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【証拠はいらない】寂しさが消えない

作者: Wataru
掲載日:2026/02/14

 事務所のソファに寝転がり、スマホを顔の上に乗せたまま天井を眺めていた。

 このまま昼寝に突入しても、誰も困らない気がする。


「せめて起きてなさいよ」


 相棒の声が飛ぶ。


「依頼が来たら起きる」


 そう言った直後、事務所のドアが遠慮がちに開いた。


 入ってきたのは、三十代後半の男だった。

 服装は整っている。

 だが、視線が落ち着かない。


 椅子に腰を下ろす。

 背もたれには寄りかからない。


「家族はいる」

「結婚もしている」

「子どももいる」


 事実を並べるような口調だった。


「仕事もある」

「生活には困っていない」


 そこで言葉が止まる。


「……寂しい」


 短い沈黙。


「原因は分かるか」


「分からない」

「全部、揃っているはずだ」


「揃っている、というのは」


「世間的に、だ」


 男は視線を上げなかった。


「子どもの頃」

「親に愛してほしかった」


 声が低くなる。


「もらえなかった」


「はっきりした拒絶か」


「違う」

「殴られたわけでもない」

「放り出されたわけでもない」


「ただ」


「必要とされた感覚がなかった」


 男は拳を握り、ほどいた。


「大人になれば消えると思った」

「結婚すれば」

「子どもができれば」


「消えなかった」


「ああ」


「不思議か」


「……少し」


「不思議ではない」


 男が顔を上げる。


「理由は」


「時期が違う」


 短く答える。


「子どもが欲しかったのは」

「親からの愛だ」


「今、持っているものは」


「役割の中で与えられる愛だ」


 男は黙った。


「それは本物だ」

「否定するものではない」


「だが」

「置き換えにはならない」


 空気が重くなる。


「この寂しさは」

「消えないのか」


「消えない」


 即答だった。


 男は一度、目を閉じた。


「一生か」


「消えないというだけだ」


「……どうすればいい」


「何もしない」


 男がこちらを見る。


「何もしなくて、いいのか」


「消そうとしなければ」

「静かになる」


 男は、ゆっくり息を吐いた。


「寂しさがあるまま」

「生きてもいいのか」


「問題はない」


 男は立ち上がった。


「……ここに来て」

「何か変わったのかは分からない」


「それでいい」


 ドアの前で立ち止まる。


「寂しさは」

「弱さじゃないのか」


「違う」


 即答する。


「欲しかったものがあったという記憶だ」


 男が出て行ったあと、事務所は静かだった。


 相棒が、書類から目を上げる。


「寂しさが一生消えないって、残酷じゃない?」


「消えると思い続ける方が、疲れるだろ」


「……まあ、それもそうか」


 事務所に静けさが戻る。


 消えない寂しさは、

 欠陥ではない。


 過去に、

 確かに必要だったものがあった証だ。


 だから――

 証拠はいらない。


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