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10月25日(6)

「んじゃ、こっちよ」

 信也君の手をつかんで、屋上へと案内しようとすると、信也君は不満そうにわたしの手を振り払った。

「小さな子どもじゃないんだからさ。引っ張らなくてもついていくよ」

「そう、じゃあついてきてね」

 わたしは壁をすり抜けると、廊下を進んでいった。

「どうにかして、信也君をエンマ様の下へと連れて行かないと……」

ぼやきつつ、ふと振り返ると、信也君の姿がなかった。

「あれ? もしかして迷子!?」

 慌てて引き返して、霊安室へと戻る。壁をすり抜けようとするわたしの額に突如、激痛が走った。

「あ、あれ? どういうことだ?」

間抜けな信也君の声が、耳に入る。

額を押さえるその姿から、わたしの痛みの要因が、信也君であると理解できた。

「もうっ、どうしてついてこないのよ! 迷子になられたら困るんだから、さっさと来てよね!」

 わたしは有無を言わさず、信也君の手をつかんだ。信也君も今度は、大人しくついてきている。

 廊下にいる人々をすり抜け、わたしは屋上へと向かった。

もちろん頭の中は、機密事項を朗詠せずに済む方法を、模索するので精一杯だ。

「ミリア、どこに行くんだ?」

「中界だっていってるじゃない。何を聞いてるんだか……」

 頭をフル回転させているときに、信也君のあり得ない問いかけ。わたしはいらだちながら、小声で愚痴をこぼしまくった。

「さっ、ここから行くからね」

 屋上に着くと、中界へとつながる動く階段が、わたしたちを出迎えた。

美しい色合いの動く階段には、死者の多くが感動を覚える。信也君も例外ではなかったようで、視線が釘付けになっている。

「これを上っていくのか?」

 信也君がふと上を見上げ、わたしに問いかけてくる。

「大丈夫よ。現界でいうエスカレーターみたいなものだから。さっ、行くわよ」

 わたしたちは、階段の一段目へと足を乗せた。動き出した階段が、上方へとわたしたちを導いてくれる。

中界に着くまでの約十五分、わたしのやることは言うまでもない。

現界を見下ろす信也君をそのままに、わたしはまた一つ妙案を浮かばせていた。

見抜かれる可能性は高いかもしれないけれど、やらないよりはましだ。

「今まで、ありがとうございました」

 信也君が現界へと頭を下げる。どうやら未練を断ち切ったらしい。

「さてと、もういいかな?」

 声をかけると、信也君は無言で頷いた。

「それじゃあ今から天界と地界について説明するわね。地界の説明なんて信也君には不要だろうけど、一応ね」

これも案内人としての仕事の一つである。

「さっきも言ったけど、簡単に言うと天界と地界は現界人に天国とか地獄って呼ばれてる場所ね。とりあえず殺人や銀行強盗でもしないかぎり、大抵は天界に行けるわ。天界での生活は――まあ現界人の生活とかわらないかな? 朝起きて、仕事に行って……」

「仕事って……死んでまで仕事しなきゃいけないのか?」

 心外だと言わんばかりに、信也君が異議を申し立てる。

「死んでまでって、信也君は仕事してるわけじゃないでしょ?」

 核心をつかれたせいか、信也君は一歩後ずさった。何か言いたそうな信也君をそのままに、話を続ける。

「まっ、仕事をしなくても大丈夫よ。最初はそう望む人がほとんどだしね。だけど考えてみなさいよ。目標もなく毎日ボーッと過ごすなんて退屈でしょうがないと思わない? だから仕事っていっても暇つぶしみたいなものなの。心配しなくても大丈夫だって!」

 元気付けようと、信也君の背中を叩く。心なしか痛がっているようにも見えたが、気にしない。

「あと、天界の人間は将来的には生まれ変われるわ。いつになるかは分からないけど、生まれ変わりたいという嘆願書を出せば、少しは早くなるらしいよ。もちろん、今までの記憶なんかは無くなるんだけどさ」

わたしは信也君を脅えさせる演出のため、いったん話を切ってから、怪談を話す要領で語り始める。

「問題は地界の方ね。悪い人と、あとは自殺した人かな? エンマ様がよく言ってるんだけど――生きるための努力が報われず死んでしまう人もいるのに、自ら命を絶つなど言語道断――ってね。地界に落ちた人は鬼たちによって半永久的に苦しめられるの。その方法は様々なんだけど、その苦しみから解放されるのは、鬼が勢い余って殺してしまった時だけだって。怖いわよねぇ!」

信也君はあっさりと、術中にはまった。顔を曇らせ、恐れおののいているのが手に取るように分かる。

「まっ、信也君は悪い子じゃないみたいだから、天界に行けると思うけどね」

軽くフォローを入れて笑ってあげる。これで準備は万端。今度こそ信也君をエンマ様の下へと、引きずりこまなければならない。

「ついたついた。ここが中界です。ようこそ信也君!」

 仏頂面だった信也君の表情に、少し明るみが戻る。

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