10月25日α(5)
その顔には目的を達成した充実感が、一転の曇りもない笑顔になって現れている。
わたしは無言で、信也君の側へと近づいていった。
「ミリアか……遅かったな」
信也君がわたしに気がつき、声をかけてくる。
「そんなことより、ちょっと話があるの」
「話?」
「いいからついてきて」
わたしは信也君の手を握ると、廊下を歩き始めた。
「どこ行くんだよ」
「いいから」
信也君を黙らせてから、黙々と廊下を進んでいく。吉沢総合病院を出ても、わたしたちは無言だった。
わたしは聞かなくてはならない。あの言葉の真意を。ずっと一緒にいるなんて不可能なのだから。
途中、わたしたちは公園の前に差し掛かった。聡史君がいじめられ、わたしとの出会いを果たした――あの公園だ。
先ほどまで子どもが遊んでいたのか、砂場には作りかけのお城が、自らの完成を心待ちにしているようだ。
ただ、すでに子ども達は帰ってしまったようで、今は誰もいない。
別に目的地があったわけではなく、人気のない場所なら、どこでもよかった。
わたしは公園へと入っていくと、ベンチへと腰をかけた。信也君は立ったまま、自分の行動に疑問すら抱いていない。
「どうしたんだよ、ミリア」
「優美ちゃんを助けられたのは、さすが信也君といったところね。おめでとうと言っておくわ」
最初にそこだけは褒めてあげたかった。わたしの胸のつかえも、とれたのだから。
もっとも、新たなる胸のつかえも、信也君のせいで生まれたけれど。
「ああ、ありがとう……」
「問題はその後だよ。信也君、優美ちゃんになんて言った?」
「えっと……僕の家に住んでもいいって」
「その前よ!」
論点を理解していない信也君に、苛立ちが募る。まだ自分の失言に、気がついていないらしい。
「な、何をそんなに怒ってるんだよ?」
「いいから!」
信也君はふてぶてしく、口をへの字に曲げていた。それでも自分の言動を思い出したらしい。
「確か、ずっと一緒にいるよって」
「それよ!」
わたしは怒りに身を任せ、信也君の胸倉をつかんでいた。
「は、放せよミリア!」
すぐに抵抗してくる信也君。だけど、離すわけにはいかない。わたしの苦渋の選択を、あっさりと破棄した信也君から、答えを聞くまでは。
「信也君は来週の火曜日には死ぬのよ! もう分かってるはずでしょ!」
「とりあえず、落ち着けって!」
わたしの腕を力ずくで振り解き、睨みつけてくる信也君。涙が溢れそうなのをこらえつつ、さらに問い詰める。
「ずっと一緒になんて不可能なのよ! どうしてあんなことを言ったの!」
「じゃあなにか? 火曜日に死ぬから、ずっと一緒にいるなんて無理ですって、答えればよかったのか? そうやって山倉を絶望に追い込めっていうのかよ?」
「そうじゃない、そうじゃないけど! あんなふうに断言しなくてもよかった! このままじゃ信也君が死んだら、優美ちゃんは信也君の後を追うかもしれない!」
「大丈夫だよ。吉沢や三村がなんとかしてくれる。僕がいなくたって、山倉は……」
わたしは信也君の手を振り解いて、鼻先に指を突きつけてやった。信也君が怯みつつ、一歩後退する。
「じゃあ聞くけど、信也君が逆の立場になったとしたら、平穏にやっていける自信があるの? 愛する優美ちゃんを失っても、励ましてくれる友人がいれば、それで満足だっていうの?」
わたしが告げると、信也君の動きはあっさりと止まった。
ほんの少しの間だけ考え込んで、信也君は声を張り上げた。
「ぜ、絶対に自殺なんてさせない!」
わたしは唖然としてしまった。この期におよんで、まだ自分の非を認めようとしない。
「どうやって?」
「それは……今から考えるさ!」
無責任にもほどがある。わたしは思い切り信也君を突き飛ばした。
無様に尻餅をついた信也君が、苦痛に顔をゆがませる。
「話にならないわ。やれるもんならやってみなさいよ! もしも優美ちゃんが後を追ったら、信也君なんて地界行きなんだから!」
わたしはそのまま、公園から走り去った。
これ以上信也君と話すこともないし、話したくもなかった。
家に帰ったわたしは、わき目も振らずに自分の部屋へと飛び込んだ。布団を頭からかぶり、絶叫する。
「うわあああああああ!」
あっという間に枕が、涙でびしょびしょに濡れていく。それでも気分が晴れなかった。
わたしが間違っていたのだろうか――自分の気持ちに嘘をついてまで、聡史君の望みを断ったわたしが。
それとも、信也君が間違っているのだろうか――優美ちゃんを安心させるため、望んでいる答えを渡してあげる。たとえそれが、最終的には嘘になるとしても。
わたしたちは同じように、ずっと一緒にいたいと言われ、その言葉に対し、二人とも嘘をついた。
わたしは自分の気持ちに、信也君は三日後に襲ってくる自分の運命に。
だけど、二人には決定的な違いがある。信也君には満面の笑顔があり、わたしには気だるい苦しみしかない。
だとすれば、やはり間違っていたのはわたしなのか――。
「もう嫌だ! 人を好きになんてなりたくない! こんなに苦しい想いを味わうなら、人を好きになる必要なんてない!」
わたしは残りの三日間、家でおとなしく過ごそうと心に決め、眠りについた。
――眠ってしまえば、何も考えずに済む。
そんなわたしの希望的観測は、夢という世界であっさりと砕け散った。
夢の中でわたしは中界の人間ではなく、現界人として生まれていた。聡史君と出会い、告白され、わたしは何の迷いも無しに承諾していた。
そこに、瞳を不気味に覗かせた、カルバドスが現れる。中界の人間であるわたしを迎えに来たというのだ。
「違うの! わたしは現界人なの! 聡史君と一緒にいさせて!」
わたしの叫びもむなしく、二人の仲は無理やり引き裂かれた。
そこでわたしは目を覚ました。夢の内容を思い出し、苦笑――というよりも冷笑が自然と生まれてくる。
「夢の中でも、バッドエンドだなんて……最低だわ」
連れ去られるわたしの前で、号泣しながらわたしの名前を呼ぶ聡史君。そのようすを思い出し、わたしはまたベッドの上で泣き崩れた。