第四話 「恋愛監査局」
Eクラスの朝は早い。
「起きろォ!! 農業班ァ!!」
午前五時。
旧校舎寮に怒号が響いた。
「うるせぇぇ……」
布団から顔だけ出した俺へ、柴崎が蹴りを入れてくる。
「今日は収穫日だぞ!」
「俺監査局なんだけど」
「知らん! 人手不足だ!」
最低である。
⸻
十分後。
俺はジャージ姿で畑にいた。
朝露。
土の匂い。
眠い。
「九条、そっち雑草!」
「はいはい」
農業班女子が怒鳴る。
Eクラスの朝は、恋愛ではなく労働から始まる。
その時。
校舎側から悲鳴が上がった。
「うわあああ!?」
「なんだ!?」
見ると、白い制服の女子生徒が泥に滑っていた。
一ノ瀬雪乃。
学園最高Lスコア。
恋愛社会の女王。
現在、泥まみれ。
Eクラス全員が固まる。
「……何してんだお前」
俺が呆れると、一ノ瀬は真顔で言った。
「畑、見学しようと思って」
「なんでヒール履いて来た」
「畑って舗装されてると思ってた」
「お嬢様か」
狩猟班が吹き出した。
「こいつマジでA組人間だ!」
「天然記念物じゃね?」
「触んな怒られるぞ!」
「動物園扱いやめろ」
一ノ瀬は少し不満そうに頬を膨らませる。
だが、その反応が妙に自然だった。
演技じゃない。
少なくとも今は。
⸻
その後。
なぜか一ノ瀬は農業班に混ざっていた。
「これ、どうすればいいの?」
「苗植えるだけだ」
「等間隔?」
「適当でいい」
「農業って適当なんだ……」
「Eクラス農業は生きるための農業だからな」
すると改良班の男子が走ってくる。
「九条ー!」
「なんだ」
「燻製器爆発した!」
「なんで!?」
「柴崎が木チップ入れすぎた!」
「俺のせいじゃねぇ!!」
黒煙が上がっていた。
一ノ瀬がぽかんと眺める。
「……Eクラスって毎日こんな感じなの?」
「今日はまだ平和」
「平和なんだ……」
⸻
昼。
Eクラス食堂。
と言ってもただの旧校舎食堂だ。
本日のメニュー。
* 燻製肉
* 川魚スープ
* 野菜炒め
* 謎の漬物
「改良班の新作だぞ!」
「その漬物大丈夫か?」
「三回くらい腹壊した!」
「ダメじゃねぇか!」
騒がしい。
うるさい。
でも笑い声がある。
一ノ瀬は静かに周囲を見ていた。
A組では見たことのない顔だった。
少し羨ましそうな顔。
その時。
旧校舎入口のスピーカーが鳴った。
《Eクラス所属・九条蓮》
《至急、中央管理棟へ出頭してください》
空気が止まる。
Eクラスの連中が顔を見合わせた。
「……管理棟?」
「ヤバくね?」
「戻って来れるか?」
縁起でもない。
俺は立ち上がる。
「行ってくる」
すると一ノ瀬も立った。
「私も行く」
「なんで」
「恋人だから?」
「便利ワードだなそれ」
⸻
中央管理棟。
普通生徒はほとんど入れない区域。
最上階。
無機質な白い部屋。
そこで待っていたのは、一人の女だった。
黒スーツ。
銀縁眼鏡。
冷たい目。
「初めまして、九条蓮くん」
女は端末を閉じる。
「私は《学園恋愛監査局》主任監査官――黒崎玲奈」
空気が変わる。
本能的に分かった。
この女は危険だ。
「君の能力は確認済みよ」
黒崎は淡々と言う。
「感情偽装判定」
沈黙。
一ノ瀬が少しだけ目を細める。
「安心して。国家機密扱いだから」
「安心できる要素あります?」
「ないわね」
即答だった。
黒崎はモニターを起動する。
そこに映ったのは。
A組男子生徒。
相沢だった。
《Lスコア異常上昇》
《不正恋愛疑惑》
黒崎が言う。
「九条くん。あなたの最初の監査任務よ」
画面が切り替わる。
複数の女子生徒データ。
大量の送金履歴。
偽装交際契約書。
そして。
「A組で、“恋愛売買”が行われている」
部屋の空気が冷えた。
恋愛を、
金で売る。
それはこの学園で最大級の禁忌だった。




