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10月25日α(2)

 九時半を回った頃、何度目かの出入り口の開放に目をやる。ようやく現れた、目的の人物――信也君。

 わたしは気合を入れると、カウンターに座ろうとしている信也君に声をかけた。

「あれ? 信也じゃない」

 振り向いた瞬間、信也君の口が大きく開いていた。丸くなった双眸が、わたしを的確に捉えている。

「ミリ……姉さん! どうしてここに!」

「どうしてって、デートに決まってるでしょう?」

「デートって……」

「デートだなんて、そんな……」

 小声でつぶやく、聡史君の声が聞こえる。

 そして勢いよく立ち上がると、信也君に向かって深々と頭を下げた。

「は、初めまして。竹下聡史です」

 信也君は何か不満があるのか、聡史君には軽く会釈をするだけで、すぐにわたしへと向き直った。

「あのさ、姉さん……」

「わたしよりも、信也こそどうしたの? まさか優美ちゃんをほったらかしにして、不倫でもしてるんじゃ……」

 わたしはにべもなく、信也君を突き落とした。時間は一分一秒でも欲しい。無駄な話をしている暇はなかった。

「ま、まさか! ちょっとこの子を助けたから、お礼にコーヒーでもって……」

「それで、優美ちゃんをほったらかしにしてるわけだ」

「そういうわけじゃ……」

「あーあ、信也君の愛情なんて、そんなもんだったのね」

 信也君の良心を、するどくえぐる。

 すると、信也君は親子に向かって、頭を下げていた。

「あの、すみません……やっぱりいいです。僕はちょっと用事があるんで」

「そうですか……」

「よかったら、そこの二人にご馳走してあげてください。僕の姉とその彼氏で、初デートらしいんです」

 別にそこまでは望んでいなかったけど、話が丸く収まるならと、黙っている。

「わかりました。では、そうさせてもらいます。今日は本当にありがとうございました」

「お兄ちゃん、ありがとうね!」

「もう道路に飛び出しちゃだめだよ?」

「うん!」

 少女の頭を撫でると、信也君はチュ・タークから飛び出して行った。優美ちゃんの家へと向かうのだろう。

 これでわたしの役目は終わった。というよりも、わたしの出来る限界ギリギリのお手伝いだった。

 信也君がどうして優美ちゃんを守れなかったかを、エンマ様に説明しなかった――それが最大の要因だった。

 信也君がチュ・タークに来るのを知っているのは、わたしとカルバドス、それに現生課の博美ちゃんだけ。エンマ様は知らない。

 わたしは信也君に、優美ちゃんの死を伝えていない。もちろん、わたし自身が優美ちゃんを救っているわけでもない。

 ただ、優美ちゃんが母親に殴られるよりも早く、信也君を優美ちゃんの家へと向かうよう誘導した――ただ、それだけだ。

「じゃあ、これは払っておきますので……」

 信也君と一緒に来た親子連れが、テーブルの上にあった伝票を持っていく。

そのままレジで会計を済ませると、会釈をしてチュ・タークから去っていった。

 ようやく人心地つき、グラタンを口へと運ぶ。まったりとした歩ワイトソースが、濃厚な甘みを引き出し、幸せな気分にさせてくれる。

 目的を果たした達成感や、朝食を抜いた空腹も相成って、わたしはグラタンを瞬く間に平らげてしまった。

「さっきの人が、美利亜の弟なの?」

 食事を終わるのを待ってから、聡史君が質問してくる。

「うん。そうだけど……」

「なんだか、怖そうな人だったね?」

「そんなことないよ。自分よりも相手の気持ちを大事にできる、いい子だと思うよ」

 だからこそ、エンマ様は信也君にチャンスを与えたのだ。

「そっか。まあ初対面だし、長く付き合わないと分からないってのもあるよね」

「そうそう。わたしも最初は分からず屋の意地っ張りだと思ってたもの」

「最初は? なんだか最近、知り合ったみたいな言い方だね?」

 言われて気がつく。弟として一緒に暮らしていたなら、最初なんて言葉は出ないはず。

「そ、それより、早く遊園地に行こうよ!」

 慌てて話題を変える。下手な嘘はいつものように、自分を苦しめるだけだろう。さっきのように難なく切り抜ける自信はない。

「えっ? でも気分が乗らないんじゃ」

「もう大丈夫。単にお腹が減ってただけみたい。さっ、早く行こう!」

 わたしはやるだけのことはやった。後は信也君が優美ちゃんを救うだけ。

 そして、信也君は優美ちゃんを救うだろうという、確信もあった。

 それならば、わたしもわたしの目的を果たそう――そう思えてきたのだ。

 わたし達はチュ・タークから出ると、バスに乗って遊園地へと向かった。

 素早く流れていく景色が、わたしの瞳を捉えて離さなかった。中界の乗り物で、こんなにもスピードの出る乗り物はない。

 三十分ほどバスに揺られ、わたしと聡史君は遊園地の前についた。

 園内から流れてくるリズミカルな音楽に混じって、子ども達の歓声が聞こえてくる。

「乗り物フリーパスで、五千円だって。美利亜はお金、持ってる?」

「五千円? じゃあこれで」

 わたしはお母さんから受け取った一万円札を出すと、五千円のおつりが返ってくる。

 中に入るだけで残金が半分になった。少し自分の所持金に不安を覚えてくる。

「そういえば、さっきのバスのお金は?」

 ふと気がついて、尋ねる。ああいった公共の乗り物は、現界ではタダでは乗れないという話を、聞いたことがあった。

「ああ、大丈夫だよ。あれは遊園地への直通バスで、運賃は無料なんだ」

「へぇ、そうなんだ」

「それよりも、早く行こうよ。楽しい乗り物がいっぱいあるからさ!」

「うん! 楽しい乗り物、いっぱい乗ってみたい!」

 園内に入ったわたしは、子どものようにはしゃいで駆け回った。

 もしかすると、普通の子どもよりはしゃいでいたかもしれない。


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