8.バックヤードの賢人1
シモンズ家の中庭は綿密なキューブに造られていた。赤褐色のレンガを、一風変わった組み方で重ねられた四方の壁と、床の大きさがぴたりと同じなのだと言う。
なんのために、という問いには答えない設計の首謀者はもちろん、主のピーターである。メアリーアンの笑い方からは、彼女が理由を知っているのか量れない。
同じ人間から発せられたとわかりやすい類の仕掛けが、屋敷内にも多数在るが、孫娘のメアリーアンが明確な説明を述べられる率は五十パーセント程度であることを考えると、解答入手のためにつきまとうのは無駄である可能性も半々ということ。あきらめて正解なのだろう。
死するその刻まで住まう場所と、ピーターが趣向を凝らし張り巡らせた家は、外から見た時には思いもしない、『細工は流々』なのだった。
一方の壁を隙間程度にしか覗かせないほどに伸びているのは、黄色い花を散らしている薔薇の蔓だった。
そろそろ夏かもしれない頃から、冬みたいな風が吹く頃までの長い期間、衰えずに咲き続ける、元気な花の持つ名前を『メアリーアン』と言う。
彼女のために作られた種ではないというのに、不思議なくらいこの家の娘に質が似ていた。楽しい話を交わしているように、微風に花びらを揺らし合っている。
一重で平咲き、花径六センチ、軽く甘い香りを持ち、気まぐれにアプリコット色の花を混ぜて咲かせることもあると言うが、目下のところは一色だ。その確率はクローバーの四葉ほどかもしれない。
朝夕行うアプリコット探しを無収穫に終えると、シェリーはブルーベルの葉に気を配りながら足を進め、カップが四客も載ったならいっぱいになってしまうような小さなテーブルと、種類の異なる四脚の椅子がばらばらの方向を向けて置かれたキューブの中央――やや左寄り――に到着した。
このスペースだけに丸く、タイルが敷かれている。元は何かが描かれていたらしいが、今では読み取れるものはない。
足踏みにかちかちと応える音は澄んでいて美しく、ピーターの大切な絵の名残かもしれないと考えると、ますます対話は楽しいものになっていた。
闇へと変化する空の下、見上げ立っていると、だんだんと漂うような気持ちになってゆく。目を閉じるだけで、自分の足を遠ざかってゆく感覚が生まれてくるのを止めないままにする。
体を捨て、宙に飛び立つ、薄い影のように。誰の目にも映らずに、まるで風のように気ままに。
ロンドンの上空を駆け回り、タワーブリッジを下に見る。テムズの川面をふわふわと、ウォータールーまでやってきた。
街を守るようにそびえるビッグベンを掠めて飛んで、グリーンパークの木々の上でちょっとお休み。
空の上なのにマーブルアーチの『角を曲がって』、クィーンメアリーアンのガーデンを目指そうかしら。
その時、飛ぶ体のバランスが、ふいに崩れた。
空気の抵抗を感じ、前にと進まない。捕らえられたかのような、感覚がある。
……引き戻され……、引きつけられたような。
カノン――
地に足を着け、立っていた。




