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10月26日(3)

 いつの間にやら眠っていたらしく、気がつくと窓の外が暗くなっていた。枕に染み込んだ涙の痕が、冷たく頬を撫でる。

 部屋を出て、階段を下りてくると、ちょうど信也君が家に帰って来たところだった。なにやらお母さんと会話をしているらしい。

「どうだった?」

「うん、大分元気になってるみたいだよ。もう大丈夫じゃないかな?」

 靴を脱ぎつつ、笑顔で答えている。

 わたしがこんなにも悩んでいるのに――そう思うと、何だか急に腹立たしくなった。

「本当に大丈夫かしら?」

 わたしが声をかけると、信也君は一度動きを止めてから、わたしを見上げてきた。

「姉さん……」

「優美ちゃんは、信也君が側にいるから元気なだけ。あなたが側にいなくなったら……」

「そ、そんなわけないだろ!?」

 信也君は家に入ると、即座にわたしの口を塞いだ。そのまま階段上へと連行する。

 お母さんはわたし達の言動に、疑惑の念を抱いていたようだった。

 信也君の部屋へと押し込まれ、ようやくわたしは解放された。慌てて信也君が部屋の扉を閉める。

「全部ばれたらどうするつもりだ!」

 信也君の怒りはもっともだ。わたしは素直に謝ると、わけを簡単に説明した。

「ごめん。ちょっとしたやつあたりなの」

「やつあたり? どうしてやつあたりなんかする必要があるんだ?」

 その問いに、わたしは答えなかった。正確には答えられなかった。

 信也君のサポートに来たわたしが、逆に信也君からサポートされるわけにはいかない。

「明日から、修学旅行だよね?」

 代わりに尋ねると、信也君はそれ以上何も聞いてこなかった。

「ああ……」

「優美ちゃんも?」

「残念ながらね。でも絶対に山倉を死なせはしない。もちろん後を追わせたりもしない」

 どうやって阻止するかは分からなくても、信也君の気持ちは痛いほど分かった。わたしを訪ねてきた聡史君と、同じ気持ちだろう。 

「信也君、なんでそんなに落ち着いていられるの? もうすぐ、好きな人とお別れだよ? 次はいつ会えるか分からない。それなのに、どうして?」

 意に反して、わたしは聞いてしまった。これでは自分から悩みを暴露しているようなものだ。

 だけど、信也君はそこには触れず、真剣にわたしの問いへの答えを考え、導き出した。

「ミリア、前に言ってたろ? 今は自分がやるべきことをやれって。多分そのおかげじゃないかな?」

「自分がやるべきこと? そんなこと、言ったっけ?」

 自分では覚えていなかった。だけど、信也君の心には強く残ったらしい。

「言ったさ。だから僕は、自分がやるべきことを全部やってる。それで山倉を助けられなければ仕方がないさ。それに『あなたは明後日死にます』って、急に言われたんなら落ち着いていられないけど、明後日死ぬのは、前から決まっていたからね。だから落ち着いてられるんだと思う。本当のところは自分でも分かんないけどね!」

 そう言って信也君は笑い飛ばす。わたしは笑う気になれなかったけど、ただ、サポートとしての役割を十分に果たせていた自分を、褒めてあげたかった。

 そのおかげで、今現在のわたし自身も、救われたのだから。

「なぁ、何があったんだ? 最近のミリア、ちょっとおかしいぞ?」

「なんでもない。なんでもないの」

 わたしは信也君を押しのけて、自室へと帰ろうとした。

「待てよミリア!」

 背後からの信也君の声に、振り返る。

「信也君、頑張ってね。応援してるから。絶対に優美ちゃんを救わなきゃダメだよ?」

 それだけ言うのが、やっとだった。これから先は信也君の力になれない。

 自室へと戻ると、すぐにノックの音が聞こえてくる。きっと信也君のものだろう。

 わたしはそれを無視して、ベッドへと腰掛けた。

「自分がやるべきことをやる……か」

 自分で言った言葉のくせに、さっきまでのわたしからは、消えうせていた考えだった。

 今のわたしがやるべきこと。それは後悔をしないために、聡史君に会いに行くことだ。

 何もしないで過ごすというのは一番、消極的な考えだ。ただ逃げているだけで、何も変わらない。

 逃げる行為は、必ず後悔の元になる。それを教えてくれたのは聡史君だ。

 もっとも、それも最初はわたしが、聡史君へと伝えたのだけれど。

 わたしは愛情という初めての経験で、自分を見失っていたのかもしれない。

「行こう! どうなってもいい。何もしないで後悔はしたくない!」

 信也君と聡史君、二人のおかげでわたしは自分の意思を取り戻し、決断できた。

 やるべきことをやり、後悔しないですむように全力を尽くす。中界に帰っても、この一週間を振り返れるように。

――いつか聡史君と、明日という日を笑顔で語り合えるように。


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