10月25日(9)
少し軽くなった空気に勢いを任せ、信也君の手を引っ張る。
「これで優美ちゃんが死ぬ理由は分かったでしょ? エンマ様のところへ行こっ!」
わたし達はビデオルームを後にして、仕事場を素早くすり抜けていった。帰りは誰にも会わずに済んだのが、不幸中の幸いである。
そのまま中界入り口にたどりつくまで、信也君は一言も喋らなかった。
ただ、手を引いているため、ついてきているのだけは確かだった。
「さっ、いよいよエンマ様とご対面ね!」
わたしが赤い門の前に立ち止まると、信也君が緑の腕章を差し出した。それを受け取ると、ようやく信也君の口が開く。
「なあ、ミリア。どうにかして山倉を救えないかな?」
意味が分からず、呆然とする。本気でいっているのなら、まだ死んでいるという自覚が足りないらしい。
「じゃあ聞くけど、信也君は優美ちゃんを救う方法があると思う?」
逆に問いかけると、信也君からの返答はなかった。分かっていても、聞かずにはいられなかったのかもしれない。
仕方なくわたしは、少しだけ希望を与えてあげた。
「もし可能性があるとするなら、優美ちゃんが死ぬ理由を知っている人だけね。もっとも現界人限定だし、いるわけないんだけどさ」
信也君の顔が顕著に曇る。希望を与えるというより、引導を渡してしまった気がする。
押し黙る信也君をいったんおいて、わたしは受付の女性へと声をかけた。
「ミリア=ミリスです。鷹野信也君を連れてきました」
「ああ、はいはい、了解ですよ」
大学イモを食べつつ、受付嬢――といっても、もういい年なのだけど――が告げると、赤門がわずかに開いた。
巨大な扉なので、わずかな隙間でもわたしたちが通るには十分な広さが確保できる。
「ところでさ、ミリアちゃん」
「へっ?」
声をかけられ、間抜けな返事が放たれる。
「現界人からの評判、よくないわよ? あまり死人に鞭打つような、ひどい暴言を吐かないでおくれよ」
「はあ……」
曖昧な相槌に、受付嬢はため息をついた。
「みんなに言われてるんですけどね。わたしは事実を述べてるだけです」
「その事実を述べるというのをさ、もう少し柔らかく、オブラートに包んだような言い方にしてもらえれば……」
「オブラートって、なんですか?」
逆に問いかけると、深いため息が再び漏れた。
「もういいわ。でも、少しは頭に入れておいてね」
「わかりました……」
あきれ果てる受付嬢と、納得のいかないわたし。どうしていつもわたしばかりが、悪者にされてしまうのだろうか?
だけど、そう簡単に答えが導き出されるはずもなかった。ちょっと考えただけで分かるのなら、すでに見つけているはずだ。
「さっ、行くわよ」
トリップしている信也君を引っ張ると、ようやく意識を取り戻した。
二人で中へと入る。わたしと同じ格好と、その他の格好をした二人組み――同僚と死者の組み合わせだ。
ここはまだエンマ様の部屋ではなく、待合室になっている。
中央にそびえたつ赤い柱が、大きな特徴の部屋だ。椅子は相当な数を用意されているけど、 全部同時に使われているのは、あまり見られない光景だ。
玉突き事故や飛行機事故などで死者が多く出た時でも、死ぬタイミングは微妙に違うことが多い。
エンマ様の裁きは数分で終わるため、大人数は溜まらないのだ。
柱の回りにある座席を選び、わたしが座ると、慌てて信也君も追いかけてきて、隣へと座っていた。
「ねえ……」
天井を見上げる信也君に、小声で耳打ちをする。
ちらりとこちらを伺う信也君に、わたしは両手を合わせていた。
「さっき見せたビデオだけど、他の人には絶対に内緒だからね? 部外者に機密事項である死因のビデオを見せたとなれば、こうなっちゃうんだから」
人差し指と中指で、首を切る仕草をしてみせる。実際どうなるかはわたしもわからないけど、最悪な事態となれば、消滅の可能性もある。
だけど、切羽詰ったわたしの脅かしに、信也君は無言で、再び天井を見上げていた。
「ねえ、ちゃんと聞いてるの? 信也君には無関係かもしれないけど、わたしにとっては死活問題なんだからね!」
「あぁ……」
横から肩を揺さぶって、ようやくうわ言のような返答を得る。
だけどそれが、気の抜けきった空返事であるのは、誰の目にも明らかだった。
「本当に大丈夫なのかしら……」
不安に身を支配されつつ、しばらく沈黙が続く。
「あの……」
唐突に声がかかり、わたしは顔を上げる。
赤いローブに身を包み、黒の腕章をつけた色白の女性。
バイトで雇われている『待合室の幽霊』こと、クレア=ラプソディだ。
「わたしたちの番ね」
「いや、その……」
「わたしたちの番なんでしょ?」
「そ、そうなんですけど、お隣の人は?」
言われて横を見ると、信也君は涙腺が緩んだらしく、目に涙を溜めていた。
「いいのいいの、気にしないで」
「で、でも、わたしが怖いのかなって。みんな待合室の幽霊だって噂してるし」
――本人にばれてるじゃない。
「そんなことないよ。クレアはとっても魅力的だって」
「本当ですか?」
「大丈夫! わたしが保証する!」
「そうですか、ありがとうございます! 中界一の嘘下手と噂されるミリアさんの保障なら、間違いないですよね!」
喜び勇み、鼻歌を歌いながらクレアは去っていった。
中界一の嘘下手って……なに?
複雑な心境で首を傾げるわたしの横で、信也君の涙は、ついに頬を伝い始めていた。
「信也君、順番が来たみたいだよ」
信也君を急かすと、慌てて袖で涙を拭っていた。いまさら慌てても、もう泣く姿は何度も見ているのだけど。
入り口と同じ大きさの、巨大な扉がもう一つ。すでに度重なる来訪で開いた隙間から、中へと入る。
「失礼します!」
「失礼しまぁす……」
わたしに続いた信也君の声は、緊張感のない、気の抜けた挨拶だった。