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ディドルディドル 月とバイオリン  作者: ゆらぎなぎ
6.伯爵クリストファーと小さなメアリー
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邂逅(?)

 のぼってみてね、クリストファー。

 塔の中では、魔女が某氏を編んだり糸を紡いだり。

 きっとあなたを待っているわ。小さな子供が大好きだから。


 古い匂いがする、眩しいほどの光の空間。目が慣れるのに時間がかかった。


 隠し部屋にしては広すぎる? どこかで見た覚えがある、この雰囲気は。

 どこだろう、懐かしい気がする。良く知っているはずだ。ずっと前のことのはず。


 階段の下からは想像もできない、まったく種類の異なる部屋だった。この建物の中に、こんな部屋があるなんて。いったい、どうして。叔父上はなにを考えて。


 見事に統一された家具類。ここは階下とは違う建築家の手で創り上げられた芸術品だ。椅子の数が多い。中央にはゆったりと大きなソファ。壁際には柔らかそうなカウチ。

 そして窓の側、光の中には揺り椅子が見える。


 ……窓。

――誰か、立っている。


 腰まで届くような長い髪。きらきらと日に透けるその細さが、近づこうとしたぼくの動きを止めさせた。恐れるわけではないけれど、足がそれ以上進まない。

 いや、恐れているのだ。近づいたなら、消えてしまうのではないかと。


 粒子だ。目に見える光。そのブラウンを、輝く金に染め上げる。窓の外、きっと空を見ている。青い空に、雲はない。正面には楠の巨木が作る、小さな森。


 まるで麻痺してしまったかのように、そこから目を離せないぼくの頭の中で、誰かがかすかな声で囁いた。静かな優しい声。夜や風や水。イメージがどっと押し寄せるのに、パニックどころか、穏やかなる融合。


 これは。


 古い家具の中、ほこりの中、日の光の中に妖精は住むの。

 私はもうあの部屋にはのぼれないけれど、確かに私は見たのよ。その姿を。


 これは、どこから……


――おそらくぼくたちは同時に反応にたどり着いたことだろうと思う。現実という地点からは、およそ遠いところに立っていた。


 口を開いたのは、彼女が先だった。時計を持ったウサギが好んで姿を見せそうな、まだ、少女だ。


 「驚いた。私、夢を見たのかと思ったわ。あなた、人間よね?」


 振り返った瞳の色にも、ぼくは気がついた。それはまだ光を残して輝いている。

 きみの方こそ間違いなく人間なんだろうね? と聞きたいのを押さえてうなづきながら、そのばかげた質問に笑い出したくなった。


 ウサギに招かれているのは、彼女だけではないらしい。なんと、このぼくもだ。

 先人の教えに従い、我が道を貫かなくてはならない。どんなに自我が軋んで、苦しそうな音を立てようと。


 「えぇと」


 可能性としては、彼女自身がウサギであってもおかしくない。チョッキを着て走る代わりに、ピンクのドレスを踏みつけそうになりながら、ぼくのために椅子を引く。


 時間だ、時間。お茶の時間だ。

 ……時間はどこだ? どこにあるんだ?


「座って。どうぞ、ここに。いちばんいい席なの」

「ありがとう」


「お客様が来るなんて思わなかったけれど、カップはあるの。あなたが二ダース押しかけても平気なくらい」


 さぞかし絶望的なパーティが開けそうだと、ぼくは暗い想像をしてしまった。


「シャルロットでしょ。レーズンのプディングにジンジャークッキー。この形は私のリクエスト。かわいい猫ちゃん。これはオレンジを練り込んだケーキ。オレンジの皮を細かく切って、とろとろにお砂糖で煮てね、生地と混ぜてオーブンに入れるの。チョコレートもたくさん、飽きるくらい。私は、飽きたことはないけれど」


 世をはかなむぼくの気持ちにはお構いなしに、彼女は楽しそうに、テーブルいっぱいに広げられた薔薇の描かれた皿を次々に指差して続けた。


 まるで歌うようだった。きみなら二ダースいても、世界は良い砲にしか動かないかもしれない。


 「きみは誰なの?」


 こんなにたくさんの菓子を、自分のためだけに並べるきみは。

 彼女はきょとんとして、それから思い出した。


「メアリーアン。この家の娘よ。ニコラス・エルドリッジの娘」

「あぁ。叔父上が探していたよ。ぼくために」


「あら。じゃああなたが私たちの新しい伯爵様なのね。初めまして」


 ケーキにナイフを入れながら、そんな挨拶をする。初めまして。

 少々気の抜ける思いで、ぼくはそれを受け止めた。当然。幻でもなんでもなく、この家の娘。


 光がなければ、髪はブラウン。瞳はややグリーンの方に近寄っている。その瞳は我が家系に頻繁に現れ得るもので、言うなれば『定まらない色』をぼくたちは受け継いでいた。様々な条件下で、色は変化する。そこには確立できる法則はないらしい。


 彼女は一通りのケーキを切り分けると、満足そうにうなずいて椅子に座った。叔父上はどこを探しているのだろう。あなたの娘なら、ここに隠れている。


 階下や庭をばたばたと走り回っているのを想像して、ぼくは愉快な気分になった。まるで別世界なのだ、ここは。


 詫びの言葉を用意して戻ってみるとねぼくの姿も消えている。同じように、どこを探しても見つからない。

 おもしろいじゃないか、叔父上。


「私たち、いとこ同士だって聞いたわ。お父様が今なにが起きているかをとても簡単に話してくれたから、一応理解はしてるつもり。終わったの?」


「あぁ。すべてきれいに片付いたよ。あっけないくらいだった」


 とても、簡単に。


「お名前を伺ってもいいかしら。伯爵様」


 顔を覗き込まれて、自分がうつむいていたことに気づかされた。伯爵様? 答えたぼくは、怒ったような声を出したかもしれない。


「クリストファー」


 だけど、そんなことよりも、ぼくのいとこ殿はぼくの名前を吟味することに忙しかった。その極めて単純な呼び名を選び出すのに、難しい顔をして。


「クリス?」

「好きなように」


『年が近いから仲良くなれ』そうな相手かもしれないと思っていた。ぼくに会うのが面倒だから、ここに隠れているところなど、まったく好感が持てる態度だと言えたしねどうやら、それほどの子供でもないようだ。


 ぼくはウサギと好みが似ている。大変、お気に召したかもしれない。初めて、親戚に対して親しさを感じた。


 ……初めて?

 違う、確か前にも。


――それは、当然帰結するべき記憶の一片。

 鮮明に。一枚の絵が、ぼくの目の前に現れた。


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