10月24日(3)
「よっ、どうしたんだ青い顔して。拾い食いでもしたのか?」
仕事が終わって帰ってきたカルバドスが、ふさぎこむわたしに声をかけてきた。
「うん、ちょっとね」
「どうした? いつもなら『だれが拾い食いなんかするか!』って反論してくるのに」
「えげつない映像みちゃったのよ。ごめん、そっとしておいて」
真顔で言うと、わたしよりも経験を積んでいるカルバドスは、すべてを察したようだ。
二度ほどわたしの肩を叩き、そのまま立ち去っていった。
「はぁ、こりゃ当分夢に出てきそうだわ」
カルバドスと違い、わたしはこの仕事を始めてそんなに長くない。
わたしが仕事を始めたのは約三年前。かなりの新米に入る。
カルバドスは確か十三年ほどだけど、それでも古株ではない。
そして、わたしがこの世界で生まれたのも同じ時期だった。
仕事をしている人は、死んでここに来た人がほとんどだ。カルバドスもしかり、テラもしかりだ。
それでも一部、中界で生まれた人もいる。
わたしもその内の一人だ。といっても、ある程度の知識、常識は植えつけられていて、
体も元々この大きさだった。
つまり『生まれた』と言うよりは『造られた』と言ったほうが近いのかもしれない。
ただ、命令されたことしかできないロボットとは違い、自分の考えや意思も持って行動している。だから自分では『生まれた』と言っているのだ。
そんなわたしは、同僚から態度が冷たいと言われる。迎えに行った人の中には、わたしの言動でショックを受ける人も少なくない。
わたしは変な期待を持たせるよりも、真実を告げて理解してもらいたい――そう思っているだけなのに。
「はうぅ、死んだ人を迎えに行かなきゃいけないのに、さっきのビデオが頭から離れないよぉ……」
大きく深呼吸をしてみても、一向に改善へと向かわない。
「明日になれば少しは楽になるだろうから、誰かに頼んで代わりに行ってもらうか」
ちょうどその時、カルバドスがこちらへと戻ってきた。
手にはコップを二つ持っていて、その一方をわたしへと差し出す。
「ほら、水持って来たぞ。大丈夫か?」
「ありがとう。ところでさ、今日の仕事は終わったんだよね?」
「終わったけど、なにか用か? デートならだめだぞ。俺にはたくさんの……」
「わたしが担当だった人、代わりに行ってくれない? 気分が悪くてさ」
鼻を高くして、得意げに述べるカルバドスを無視して、さっさと話を進める。
カルバドスは優しく、頭を撫でてくれた。
「しょうがない奴だな。これは貸しにしとくぞ」
「ごめん、ありがとう」
「気にするな。困った時はお互い様だ。帰ってゆっくり休むといい。資料はどれだ?」
「はい、これ」
「おっ、女の人か、燃えるなぁ……って、迎えに行く時間はもうすぐじゃないか。行ってくる!」
カルバドスが出て行くのを見送ってから、次の日の資料に目を通す。
「明日はちゃんと行かないとね。鷹野信也君
だっけ……鷹野?」
なにかが引っかかった。さっきからわたしを苦しめ続ける映像のなにかに。
「そういえば優美ちゃん。最後に鷹野君って言ってなかったっけ?」
慌てて優美ちゃんと、信也君の資料を見比べる。
住んでいる地区、通っている学校、学年、さらにはクラスまでもが、すべて綺麗に一致していた。
「好きな人を数日前に亡くして、さらに自分はあんな死に方したっていうの?」
非情な運命――現実とはどうしてこんなに残酷なのか。
「まっ、分かったってどうしようもないんだけどさ」
資料を机の上に残したまま、わたしは家路へとついた。
今日はカルバドスの言葉に甘え、早く帰って寝よう。