10月24日α(2)
「どうすれば、どうすればいいの……だいたい信也君は、こんな大事な時にどこにいってるのよ……」
わたしはDVを元に戻し、ビデオルームを後にした。そのまま駆け足で、生前の映像を管理している現生課へと向かった。
現生課では、生まれてから死ぬまでの映像がすべて管理されている。莫大なデータを管理するため、その規模も人員も大きい。
「あの、すみません!」
茶色の腕章をつけた、眼鏡をかけた現生課の女性に尋ねる。名前も知らない人だけど、そんなことはこの際関係ない。
「なんですか?」
「あの、鷹野信也っていう子の、生きているときの映像が欲しいんですけど……」
「アンタ案内課でしょ? 死ぬ瞬間の映像なら編集課じゃないの?」
「死ぬ瞬間の映像じゃなくて、生きている時の映像が見たいんです」
眼鏡を一度上げてから、女性は何やら書類を書き始めた。
「ふーん、あなたの名前は?」
「えっと、ミリア=ミリスです」
「ミリア? ミリアっていったら中界一の嘘下手のミリアでしょ? そばかすにずんどうの女の子で、あなたとはまるっきり違うわ」
「それはその……わけあっていまはこの格好なんです」
「わけ? どんなわけよ?」
「それは……」
説明できるはずがなかった。生き返らせてもらった信也君のサポートとして、現界にこの格好で住んでいるなんて――。
気がつくとわたしは現生課を飛び出していた。その足は、わたしの職場――案内課を目指していた。
勢いよく案内課の扉を開けると、全員がわたしに釘付けになった。
まったく知らない人が、白いローブに緑の腕章の制服姿なのだ。当然だろう。
だけど、一人だけ驚きながらもわたしの正体を察していた人物がいた。昨日、渾身の右ストレートを食らったカルバドスである。
「ど、どうしたんだよミリア、こんなところで油を売ってていいのか?」
「いいから来て!」
「お、おい!」
わたしはカルバドスの手を引いて、現生課へと引き返した。先ほどの眼鏡の女性の前にカルバドスを突き出し、まくしたてる。
「ほら! カルバドスよ! 彼は本物だし、わたしがミリアだっていう証人でもある! だから早く映像を見せて!」
突然の事態を把握できないなりに、カルバドスはわたしの目的を察知したようだった。
「博美ちゃん」
カルバドスが女性に声をかける。どうやら博美という名前らしい。
「よくわかんないけどさ、こいつはミリアだし、見たい映像ってのを見せてあげてくれないかな?」
「は、はい! カルバドスさんの願いならどんなことでも!」
博美ちゃんの態度は、明らかにわたしの時と違った。どうやら彼女をカルバドスの毒牙にかかった一人らしい。
「誰のどの映像が見たいんですかぁ? ミリアさぁん」
先ほどとは打って変わって、猫なで声を発する博美ちゃん。沸き起こる悪寒を抑えながら、わたしは博美ちゃんに告げた。
「名前は鷹野信也。見たい映像は、明日の十時ぐらいかな?」
「分かりましたぁ。ちょっと待ってくださいねぇ」
尋常じゃないスピードで、キーボードを打ちまくる。
わたしの望んだ映像は、あっという間に博美ちゃんのパソコンへと表示されていた。
「ミリア、この映像がどうかしたのか?」
カルバドスの質問を無視して、わたしは食い入るように映像を見つめた。
信也君は横断歩道の側で、ぼんやりと立っていた。時折通行人を観察しながら、何かを待っているようにそわそわしている。
「そっか、明日は信也君の命日……」
見覚えのある横断歩道で、わたしだけは察していた。なぜなら、わたしは信也君のDVを確認しているから。
信也君はこの場所で、少女をかばって死亡する。それはつまり、信也君がいなければ少女が死亡することを意味する。
それに気がついた信也君が、再び少女を助けるために、この横断歩道を訪れてもおかしくはない。
予想通り、信也君は少女を助けた。そして少女の母親に、お礼がしたいとせがまれている。
信也君はそのまま親子についていき、駅前の喫茶店『チュ・ターク』に入っていった。
しばらく談笑した信也君は、親子と別れて優美ちゃんの家へと向かった。
門に備え付けられたインターホンを鳴らすも、優美ちゃんは出てこない。
さっきみた優美ちゃんのDVで聞こえたインターホンは、どうやら信也君が押したものらしい。
「もういいよ。ありがとう」
わたしは博美ちゃんにそう告げると、ふらつきながら現生課を出た。途中で足をからませて、こけそうになるのを、カルバドスが支えてくれる。
「大丈夫か、ミリア」
「う、うん、大丈夫。とりあえず、エンマ様に相談してみるよ」
「俺じゃだめなのか?」
「うん……ゴメンね、カルバドス」
カルバドスの手を振り払い、わたしはエンマ様の元へと向かった。ほんの数メートルの距離が、果てしなく遠く感じた。