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10月23日(1)

 十月二十三日 木曜日

「ふあぁぁ、今何時だろ」

 誰に起こされるわけでもなく、自然に目覚めるまでわたしは眠り続けていた。

 部屋に置いてある、カルバドスからもらった目覚まし時計に目を向けると、十一時三十五分だった。

「なっ! ち、遅刻!」

 慌ててベッドから飛び起きる。普段なら三十分程度の遅刻なのに、すでに三時間半も過ぎている。このままでは本気でテラに説教されかねない。

 白いローブに着替えて腕章をつけると、わたしは部屋の扉を全開にした。

 寝ぼけ眼のわたしの前に広がる、見慣れない光景。

「な、なんだ、その格好。いまはそんな服が流行りなのか?」

 声が聞こえた方向に反応すると、信也君のお母さんが、わたしの格好を信じられないといった顔で、観察している。

 そこでようやく、わたしは事態を飲み込んでいた。わたしは信也君の家で、信也君の姉を演じているということを。

「えっ? あっ、あはははは……」

 ごまかし笑いを放ちながら、わたしは背中から部屋の中へと引っ込んだ。扉を閉めると同時に、心の底からの嘆息が溢れ出る。

 改めて私服へと着替えて、わたしは階段を降りていった。中界では流行最前線の服装ではあるけれど、現界ではどうなのかという不安に捕らわれながら。

 昨日食事をした部屋にいくと、お母さんが食器を洗っていた。わたしの格好を確認してから、大きく頷く。

「ああ、その格好ならまだましだな」

 まだましということは、そんなによくもないのだろうか。わたし自身、ファッションにうとくはないけれど、決して詳しくもない。

「さてと、エンマ様に言われたとおり、駅に行きましょうかね」

 正直に言うと、何が起こるか分からない不安ではある。だけど逆に、それが楽しみでもあった。

「またどっか行くのか? いい加減どこかに身を置いて、わたしを養ってくれよ」

 出かけようと玄関に手をかけると、手を拭きながら、お母さんが声をかけてきた。

「あ、うん。ちょっと駅までね」

「遅くなるなよ。ただでさえお前は、ほっつき歩いていい年齢じゃないからな」

「はーい!」

 適当に返事だけして、わたしは家を飛び出した。駅への大体の道のりは、中界から信也君の家に降りてくる途中に確認している。

 駅に着くとエンマ様の言ったとおり、駅前でボーっと空を眺めているだけで、いろんな男の人に声をかけられた。

 確かにかっこいいというか、端麗な人は多かった。中界ではカルバドスが人並みにかっこいいのかもしれないが、まるっきし相手にならない。

 ただ、何かが違った。雰囲気だけで、何が違うのかまでは、わからなかったけれど。

 四時間ほど駅前に立ち続け、十九人の男性の誘いを断った。思わずため息が洩れる。

「エンマ様は言ってなかったけど、気に入った人がいなかったらどうするんだろ?」

 エンマ様を呼んで中界へ帰るという手もあるけれど、あまり乗り気はしなかった。

 もしも誰でもいいから付き合えなんて言われても、わたしには無理な気がする。

「とりあえず、明日また来ればいいかな?」

 駅から離れて、家へと向かって歩き出す。

 だけど、このままでは自分の理想の人になんて、出会えそうになかった。

「結局わたしには、現界人の恋愛なんて無理なのかなぁ」

 嘆きつつ、足早で家へと向かう。ふと、お母さんの注意を思い出したのだ。

 帰路の途中、子どもが遊ぶ公園を通り過ぎると、悲鳴に似た声が聞こえてきた。

「ぎゃあうぅ!」

「な、なんだろ、今の声……」

 園内の木に体を隠しながら、恐る恐る覗きみる。

 すると学生服を着た男の子三人――信也君と同じぐらいの年齢だろう――が、これまた同じぐらいの年齢の男の子一人を、集団で虐待しているようだった。

 一人が男の子を羽交い絞めにして、残りの二人が容赦なく殴りつける。

「や、やめて……ぐあぅ!」

 先ほどの悲鳴は、虐められてる男の子の声だったらしい。それでも残りの三人は、手を休めようとしなかった。

「言ったよな? 今日までに三万円用意しとけって」

「もうお金はないよ。貯金も全部君たちにあげちゃったんだから……」

「だったら親に言って、小遣いもらえばいいだろうが!」

「ぎゃいぃ!」

 またも苦痛を感じさせる、壮絶な悲鳴。

 わたしは我慢の限界だった。木の陰から姿を現すと、三人に向かって金切り声を上げていた。

「ちょっと、いい加減にしなさいよ!」

「ん? なんだあんた」

「お前、知り合いか?」

「いや、でも可愛いじゃん」

 いやらしい目つきでわたしを、舐めるように視姦してくる。殴られていた男の子はぐったりとしていて、羽交い絞めが終わるとその場に崩れ落ちた。

「最低ね。こんな奴ら、絶対に許せない」

 小声でつぶやいたものの、わたしは少し焦っていた。はっきり言って力比べになれば勝機はない。

「あんた、聡史の知り合いか?」

「聡史?」

「こいつだよ、こいつ! まったく役に立たないクズさ」

 足元に転がっていた男の子――彼が聡史君だろう――を足蹴にして、高々と笑う三人。

 わたしの奥歯が、ギリギリと音をたてる。

「その子を放しなさい」

「なんで? あんた聡史の知り合いじゃないっぽいけど?」

「だったら関係ないじゃん。回れ右して帰ったほうがいいんじゃない? 怪我しないうちにさ」

 我慢の限界だった。だけど真っ向から戦って、勝てる見込みはない。

「カルバドスのおたんこなす」

 小声でつぶやく。すると、目の前の三人の顔色が、瞬く間に青くなっていった。

「な、なんだ、どこに消えた?」

「もしかして、幽霊とか……」

「幽霊って夜中に出るんだろ? まだ明るいのに……」

 動揺し、ひそひそと語り合う三人を、真横で見下ろす。本当はこのまま蹴り飛ばしてやりたいけど、中界の体では現界人に触れられない。

「けっ、聡史。明日はちゃんと金を持ってこいよ!」

 気味悪がった三人は捨て台詞を残して、足早に公園を去っていった。

「カルバドスのおたんこなす」

 三人の姿が消えたのを確認してから、現界の姿へと戻る。

 すぐさま倒れた男の子――聡史君のようすを確認する。まだ意識は戻っておらず、消え入るようなうめき声を発していた。

 わたしは公園の水道でハンカチを濡らし、傷口を拭いてあげた。

 傷が一通り綺麗になった頃、ようやく聡史君はまぶたを重そうにあげた。


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