10月24日(2)
机の方を向くと、わたしは資料の整理を始めた。といっても大した仕事ではない。
迎えに行く人はそれぞれの案内人で決まっているので、迎えに行く時刻、場所を整理、復習するだけだ。
「えっと、今日は玖珂春子さん。明日は鷹野信也君。明後日は……」
担当になっている人物の集計表を、口に出しながら確認していく。
「明々後日は美祢薫さん、その次が山倉優美ちゃんか。そういえば、この子のDVってま
だ見てなかったっけ」
DVとは、わたしたちが迎えに行く人が死ぬ瞬間が録画されたビデオテープである。
内容を詳しく説明し、死を認識しない死者に納得させるため、案内人が確認しておかなければならないものだ。
「ちょうど迎えに行くまでに時間があるし、パパッと見てこようかな!」
人の死んだ瞬間を映し出すビデオがあるのは、仕事場とは少し離れた場所だ。
部屋の中はビデオデッキとテレビ、それに赤いソファー。入り口の側にはパソコンが置いてある、ただそれだけの部屋だ。
パソコンの電源を入れると、名前とパスワードを入れるように表示された。
「名前は、ミリア=ミリス。パスワードは@*##@@*+っと」
口に出しながらパソコンを操作するキーボードを打つと、今度は死亡者名を入れるように表示された。
「えっと、山倉優美っと」
打ち込みを完了すると、側にあった四角い穴から一本のビデオテープが出てきた。ラベルには『山倉優美 享年十七歳』と書かれている。
「さてと、再生、再生」
テープをビデオデッキに入れて、再生ボタンを押す。何やらサーカス会場のような場所が映し出された。
満員御礼の会場は、少なくとも三百人はいるだろう。
ソファーに腰をかけ、画面に目をやる。そこには大きく優美ちゃんの姿が映し出されていた。
会場の一番前の席に座り、サーカスを眺めていた。愁いを帯びた表情は、あからさまに寂しそうだ。
「サーカス会場? こんなところでどうなったら死ぬのかしら?」
疑問を胸に秘めたまま、目を画面に釘付けにする。
サーカスから一転して死の予感を感じさせたのは、その直後だった。
突然に、画面左から光が差し込んできた。薄暗い会場が、まばらに明るくなっていく。
直後、どこかに設置されているであろうスピーカーから、かすれ気味の音声が聞こえてきた。
「会場の皆様! 落ち着いてください! ただいま場内に爆弾が仕掛けられているのを発見いたしました! すぐさま避難していただけるよう、お願い申し上げます!」
楽しむはずのサーカス会場に、怒声や号泣がこだまし始めた。
だけど、優美ちゃんは落ち着きなく辺りを見回しながら、歩くように出口へと向かっている。
「な、なにやってるのよ、この子!」
思わず叫び、ソファーから立ち上がると、テレビのすぐ前へと移動した。
張り付いて観察すると、彼女は右足にギブスをはめていた。骨折して思うように身動きが取れないらしい。
「まだ時間はあります! 落ち着いてください!」
係員の指示と多数の出口で、二分を経過する前には、人影は見当たらなくなっていた。
優美ちゃんはその頃になっても、ようやく出口までの距離の半分までしか進んでない。
「よし、全員退避したか!」
「はいっ、団長! いや、まだあそこに女の子が! 早く逃げるんだ!」
心配そうに優美ちゃんを指差しながら、声が続く。
「どうやら骨折で動けないようです。助けに行きましょう!」
時計を確認して、団長は助けに行こうとする若者を止めた。
「ダメだ。もう間に合わん。早く退避しなければ我々も命を落としてしまう」
「で、ですが!」
「緊急避難だ。これ以上、団員を危険な目に遭わせるわけにはいかん! 退避しろ!」
そのまま係員が、会場から去っていく。
一歩、また一歩と確実に歩みを進め、優美ちゃんは出口を目指していた。
「もう、いいや。鷹野君、わたしもそっちに行くよ……」
優美ちゃんが力尽き、その場に膝をついた瞬間だった。
無情にも優美ちゃんは爆音に巻き込まれていた。
光熱に背後から押され、優美ちゃんの全身は引きちぎられるように細切れになり、肉片となって、吹き飛んでいく。
まるで潰れたトマトのように、血液が弾け飛ぶ。
「うっ!」
わたしは思わず、テレビ画面から顔を背けてしまった。何度も人の死ぬ瞬間を傍観しているわたしでも、胃液が逆流してしまいそうな有様だった。
よろめきながら、ソファーへと倒れこむ。気がつくとビデオは終わっていて、画面は
砂嵐状態だった。雑音が延々と流れている。
「夢、じゃないわよね?」
思わず口走ってしまうほど、あの瞬間は強烈だった。
わたしは力なくビデオを元に戻し、胸元を押さえながらビデオルームを出た。油断すると、嘔吐しかねない。
ふらつく足取りで職場へと戻り、コップ一杯の水を一気に飲みほす。
「やなもの見ちゃったなぁ」
自分の机に戻り、椅子に腰をかける。それでも気分は晴れなかった。
これほどまでにひどい死に方は、未だかつて見た試しがない。
資料を調べると、あの爆発は自殺願望を持つ男が設置したらしい。
自分ひとりで死ぬのが怖いからと、あれだけ多くの人間を巻き込むつもりだったのだ。
偶然とはいえ、サーカス団員が爆弾の一つを発見したことで、被害は最小限に食い止められた。その被害者の内の一人が、優美ちゃんとなる。
山倉優美という人物は運動神経抜群だったらしいので、あの骨折さえなければきっと逃げ出せたはずだ。
だけど、運命は時として残酷なもの――その運命に逆らえる人など、存在しないのだ。