5.お兄様方とお茶の会2
「ヴァイオリンが『カノン』を奏でるのが聞こえてきたの。それがとてもとてもきれいな音でね、もう耳が離せないくらい。それでね、どんな人が弾いているのか気になっちゃって、音をたどって行ってみたの。これがまた不思議なんだけど、窓を離れたら近づいているのに聞こえなくなったりするのよ。だけど、私、逃がしたりしないけど。もちろんよ」
「それでどんどん音を追いかけて行ったら、屋根にのぼることになってしまったと言うの?」
「そう。その人の部屋が三階だったんだもの」
理由になっていない。
「どんな人だったの?」
「男の人。若い人だったわ。上からだから、顔は良くわからないままだけれど、感じが若かったの」
「こりゃまたシェイクスピアじみてきましたね。名セリフはあらかじめ考えた上に暗記しておかないと、ここぞという時に困ってしまいますよ」
「けれど、それだけでおしまいなの。どこにも進んでいないからセリフも何も必要なくて、ジェラルドの期待にお応えできなくて申し訳ないわ」
「いやいやそんな。他人様の恋に期待も希望もしちゃいないです。自分のことでなければ意味はない。お構いなくね、シェリーちゃん」
やれやれ、と私は思う。
このままジェラルドに預けておいては、話は行ったり来たりを繰り返すだけで、いつまで経っても何もわからないままだわ。
「シェリーが寝不足な様子なのは、シモンズのおじさまとお話が弾んでいるからだと思っていたのに。そんな夜中になってから、一人で外に出るなんて危ないわ。大丈夫だったの?」
「ここにちゃんとこうしているわ、リース。仕方がないのよ。だってメアリーアンもピーターもお願いしてもついてきてくれないでしょ? 一人で行くしかできなかったんだもの」
だからシェリー。行かなくても良かった、それだけのことなんじゃない?
私たちは三人とも、同じことを考えながら視線を交わし合った。誰も口にまでは出さなかったのは、言っても仕方がないことを良く承知してしまっていたからだ。
シェリーはいつだって、私たちの意見を確固たるオリジナルの法則に基づいた理論で粉砕する。その法則の頑固さゆえに、私たちは粉々になってしまう。
最近ではあきらめるのが早くなってしまい、シェリーのためではないのかもしれない状態となっていた。
「一人だとか夜だとかそれ以前に、そもそも屋根を這いつくばったりしちゃいけません。どうやって登るんですか、あんなところまで」
世に恐れるものの少ないジェラルドが意見を述べた。驚いたことに、まるで良識のある大人のような発言だ。
「簡単なのよ。塀に登って木に登って窓枠、ひさし、それで屋根。ちゃんと順番に足掛かりがあるの。どうぞのぼってくださいと言っているようなものだわ、気が利いているの、あの建物は」
「フレディがいないとまったくの野放しだな」
クリストファーは笑いながら、息をついた。あきれてもいるし、おかしくてたまらないらしい。
たいてい意地の悪いクリストファーは、ルートを正しく整えようとしているフレディよりも、シェリーの奇行の方に手を貸したりするのだから悪い人だ。
当然、度を越したりはしない分別と理性はあるのだけれど、ぎりぎりの量だから危なっかしい。
いつか計り間違えて全員で恐ろしい目に合うような気がしてしまって、私はずっと不安を抱えて暮らしていた。
ここに揃ったメンバーを見て、また改めて怖い気持ちになる。
フレディ、早く戻ってきてと願う気持ちは、シェリーやメアリーアンにも劣らないかもしれない。
クリストファーを軽く睨み、シェリーは澄まして、
「もうしないわ。出所まで突き止めたんだもの、私は満足なのよ」
「果たしてそれは真実で、そんな顔をしているかな?」
「本当よ。ウォーレン先生がスイスの山から戻ってらしたら、ただ紹介してもらえばいいんだし。その時はリースも誘うわね。お友達になれば、素敵なヴァイオリン演奏が聴き放題よ」
状況を想像したのか、堪えられない風にふふふと笑う。かと思えば急に真顔に戻り、
「フレディが帰ってきても、こんな話は誰も知らせたりしないでね。絶対に秘密よ。終わったことまで心配させたらかわいそうだもの」
「現在起きていることだけで、常にかつかつだからだな。そもそも、心配させるようなことをするんじゃないよ。君達は二人で、彼の命を縮めているとしか思えない時があるね。どうなっているんだ? その辺りの考え方は」
解説の必要は薄いかもしれないが、二人の片割れはもちろん、メアリーアンのことである。
シェリーや私の前では隠そうとしていても、彼女の逸話はすべてに近く、おしゃべり好きの周囲の人間――目の前の二人を筆頭に――からもれていた。
猫のような子供のような、あるいは新聞記者だから、好奇心に輝くメアリーアンは、赴くままに駆け回る、こともある飛び抜けた一面を持つ、時には(たいていは?)無鉄砲とも称される女性だ。
つまり。シェリーと同じ。
このことを考えると、フレディは見かけによらず、タフなチャレンジャーであると言えてしまうと思う。




