10月24日(1)
十月二十四日 金曜日
「すみません。遅れました!」
大きな声で謝りながら仕事場に入ると、同僚の視線が一斉に集中した。男も女も白いローブに緑色の腕章である。
緑色の腕章は、案内人という役職の区分を示し、白色のローブは死んだ人に清廉潔白さを第一印象として与えるためだ。
それもこの狭い職場の中に集まれば、白いカーペットの所々に、緑色のシミが付着しているように見える。
一度わたしに集中した視線は、一瞬にして散開していた。
一人を除いた全員が『またミリアか……』といった呆れ顔で、仕事へと戻ったのだ。
「ミリア、こっちに来い」
除かれた一人がわたしを呼びつける。黒いローブをまとい、緑の腕章をつけたテラだ。
なぜ彼だけが黒いローブかと言うと、最高責任者である証明と同時に、死んだ人を迎えに行ったりしないからだ。
仕事熱心で、趣味なんてなさそうだけど、女の目からも美しいと思う奥さんと結婚しているので、愛妻家ではと噂されている。
「今月、きみの遅刻は何回目だ?」
「えっ、えっと、何回目でしたっけ?」
「二十回目だ!」
怒鳴り声と同時に、テラは机を力を込めて叩いた。
辺りには轟音が響き渡るも、周りにいた同僚は眉一つ動かしていない。
「いいか? 今日は二十四日だ。そして君の遅刻は二十回目。要するに君は今月遅刻しなかった日は四日しかないんだぞ!」
「はいっ、申し訳ありません」
「そんなに朝寝ていたいのなら、夕方の部署に移ってもらったっていいんだぞ」
わたしたちの仕事は、同じ仕事でも違う時間帯で、部屋も三つに分かれている。
朝から夕方にかけて、夕方から夜、そして深夜から朝にかけてだ。
人は二十四時間、いつでも死ぬ可能性がある。それに対応するため、こうして三分割しているのだ。
わたしはその中で、朝から夕方にかけて働いている。この時間帯以外は、絶対にやりたくない。
夕方から夜にかけては、家でお酒でも飲んでのんびりしたい。ましてや深夜は寝る時間であり、仕事をするなんて考えられない。
「確か深夜に、空きが何席かあったな……」
「二度と遅刻はいたしません。お願いですから深夜は勘弁してください!」
泣いてテラに頼み、土下座して、やっと許してもらえた。
――もちろん嘘泣きだったけど。
中界での仕事は絶対になくてはならないものだけど、それ以外――生きてた時に得た技術を利用して、仕事をする職人なんかは、趣味でやっているようなものだ。
「これが今日の仕事だ。まだ時間はある。担当する人の資料でも整理するんだ」
「は、はい、申し訳ありませんでした」
嘘泣きを続けつつも、心の底では笑いながら、わたしは自分の席へと戻っていく。
「あ、そうそう」
不意に声がして振り返る。テラはわたしを嘲るように見下していた。
「君は嘘泣きが下手すぎる。もっと練習しておくんだな」
ビクッと体を震わせると、テラは小さく鼻を鳴らし、ほくそ笑んでいた。
「なんでばれたんだろ」
頭をかきつつ、わたしは自分の席へと着いた。横では同僚のカルバドスが、声を殺して笑っている。
無精ひげにあどけないスマイル、つんと逆立った髪の毛が、天井へと向かって伸びている。
ナンパをこよなく愛するカルバドスは、女好きで手が早い。そのせいで、よく女性とのいざこざにも巻き込まれている。
それでも何気に人気があるらしいけど、わたしには気楽に話せる同僚でしかない。
「相変わらず懲りないな、お前は」
「なによ、カルバドスだってさ、よく遅刻するじゃないの」
「おれはミリアとは違うさ。なんせ一週間に一回のペースだからな」
カルバドスの笑いが辺りに響き渡る。テラがうるさそうにこちらを睨みつけているが、
カルバドスには関係なかった。
主従関係が嫌いらしく、だれと話す時も気さくに話してくれるのだ。
わたしのような後輩にも優しく、自分が納得いかないことは、たとえテラが相手でも反論する。もしかしたらそこが人気の秘密かもしれない。
「回数なんて関係ないでしょ。遅刻は悪いことなんだから」
「だったらどうして遅刻するんだよ」
カルバドスの問いにわたしは人差し指を立てると、二、三度その指を振った。
「わたしだって女の子なんだから、朝の身だしなみとかいろいろあるのよ」
「身だしなみに気をつけてるなんて、見栄はるなよ。頭の寝癖がいい証拠だぜ」
「えっ!?」
自分の髪をまんべんなく触ってみる。
だけど、どこにも寝癖特有の髪が跳ねた感触はなかった。
「どこにも寝癖なんて、ないじゃないの!」
「その慌て振りを見た限り、身だしなみに気をつけてるとは思えないな」
――やられた。愕然としてカルバドスを見やると、カルバドスはわたしに指を差して笑い転げている。
「相変わらず嘘が下手だな、お前は」
「わ、悪かったわね! 嘘なんて下手でいいのよ!」
「負け惜しみだな」
「フンッ!」
そっぽを向くと、カルバドスは一層大きく笑い飛ばし、椅子から立ちあがった。
「はぁ、笑った笑った。おれはそろそろ迎えに行くけど、ちゃんと仕事するんだぞ」
念を押すと、手に資料を握ったまま、カルバドスは去っていった。
その代わりに、テラからの鋭い視線が、わたしを突き刺してくる。
「さてと、テラになにか言われない内に、仕事をしましょうかね」