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10月23日(2)

「大丈夫?」

「あ、あなたは……」

 頬を染めながら、聡史君が尋ねてきた。

「えっと、わたしは……美利亜だよ」

 一瞬、ミリア=ミリスと自己紹介しようとして、息が詰まる。職業病というか癖というか、危ないところだった。

「美利亜さん? 苗字は?」

「えっと、鷹野……そう、鷹野よ」

「鷹野美利亜さんですか……」

 聡史君はわたしの腕の中から、おもむろに起き上がった。どこかに痛みが響いたのか、苦痛で顔をゆがませる。

「僕は、その、竹下聡史です。あの、助けてくれたんですよね?」

「あ、うん、まあ……大したことはしてないけどね」

 消えた瞬間を見られてないのは、幸いだった。種も仕掛けもないけれど、説明には苦労しそうだから。

「ありがとうございました……」

「いえいえ、どういたしまして。傷口は拭いておいたけど、帰ったらきちんと消毒しておいたほうがいいよ?」

「はい。何から何まですみません」

 礼儀正しい子だな――それが聡史君の印象だった。こんないい子を虐めるなんて、納得がいかない。

「あのさ、よかったら、お姉さんに話してみない?」

「……なにをですか?」

 警戒心を露にする聡史君。わたしは両手を振って、無抵抗を示していた。

「あの子達にお金を請求されて、虐められてるんでしょ? 相談に乗ってあげようか?」

「でも……」

「誰にも言わないし、一人で悩むよりはずっと楽になれると思うけど?」

 上目づかいでわたしの顔色ををうかがいながら、聡史君はぼそぼそと話し始めた。 

「お金を……あいつらにせがまれるんです」

「そういえば、三万円がどうのこうの言ってたわね」

 中界でのお金の単位はペソミだけれど、さすがに現界のお金の単位は知っている。

 ただ、それがペソミに換算した時、どのくらいの価値になるのかは分からなかった。

「お金を持ってこないと殴られちゃう。だけど、もうあいつらに払うお金なんてない。これから先、ずっと殴られちゃうんだ……」

 しおれていく花のように、ぐったりと力が抜けていく。

 わたしは少し考えてから、聡史君へと尋ねてみた。

「殴られるの、嫌なの?」

「あ、当たり前じゃないか!」

 顔を真っ赤にして、聡史君が憤慨する。このリアクションを、わたしは望んでいた。

「そうだよね。わたしだって殴られるのは嫌だ。じゃあ、どうして黙って殴られるの?」

「そ、それは、逆らうと後でなにをされるかわかんないから」

 恐怖に顔をゆがめる。よほど今までひどい目に合わされたらしい。

「聡史君、あいつらに一泡吹かせるためにはどうすればいいと思う?」

「わ、わからないよそんなの。どうすればいいかなんて」

 うつむいて、聡史君が視線をそらす。

 わたしは人差し指を立て、それを二、三度横に振った。

「教えてあげるわ。あいつらと戦うのよ。怖がらずに、ね?」

「戦うって、喧嘩するってこと!? そんなの無理だよ。余計に殴られちゃう!」

「確かに負けるかもしれない。殴られれば痛いと思う。でも、このままじゃなにも変わらない。聡史君が動かなきゃ、なにも進展しないんだよ?」

「だ、だからって!」

 聡史君は立ち上がると、公園から出て行こうとした。わたしからも、戦うことからも逃げるように――。

「聡史君、逃げちゃだめ!」

 動きが止まる。わたしはさらに続けた。

「現実を見ようよ! あいつらに虐められてる日常から逃げ出すために、戦わなきゃ!」

「だけど! あいつらに敵うはずなんてないだろ! 向こうは三人で、こっちは一人なんだぞ! 人の気も知らないで!」

「確かに分からない。聡史君の気持ちも分からないよ。だけど一つだけ言える。逃げたって何も変わらない。自分の身に起きている現実を見据えなきゃダメだよ!」

 ――今のままじゃ、死んだ人達と変わらないよ――わたしはそう続けようとして、慌てて口をつぐんだ。死んだ人々も自分が死んだという事態を認めず、すぐに現実から逃げようとする。

 そして聞こえもしないお別れの挨拶をしたい――などとのたうつのだ。

「あいつらの言いなりになって、お金を渡して、渡さなきゃ殴られる。聡史君は何もして

いないのに。そんな生活を続けて楽しい?」

「楽しくないよ」

「でしょうね。早くそんな生活、終わりにしたいでしょ?」

「う、うん」

「だったら終わりにする努力をしなきゃ!」

「でも、どうすればいいの?」

 逆に聡史君が聞き返してきた。顔中に不安を溢れさせ、眉毛がハの字になっている。

「だから戦うの。勝てなくてもいい。でも、もうお金を払っちゃだめ。殴られたら殴り返す。どんな時でも絶対に反抗するの」

「でも、反抗なんてしたら、今まで以上に殴られちゃうよ」

「そうしなくても殴られるんでしょ? だったらいいじゃない。痛い目に合うつらさを、相手にも味あわせてやればいいのよ。そうすれば少しはわかるんじゃない? 殴られた痛みや苦しみがさ」

「そうかな?」

「そうよ。それに、集団でないと行動できないなんて、臆病なやつらばかりなのよ」

「確かにそうなのかも……うん、わかった。やってみるよ!」

 最後の一押しに納得してくれた聡史君は、勇気を振り絞って決心した。

「よし! それでこそ男の子だ! お姉さんも応援するから、頑張ってね!」

「ありがとう美利亜さん。頑張ってみるよ」

「さんはつけなくていいよ。美利亜でいい」

「じゃあ美利亜! 僕もう負けないから! 絶対にあいつらに一泡吹かせてやる!」 

 聡史君の瞳に、もう迷いはなかった。くぐもった瞳が嘘のように、いまは煌々と輝いて

いる。

「それじゃあ美利亜! 僕はもうそろそろ帰るよ!」

「分かった。あいつらをこてんぱんにしてやりなさい!」

「うん! うまくいったらまたここに会いに来るよ!」

 満面の笑顔で手を振りつつ、聡史君は公園から去っていった。

 きっとうまくいく、うまくいってほしい、わたしは心からそう願っていた。

「さてと、わたしもそろそろ帰らなきゃ」

 辺りはもう暗くなってしまっている。わたしは早足で信也君の家へと向かった。

 エンマ様が望むような、運命的な出会いはなかったけど、わたしの心は晴れ晴れとしていた。


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