
俺の体は後ろに吹っ飛ばされる。今日は何回俺の体は宙に浮くのだろうか?
できることなら痛さを伴わずに飛びたいな……
「ちっ……仕留め切れなかったか………」
「ま…てまて、我が妹よ……お兄ちゃんが帰って来ていきなり蹴り飛ばすとは何事なんだ…もう少しでお兄ちゃん
天の川渡っちゃうところだったぞ。」
「馬鹿兄貴はそのまま渡る前に天の川で溺れてしまえばよかったのにね?」
「やめろ!お兄ちゃんがカナズチって事を読者にばらすんじゃない!!」
「いよいよ読者とか言う妄言まで出るようになったか…」
「違う!これには作中では言えない深い訳が!!」
「はいはい、続きは精神科で聞こうねー?」
「お兄ちゃんはどこも悪くない!偏差値は悪いけど!!」
「あんたら兄妹ほんとに仲良いわね……」
「どっから見たらそうなるんだ!」
「どっから見たらそうなるんですか!」
「もう言い逃れできないレベルね……」
恋があきれた顔で言う。
ちなみに我が愛すべき妹の名前は「美香」。容姿は一言で言うとめちゃくちゃ可愛いツンデレ。
デレないけど。
「まったく…お兄ちゃんに何てことするんだ……」
立ち上がりながら俺が言う。
「でもまぁこんだけ怒るって事はある程度妹さんも心配してたんでしょ?」
「借金残したまま死なれる心配はしてましたね」
「ほら陽一。見てみなさい、ちゃんと心配されてるじゃない」
「俺の心配はされて無いけどな」
そんなわけで美香は渋々俺を家に入ることを許してくれた。いや、まぁ俺たちの家なんだけど。
家の広さは4畳半の居間と美香の部屋(3畳、良い感じに女の子らしい部屋になっている)、両親の部屋(親が死んでからも掃除はきちんとしている。)、
俺の部屋(物置。)と計4部屋のアパートとなっていて、夜は居間で俺が寝るといった形になっている。
もちろんこれに異論はないし、妹に意見しようものなら外で一夜を過ごすことになる。
なんとも理不尽な世の中だ。
「恋さんは今日どうするの?ご飯食べていく?」
「んー…どうしようかしら……」
「おとなしく恋さん…いや、恋様は帰っていただいたほうが私の身のためです。」
「なにか言ったかしら?(ニコッ」
その笑顔が怖いです、はい。
「今日はこの辺で帰る、ありがとね美香ちゃん」
「いえいえ、いつでも来て下さいね」
こいつらはなんで俺以外を相手する時は口調が変わるのだろうか、不思議でならない。
この日は恋が帰りお開きとなった。
朝、布団が俺を離すまいと心地よい空間をつくり俺は意識はまどろみへと……消えなかった。
台所へ行くついでに腹を踏まれた。
「妹よ…もうそろそろ普通に起こしてくれんのか……」
「無理ね、踏むのが精一杯よ」
俺はしぶしぶ布団から起き上がる。
布団ちゃんが「あっ、行かないで!もう少し!もう少しだけ一緒に居たいのっ!」と言っているのがわかるぜ…
そんなあほな事を思いながら起床。
実はこれでも妹は朝飯、洗濯物等の家事をやってくれているのだ。それに関しては感謝している。
俺を蹴るけど。すごい頻度で蹴るけど。
のそのそとコタツまで動き、着席。
「美香~…飯まだー?」
「黙って待ってなさい!!」
怒られては仕方が無い。出来上がるのをじっと待つ。
「………」
待つ。
「……」
待つ。
「…」
待つ。
横には台所に制服で飯を作っている美香の姿…
ごろんと横になると見えそうで見えない美香のスカートの中が…もう少し……あとちょっ………顔面を踏まれた。
「3秒も待ってられないのかな?うちの馬鹿兄貴はッ!」
美香の足にさらに力が入る。そろそろ退けてくれませんかね?
……しかし何だろうこの感覚は、踏まれたけど……少し気持ち良い…?いやいや、そんなはずは………
俺がMに目覚めそうになったところで朝飯ができる。もうちょっと踏まれたかっ……いや、やめよう。
朝飯はご飯に味噌汁、魚の塩焼きと絵に描いたような日本食。最近は和食離れする家庭が増えてきているそうだが
我が家はわりと和食が多い。The日本人である。そんな感じで俺の朝は始まるのだ。
学校、俺は授業中に考えていた。
恋がいくら幼馴染であれ早めにお金を返さないといけない。本人は
「陽一をこき使える期間が長くなるからちょうど良いわ」
などと言っているが流石に10年も20年も借りるわけにはいかない。
なんとかお金を貯める方法を見つけないとな……
一度恋に良いバイトが無いか聞いてみるか……
昼休み、俺は基本的には恋と昼食を共にする。この年になって幼馴染と飯を食べると言うのもなんなんだが
恋曰く「お昼ご飯で良いおかずがあったら利子として貰ってあげる」…らしい。
無利子で貸してくれるはずがなぜかこんなことに…
それはそうと俺は授業中に考えていたことを口にする。
「なぁ恋、楽でそこそこ給料が高い良い仕事ないか?」
「ない」
きっぱり恋は即答した。
「いや、もう少し考えてみてくれよ………」
「あのねぇ?そんなに都合の良い仕事があるわけ無いでしょ。
高いお給料を貰っている人はこれまでにそれに見合う努力をしてきてる人、もしくはそれだけの仕事をしてる人だけよ。
それがわかったなら楽して儲けようなんて考えは捨てることね。もしそんな仕事があったとしても法に触れるような仕事ばかりよ。」
「うーん…それでも俺はなんとしてでもお金を貯めなければ……」
「そんなに急ぐ必要は無いわよ?無利子で貸してやるって言ってるんだから」
「でも……」
「いいから!人の厚意は素直に受けるものなのよ?」
「悪い…恋……」
「わかればよろしい」
恋はない胸をはって言う。
恋のこういう性格には本当に助かっている。
単に俺が幼馴染だからだけなのかはわからないが返済する側のこちらもすごく助かっている。
そういった面では恋のことが好きなのかも知れない。付き合いたくはないが。怖いし。
今日の帰りは久しぶりに恋を誘って買い物にでも行くか…あいつは俺が何か奢るといったら絶対について来るからな
今にも聞こえてきそうな恋の「えっ!奢ってくれるの?行く!行く!絶対行く!」という台詞が頭に浮かんで俺はクスリと笑った。
「お前今日暇ある?」
放課後、そう俺は恋に切り出した。
「んー?無いけど…?」
「じゃあさ…どっか買い物行かね?」
「どこいくの?」
「商店街だな、着たら奢ってやるぞ?」
「行く!行く!絶対行く!…けどいきなりどうしたの?」
「いや、たまには二人でどっか行きたいなぁーって」
「ふーん…まぁいいかもね」
それから二人で黙々と商店街を目指す。
誘ったのは良いが二人とも会話がない。会話なんてどうにでもなると思っていたが…これはどうにかしなければな…
どうする?なんの話をしたらいいんだ?…そうか、なにか面白い事言って笑わせばいいんだ!
…でも面白い事なんて俺の持ちネタには無い……笑い話が無いなら下ネタで笑いをとる………これだ!
「れっ、恋!」
「どうしたの?」
「商店街見終わったらrararaラヴホテル行かないか!?」
「なっななななななな!?」
はっはっはっ、これで爆笑間違いなし。恋が笑いすぎて顔が真っ赤になっておるわ。
これでいい感じに商店街まで歩けるだろう…と思っているとなぜか真横から強烈な蹴りが飛んできた。
ノーガードの俺はなすすべもなく横に2mほど飛んでいった。
「ばっばかかあんたっ!そんなっ!ほ、ホテルとかまだはやいってか!こっちにも準備って言うか!!」
なにやら恋が言っている。そんなことより俺の体の心配はしないのか。
地面コンクリだったんだぜ?
「ったく…少しは俺の体のことも考えろっての……」
容赦なく蹴りやがって…
「なっ!かっかかかか体!?お前の体なんて知るかっ!!!」
「なんだと!?(俺の体のこと)どう思ってんだ!!」
「どう思ってるって……そりゃす…き……だけど…こっちにも準備ってもんが……」
こいつ…好きな物破壊するタイプのやつか!特殊な性癖だな!!!
それと準備ってなんだ!?あれか俺の体蹴りまくって下ごしらえってか!?
食われるのか俺!?食用!?蜜柑の非常食!?
「わっ、わかった。落ち着こう?なっ?だから俺を食べないでくれ?」
「えっ?食べるって……そりゃあいつかは食べたいけどさ…どっちかって言うと食べられたい…かな……」
こっ、こいつ!?食べられたいのか!どんだけ特殊な性癖なんだ!ってかそんなことされたら死ぬだろ!!
ともかく…恋は俺を食べる気だ!逃げなきゃまずい…殺される……
「わっ、わかった。とりあえず今は(買い物に)付き合ってくれ。」
こいつに肉を捧げなければ……
「えっ…う、うん…わかった。えっと…じゃあ、これからもよろしくね…?」
「お、おう……」
こうして俺の命は助かったのであった。
なんかずれてるような気がせんでも無いが……
そんなわけで商店街、まず入ったのは食品類が売ってあるスーパーである。
やっぱり最初にご機嫌をとっておかないと…俺が大量の肉を買おうと思っていると後ろから急に声がした。
「陽一?そんなにお肉ばっかりじゃ体に悪いよ?お肉以外も食べないと……」
いっ、いきなり呼び捨て!?しかも俺が大量に買いだめしようとしていた肉を戻してゆく…
私からは逃げられないと言うサインだろうか……?
「陽一は今日何がいい?作ってあげるよっ♪」
なんでこんなにご機嫌なんだ……怖い…怖すぎる………
「えっと……うなぎとか…ニンニクとか好き…だよ」
スタミナのつく料理をあげていく…
いつ恋が俺に襲い掛かるかわからんからな……
「もぅ…そんなに精力つく料理ばっかり……えっち」
どどどどどどどどどうしたああああああ!?
なにか俺が言ってしまったか!?えっちって!?えっちってなんだ!?!?
新しい料理方法か!?俺はとんでもないことを言ってしまったのか!?
「きょ、今日はやめてくれよ!?」
「大丈夫っ♪そんなにはやくえっちできないよ(心の)準備もあるし…」
どうやら「えっち」と言う調理方法は準備に時間がかかるらしい。
しかも今日中にできないと言うことは結構な、週単位で準備がかかるのかもしれない。
「いっ、いつえっちするんだ……?」
おそるおそる聞いてみる。
「もぅ…陽一ったら…がっつきすぎよ」
がっつかれる(食事的な意味で)のは俺だろう!?
もうやだ…けっきょく決行日はわからなかったし……
そんなわけでとりあえず肉を捧げる作戦は失敗に終わった…
スーパーの後は洋服屋に来た。
恋は下着売り場に俺を連れてきて。
「これ…似合うかな……?」
少し顔を赤らめながら恋が聞いて来る。
恋の手にあるのはもちろん女性用の下着であった。
この流れで行くと……「えっち」となにか関係があるのか…?
もしかして…こっ、こここここれを俺に着ろと言うのか!?
えっちと言う調理方法はどういうものなんだっ!?女装させて醜態をさらしながら俺は切り刻まれるのか?
怖い……怖いよ………
「あ、ああ。めちゃくちゃ可愛いよ。天使みたい。」
ここで機嫌を損ねて決行日が早くなるのは避けたい。
俺はとりあえず褒めちぎった。
「えへへっ…そんなこと言われるの初めてだからうれしいなぁ……」
よしっ!よくわからんが機嫌は損ねなかったようだ!
この後も恋を褒めちぎり買い物は終わったのであった。
帰り道、すこし薄暗くなった冬の夕方は厚着していても寒く冷たい。
「寒いねー…」
「そうだな……」
「んー……えいっ!」
俺の右腕に何かが取り付いたと思えば暖かい温度に包まれた。
何かと思えば恋が俺の腕にしがみついてきたのだ。
「これで…少しはましでしょ?」
上目づかいで恋が言う。
確かに俺の右腕は恋の体温で包まれ暖かかった。しかし…
「いや…確かに暖かくなったが……歩きにくくないか?これ」
「もー!そういうこと言わないの!」
「お、おう…そうか……」
黙ってしばらく歩く。なぜか行きとは違い二人に会話が無いもののそれが心地よい気分になった。
しばらくすると恋が口を開いた。
「陽一?お昼に言ってた仕事なんだけどさ…うちで働かない?給料もそれなりだし今なら私が特別に入れてあげても良いよ?」
「いや…それは……」
前も言ったとおり恋の家は「貸したお金を返して貰うために頑張る仕事」の家であまり安全とは言えないような仕事なのだ。
「大丈夫。今はお父さんが外国に行っちゃったから私にに一任しているの。だから…ね?」
「それでも…」
「一番の理由は陽一と少しでも居たいから…だめ?」
恋の目があまりにも真剣なので例の「えっち」の件とは関係ないのだろう。
ここでこれを断ってしまっても俺に金を稼ぐあては無い。なら……
「わかった。でも条件がある。」
「条件?何?」
「俺がやめたくなったらいつでもやめて良いと言う条件を飲むなら俺も働かせてもらおう」
「うん、わかった」
そうして俺は恋の家の「貸したお金を返して貰うために頑張る仕事」の一員になったのだ