10月24日α(6)
苦笑いでその場を濁し、自分の部屋に戻ろうと玄関を横切った時、玄関の扉が開いた。ようやく帰ってきたらしい。
「ただいま」
「あ、お帰り信也! 優美ちゃんは?」
尋ねると、それに答えるかのように、信也君の背後から優美ちゃんが姿を現していた。
「ゆ、優美ちゃん!?」
なぜ優美ちゃんがここに――混乱している脳裏に、さらに追い討ちがかかる。
「えっ? わたしの名前、どうして知ってるんですか?」
「あ、そ、それは、その……」
慌てて弁解を考えようと、必死になる。それよりも早く、信也君が苦笑いで答えた。
「ちょっと前に、山倉の話を姉さんにしたんだよ。どんな人かも話したから、想像通りの姿だったんじゃないかな?」
平然とごまかす。さすがは信也君だ。
何度も首を建てに振ると、それだけで優美ちゃんは納得したようだ。
「そうだったんだ。これからよろしくお願いしますね、お姉さん。えっと、名前は……」
「み、美利亜です! 初めまして! よ、よろしく!」
「美利亜さんですね。こちらこそ、よろしくお願いします」
差し出してきた優美ちゃんの手を、汗を服で拭ってから握り返す。
それにしても、信也君はどういうつもりなのだろうか? わたしの助言を完全に無視しているとしか思えなかった。
「姉さん、山倉を僕の部屋へと案内してくれない?」
信也君に呼ばれて、わたしはようやく我に返った。
「わかった、こっちよ」
わたしが階段の上に促すと、微笑んだまま優美ちゃんはついてきた。
明日死んでしまうという、自分の運命も知らずに――。
「さ、ここが信也君の部屋よ」
扉を開けると、興味深そうに優美ちゃんは覗き込んだ。特に珍しいものはないけれど、整理はきちんとされている。
「へぇ、ちゃんと整理整頓してるんですね、鷹野くんって」
「そうだね。どっちかって言うとわたしの部屋の方が汚いかも」
わたしが冗談交じりに言うと、優美ちゃんは小さな声で笑っていた。
「それじゃ、飲み物でも持ってくるから。その辺に座っていれば、信也君もすぐ来ると思うし」
「はい!」
元気よく返事をした優美ちゃんを部屋に残し、台所へと向かう。
はたから見ても、優美ちゃんは文句なしにいい子だった。
資料ではわからない、優美ちゃんの内面の優しさや明るさが、にじみ出ている。
冷蔵庫の中からお茶を取り出すと、ガラスのコップを二つ用意する。
だけど、急いで優美ちゃんの下へと戻ろうとしたのがいけなかった。
階段で思い切り蹴躓いたわたしの手から、コップが束縛を逃れた。
そのままコップは綺麗な放物線を描き、床へと着地する。もっとも、その体はバラバラに砕け散ってしまったけれど。