第三話 「Eクラスの九条蓮」
翌朝。
俺は校門をくぐった瞬間から後悔していた。
「いたぞ」
「マジで一ノ瀬の彼氏?」
「Eクラスのくせに?」
「どうやったんだよ!」
うるさい。
視線が痛い。
スマホを向けるな。
動画を撮るな。
俺は芸能人じゃない。
いや、動物園の珍獣扱いの方が近いか。
端末が震える。
《Lスコア更新通知》
嫌な予感しかしない。
『九条蓮 Lスコア:2.1 → 41.7』
「……は?」
思わず立ち止まった。
四十台。
普通クラス平均以上。
たった一晩で?
「恋人認定ってそんな上がるのかよ……」
狂ってる。
本当にこの制度は狂ってる。
⸻
職員室前。
俺は担任と向かい合っていた。
「というわけで九条、お前は今日からA組編入だ」
「断ります」
担任の動きが止まる。
「……は?」
「断ります」
「いや待て待て待て」
榊教師が額を押さえた。
「A組だぞ? 恋愛優等生クラスだぞ?」
「知ってます」
「お前Eクラスだぞ?」
「知ってます」
「普通逆だろ!」
「普通を押し付けないでください」
教師が頭を抱えた。
「お前なぁ……A組行けば将来保証されるんだぞ?」
「興味ないです」
「なんでだよ!」
なんでって。
決まってる。
俺はEクラスの空気の方がマシだからだ。
少なくともあいつらは、本音で笑う。
恋愛点数のために取り繕ったりしない。
泥臭いし、バカだし、終わってる。
でも、まだ人間っぽい。
「……九条」
低い声。
振り向く。
一ノ瀬雪乃が立っていた。
周囲の教師たちがざわつく。
「一ノ瀬さん!?」
「なぜ職員室に」
彼女は気にせず俺を見る。
「本気で拒否するの?」
「する」
「私と同じクラス嫌?」
「そういう話じゃない」
「じゃあ?」
「A組、息苦しい」
一瞬。
一ノ瀬の表情が止まった。
それは初めて見る顔だった。
少しだけ驚いた顔。
「……変な人」
「よく言われる」
「ふふ」
笑う。
今のは少しだけ自然だった。
⸻
結局。
監査局からの圧力もあり、“編入保留”という形になった。
つまり。
俺はEクラス所属のまま、一ノ瀬雪乃の恋人になった。
最悪である。
⸻
昼休み。
『Eクラス専用農地』
「おい九条ぁぁぁ!!」
狩猟班の柴崎が走ってきた。
「マジで一ノ瀬と付き合ってんのか!?」
「違う」
「でも恋人認定出てたぞ!」
「制度上そうなってるだけだ」
「意味分かんねえ!」
周囲も騒ぐ。
農業班女子が鍬を持ったまま聞いてきた。
「なあ、一ノ瀬って実在したんだな」
「UMA扱いかよ」
「A組の連中、都市伝説みたいじゃん」
その時。
改良班の男子が燻製箱を開けた。
「ベーコン完成したぞー!」
歓声。
「うおおおお!!」
「今日豪華!!」
「狩猟班ナイス!」
なんなんだこいつら。
数分前まで恋愛格差社会の底辺だったのに、肉一つで祭りになる。
だが。
嫌いじゃなかった。
「九条!」
漁業班の女子が魚を掲げる。
「今日は川魚もあるぞ!」
「合わせ技かよ」
「塩焼きにする?」
「燻製だろ!」
「いや鍋!」
アホみたいな会話。
でも、A組よりずっと自然だった。
その時だった。
農地入口のゲートが開く。
全員が止まる。
現れたのは――一ノ瀬雪乃。
白い制服。
綺麗な黒髪。
完全に場違い。
Eクラス全員が固まる。
「……なにしに来た?」
俺が聞くと、一ノ瀬は少し周囲を見回した。
畑。
燻製器。
魚。
泥だらけの生徒。
そして。
「……なんか楽しそう」
ぽつりと呟く。
Eクラス全員が沈黙した。
すると柴崎が言う。
「食うか? ベーコン」
一ノ瀬は目を瞬かせる。
「え?」
「彼氏の彼女なら身内だろ」
「柴崎お前雑すぎる」
「うるせえ」
そして紙皿を渡される一ノ瀬雪乃。
学園最高Lスコア保持者。
恋愛社会の象徴。
そんな女が、Eクラスの手作り燻製ベーコンを見つめていた。
「……これ、手作り?」
「改良班製だ」
「保存料なしだぞ!」
「今日のは桜チップ!」
一ノ瀬は恐る恐る一口食べた。
そして。
初めてだった。
彼女が、本当に自然に笑ったのは。
「……おいしい」
Eクラス全員が静まり返る。
俺も少し驚いていた。
今の笑顔。
演技じゃなかった。




