プロローグ(2)
「これって……」
出てきたビデオテープを掴み、いろんな角度から眺めてみる。
どこをどう見てもただのビデオテープだ。少なくともお金にはなりそうにない。
「エンマ様もどうせくれるなら、金でできたビデオテープでもくれればいいのに」
ぼやきながらラベルを確認する。そこには『ミリア=ミリス 鷹野信也と行動を共にした一週間』と書かれてあった。
「鷹野信也? これって信也君よね。なにをいまさら。普段から一緒にいるじゃない。ばかばかしい」
ポーンと後ろに放り投げると、放物線を描いたビデオテープは、備え付けの電話機と衝突した。
まるでそれが原因だと言わんばかりに、電話の呼び出し音が鳴り響く。
「はいはい、出ますよぉ」
電話に出ると、聞きなれた重低音の声が聞こえてきた。
「ミリアか?」
一瞬にして背筋が凍りつき、治まっていた鳥肌が再び全身へと際立っていく。
「エンマ様!」
声の持ち主は、間違いなくこの中界を統べるエンマ様だった。
「あの、わ、わたし非番なんですけど、なにかご用ですか?」
頭の中に、緊急出勤の四文字が浮かび上がる。たしかにお金も予定もないが、休みの日がなくなるのは悲しすぎる。
「それは知っている。ただ、ビデオテープを受け取ったかどうかを聞きたかったのだ」
「あの白いやつですか?」
「そうだ。もう見たのか?」
「まだですけど、なんですかあれは」
「見れば分かるだろ」
「あんな適当なラベルで、わかるわけないでしょう!」
抗議すると、エンマ様は電話の向こうで一度、大きな咳払いをした。
「そうではない。実際にテープを再生すればわかると言っているのだ」
「何時間も説教されるんでしょ? せっかくの非番を説教で埋めたくないですから」
「何を言ってるんだ。あれは三年前の事件のテープだぞ?」
「ああ、三年前の事件ですかあ……三年前の事件!?」
三年前の事件――それは親友の信也君が事故死して、この世界へと来た時の事件だ。
ただ、その事件は簡単には終わらなかったのだ。
「昨日の青いビデオテープなら、ちゃんと信也君に渡しましたよ。それに信也君の活躍ぶりを、延々眺めてたってしょうがないし」
「そうではない。それはミリアのビデオテープだ」
「わたしの?」
「昨日渡した青いテープは、鷹野信也を主体としたテープだ。だが、その白いテープは、
ミリアを主体として作られたテープなのだ」
「わ、わたしのビデオもあったんですか?」
エンマ様の笑い声が電話から部屋中へとこだまする。してやったりといわんばかりだ。
「本来なら中界で働く人のビデオは無い。カルバドスにも手伝ってもらったが、わたしが直々に編集したものだ。感謝しろよ?」
カルバドスとはわたしの先輩にあたる仕事仲間だ。よく信也君を交えて三人で話したりもする。
「じゃあ、あの時のわたしの行動が……」
「滞りなく、そのビデオに収められている。せっかくの非番だ、懐かしむのも悪くはあるまい?」
「その前に、壊しちゃいそうですけどね」
近くにあったハンマーを握り、足元のビデオテープへと振り下ろそうとする。
と、突然エンマ様の口から、一つの宿題が出されていた。
「感想を書いて提出するように。原稿用紙二十枚以上だ」
「え、ええぇ!?」
「提出しないならしなくてもいいが、減給を覚悟しておくんだな」
「そ、そんなあ」
「年末のボーナスがないと、年を越すのも楽じゃないぞ」
この時点でわたしは、ハンマーを手放していた。
落下したハンマーが、ビデオテープのそばで重々しい音を立てる。
「わかりましたよ! 壊さないで見ます!」
「そうするといい。非番にはもってこいの品物だろう?」
『無理やり宿題を作っておいて、なにが非番よ……』
聞こえないように小声でつぶやいてはみたものの、口のそばには受話器がある。
「ほう、わたしがミリアの非番を、滅茶苦茶にしたと」
「ち、違います、冗談ですよ!」
「そうか。ではまた明日、仕事場で会おう」
重低音の高笑いを残し、エンマ様は電話を切った。
「ふぅ、あの時のビデオだったのかぁ」
ハンマーの側に転がっていたビデオを拾いつつ、頬を何度か掻いてみる。
いい思い出と、悪い思い出が合わさった、複雑な心境を生み出すビデオだろう。
「でも、あの奇跡にもう一度出会えるのね」
小さく微笑み、ビデオデッキにテープを入れる。
テレビの前に配置された大きなソファーに腰をかけ、わたしはビデオの中の自分と同化していた……原稿用紙二十枚分の感想を書くために。